四人は、龍安寺と呼ばれる寺へ向かった。その庭園は有名で、白砂の中に大小十五個の石が置かれてある。三人は縁側に座り、雅也はその後ろに立ってその庭園を眺めた。
「この石、一目で全部見れないんだって」
リンが言うので、
「ほんとだ〜」
と、リカはそれを確かめながら言った。リンは続けて、
「全部いっぺんに見ようとしても、絶対に一つ隠れるらしいんだ」
そう言うのでまたリカが、
「ほんとだ~」
と、感動したように言った。すると後ろにいた雅也が、三人に補足説明をした。
「十五という数字は、中国故事によると完全という意味らしい。どこか一つ隠れるということは、不完全を表していると言い伝えられている。自分の未熟さに気づかせてくれる、そんな意味合いなのだろう」
「未熟さに、気づく……」
ユウナは、そう呟いた。
「鶴ケ崎さんも誘えばよかったかな……」
ユウナが、リカにそう囁いた。リカも笑って、
「ほんとだね」
と答えているとリンが、
「何? 誰のこと?」
そうきいた。すると、雅也もきこえていたのか、
「俺の妹だよ」
と、ユウナたちの代わりに答えた。
「俺の妹、完璧主義でさ、自分に足りないところがあっても認めたくないらしいんだ。すべてが完璧な人は存在しない、でもそう思いたくないんだろうな。まあ結局、これ見せてもだめだったけどな」
「えっ、じゃあ連れてきたことあるんですか?」
リカはきいた。
「この間、下宿先に荷物運ぶ途中、近くを通ったんだ。でも、かえって逆効果だったなぁ」
雅也は、恥ずかしそうに頭をかいた。それを見てユウナも微笑み、またしばらく庭を見つめていた。そうしていると、不意に正彦の言葉が頭を過ぎった。
『これは、人工的に創り上げた世界にすぎない。何もかもが
ユウナは、自分でも気づかないうちに難しい表情になっていたのか、それを不審に思ったリンが声をかけてきた。
「ユウナ、どうしたの?」
ふと我に返ったユウナは、何気にこう質問してみた。
「ねぇ。みんなは、例えばゲームの世界に入れるとして、その中に花が咲いてたら、それはやっぱり自然とは言えないのかな」
するとリカが、
「どうしてそんなこときくの?」
と、不思議そうな顔できき返してきた。当然の反応だろう。急にそのような質問をされ、何とも思わない人はいない。
「ううん、何でもないよ。気にしないで」
ユウナは二人を安心させるように、そう言った。それでも二人は、互いに顔を見合わせている。
「でも、人が作ったんだから、やっぱり自然じゃないんじゃない?」
「私もそう思う」
リンとリカが、それぞれに言った。ユウナは、
「そっか……、そうだよね。ごめん」
そう言うと、リカが少し心配そうに、
「ほんとに大丈夫?」
ときくと、ユウナは頷いた。
「そろそろ行こう」
ユウナは言うと、立ち上がった。雅也も、その様子を黙って見ていた。
その後、三人は雅也にいろいろな観光地を案内してもらい、最後はお土産を買ったりした。そして帰りの最寄駅に着くと、雅也と別れた。
「ほんとに、ここでいいの?」
雅也が尋ねるとユウナは、
「はい。大体わかりますので」
と答えた。そして、雅也は帰っていった。それを見送ったあと、
「今日は楽しかったなぁ、また来ようよ」
と、リンは嬉しそうに伸びをしながら言った。するとリカも、
「じゃあ、今度は私たちだけで行かない? ユウナちゃんも行くでしょ?」
そう言いながら、ユウナの方を見た。しかし、ユウナは考え事をしていて、何もきこえていなかった。
「あ、うん。何?」
ユウナが焦ってそう言うと、リンがまた心配したようにきいてきた。
「ほんとに何もないの? 今日のユウナ、おかしくない?」
ユウナはそれをきき、一瞬ためらった。正彦の研究を手伝っていることを言おうか、でもアカネからは絶対に言うなと釘を刺されていた。
「ほんとに何でもないの。久しぶりにこんなに歩いたから、疲れちゃって」
「なんだ〜」
リンとリカは、それをきいて納得したようだ。そして三人はそこから電車に乗り、京都駅まで帰ることにした。
ユウナは帰る途中、自分にできることはないかと考えた。正彦は自分の研究を、世の中の役に立てようとしている。雅也もまた、記者として必死に自分の夢を追い求めている。そんな彼らを応援することしかできない自分が、ユウナは情けなく思えた。ユウナ自身も、正彦と話をして誰かの役に立ちたいという目標ができた。大学に行けば、それが自然とわかるものとばかり思っていた。しかしいざ来てみると、何をするべきなのかまったくわからなくなっていた。何か、自分にもできることはないか、そう考えているうちに、下宿に帰ってきてしまっていた。そして、玄関先で足を止める。また真宏の部屋を見上げ、ペロがしきりに吠え続けている。それは相変わらず、寂しそうな声だった。
