2013年3月16日。ユウナは一人、ベッドの上で目が覚めた。スマホの時計を見ると、すでに昼前を表していた。春の兆しというのか、いつまでも横になっていたかったが、そういうわけにもいかず、ユウナはベッドから降りた。その日は父と母は出勤、弟の義輝は部活ですでに家を出ていた。
ユウナは再びベッドに腰を下ろすと、スマホを手に取り、パズドラを立ち上げる。そして、メニュー項目の中にある「モンスター呼び出し」という文字を押した。すると、「ホノりん」という項目が表示され、ユウナは戸惑いながらもそれをタッチした。そうすると、画面が突然光り出し、中からモンスターが飛び出してきたのだ。それは赤色の風船のように丸いモンスターで、直径は三十センチくらいだった。それは、ユウナの足元を嬉しそうに飛び跳ねている。するとユウナは、あの時、正彦が言ったことを思い出していた。
『こいつを……、君の携帯で育ててほしいんだ』
正彦はユウナの家に来て、いきなりそのように言った。いったい、正彦が何を考えているのかユウナには皆目わからなかった。ただ、今目の前で起きている現実を受け入れなければならないのだということだけは、理解していた。ユウナはスマホ画面の「元に戻す」という項目をタッチすると、今度はモンスターが光り、そのままスマホの中へ吸いこまれていった。すると、アプリはスタート画面に戻っていた。通常なら、火、水、木属性のモンスターが一種類ずつスタート画面に表示されるのだが、その中にさっき出したホノりんの立ち絵も表示されていた。ユウナはアプリを落とし、画面を消した。それから、正彦は何をしようとしているのかを考えていたが、考えれば考えるほど、答えから遠ざかっている気がした。
第十三回
その日、ユウナは学校近くの喫茶店である待ち合わせをしていた。相手は、相場だった。ユウナはそこに着くと、すでに相場が来ていた。
「待った?」
「大丈夫」
相場は答えた。そして相場はユウナに袋を差し出し、
「これ、貰い物だけど。プリン、好きか?」
そう言うのでユウナも、
「うん」
と答え、嬉しそうに受け取った。
「それ、すごく美味いんだ。俺も初めて食った時は、感動してさぁ」
「そうなんだ。ありがとう、相場君」
いきいきしながら話す相場を、ユウナも笑って見つめていた。すると、相場は急に真面目な顔になり、こう言った。
「そういえば中谷、出発いつだったっけ」
「あ、明後日だけど」
ユウナは答えると、相場が少し寂しそうに映った。
「でも、連休とかには帰ろうと思ってるの。うちのことも心配だし、たまには帰った方がいいかなって」
「そっか。じゃ、頑張れよ」
相場は、優しく笑いかけた。ユウナも、それに黙って頷いた。その笑顔に、何度助けられただろうか。ユウナは、相場に数えきれないほど感謝している。
「俺、その日見送りに行けねえけど。まぁ、向こう着いたらあいつにもよろしくな」
不意に、相場が言った。ユウナはそれをきいて、
「あいつ……?」
と、不思議に思ってきき返すと、相場も意外そうな顔になった。
「お前、きいてないのか?」
「何のこと?」
ユウナは考えたが、どうも心当たりが思いつかない。
「昨日、リカから電話かかってきてさ、進路のこととか話してたんだよ。それで、いつの間にか中谷の話になって、どこの大学行くのか知らないかってきいてきたから、龍山って答えたんだ。そしたらさ、あいつも学科は違うけど同じ大学らしいんだ」
ユウナは相場の話をきくと、さらに驚いた。まさか、リカと大学が同じになるなど思いもしなかった。
「リカ、元気そうだった?」
「あぁ。でもキャンパスは違うらしいけどな」
すると相場はポケットに手を入れ、紙を取り出した。それをユウナに渡してこう言った。
「これ、駅からリカの家までの地図な」
ユウナは、それを広げた。最寄り駅からリカの家までの地図が、丁寧に描かれている。
「これ……、相場君が?」
「せっかくだから、渡しといてくれって。口頭できいたことをメモっただけだから、もしかしたら間違ってるかもしれないけど、ないよりましかと思ってさ」
「ありがとう!」
今は、ユウナにとってそのことが何よりも嬉しかった。ユウナは相場に礼を言うと、それを大事にカバンのポケットに仕舞った。相場はそれを見ながら、
「あいつも、またお前に会えるなんて思ってなかったかもしれないな」
と言うので、ユウナが言った。
「私も、きいた時は驚いたけど、またリカに会えるのは、やっぱり嬉しい。高校にいたころ、一緒にできなかったこととかたくさんあるから、またいろんなことが一緒にできると思うと、すごく嬉しいの」
