車にすべて運び終えると、二人は雅也に連れられて駅中にある喫茶店に入った。そこにはレイカもいた。ユウナは雅也に、
「今日は、ありがとうございました」
と礼を述べるとリカも、
「ありがとうございました!」
と、深々と頭を下げた。それを見た雅也は、
「いやいや、あれくらいどうってことないさ。まして、お役に立てて嬉しいっていうか、その……、まあそれはいいや。あとで、君の下宿に運んでおくから」
そう言うのだった。すると、
「どうでもいいけど、なんであなたたちまでいるの?」
と、雅也の横でレイカが気まずそうに言った。
「なんだ、久々に会えたのに嬉しくないのか?」
「久々も何もないわよ。今月卒業したばっかりだし。第一、嬉しくもなんともないから。だいたい、ムカつくのよ。人の手伝いで遅れました〜なんて言い訳されるのが、一番腹立つの」
「わかったわかった」
雅也はそう言って、レイカを宥めた。
「そういえば君も、レイカと同じ高校行ってたんだって?」
不意に雅也は、リカにきいた。
「はい、三年の二学期が始まってすぐ引っ越しましたけど」
「そうか。どうだった? 噂になってただろ」
「えぇ、まぁ。すごい子がいるってことぐらいは……」
すると二人の会話をきいていたユウナが、雅也にこう尋ねた。
「誇りに思ってらっしゃるんですね、妹さんのこと」
それをきいた雅也が、
「あぁ、それはもちろんだ。俺なんかより、ずっと出来がいいんだもんな」
と言い、レイカを見た。するとレイカは、
「べつにそんなこと言ってほしくて来たわけじゃないわ。第一、あなたに褒められてもちっとも嬉しくないから!」
と、ユウナの方を見ながら言った。それをきいて、ユウナは苦笑していた。
「それで、なんで呼んだの?」
レイカは、雅也に本題をきいた。雅也が、
「あぁ、入学の前はいろいろ大変だと思って、これを渡しに来たんだ」
と言い、上着のポケットから御守りを渡した。
「何か嫌なことがあった時、これを見て俺たち家族のことを思い出してほしい」
雅也は真剣な顔でそう言った。しかしレイカは、
「え? これだけ?」
と言い、きょとんとしている。
「そうだが……」
雅也がそう言うのでレイカは腹が立ったように、
「私帰るわ」
と言い、立ち上がった。
「おいおい、なんで怒ってるんだ?」
「当たり前でしょ! そんなもの渡すためにいちいち呼びつけたの? 信じられない」
「そんなものとはなんだ! 俺がせっかく神社で選んできてやったのに!」
「だからってこんなもので私の心が癒されるとでも思ったの!? 返すわ」
レイカは雅也に御守りをつき返し、雅也の前をすり抜けて本当に帰っていってしまった。そしてその余韻だけが、わずかに店内に残った。雅也が、
「すまないな、恥ずかしいところを見られてしまったようだ」
と言い、下を向いた。すると、その様子を一部始終見ていたユウナがこう言った。
「でも、仲がいいんですね」
「そう見えるか?」
「はい、とても仲がいいんだって、羨ましいです」
「そんなことないさ。素直じゃないんだ、いつも。でも最近、思ってることをよく言うようになって、前よりは喧嘩も減った気がする。それは、実を言えば君のおかげなんだよね」
「え?」
ユウナは、不思議そうに雅也を見た。
「君が、レイカの心を開かせてくれた。母さんとも仲直りできた。それだけで、あいつは今、幸せなんだと思う」
その言葉をきき、ユウナは少し恥ずかしくなった。
「私は何もしていません。努力したのは、彼女自身だと思いますから」
「そうだな。うん、君の言う通りかもしれない。でもあいつは変わった。それだけは、事実なんだ」
「そうですね」
ユウナと雅也は、嬉しそうに見つめ合った。
そして、雅也の車で下宿に戻った。日はもうすでにだいぶ傾いていた。荷物を運び終えると、ユウナは雅也に言った。
「今日は、ほんとにありがとうございました。おかげ様で、助かりました」
ユウナが頭を下げると雅也は車から、
「また何かあったら、遠慮なく言ってくれよ」
と言うのでユウナも顔を上げ、嬉しそうに答えた。
「はい」
