「誰か立っとるよ?」
アカリが言った。ユウナはそれを見ると、誰だかわかったように走り出した。そして、
「鶴ケ崎さん!」
と、その生徒に声をかけた。ふり向いたのは、やはりレイカだった。二人も、後を追うようにして駆けてきた。
「今から帰るの?」
ユウナは尋ねるとレイカは、
「えぇ、そうよ」
と、相変わらず冷たく答えるのだった。
「私たち、これから渋谷に食べに行くんだけど、よかったらどう?」
ユウナがそう言うのをきいて、レイカはしばらくユウナを見つめていた。ユウナは、少し気まずくなってレイカを見つめ返していると、やがてレイカは視線を外し、
「結構よ、他に行くところあるから」
と言った。ユウナは安心したように、
「じゃあ、途中まで一緒に帰らない?」
そう言うので、レイカはこう答えた。
「いいけど……」
「ほんと?」
ユウナは内心、意外に思った。誘ってもまた断られるのではないかと思っていたからだ。ユウナが後ろをふり向くと、二人も微笑みながら頷いている。そしてレイカと三人は、駅に向かって歩き始めた。その途中、アカリがある話をし出した。
「ほんと高校生活、いろんなことがありすぎていっぺんに思い出せんのよねぇ。あと、不思議なこともあったし」
「不思議なこと?」
レイカが、何気に質問してきた。アカリは、
「そうそう、スマホの中からモンスターが飛び出してきたんよ。あれはビックリしたなぁ。ねぇ、レイカちゃんはどう思う?」
そうきくと、ミカがアカリに言った。
「よしなさいよ、またバカにされるから」
するとレイカは、
「バカバカしい。漫画の読みすぎじゃない? 夢と現実の判別もつかないなんて」
と、予想通りの反応を示した。それをきいたミカはまた少し腹を立てたように、
「いいですよ~、信じてもらわなくても。あれは本当に見た人じゃないとわからないから」
そう言い返した。レイカはその話をきいて、どこか遠くを見つめるような表情になった。それを、ユウナは少し気になったように見ていたのだった。
駅に着くと、四人は同じ新宿行きの電車に乗った。渋谷に行くには、新宿で山手線に乗り換えなければならない。この時間は混雑する少し前の時間だったので、座ることができた。スマホの時計を見ると、五時ちょうどだった。このままいくと、渋谷に着くのは六時ごろになるだろう。ユウナは、窓の外を見つめていた。桜はまだ蕾をつけていない。一月後は、満開になっているのだろうか。でもその時には、自分は東京にはいない。ユウナはそう思うと、とても切なくなるのだった。
「あ、そういえば今日ゴッドフェスやってたんだ」
スマホを見ていたミカが、突然言い出した。「ゴッドフェス」とは定期的に配信されるイベントのことで、ガチャを回すと、この期間にしか出ないレアなモンスターがゲットできるのだ。ユウナは、アプリを立ち上げると一回だけ引いてみた。
「何出た?」
ミカが覗くとユウナは、
「あ、いや……」
と言ってスマホを伏せた。
「ユウナちゃん、何ほしいんやっけ」
アカリがきいてくる。
「オーディン……」
ユウナは、恥ずかしそうに答えた。ミカが、
「なんで?」
ときいてきたので、こう言った。
「だって、攻撃を受けたターンに体力が満タンだと、ダメージを少ししか受けないの。まさに神モンスターって感じ」
「へぇ」
しかしその時に出たのは、まったく違うモンスターだった。ユウナはこの時、ガチャを回すのに必要な魔法石をあまり所持していなかったため、諦めてアプリを落とした。
「課金やってる?」
またミカがきいた。課金とは、そのコンテンツを利用するごとに金を課すること。つまり、うまく利用すればその金で大量にアイテムを購入することができるのである。
「課金なんて、親が許してくれるわけないよ」
「そうなんだぁ」
「ミカちゃん、課金しとるん?」
「まぁね。お金には余裕あるし」
「すご~い」
そんなやり取りを、レイカは立ったままきいていた。まだ日は短く、夕方五時を過ぎるとかなり薄暗かった。窓から下を見ると、街が灯かりで煌々と照らされている。レイカはドアに肘をついて、目を閉じていた。ミカが不意に、
「鶴ケ崎さんはどこで降りんの?」
ときいた。レイカは、
「どこでもいいでしょ」
と答えるのだった。
「まぁ、興味ないけど」
「だったらきかないでよ」
そんなやり取りをきき、ユウナは可笑しくてつい微笑した。ふとふり返って外を見ると、日はほとんど落ち、暗闇の中に街の灯かりだけが見える。それから横に目をやると、ドアにもたれかかっているレイカが、窓に幻影のように映し出された。ユウナは、
「鶴ケ崎さん」
と声をかけた。
「今までありがとう」