「そうだな」
相場も、そう言ってまた微笑した。
「相場君は、大ちゃんと一緒だったよね。しかも同じ学科だから、またサッカーとかいろいろやれるんじゃない?」
「どうかなぁ」
相場は首を傾げながらそう言うと、窓の向こう側を見つめた。そして、こう呟いた。
「俺も、もっと強く生きなきゃな。お前みたいに」
「え?」
ユウナが相場を見つめると、相場もまたユウナの方を向きながら、
「お前との約束、必ず守るから。中谷も、何でも一人で抱えこまずに、困った時は誰かを頼って、そして誰かの役立てるように、自分に素直に生きろ。俺も、できるだけのことはするから。お互い、頑張ろうな」
と言うのでユウナも、こう言った。
「そうだね。いつも私のこと、そんなに気遣ってくれる人なんてあんまりいないから、すごく感謝してる」
「いや、俺なんかより……」
「ほんとだよ」
相場の言葉を遮るように、ユウナは言った。
「もちろん、両親や大ちゃんもいるよ。でも、相場君は相場君なりに、私のことを励ましたりしてくれてた。そのことは、この先も絶対に忘れない。忘れたくないの」
「……やめろよ、もう会えないみたいな言い方」
相場がそう言うのでユウナは気がつき、笑いながら言った。
「そうだよね」
それをきいて、相場も笑っていた。高校の時から、ずっと自分によくしてくれていた相場が、最後まで自分の後押しをしてくれる。それは、ユウナにとって大きな救いであっただろう。ユウナは、自分が恵まれていることに対し、また感謝をするのだった。そして三月といえば、別れの季節でもある。ユウナには、定められたことに従わなければならないと思う反面、やはり寂しさの方が強かったのかもしれない。
家に帰ってくると、ユウナはプリンを袋から出して冷蔵庫に入れ、そして自分の部屋に戻った。そして、相場の言葉を思い出す。
『あいつも学科は違うけど同じ大学らしいんだ』
それを思い出すたびに、心躍るような気持ちになった。別れがあれば、嬉しい再会もあるものだと、ユウナはそう思うのだった。
『私、私ね……、相場君のことが、好き……。相場君が、好きなの』
転校する直前、ユウナはリカからそう打ち明けられた。前日、誰の手も借りずに自分から告白したことをきかされた時には、たいへん驚かされた。転校からしばらくして、リカからの手紙を相場から渡された。
『言ってなかったけど引越し先は京都で、大学も京都にあります。色んな文化財があって、とても神秘的な街です。いいところなので、ユウナちゃんも暇になったらぜひ、遊びに来てくれたら嬉しいです。その時はまた、ゲーム教えて下さい』
ユウナの受験した大学は、京都にもキャンパスがある。しかし、まさかリカの進学先が自分と同じになるなど、高校の時、ユウナは思いもしなかっただろう。だが、今はそのことを素直に受け止めている。ユウナは、しばらくその便箋を眺めていた。
数分が経ち、スマホが鳴るとユウナはふと我に返った。ユウナは名前を確かめず、急いでその電話に出た。
「もしも~し、ユウナ?」
ミカの声がきこえた。
「どうしたの?」
「明後日出発なんだって?」
「そうだけど」
「もう、言ってよ〜。すっごく気になってんだから!」
「あ、ごめん。急に決まったから……」
「あ、だからさ、明日会えないかなって思って」
「うん、いいよ」
ユウナは、快く了承した。ミカも、ユウナが世話になった一人であることに違いはない。電話を切ると、ユウナはカレンダーを見つめた。この部屋で寝られるのも、今日を含めてあと二日である。それが過ぎれば、しばらくは東京には戻ってこられなくなる。向こうにはどのような人がいて、どのような生活が待っているかは未知数だった。期待もあるが、大いに不安もある。ユウナが考えることは、この土地で過ごせる残り時間を有意義に過ごすことだった。それこそが、後に悔いが残らない最善の選択だといえるだろう。幸い、明日は荷造りがあるが、ほかに予定は入っていなかったため、存分に使おうという気持ちになった。そしてユウナはベッドに横になり、その後、頭の中でプランを練っていた。
翌日になり、ユウナはミカと会った。ミカも春休み中に旅行に行ったらしく、土産を渡された。そしてユウナはミカに、再びリカに会えるかもしれないということを伝えた。
「へぇ。じゃあ、リカも龍山なんだ」
「うん。でも学科が違うみたいだから、キャンパスは別々になっちゃうらしいけど」
「でも、家は近いんでしょ?」
「そうみたい」
