東京に戻ると、ユウナは街中にある喫茶店へ行った。そこで、ミカやアカリと集まる約束をしていたからだ。ユウナがそこに入ると、もうすでに二人が来ていた。ミカがユウナを見つけると立ち上がり、手を振って合図を送った。それを見てユウナは、
「ごめん。遅くなって……」
と言いながら近くまで行くと、足を止めた。そこには二人の他に、大輝と相場も来ていたのだ。ユウナは少し戸惑っていると、ミカが言った。
「あたしが呼んだの。言おうかとも思ったんだけどさ、ユウナには伏せておいてくれって」
ミカがそう言って訳を話すと、大輝を見た。大輝は少し恥ずかしそうに、下方を見ていた。それでもユウナは嬉しそうに、
「あ、ごめんね。忙しいのに」
と言うと大輝は、
「あぁ、まぁな。べつにたまたま空いてただけだし」
そう言うのでミカが、
「またまたぁ」
と、大輝を冷やかした。するとアカリは、
「こうして卒業してまたすぐにみんなで集まれるなんて、夢にも思わんかったよ」
そう言った。それをきいたユウナは、
「あれ? アカリは今日発表じゃなかった?」
と尋ねると、アカリは答えた。
「うん。もうすぐじゃけん、これから行ってくる」
「受かると……、いいね」
ユウナがそう言うのでアカリは少し嬉しそうに、
「ありがとう」
と言って立ち上がり、その場を去った。ユウナはその様子を見て、もしかするとアカリは、口には出さないが、自分では結果がすでにわかっているのかもしれないと思った。それでも友達として、受かってほしいと願っていた。
しばらくしてミカが、
「じゃあ、あたしらもそろそろ行こっか」
と言うので、ユウナは少し驚いたように言った。
「もう?」
ユウナはここに来てから何も注文していない。ほかの三人も、まだ何も頼んでいないようだった。ユウナは戸惑っていると、ミカが言った。
「なんかさ、アカリが出て行ってからもうここにいる意味ないんじゃないかって思ってさ」
「どういう意味?」
「あいつさ、国立の試験受けたけど、過去問と比べて今年からかなり難しくなってたみたいで、だいぶ落ちこんでたんだ。それで、みんなで励まそうってことになって」
ミカの言葉に、大輝も捕捉した。ユウナは、それをきいて納得した。あの時のアカリの表情は、たしかに少し気落ちしているように感じられた。
「と言うわけで、行きますか」
ミカがそう言って、大輝の腕をつかんだ。
「な、なんだよ!」
「せっかくだからどっか行こうって」
「はぁ? ほかのやつといけよ」
「いいじゃん!」
ミカがそう言うので、大輝は仕方なく立ち上がった。
「あ、そうだ。ユウナは?」
大輝がきくと、ユウナは言った。
「あ、私これから銀行行かなくちゃ……」
ユウナは、これから銀行で入居代を振り込まなくてはならなかった。
「あ、私、後から合流するから」
ユウナはそう言った。
「相場君は?」
ミカが相場にきくと、相場は断った。そしてミカは、
「じゃ、またね〜」
と言い、大輝の背中を押した。大輝は、ミカによって半強制的に外に連れ出されていた。すると、中にはユウナと相場だけが残った。
「なんか……、うるさいのがいなくなって、だいぶ静かになったな」
相場がそう呟くと、ユウナは相場の前に座った。
「ねぇ、相場君はアカリになんて声かけたの?」
「あぁ……、誰かのために進路を決めるって俺にはできないから、すごいと思うって」
「そう……。なんか、相場君らしいね」
ユウナはそう言うと、少し笑った。
「なぁ、中谷」
突然相場に呼ばれ、ユウナは少し驚いた。
「どうしたの?」
「俺、実は大輝と同じ大学行くんだ」
「そう、らしいね」
ユウナが言葉を返した。相場も頷くと、こう言うのだった。
「しかも同じ学科でな」
「じゃあ、やっぱり相場君も救命士目指すんだね」
「あぁ。俺、お前見てて思ったんだ。俺もいつか、人の役に立てたらいいなって。ちょっと大袈裟だけど、人の命を助けることで、ずっとその人の心の支えになれたらいいって、思ってるんだ」
「相場君なら、きっとなれるよ」
そしてユウナは、こう続けた。
