その後、二人は駅の反対側で、人気の少ない場所に来た。ユウナは前を歩いている正彦に、
「あの、先生はなぜ教授になろうと思ったんですか?」
と、何気に質問してみた。すると正彦から、こう返ってきた。
「べつに、なりたくてなったわけじゃないさ」
「え?」
正彦は立ち止まってふり返り、
「私は子供のころから、物を作るのが好きだったんだ。いろいろ組み立て、考えることが好きだった。それは、大人になってからも変わらない。私は、人と自然が仲良く暮らしていける世界を作りたいと、君に話したことがあっただろう。それは私が幼きころ、感じたことを残したかったからなんだ」
と、言うのだった。
「感じたことを、残す……」
「あぁ。そんな理想的な世界を、プログラムで実現できたら、素晴らしいと思わないか」
正彦がそう言うので、ユウナは例のことをきこうと思った。
「あの、先生」
「ん?」
「以前、私の家に来られた時……」
ユウナはポケットからスマホを出し、パズドラを起動すると、中からホノりんを呼び出した。ユウナはそれを抱きかかえ、
「これは、何ですか? あの時、何も教えられなかったから」
と、真剣に質問した。
「考えれば考えるほど、わからなくなって……。初めは夢かと思いましたが、それも違って。ただ、なんとなく先生のお話をきいて、わかったような気がします。先生がいう、人と自然が仲良く暮らしていける世界というのは、ゲームの中の仮想世界。いわば、人の手によって作られた、人工的な自然ということですよね?」
正彦はユウナの話をきき、
「間違ってはいない」
と言った。ユウナは続けて質問した。
「この子も、プログラムで作ったんですか?」
「その通りだ」
正彦も、真剣にそう答えた。ユウナは、最後にこうきいた。
「ではあの時、なぜ私を選んだんですか?」
「選んだ?」
「あの時、私にこの子を育ててほしいって。その時は、先生が何を言っているのかわかりませんでした。そして今も、わからないんです。どうして私に、そんなことをさせるのか」
ユウナは、正彦を見つめ続けた。すると、正彦が逆にこのようなことをきいてきた。
「君は、戦争をどう思うかね?」
「戦争……、ですか?」
「今では、世界のあらゆるところで、火の塊が落ちている。それに怯える日々を過ごす人々が、何十万人、いや、何千万人といる。日本も、かつてはそうだった。人を憎み、恨み、そしてその憎しみがまた新たな憎しみを生む。こうして繰り返し、それに巻きこまれた人々は、終焉のない世界をさまようことになる。私は、そう思うだけで心苦しい気持ちになるのだ。なぜ、文化や考え方の差異のせいで、こんな目に遭うのかと訴える人々に、何もできない自分が情けなくてならない」
こうして説く正彦を見て、ユウナは少しばかり感動を覚えた。今までは変人だとばかり思っていた正彦が、こんなにも正義感に満ち溢れているなんて思いもしなかった。
「私も……、そう思います。何の罪もない人が殺されるなんて、そんなの間違っています。テレビのニュースなんかを見ても、思うんです。武器は本来、人を殺すものじゃなくて、人を守るためにあると」
「君は、私の言うことをわかってくれるか」
「はい、わかります」
「人々はよく、私の言うことを変人の戯言だ、世の中はそんなに甘くはないと言うが、一人でもわかってくれる人がいるなら、私は心強い。答えになっていなくてすまんね。でも、その答えは、きっと君の中にある。だから、君自身で見つけるんだ」
正彦はそう言って、ユウナに優しく笑った。
「では、私はもう行くよ。また入学式で」
正彦がそう言うと、向こうへ歩きだした。それを見てユウナは、
「先生!」
と、声をかけた。すると、正彦は立ち止まった。ユウナは続けて、
「私、人の役に立つことがしたいんです。そう思わせてくれたのが、先生のお言葉だったから。私もいつか、先生のようになりたいです!」
そう言うと正彦は、今度はふり返らず、小さくこう言った。
「私のようにはならなくていい」
「え?」
そして、正彦はふり向いた。
「私を超える人間になってくれ」
そう言い残し、前を向き直ってまた歩きだした。その言葉をきき、ユウナは不思議と勇気がわくような、そんな気分になった。そしてその場所から、正彦を見送った。その日の出来事が、これからのユウナの人生に、この時からは想像もつかないほど、巨大な影響を及ぼすことになるのである。