ユウナは次の日、ペロに餌を与えると、買って来た袋を持って真宏の部屋に行った。部屋の前で声をかけると、来たばかりのころが嘘のように、あっさりと部屋に入れてくれた。ユウナは京都で買ったお土産を渡し、大学での近況を報告した。
「じゃあ、お前もアニ研入ったのか?」
真宏がきくと、ユウナは答えた。
「はい。皆さん、すごく優しくしてくれて。それに、少しだけやりたいことが見つけられたような、そんな気がするんです」
「そうか」
真宏はそれだけ呟くと、パソコンに向き直った。すると、ユウナは真宏のパソコンの画面が気になった。
「あの。先輩も、アニメ作ってるんですか?」
「あぁ。俺も昔、アニ研だったからな」
それをきいて、ユウナは驚いた。真宏がアニメ研究会に所属していたのなら、ユウナは真宏とサークル内での先輩、後輩という関係になる。真宏が引きこもってしまった原因は、もしかするとサークルにあるのではないか。そう思ったユウナは、真剣にこう話した。
「あの、今日こそ教えてくれませんか。先輩が、外に出られなくなってしまった理由を」
「なんでお前に話さなきゃならないんだ?」
「気になるんです。それに、皆さんすごく心配していると思いますから」
「お前お節介だな。それに、誰も心配なんかしてねえよ。俺のことなんか」
真宏は手を止め、寂しそうに言った。
「どうして、そう思われるんですか?」
「あいつらは、お前みたいなお人好しじゃねえんだ。お前も気をつけな」
真宏は、すぐさま答えた。
「俺なんかいなくても、誰もなんとも思わねえんだ。あいつらだって、俺に会いたいなんて微塵も思ってねえよ。誰にも救われないまま、年をとるだけだ」
ユウナはその時、ふと昔の自分を思い出した。昔の自分は、まさにこんな感じだった。誰にも助けを求めず、救いの手が来ても素直にそれを握ることはできなかった。経験した者にしかわからない痛みは、経験した者にしか癒すことができない。ユウナは、そっと真宏の手に、自分の手を伸ばした。
「私がいます。私は、あなたを助けたい。どう思われても、何を言われても、私は、意地でもあなたを救ってみせます」
真宏は、ふり向いてユウナを見た。そして目が合うと、ユウナはハッとして手を引っこめた。そして、焦りを隠すようにこう言った。
「だから……、いつでも私を頼ってください。辛いことは、何でもききますから。先輩は、私の悩みをきいてやると約束してくださいました。だから先輩も、約束してください。何かあった時は、私が支えになります。だから、隠さずに心の内を私に伝えてください」
すると真宏は、また向こうを向いた。
「余計なお世話だ。もう帰ってくれ」
それをきいたユウナは、仕方なく立ち上がった。
「わかりました。また来ます」
そう言い残すと、部屋を出ていった。その後、真宏はユウナが出ていった方向を見続けていた。真宏もまた、ユウナが自分と同じような体験をしたことがあるということに気づいたのかもしれない。
翌日、ユウナは一週間ぶりにアニ研の部室を訪ねた。見学に行った日以来、入部したもののほかのことに追われて足を運んでいなかったのだ。もしかしたら、真宏のことも何かわかるかもしれない。副部長の
「おぉ、久しぶり。来てくれたんや」
と、嬉しそうにユウナを迎えた。
「ちょっといろいろあって、今頃になってしまい、すみません」
「いいって。そうや、ほかにも一回生が入ったから紹介するわ」
星見はそう言って、その一回生の名を呼んだ。それはユウナよりも少しばかり身長が低く、眼鏡をかけた女子だった。
「この間入った、長谷川さん。よろしくしたってな」
星見が紹介すると、
「
と、その女子は言った。ユウナも、
「中谷優奈です。よろしく」
そう答えた。恵は頭を下げて向こうへ行くと、星見がこう言った。
「うちのサークル、あんまり知られてないけど、前までは結構いろんなとこに出品して、賞とかももらってたんやで。でも最近はあんまり実績なくて。やっぱり部長がおらんようになってから、ちょっと変わっちゃって。でもあんま気にせんといてな。じゃ、ソフトの使い方でも説明しよっかな。ちょっと来て」
星見がそう言って歩いていくと、ユウナはふと呼び止めた。
「あ、あの」
星見が、
「何?」
とふり返ると、ユウナはこう尋ねた。
「その部長さんって、今はどこにいるんですか?」
「あぁ、ちょっといろいろあってな……」
星見は案の定、何かを知っているような素振りを見せた。
「今は、僕が代理で部長ってことになってるから、そこについてはあんまきかんといてほしい、かな……」