ユウナは、レイカに笑いかけた。
「どうしたのよ、急に」
レイカが不思議そうに見ていると、ユウナは続けた。
「私、知らないところで鶴ケ崎さんに助けられてた。アカリからきいたの。鶴ケ崎さんの言ってくれた言葉で、私、自信が持てた気がする」
「べつにあなたのためじゃないわ」
「それと、大ちゃんにも、私を見張るように言ってくれたんでしょ? 私、嬉しかったの、すごく」
それをきいて、レイカは黙った。ユウナは最後に、
「私、感謝してる」
と言うので、レイカは身体の向きを変えた。前を向くと、扉のガラスに映る自分がいた。レイカは、横目でユウナたちを見た。ユウナはもちろん、ミカとアカリも笑顔でレイカを見ていた。するとレイカは静かに息を吸うと、
「それとこれとは別の話だから。それに、あの時の借りは、いつか必ず返すわ」
と、小さく言った。そしてその電車は、新宿の駅に近づいていった。
そして駅に着くと、四人は電車を降りた。そこでレイカと別れ、三人は渋谷行きのホームに向かった。歩きながらアカリは、
「いやぁ、三人でどこか行くんもこれでしばらくないんじゃね~」
と呟くと、ミカもこう言った。
「そのうちまた行けるから」
その少し後ろで、ユウナは二人の会話がきこえていないかのようにぼーっとしていた。ミカがふり返って、
「ユウナ、どうしたの?」
ときくとユウナは気がつき、
「あ、何でもないよ」
そう焦ったように答えた。
「まだ気にしてんの?」
「あ、うん……」
ユウナは、さっきのレイカの表情が気になっていた。冷たいのはもとからだが、あの時は少し寂しそうにも見えた。するとミカが言った。
「でもさ、さっきの話きいて思ったんだけど、実はいい人なのかなって。言い方は気に入らないけど、ユウナの気持ちもわかった気がする」
それをきいてユウナは、少し気分が晴れた。アカリも、
「あの子ならきっと大丈夫やけん、心配いらん思うよ」
そう言って笑った。立ち止まっていたユウナは、
「そうだね」
と言い、再び歩き出した。そして三人は、次の電車に乗った。
一方、あるレストランでレイカは智美と待ち合わせをしていた。レイカが噴水のところに腰かけ、スマホを見ていると、声がかかった。
「レイカ」
ふと顔を上げると、そこには智美が立っていた。
「待った?」
「べつに」
「お父さん、仕事で少し遅れるんですって。だから先に行っててって」
そして、二人は先にレストランに入ることにした。智美は気がついたように、
「そうだ、そういえば雅也は?」
と、きいた。
「仕事で来れなくなったって」
「そう……」
レイカが言うと、智美は少し残念そうに言った。
しばらく経って、ようやく父の圭介が到着した。
「改めて、レイカの卒業、おめでとう」
圭介がそう言い、三人は飲み物で乾杯した。圭介がビールを飲み、言った。
「もうすぐ、発表だな」
「まだ結果出てないけど、もし合格したらこれとは別に御馳走してね」
「はいはい」
すると智美は、
「また三人で一緒に食事することができるなんて……」
と、涙をこぼしそうになった。圭介が、
「あいつも来ればよかったのになぁ」
そう言っていた。
「京都の新聞社で働くらしいわ」
「もう、向こうには行かないって言ってたのか?」
「当分はこっちにいるらしい。私にはどうでもいいけど」
「なら、京大に入ればいつでも会えるってことか。心強いじゃないか」
「全然よ。それに、過去のことでグダグダ言って夢諦めかけてるなんて、バカみたい」
レイカはそう言って、窓の外を見つめていた。
「やっぱり……、まだあのこと気にしてるのか?」
「えぇ。詳しくは知らないけど」
智美は二人の会話をきき、心配そうな顔になっていた。この世界のどこかには、まだ誰も知らないことが必ず存在している。話に出てきた男もまた、過酷な運命をたどってきたにもかかわらず、地球上のほとんどの人間が知らなかった。いや、知るはずもなかった。
家に帰ったユウナは、惟英から明日、日帰りで滋賀に行くという話をきかされた。無論、ユウナが世話になるかもしれない下宿先の下見に行くのだ。
「ほんとに、私行かなくて大丈夫なのかな」
ユウナは、また心配そうに尋ねた。
「大丈夫。詳しいことがわかったら、また伝えるから」
「ありがとう」
惟英の話をきいて、ユウナは少し安心したように答えた。これまで、両親にはいろいろな面倒を見てもらってきたが、これが最後になるだろうと、ユウナは自分に言いきかせた。これからは、少しずつ独り立ちをしていかなければならない。言わば、これが最初の試練なのだろう。家を出て、何もかもを一人でやらなければならない。惟英の手を借りるのも、実際これが最後だろうと思った。そして翌朝、惟英は出かけていった。それを、ユウナは二階の窓から見送った。