「保証はないけど、相場君、ずっといろんなことに取り組んできたもん。サッカー部も、学校行事も、人一倍真面目にやってくれてた。それは、私もよく知ってるから。きっと、仕事にも生かせるようになるよ」
相場は少し照れたように、
「ありがとな。お前にそう言われると、なんかいろいろと励みになる」
と言うので、ユウナは笑ってしまった。相場も、笑顔でユウナを見ている。ユウナは、この日のことをこの先、決して忘れないだろうと思った。
相場と別れ、ユウナは時間を潰すために一人で公園に行った。夕方にもなると、外はかなり肌寒かった。近くで桜の木が、蕾をつけながら暖かくなるのを心待ちにしていた。そしてミカから、ラインが送られてきた。それを見ると、待ち合わせの時間と場所についてだった。しかし、それまでにはまだ一時間ほどある。ユウナは公園の自販機でコーヒーを買い、それを持ってベンチに座った。空を見ると、日がだいぶ傾き始めている。そして風が、ユウナの肌を突きさすように吹いた。
しばらく時間が流れ、ユウナは時計台を見上げた。その時、針は夕方四時半を差していた。待ち合わせは五時だったので、まだ三十分近くあった。ユウナは立ち上がり、飲みきったコーヒーの缶をゴミ箱に入れようとした。すると、誰かと捨てるタイミングが重なったらしく、缶同士が当たった。ユウナは咄嗟に手を引っこめると、同じく捨てようとしていた男性はこう言った。
「あ、お先にどうぞ」
ユウナは、
「すみません」
と言い、缶をゴミ箱に捨てた。その後で、男性もそこに缶を入れた。そしてその男性は、近くのベンチに腰を下ろした。ユウナも、その近くに立って待つことにした。しばらくして、隣のベンチに座っている男性のことが気になりだした。顔は見ていないが、男性もまた、当分その場所を動きそうになかった。ユウナと同じように、誰かを待っているのだろうか。少し気まずくなりながらも、ユウナはその場所で待つことにした。ユウナはコートのポケットからスマホを取り出し、ラインやツイッターを見ていた。そうしていると、予想もしていなかったことが起きた。その男性が、いきなりユウナに話しかけてきたのだ。
「もしかして、今年高校を卒業した人かな?」
最初はほかの人と話しているのかと思ったが、近くにはユウナ以外誰もいない。ユウナはゆっくりと男性の方をふり向くと、男性は明らかにユウナを見ている。
「あ、はい。そうですが」
ユウナは戸惑いながらも、そう答えた。
「やっぱりそうか! いやぁ、そんな気がしてたんだよね」
男性は笑いながらそう言うので、ユウナは苦笑した。
「実はね、俺の妹も今年、高校を卒業したんだ。その妹とここで待ち合わせしてるんだけど、来ないなぁ。嫌なら、場所移動するけど?」
「そんな、私の方こそすみません。私も友達と待ち合わせなんですけど、ここじゃないので、もう行きます」
ユウナはそう言って歩いていこうとすると、その男性はユウナを呼び止めた。
「あぁ、待って!」
そして男性はユウナのすぐ後ろに来ると、ユウナのコートについていた落葉をとった。
「これ、ついてたから」
男性はそう言って、ユウナに落葉を見せた。
「あ、ありがとうございます」
ユウナはそう礼を言うと、
「どういたしまして」
と、男性も笑顔で言った。すると、
「ちょっと、時計台って駅前の……!」
そう言いながら走ってきた女がいた。ユウナはふり返ると、そこにレイカが立っていた。レイカも、驚いたようにユウナを見つめている。すると男性はレイカに、
「いやぁ、ごめん。てっきりこっちの方かと」
と言った。しかしレイカの目線は、ずっとユウナの方に向けられている。ユウナもようやく事態に気づき、
「鶴ケ崎さん?」
と言うと、男性は驚いていた。
「なんだ、レイカの知り合いだったのか」
「べつに知り合いってほどでもないけど」
レイカは、すぐに答えた。ユウナは不思議そうに二人を見つめていると、男性はユウナにこう話した。
「あ、ごめんごめん。俺はレイカの兄の
「あ、いえ。私、中谷優奈といいます。私も、鶴ケ崎さんとは同じ高校で……」
「そうか。じゃあ、母さんとレイカの仲を取り持ってくれたのは君だったのか。ありがとう。口じゃ言わないけど、妹も君にすごく感謝してるんだよ」