ユウナは帰り道、ラインの受信音が鳴ったのに気がついた。ユウナはスマホを取り出し、見るとそれは大輝からだった。「いつもの公園で待ってる。来られたら来てほしい」という内容だった。ユウナは何事かと焦ったが、すぐにわかった。丁度、ユウナも大輝に挨拶をしに行かなければならないと考えていたところだった。
ユウナは公園に着くと、大輝が子供たちと遊んでいるのが見えた。ユウナは、それを微笑ましそうに見ていると、大輝もそれに気がついたのか、子供たちに手を振り、子供たちは公園から帰っていった。そして、大輝がユウナのところに走ってきた。
「よう、来たか。お前、明日出発なんだってな」
「うん……、ごめんね、言う時間なくて」
「べつにいいよ。あ、でも、いざお前がいなくなったら……、俺ちょっと寂しいかもな」
大輝が初めて、ユウナの前で弱気なことを言った。
「そうだ、ちょっと来いよ」
大輝はそう言うと、公園の中央へ行った。ユウナはそれを見ながら、卒業前に大輝が言ったことをふと思い出した。
『昔は俺がついていないと何もできなかったけど、今はちゃんと自分の考え持って、そんなお前見てると俺、なんか嬉しくなって……』
ユウナはその場所から一歩も動かずにいると、
「ユウナ?」
と、不意に声をかけられた。ユウナは前を向くと、大輝が不思議そうに見ている。するとユウナは慌てて首を横に振り、
「あ、何でもないよ」
と言い、大輝のいるところに走っていった。
大輝の前まで来ると、ユウナはふり返って公園を見渡した。
「懐かしいね、ここ」
ユウナは、呟くようにそう言った。
「そうだな」
大輝も懐かしそうに言うと、その場にしゃがみこんだ。
「大ちゃん?」
「今日しかないと思ったからな」
大輝はそう言うと、素手で地面を掘り始めた。ユウナは、黙ってそれを見守っていた。
そして出てきたのは、古いゲームカセットだった。それは、二人が小学生だったころ、友情の証として土に埋めたものだった。大輝はそれを掌に乗せると、ユウナにそれを見せた。
「俺らのタイムカプセル、無事だった」
ユウナは、ゆっくりとそれを手に取った。
『これ、十年ぐらい経ったらまた掘ろうぜ! 俺とお前の、友情の証』
あの時の大輝の笑顔が、ユウナの中で鮮明に蘇ってくる。無意識のうちに、ユウナの頬を無数の涙が伝った。
「あれから、誰にも見つけられることなく、無事だったんだね」
ユウナはそう呟くと、大輝は言った。
「まあな。てか、誰もこんなとこにゲームカセットが埋まってるなんて思わないもんな」
ユウナは、それを両手でぎゅっと握りしめた。中に土が入ってしまい、もう動かすことはできないが、それでもユウナにとっては大切なものだった。
「お前……、覚えてるか?」
すると、大輝がそう言いだした。
「え?」
ユウナは涙を拭い、大輝を見つめた。
「あ、いや……。だからさ、約束したじゃん。俺が、お前を守るって」
大輝が、気まずそうに言った。ユウナは答えずにいると、大輝が笑った。
「覚えてるわけないか、昔のことだもんな」
忘れるはずがない、とユウナは心の中で言った。それは、ジャングルジムの上から大輝がユウナに手をさし延べ、言った言葉だった。
『何かあったら、絶対俺に言えよ。俺が守ってやるから』
そして、ユウナは言った。
「私、あの言葉にすごく救われた。見ている景色が、変わった気がするの。大ちゃんがいてくれなかったら、私ここまで変われなかった。だから……」
すると、また涙があふれ出してくる。ユウナは、それをぐっと堪えた。
「でも俺、あれからお前に特に何もしてあげられなかったしさ」
大輝が言うと、ユウナもこう言った。
「そんなことないよ。大ちゃんは、いつも私に大切なものを残してくれた。人との付き合い方とか、あと勉強のこととか。私が志望校に合格したのも、大ちゃんが勉強見てくれたおかげだと思う」
「それはお前が努力したからだろ」
「でも、私一人じゃ多分できなかったから」
ユウナにとって大輝は、まるで兄のような存在であった。しかしそれは、時にユウナを苦しめていた。
「もう帰ろうぜ」
大輝は、地面に置いてあるカバンを手に取った。ユウナはその時、
「あの、大ちゃん」
と、声をかけた。
「なんだ?」
大輝はふり向く。ユウナは、今日こそ思いを伝えるのだと決めていた。
「あ……、あのね、大ちゃん。私……」