「そうだ、忘れるところだった」
雅也はそう言うと、紙袋を取り出してユウナに手渡した。
「これ、行きに寄ったお菓子屋で買ったんだ。よかったら、中の人とかと一緒に食べて」
「いいんですか?」
「あぁ、ちょっと気に入っててね」
「ありがとうございます!」
ユウナはそう言って、また頭を下げるのだった。そして、雅也は車で帰っていった。それを見送っていたユウナは車が見えなくなると、中に入ろうと背を向けた。すると、またあの部屋が気になって上を見た。そして不意に、あることを思いついたのだ。ユウナは階段を上がり、その部屋の前まで行った。その部屋に続く階段を上がるのは初めてで、ユウナは軽い罪悪感を覚えた。そして大きく息を吸いこむと、呼び鈴を一回押した。案の定、何の反応もなかった。でもこれでは諦めきれず、今度はノックしてみることにした。コンコンという音だけが、中に響いているようにきこえた。そして今度は、実際に中に呼びかけてみようと思った。
「すみませ〜ん!」
ユウナはそう言うと、耳をドアに押しあてた。それでも、中からの反応はない。
「誰かいませんか〜?」
そう言っても、いたって声はおろか、物音すらもきこえない。少し不気味に思い、ドアの前でユウナは中にきこえるように話しかけた。
「あ、あの! 私、中谷優奈と言います。今度、龍山大学に入学する予定で、先日、引っ越してきました。わからないことばかりだけど、初さんにいろいろ教わりながらなんとか暮らしています。今日、知り合いの方からお菓子をいただいたので、もしよかったらどうぞ食べてください。ここに置いておきますね」
ユウナは、ドアのすぐ近くに菓子の入った袋を置いた。そしてユウナはドアに向かって、
「それじゃあ、また来ます」
と言い、階段を降りていった。その様子を、部屋の中から誰かが覗いていたが、ユウナには気がつくはずもない。ユウナが宿に入ろうとすると、犬が走ってきた。種類は、小型の柴犬といった感じだ。ユウナはしゃがみ、その犬を抱きしめた。
「ごめんね……」
ユウナがそう言うと犬は、
「クゥン……」
と、寂しそうに鳴いた。ユウナは顔を上げると、その犬と目があった。そうすると、犬の首輪が目に入る。ユウナは、その首輪についている木でできた札を見た。そこには文字が書かれていたが、かすれて読みにくい。ユウナはそれを頑張って読んでみた。
「ペ……ロ……?」
この犬の名は、どうやら「ペロ」というらしい。ユウナはペロの頭を二、三度撫でると立ち上がり、中に入っていった。ペロの視線を感じながら、何もできない自分に腹を立てつつも、戸をゆっくりと閉めるのだった。
その日の晩、ユウナはどうしても夕飯に手が伸びなかった。ペロは、毎日何を食べさせてもらっているのだろう。そればかりが脳内を駆けめぐるのだった。
「食べないのかい?」
初子は言った。そしてユウナは、ペロのことを知ったあの時から、心にあったことを初子に話そうと決心した。
「あの、ペロのことなんですが……」
「あぁ、あの犬か。あんた、よくあの字が読めたねぇ」
「あ、あの……。私に、世話をさせてくれませんか?」
「あの子をかい?」
「はい。私、可哀想でならないんです。最初の飼い主さんがあれでは、あの子は、誰にも愛されていないような気がして。それを見ているとすごく、悲しくなって……」
ユウナが目に涙を溜めながら話すのを見て、初子がこう言った。
「あの子は、もともと野良犬だったよ」
「え?」
「雨の中、捨てられて、この近所につながれてたのさ。それを今の飼い主が拾ってきて、わたしゃ動物が大嫌いだったから、捨ててこいって言ったんだ。そうしたら、そんな不人情な話があるかってストライキまで起こされてねぇ、たまったもんじゃなかった。だから、仕方なく許してやったのさ」
「そうだったんですね」
すると初子がユウナを見て、
「あんたにその覚悟があるってんなら、私は何も言わない。でも、決して途中で投げだすんじゃないよ」
と言うのをきき、ユウナは顔を明るめた。
「じゃあ、認めてくださるんですね!」