そう言うと、また歩いていった。ユウナはそれを見て、これ以上はきけないと悟り、この時は諦めることにした。でも星見はおそらく、真宏が部屋に閉じこもりきりになってしまった理由を知っているのだろう。しかし、それをあまり深く追求してしまうと、ユウナもここにいられなくなるかもしれない。では、どうすればよいのかとユウナは考えた。すると、あることを思い出す。たしかこのサークルは、正彦が顧問を務めていたはずだ。正彦に尋ねれば、何かわかるかもしれない。ユウナはそう思った。
そしてユウナはその帰り、正彦の研究室に立ちよった。ユウナは戸を叩き、
「失礼します」
と言って中に入ると、幸い正彦は研究に夢中になっていた。ひたすらキーボードを叩き、コンピュータに複雑なプログラムを書いていた。ユウナは、
「あ、あの!」
と声をかけ、正彦はユウナの声に気がついた。
「おぉ、来ていたのか。すまない。ビルズ・パリティは基本朝にやるから、今はやってないんだ」
正彦がふり向いて言うとユウナは、
「違うんです。教授に、相談があって来ました」
と言った。
「相談?」
「あの、授業に関係のない話なんですが、いいですか?」
「あぁ、もちろんだ。きかせてくれ」
正彦はそう言って、ユウナを見つめた。そしてユウナも、話すことにした。
「私、ここから歩いて二十分くらいのところに下宿してるんですが……」
「あぁ、美千子からきいてるよ」
「そこに、引きこもりの人がいるんです」
その話をきき、正彦の表情が変わった。ユウナは続けて、
「一日中、部屋から一歩も出てこれずに、ただ自分の部屋の中でアニメを作ってるんです。彼は、私が入学する前、アニ研で、そこの部長だとききました。私が部屋に行って説得しても、他人を信じられずにいるんです。それを見ていると私、昔の自分を見ているようで、助けてあげなきゃって思うんですけど、どうしていいかわからなくなって。教えてくれませんか、彼に何があったのか。教授なら、知っていると思ったんです」
と言うと、正彦がくぐもった表情のまま言った。
「君がそれを知って、何になるというんだ」
それをきき、ユウナはこう答えた。
「私は、あの人を助けたいんです」
すると、正彦が急に立ち上がった。
「私からはとても言えない。それは、本人の口からきいてくれ」
正彦がそう言うと、小さな機械のようなものを取り出した。それを、ユウナが不思議に思いながら見ていると、正彦が言った。
「君、スマートフォンを持ってるか?」
「えっ?」
唐突に違う話をされ、ユウナは戸惑った。ユウナは上着のポケットからスマホを出すと、正彦に見せた。
「貸してくれるか?」
そう言うので、ユウナはそれを正彦に渡した。いったい何をするつもりなのか、皆目わからなかった。正彦は再び机に向かうと、何かをし始めた。後ろからはよく見えなかったが、ユウナにはスマホの蓋を開け、中に何か特別なものを組みこんでいるように見えた。しばらくそれを見ていると、
「できた」
と正彦は呟き、ユウナにスマホを渡した。
「ゲームのアプリを開いてごらん」
ユウナは、言われた通りにした。すると設定画面の中に、英語で「Door」という文字が書かれている項目があった。ユウナはそれを不思議そうに見ていると、
「そこを押してごらん」
そう正彦が言った。ユウナは戸惑いながら、それをタップした。すると、なんとスマホの画面が突然、光り始めたのだ。
「それを足元に置いてごらん」
ユウナはまた、言われた通りにスマホを床に置いた。すると、虹色のモヤのようなものが、ユウナの目の前に広がった。
「何ですか? これは」
ユウナがきくと、正彦は答えた。
「これで、君がどこにいてもあの世界に行けるようにしたんだ」
それをきいて、ユウナは恐る恐る謎のモヤに足を入れた。すると、目の前の景色が変わり、ゲーム世界に入ることができた。正彦も、ユウナに続いて入ってきた。
「どうだ、素晴らしいだろう。これで毎朝ここに来なくても、ビルズ・パリティができる。君の苦労を配慮して、ずっと開発していたんだ」
「どうして、私にそこまでしてくださるんですか?」
ユウナがふり返ってきくと、正彦はこう話した。
「自分でもよくわからないが、君に何かを感じていてな。曖昧な言い方ですまない。でも、これだけはわかってほしい。私は、自分のためだけにこの世界を創ったわけじゃない。この世界で、救えるものがあるならば、私はこれ以上ない幸せだと思う」
「幸せ……」
ユウナはその言葉をきいて、なぜだか少し心が安らいだように感じた。
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