パズル&ドラゴンズ~もうひとつの旅~   作:葉之和 駆刃

45 / 172
今週から、第二部です。


第二部
第14話 立ち塞がる壁〜ブロッキング・ウォール〜(その壱)


 2013年3月18日。東からの風が、人々の間をすり抜けていった。この季節は、新しく進学や進級をした人が、商店街などによく訪れるのだ。その中には一人暮らしを始め、家具やベッドなどをホームセンターに買い求める人もいた。

 

 電車の戸が開くと、高校を卒業したばかりの少女がカバンを引きながら中に入った。片手でスマホを持ち、誰かと通話している。

 

「あ、もしもし。今? 乗ったとこ。うん、大丈夫。一人でやれるから」

 

 少女はそう言って電話を切ると、窓の外を見つめた。その少女というのは、レイカだった。電光掲示板には、「京都行き」と表示されている。忙しなく流れる風景を眺めながら、ゆっくりと身体を前に向けた。大学生というだけで、周りから大人とみなされることが増える。そして、今までにないほどの責任感を感じるのである。それは時として、不安や絶望感にもなった。ただ、誰でも一生に一度は通らなければならない道なのだ。レイカもまた、そのうちの一人だったということは、変わることのない事実であった。

 

 そしてまた一人、同じ年に高校を卒業した者がいた。レイカと同じように家を出て、カバンを転がしながら一人で見知らぬ土地に来た少女がいた。中谷優奈、十八歳。彼女もまた、未来に淡い期待と不安を抱いていた。

 

 

 

第十四回 立ち塞がる壁(ブロッキング・ウォール)

 

 

 ユウナは、民宿の前に来た。これから大学に通う間、世話になる宿だ。以前、下見に来たことが幸いし、すぐに見つけられた。ユウナはそっと門を開けて庭に入った。そして、

 

「すみません!」

 

 と、中に声をかけた。すると、それを待ってましたと言わんばかりに、小型の犬がユウナのところへ駆けよってきた。前に来たこともあり、随分とユウナに懐いているようだ。ユウナもしゃがみこみ、その犬の頭を撫でた。そうしていると、不意に窓が開いた。すると、中から大家の鈴木(すずき)初子(はつこ)が顔を出した。

 

「あぁ、あんたか」

 

 初子は、無愛想にそう言った。ユウナが立ち上がって、

 

「あの、先ほど電話したんですけど、お留守だったようで。今日から、どうぞよろしくお願いします」

 

 と言うと初子は、

 

「まあいいさ。早くお入り」

 

 そう言い、中に入っていった。ユウナも少し安心し、中に入ることにした。

 中に入ると初子が、

 

「あんたは龍山の学生だったね」

 

 と言うのでユウナは、

 

「はい、まだ入学はしてませんけど」

 

 そう答えた。そして初子がしばらく黙っていると、今度はユウナが質問した。

 

「あの、ここの民宿は、ほとんどが龍山の学生さんなんですか?」

「ほとんどなんてもんじゃない。みんなそうさ。第一、この辺にはほかに大学も企業もないからね。それにここを利用するのは、金に余裕がないやつばかりだ。それも年々減ってるような有様さ」

「ご主人が亡くなる前までは、大勢の人が住んでたんですか?」

 

 ユウナはそう言ったあと、ハッとして謝った。

 

「あ、すみません。つい……」

「べつに構わんさ。かえって気を遣われる方が気分が悪くなる」

 

 初子がそう言うのを、ユウナは後ろから見つめていた。そしてそれは、少しばかり悲しそうにも見えた。和室に入り、二人は卓袱台を挟んで向かい合った。

 

「で。あんたはどこの学科だい?」

「え?」

「学部学科はどこかときいているんだ」

「あ、あぁ。理工学部の、パラダイス開発というところです」

「あぁ、ミッちゃんの旦那が立ち上げたところか」

「あの……、失礼ですが、なぜそのようなことを?」

「前にも言ったろ。ここに住むということは、家事の手伝いをしてもらう覚悟があるのかと。だから時間に余裕がある曜日を先に知っておきたいんだよ」

 

 ユウナはそれをきいて、ようやく納得できた。

 

「あの、話が変わりますが……」

 

 ユウナが言った。

 

「何だい?」

「大家さんは、なぜこの……」

「大家はやめておくれ」

 

 初子はユウナの言葉を遮り、そう言った。それをきいて、ユウナは少し困惑した。

 

「え、と、じゃあなんてお呼びしたら……」

「初子だから、‘初’とでも呼んでもらおうかね」

「あ、はい。わかりました、初さん」

「で、何だい?」

「あ、初さんは、なぜこの民宿を始めようとなさったのですか?」

 

 すると、初子は少しくぐもった表情になった。

 

「あの……」

 

 ユウナは、少し不安になった。すると初子は、こう言い始めた。

 

「夫がねぇ、昔から若い子を見るのが好きだったんだ。退職直前まで、大阪の企業で働いてたんだ。でも退職しちまって、後輩の面倒を見るのが好きだったから、しばらく元気がなくてねぇ。でもある日突然、民宿を始めたいって言いだしたのさ。近くに大学があるからってきかなくてねぇ。あたしも最初は反対してたんだけど、一度こうと決めたら最後までやり通す人だってわかってたから、あまり厳しくは言えなかった。それで、死ぬまでずっと若い子の面倒見て、すごく楽しそうだった。あたしも……、そんなあの人を見るのがいつの日か楽しみになってたんだ」

 

 初子の顔はいつの間にか、幸せそうな柔らかい表情に変わっていた。それを見てユウナも笑っていると、我に返った初子は咳払いをし、

 

「これでわかっただろ。少ししゃべりすぎた、あぁやだやだ、最近の若いもんは人の心を丸裸にするのが好きだねぇ」

 