ユウナは、嬉しそうに答えた。すると、ミカは言った。
「なんか……、偶然とは思えないけど、とりあえずはよかったじゃん」
「ありがとう。私も、リカには言いそびれたことが結構あるから、また会えることになるってきいた時は嬉しかったんだ。でも、まさかってびっくりしちゃったけど」
「ひょっとしたらさ、神様がそうさせてくれたんじゃない?」
ミカは、冗談っぽくそう言った。
「これから、どうしよっか。あたし何も考えてきてないんだよね~」
ミカが言うので、ユウナは提案した。
「よかったら、これからうち来ない?」
「え? いいの?」
「明日からはしばらく会えなくなるし、ゆっくり話せるところがいいと思って」
「わかった。じゃあ、お言葉に甘えて」
ミカもそう言ってくれたので、ユウナは内心ホッとした。
「そうだ。昨日、相場君からプリンもらったの。有名なとこらしくて、すっごく美味しんだって」
「マジ? 食べたい!」
二人はそのような話をしながら、ユウナの家に向かった。
家に着くと、二人はリビングに入った。
「お邪魔しま~す」
ミカは少し前によく遊びに来ていたが、三年になってからはまだ一度も来ていなかった。
「ここで待ってて」
ユウナは接客用のソファーにミカを座らせると、そう言って台所へ行った。冷蔵庫を開け、プリンの入った箱を探した。しかし、どこにも見つからない。誰かが勝手に食べたのではないかと思いながら探していると、寝間着姿の義輝が部屋に入ってきた。ユウナは義輝に、
「ねぇ、ここに入れてあったプリン食べた?」
ときいた。義輝は、
「は? 知らねぇよ。俺、今起きたもん」
そう答えるのだった。しかし、この家にはほかには誰もいなかった。ユウナは不思議そうに言った。
「でも、お父さん出張で帰ってきてないし、お母さんもまだ……」
「ネズミが食ったんだろ」
「そんなのいるわけないじゃない。あんたが昨日遅く帰ってきて食べたんでしょ」
「だから違うって!」
「じゃあほかに誰がいるっていうのよ!」
「知らねーし!」
二人は言い争っていると突如、百合子が部屋に入ってきた。
「何やってるの」
百合子は呆れながら言った。
「お母さん、帰ってたんだ。ねぇ、冷蔵庫に入ってたプリン、昨日まではあったんだけど、今日見たらなくなってて、知らない?」
ユウナが尋ねると、百合子はこう言うのだった。
「あ、あれあなたのだったの? ごめんね、さっき横大路先生がまたお見えになったから、出しちゃったの。確かめたらよかったわね、ごめんなさい」
「え……、横大路先生が?」
ユウナはそれをきいて、呆気にとられていた。
「ほらな、俺じゃなかっただろ? ちゃんと人の言うこと信じろよ、バカ」
義輝はユウナにそう言うと、部屋を出ていった。しかしユウナには、それについて言い返している余裕などなかった。正彦はなぜ、またこの家に来たのだろう。そのことだけが、ユウナの頭の中を駆け回った。
「なんでも、今日向こうに帰るから、挨拶に来たって言ってたわ。本人がいたら話がしたかったって仰ってたけど、留守だったから。ちょうど、あなたと行き違いになったわ」
それをきいて、ユウナは急いでミカのところに行った。
「ごめん。私、急用できて……。でもすぐ戻るから!」
そして、ユウナは部屋を飛び出していった。ミカは立ち上がり、
「ちょっと!」
と声をかけたが、ユウナはそのまま走り去ってしまった。ユウナは家を飛び出し、電車の駅に向かった。今なら間に合うかもしれない、そう思いつつ、駅まで猛ダッシュした。
駅の近くまで来ると、正彦の姿を探した。いれば、すぐにわかると思ったのだ。ユウナは一通り周りを見渡した。しかし、見つけられなかった。そして、諦めかけていたその時。
「おや、ユウナ君じゃないか」
後ろから、急に誰かに声をかけられた。ユウナはもしやと思い、ふり返ると案の定、そこには正彦が立っていた。正彦は、
「やっぱりそうか。さっき、君の家を訪ねてきたんだよ」
と言うので、ユウナは正彦にきいた。
「あの。先日の、ことなんですが……、あれは、何だったんでしょうか」
それをきいて、今まで笑っていた正彦は真剣な顔になり、ユウナを見つめた。
「あ、いえ。ただ、まだよくわかってないんです。だから、その……」
ユウナが焦っていると、正彦はこう言った。
「少し、人気の少ない場所で話そうか」
それをきいてユウナは顔を上げ、
「は……、はい」
そう答えた。
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