「認めるもなにも、初めからそうなってほしかっただけさ」
「ありがとうございます!」
ユウナは、初子に心から感謝した。
それから部屋に行き、ユウナは座りこんだ。すると不意に、惟英のあの言葉を思い出した。
『もしかすると、これがその第一歩なのかもしれないな。ユウナにとっての、最初の試練だ』
あの言葉は、決して嘘ではなかったのだ。ユウナはそう思った。そして、家に電話をかけた。出たのは母、百合子だった。
「ユウナ? どうしたの?」
「ううん、今どうしてるかなって思って。お父さんは?」
「今日も遅くなるんですって」
「そう」
「ほんとに大丈夫? 具合悪いならちゃんと言いなさいね」
「大丈夫だよ。もうすぐ学校も始まるし、新しい友達ができるかちょっと不安だけど……。でもね、高校が一緒だった子もいるから、たぶんやっていけると思う。だから心配ないよ。そっちも、身体に気をつけてね」
「ありがとう。成長したのね、あなたも」
「なによ〜」
二人はその夜、電話越しで笑い合っていた。そしてその笑い声は、月の光によってさらに強みを増していくようだった。
2013年3月28日。ユウナの大学では、入学式の前から新入生ガイダンスが始まる。それには、新入生は必ず参加しなければならない。もちろん、ユウナの学科でも同じようにガイダンスは始まっていた。ユウナは、
「行ってきます!」
と言い、外へ飛び出した。そしてユウナはふと何かを思い出し、引き返した。それは、ペロにあげる餌だった。ドッグフードを皿に入れ、ペロに食べさせた。そして、
「行ってきます」
と言うと、ユウナは今度こそ走って大学へと向かうのだった。初子も中からその様子を見て、一人で笑みを浮かべていた。そこへ、
「こんにちは〜!」
という女性の声が、玄関の方からきこえてきた。初子が出てみると、
「あら、ミッちゃん」
と言った。そこに立っていたのは、美千子だった。
「こんにちは、ユウナちゃんいる?」
「あぁ、さっき入れ違いで出ていったよ。会わなかったのかい?」
初子が尋ねると、美千子は首を横に振った。
そして二人は和室に行くと、また話しこんだ。美千子が初子に、
「それより、ユウナちゃんはしっかりやってるかしら?」
ときくと、初子が言った。
「まぁ、最初のうちはだらしがなかったけど、今は犬の世話も毎日してるし、ちょっとは見直したよ」
「まあ早い」
美千子が言うので初子は、
「何がだい!」
と、不機嫌そうにきいた。すると美千子は、こう言うのだった。
「だって今までの学生さん、初さんがちょっと見直したって言うのに、どれも半年以上かかってたわよ」
「まぁ、私も最初は認めたくなかったけどね。でも、これまでのやつらとは何かが違うのかもしれないね」
「きっと、自分を見つめ直しているのね」
美千子は、独り言のように呟いた。それをきいた初子は、
「また訳のわからないこと言うね。でも、きっとあれはとんでもないことやってくれる、わたしゃなぜかそう思うね」
と言うので美千子も、
「そうね」
そう言って共感していた。
その頃、ユウナは大学に向けて全力疾走していた。これから、ユウナの人生を大きく左右していく出会いがすぐそこに待っていたのだった。
第十四回「
次回予告
正彦「これが私の理想とする世界だ」
学長「君たちはこれから、多くのことを学ぶことでしょう」
ユウナ「先生は、なぜここで研究を?」
正彦「人には、それぞれ合った環境というものがあるんだ」
ユウナ「同じ下宿に住んでる人で、引きこもりの方がいて」
リカ「その人をどうするかは、ユウナちゃん次第だと思う」
美千子「毎日同じように接してあげてるだけで、自然に外へ顔を出せるものよ」
ユウナ「どうして、ずっと閉じこもってるんですか?」
リン「ユウナってさ……、たまに何考えてるかわからないよね!」
ユウナ「えっ?」
「私は、諦めませんから。どんなことをしてでも、あなたを救い出してみせます」
次回(第十五回)
「
序盤のキャラで、最も印象深い登場人物は?
-
中谷優奈
-
鶴ケ崎麗菓
-
月見里美香
-
夢野あかり
-
池谷大輝
-
相場善秀