「ちょっと!」
レイカは、不服そうに進み出た。
「い、いえ、私はべつに……」
雅也も、あの話はきいているようだ。智美が話したのだろう。雅也の話をきいてユウナは、なぜだか安心した。そして何気にスマホの時計を見ると、五時まであと五分しかない。
「あ、すみません。もう行かなくちゃ」
「あぁ、送っていこうか?」
「え?」
「近くに、車駐めてあるんだよね」
ユウナは少々迷ったが、迷惑がかかると思い、
「ありがとうございます。でも、すぐなので。失礼します」
と言って断り、雅也に頭をさげると、走って公園をあとにした。
「なかなか将来性がありそうだなぁ」
ユウナの後姿を見ながら、雅也がそう呟いていると、後ろからレイカがこう言った。
「あの子、すごくお節介で、母さんとの時も、しつこくしてきたのよ。最初はウザいと思ったけど、結局借り作らされちゃった。どんな時も、それがたとえ自分に直接関係のないことでも、常に真剣でいる。それがあの子の生きがいだとも思った。でも、一つだけわかったことがあるのよね。私の考えとあの子の考えが交わることは決してない。気が合わない。それはどうやっても変えられない事実だから」
すると雅也は、
「でも、お前も感謝してるんだろ? あの子に」
と言うのだった。それをきいてレイカは向こうを向き、
「べつにしてないわ」
そう答えると、雅也もふり向いてこう言った。
「お前が京大受かったのも、もしかするとあの子のおかげかもな」
するとレイカは、
「はぁ? 何言ってんだか。あれは私の実力よ」
と、気を悪くしたように言った。雅也も、
「冗談、冗談」
そう言いながら、笑っているのだった。
ユウナはその頃、ミカたちとの待ち合わせ場所に向けて走っていた。
その後、ミカと大輝と合流して歩きだした。ユウナは先ほどのことを思い出していると、それを見て不思議に思ったミカがきいてきた。
「どったの?」
「ううん、べつに」
レイカの兄、雅也はレイカとは対照的で、親しみやすいように感じられた。レイカとの年の差や、職業は何をしているのかなど、ユウナはそのような疑問を抱きつつ、前を歩いているミカと大輝の会話をきき流していた。すると、ユウナのスマホが鳴った。ユウナは急いでポケットからそれを出すと、画面にはアカリの名前が表示されていた。
「もしもし?」
ユウナが電話に出ると、アカリの声が返ってきた。
「ユウナちゃん……、うちね……」
それは、泣いているような声だった。やはりだめだったのか。ユウナは優しく、
「元気出して。みんな待ってるから」
そう言うと、アカリがこう返してきた。
「違うんよ……。受かったんよ!」
「えっ?」
ユウナの声に反応し、ミカと大輝がふり返った。
「アカリ……、おめでとう!」
「うん、ありがとう!」
どうやらアカリは、嬉しくて泣いていたのだ。それをきいてミカと大輝も、察したように笑顔になった。ユウナも、嬉しくてたまらなかった。ただの友達であるユウナでさえ、そう思えるのだ。アカリ自身の喜びは、どれほどのものなのだろう。
「アカリなら受かるって信じてたよ!」
ミカが、ユウナの耳元で言った。すると、アカリはこう言うのだ。
「それでね……、明日実家帰ることにしたんよ」
「明日!?」
ユウナは、きょとんとした。急な話で、少しばかり焦った。それは、ミカも同じだった。そして、アカリはこう言った。
「早くに実家帰って、両親にこれからのこと相談しよう思うて。東京去るんはちょっと寂しいけど、早く元気な姿見せてあげたいんよ。いつまたこっち戻って来られるかわからんけん、悩んどったんやけどね」
「そっか……、寂しいけど仕方ないね。じゃあ、みんなで見送りに行くよ。絶対行くから」
ユウナが電話越しでアカリにそう伝えると、横にいるミカを見た。すると、ミカも頷いた。
「ありがとう。めっちゃ嬉しい!」
アカリは、そう言って喜んだ。まさかこんなに早く、別れが来るとは思いもしなかった。でもユウナはその分、決めたことがあった。
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