そして夜、惟英が帰ってきた。ユウナは出迎え、
「おかえり、どうだった?」
ときいた。すると、玄関に腰を下ろした惟英から出た言葉は、想像以上に重かった。
「いやぁ、大家さんがなかなか気難しい人でね、追い返されたよ」
「えっ?」
ユウナはそれをきいて絶句した。すると中から百合子も出てきて、
「どういうこと?」
と尋ねると、惟英は言った。
「本人も連れてこないで、話すことはない。住みたいのなら、本人が一人で来い、だってさ」
百合子は呆れ顔で、
「そんな人だったの? じゃあそこまでしてお願いする必要もないじゃない。家賃は払うから、近くのマンション、探しましょう」
と言うのでユウナが、
「でも、もう空いてるところないよ。私、やっぱり明日、その人のところ行ってみる」
そう言うと惟英は、心配そうに言った。
「いいのか? かなり気難しいぞ?」
「大丈夫。私も、もう大人だから、しっかりしないとって、ずっと思ってたんだ。私が今まで生きてこられたのは、二人のおかげだから、これからは私が、何でも一人でできるようにならないといけないと思うの。これが、私が自立できる証だから」
「そうか……。なら、もう何も言わない。お前がしたいようにやればいい」
惟英は、そう言ってユウナの肩に手を置いた。ユウナはそれを感じ、少し恥ずかしそうに下を向いた。でも、心はすでに決まっていた。人に頼ることは大切だが、ずっと誰かを頼りに生きていくことはできない。だから、少しでも自分の力だけでできることをやろう、そう思い始めたのだ。
そして、とある研究所に話は移る。研究室の隣のリビングで、女性が茶をすすっていた。
「ついに出来たぞ」
正彦が、興奮気味にそう言った。
「何よ」
美千子が、呆れたようにきいた。すると正彦が、
「私だけの世界だ」
と言い、美千子を部屋へ連れていった。
「ずっと立ち入り禁止だったじゃない。ちゃんと人の役に立つ研究なんでしょうね?」
美千子が研究室に入りながら言うと、正彦は少しギクリとしたように、
「い、いや……、それは……」
と誤魔化そうとするが、美千子には図星だった。そして正彦は気を取り直し、咳払いをしてあるものを見せた。研究室に、ある扉が設置されている。その横には、大きなスクリーン、そしてコンピュータがぎっしり並んでいる。正彦がその中のレバーを引くと、ゆっくりと扉が開いた。正彦が、
「中を覗いてごらん」
と言うので、美千子は言われた通りにした。そこで目にしたものは、花畑が一面に広がり、空が青く澄み、まるで楽園のような世界だった。しかし、この研究所の近くは荒れ果てていてそのような花畑はない。美千子は驚きを隠せず、
「どうやってこれを」
と言って正彦を見た。
「すべて私がプログラムで書いた。私が望む世界、それは皆に夢を、希望を持たせられる世界。ここの世界に入れば嫌なことを忘れ、そして笑って現実の世界へ戻ってこられる。私はそれを、実現したいのだ」
正彦の言葉をきき、美千子は返す言葉さえも見つからなかった。これは、本当に現実なのだろうか。美千子は、その中に手を入れてみた。心地よい風が当たり、まるでどこか遠い場所にでも空間がつながっているようだった。仮想世界と現実世界、二つの世界が同時に存在できる時代が来てしまったのかもしれない。
その頃、ユウナは部屋で旅に出る支度をしていた。この二つの世界にできた不思議な空間、この時はあの夫婦を除いてまだ誰も知らない。そしてもちろん、ユウナも知るはずがなかった。これから、自分の身に起きる不思議かつ奇妙な体験を。
第十一回「
次回予告
ユウナ「私は、やっぱり誰かの役に立ちたいんです」
鈴木初子「下見に来た学生にはいつもそうさせてるんだよ」
美千子「前は旦那さんと一緒にこの民家を経営していたの」
「何も感じていないの? あの人に」
相場「お前見てて思ったんだ。俺もいつか、人の役に立てたらいいなって」
鶴ケ崎雅也「妹も君にすごく感謝してるんだよ」
レイカ「気が合わない。それはどうやっても変えられない事実だから」
初子「不合格だね」
惟英「ユウナにとっての、最初の試練だ」
ユウナ「最初の試練……」
美千子「彼女なら、きっとあなたの役に立てるわよ」
アカリ「じゃあね!」
ユウナ「みんな将来に向けて、頑張ってる。だから私も、前に進まないといけない」
次回(第十二回)
「
序盤のキャラで、最も印象深い登場人物は?
-
中谷優奈
-
鶴ケ崎麗菓
-
月見里美香
-
夢野あかり
-
池谷大輝
-
相場善秀