その時、大輝はユウナの首に自分のマフラーを巻いた。ユウナは少し驚き、大輝を見つめた。すると、二人は目が合った。その時、二人の距離は十センチ未満だった。
「お前今日、急いで出てきたんだろ。そんな薄着だと、風邪ひくぞ」
思えば、正彦を追いかける際、何も考えずに飛び出してきてしまった。もう夕方になり、公園には冷たい風が吹いている。ユウナは大輝のその気遣いに、緊張の糸が少し解けているのがわかった。大輝は、ユウナの髪を優しくマフラーの外に出した。そして、ユウナの口が動く。
「私……、大ちゃんのことが、好き。好きだよ」
それをきいた大輝は、動かしていた手を止めた。しばらくの間、二人に沈黙が流れ、きこえてくるのは風や、街からの音だけとなった。そして、大輝は答えた。
「いや、ごめん。俺、彼女作ったことないからさぁ、こんな時、どう返事したらいいのかわかんねえんだ。ごめんな」
「そう……、だよね。私の方こそ、ごめんね。もっと早く伝えなきゃって思ってたのに」
ユウナがそう言うと、大輝は少し離れてからこう言った。
「けど俺、今までユウナのこと、妹みたいなやつだと思ってたから、今更そんな風には見れないっつーか……、なんて言ったらいいんだろ」
大輝は口ごもった。
「なんか、ごめん」
大輝は、また謝った。それでも、ユウナはいたって笑顔だった。
「私も、そう言われる予感はしてた。でも、離れる前に言わないとって思ってたから。ありがとう、今まで私の面倒見てくれて。でも、もう私も一人で生きられるから。心配しないでね。それから、お母さんにも……」
ユウナがそう言いかけた時、不意をつかれるように大輝がユウナを抱きしめた。
「大、ちゃん……?」
ユウナが驚いていると、大輝はまた、
「ごめんな……」
と言うのだった。
「今だけは、こうさせてくれ。これが終わったら、何してもいい。なんなら、通報してくれたっていいから」
大輝が小声で言うと、ユウナは少し笑った。大輝がそんな冗談を言うのは、今までにきいたことがなかった。そしてユウナは、ゆっくりと瞼を閉じた。いつまでも、大輝の温もりを感じていたい、そう思えた。すると大輝が、
「あと、そのカセットのことだけど、お前が持っててくれ。お守りにしてほしい」
そう言うので、
「お守り?」
と、ユウナはきき返した。
「あぁ、いいだろ? 持ってるだけでいいから。それが、これからのお前を見守ってくれるような、そんな気がするんだ」
「わかった」
ユウナが答えると、大輝はユウナから離れた。
「じゃあな」
大輝はそう言い、カバンを持つと、ユウナを通り過ぎた。
「大ちゃん!」
ユウナは、不意に大輝を呼び止めた。大輝がふり返ると、ユウナは笑ってこう言った。
「頑張ってね」
それをきいた大輝も、
「あぁ、お前もな」
と言い、帰っていった。そしてユウナは、自分の片手を広げた。そこには、たしかに掌の熱をまとったゲームカセットがあった。それを見て、ユウナは微笑んだ。その表情には、一片の悔いも存在していなかった。
その後、ユウナは歩道を歩いていると、すぐ横に車が停車した。そして運転席の窓が開き、一人の男が顔を出した。それは、
「あ、ユウナちゃん。これから帰るの?」
と、ユウナにきいてくる。ユウナは、
「あ、はい」
と答えると、雅也は言った。
「送ってあげようか?」
「ありがとうございます。でも、ここからすぐそこなので」
「そう、じゃあ何かあったらまた言ってね。おっと、そうだった」
雅也がそう言うと、ユウナに名刺を渡した。
「何か困ったことがあったら、ここに電話してくれればいいから」
「あ、ありがとうございます」
ユウナは、そう言って名刺を受け取った。このように優しくしてくれる人が大勢いるということも、もとを手繰れば大輝のおかげかもしれない。そして、雅也が乗った車はそこから走り去っていった。
雅也が運転していると、
「だから言ったでしょ」
と、後ろの席から声がした。
「まあな。でも、あの子はきっと大物になりそうだ。そんな気がする」
雅也が話すと、後ろの座席に座っていたレイカが、
「何を根拠に言ってるのかしら」
と言うので、雅也もこう言うのだった。
「なんでだろうな……。でも、なんかそんな予感がするんだよ」
「ふ~ん、予感ね……」
レイカは窓の中から、ユウナが歩いている方向を見つめていた。
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