 そうブツブツ言いながら立ち上がり、部屋を出ていってしまった。ユウナはしばらく、その部屋の様子を眺めていた。部屋の中央には仏壇があり、前には夫と思われる男性の写真が飾ってある。ユウナは、仏壇の前に座った。よく見ると、ほかにも学生と一緒に撮った写真や、若い頃の白黒の写真も置いてあった。その中には初子と一緒に写った写真もあり、きっと新婚旅行の時のものだろうとユウナは勝手に推測した。すると、

 

「おい、いつまで荷物玄関に放っておくつもりだい」

 

 という声がするのでふり向くと、初子が部屋に戻ってきていた。ユウナは慌てて、

 

「すみません!」

 

 そう言いながら立ち上がると、急いで玄関の方にいった。

 

 その後、初子に連れられて二階の部屋へ案内された。初子が襖を開けると、

 

「ここがあんたの部屋だよ」

 

 と言い、ユウナを中に入れた。そこは八畳ほどあり、掃除をしたばかりなのか、塵一つ見あたらなかった。

 

「この部屋の管理は自分でやるんだよ」

 

 初子がそう言って、階段を降りていった。ユウナは、その部屋の窓を開けた。すると暖かい風が、部屋中に舞いこむようにして流れこんだ。ここで新しい生活が始まるのだと、風がそう告げているようだった。ユウナはしばらくの間、目を閉じてその風に吹かれながら、春の温もりを感じていたのだった。

 

 その後、ユウナは持ってきた衣類を洗濯しようと思い、脱衣所に入った。しかし、洗濯機が見つからない。ここじゃないのかと思い、初子を探しにいった。そしてようやく、初子が庭にいるのを見つけた。そしてユウナは、中から初子に声をかけた。

 

「あの、初さん!」

 

 すると初子がふり返り、

 

「またあんたか、今度は何だい」

 

 と、きいてきた。ユウナが、

 

「あの、洗濯したいんですが、洗濯機ってどこにありますか?」

 

 そうきくと初子が、こう言うのだった。

 

「そんなもんあるかい、これでするんだよ!」

 

 そして、初子は近くにあったタライを指差した。それを見たユウナは思わず、

 

「えぇ!?」

 

 と声を上げた。まさか洗濯機がなく、タライで洗濯をするなど思ってもみなかった。

 

 その後、ユウナは言われた通りタライに水を張り、衣類に石鹸をつけて洗濯していると、また初子が現れてこう言った。

 

「あぁ、あぁ。あんたそれやったことないのかい」

 

 そして初子はユウナからそれを取り上げると、洗って見本を見せてくれた。さすがに手つきが慣れており、あっという間に仕上げてしまった。ユウナはそれを見て、ただただ感心するばかりであった。終わると初子は別の服をユウナに渡し、

 

「さぁ、あとは自分でやってみな」

 

 と言った。ユウナは見た通りに手を動かし始めると、

 

「もっと強くこするんだよ!」

 

 そう横から初子が厳しく言うのだった。ユウナはその後、何度も何度も同じことを繰り返しては初子に怒られていた。

 

 そうしている間に、日は暮れ始めていた。ユウナはくたくたになって戻ってくると、初子が夕飯の用意をしていた。それからさらに時間は過ぎ、日が完全に落ちると、ユウナは初子と二人で夕飯をとった。これが、初めてユウナが食べる初子の料理だった。その美味しさに驚きながらも、ユウナは箸を進めた。すると初子が言った。

 

「明日は夕飯の手伝いをしてもらうからね」

 

 それをきいたユウナは、

 

「はい。でも明日は、ちょっと予定が入ってて……」

 

 そう答えた。

 

「何の予定だい」

「友達が京都に住んでて、明日その子の家に行くことになってるんです。あ、でも朝から出かけるので夕方には帰れると思います」

「そうかい」

 

 初子はそう呟くと、ユウナと目を合わさず食事をしていた。ユウナは少し気になったように、それを見つめていた。

 

「ところで、ここには私以外に誰か住んでるんですか?」

「今年はあんた一人さ」

 

 初子はそう言って、また目を合わせなかった。ユウナはそれに若干の戸惑いを覚えつつも、初子が作ってくれた料理を堪能した。

 

 そして夜になり、ユウナは自分の部屋に布団を敷き、電気を消した。初めての夜だったこともあり、あまり眠れそうもなかった。明日は、久しぶりにリカと会うのだ。顔色が優れないままだと、かえってリカを心配させてしまう。ユウナは、なんとか眠ろうと瞼を閉じた。

 

 そして、ウトウトし始めてから一時間ほどが経過したころ、枕元に置いてあったスマホの画面が勝手についたのがわかった。不思議に思い、ユウナは起き上がって画面を見た。すると、意表をつくように中から何かが飛び出してきた。それは、正彦から預かったパズドラのモンスターだった。

 

「どうしたの、レッド」

 

 ユウナは、その赤くて丸いモンスターのことを「レッド」と呼んでいた。レッドは、畳の上で飛び跳ねている。

 

「しっ、初さんが起きちゃうから」

 

 ユウナはそう言うと画面のボタンをタッチし、何かを取り出した。それは、ユウナの手の上で光っている。ユウナはレッドにそれを近づけると、レッドは大きく口を開けて体内に吸いこんだ。そうするとレッドは満足そうな顔になり、欠伸をしてスマホの中へと戻っていった。ユウナは暗くなった画面を見つめ、

 

「おやすみ」

 

 そう呟くと、スマホを置いて自分も目を閉じたのだった。

序盤のキャラで、最も印象深い登場人物は?

  • 中谷優奈
  • 鶴ケ崎麗菓
  • 月見里美香
  • 夢野あかり
  • 池谷大輝
  • 相場善秀
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。