次の日、ユウナはいつものように正彦の研究室を訪れた。昨日のことを話そうと前日から決めていたのだ。何も知らない正彦は、いつもと変わりない言い方で、書類を整理するようユウナに指示を出した。するとユウナが、
「あの、その前に少しいいですか?」
と、尋ねた。
「何だね?」
正彦がきき返すと、ユウナは言った。
「昨日、吉田先輩が来なくなった理由、ききました」
正彦は少し意外そうな顔をして、
「そうか……」
と言った。ユウナが、
「なぜ、あんなことをしたんですか?」
そうきいても、正彦は黙っていた。
「些細なことでも、人を傷つけてしまうことがあるんです。それは時に、取り返しのつかないことにもなります」
すると、正彦はこう話しだした。
「ほんとに……、悪気があったわけではないんだ。あんなことになってしまうとは、思ってもみなかった」
「そうですよね……。わかっていたら、教授があんなことするわけがないですよね。でも、彼は教授のことを許せないと言っていました。謝ってください、彼に」
ユウナがそう言うと正彦が、
「私も、ずっと謝りたかったんだ。ただ、彼が部屋に閉じこもっている限り、何を言っても会ってはくれないだろう。現実とは、そういうものなのかもしれない」
と言うので、
「現実……」
ユウナはそう呟き、正彦を見つめていた。するとユウナは、何か閃いたような顔をした。そして、正彦にこう言うのだった。
「教授……。
正彦も、それをきいて不思議そうにユウナを見つめていた。
そして、ユウナは急いである場所へ向かった。真宏のところだ。どうか、二人に会ってほしい。これが自分にできる、唯一のお節介なのだから、最後まで遂行しなければならない。そして真宏の部屋の前まで来た時、ユウナは足を止め、スマホを操作し、足元に置いた。すると、スマホの画面から虹色の扉が出現した。ここから、あの場所へワープするためだ。真宏を大学まで連れていこうとすると、途中で気づかれてしまう。でもこうすることにより、直接あの世界へ入りこめることができる。ユウナは大きく息を吐き、ドアを開けた。やはり、鍵はかかっていなかった。そして廊下を歩き、中の部屋の戸を開けた。そして、中の真宏に声をかける。
「先輩」
「なんだ、また来たのかよ」
「一緒に来てください」
ユウナは、真宏の手首をつかんだ。真宏は驚き、
「なっ、なんだよ! 行くってどこに!」
と言うと、ユウナは無理やり真宏を立たせると答えた。
「どうしても、見せたいものがあるんです」
何も知らない真宏は、不思議そうにユウナを見つめている。そしてユウナは、真宏の手を引いて外に出た。するとすぐ、虹色の扉が真宏の視界に入った。
「おい、何だよそれ! うわっ!」
ユウナと真宏は、勢いよくその中に飛びこんだ。真宏はわけもわからず、目を瞑った。そして、恐る恐る目を開くと、そこには見たこともない綺麗な景色が広がっていた。
「こ、ここは……」
真宏が呟くと、ユウナがこう言った。
「ここは、仮想の世界です」
「仮想?」
「ここで生きている動物や植物は、全部プログラムを組みこまれています」
「おい、それってまさか……」
真宏は予感した。すると正面から、歩いてくる影があった。正彦だ。正彦は二人の前まで来ると、こう言った。
「やはりそういうことか、ユウナ君」
「はい。でも、こうすることしか思いつかなくて……」
ユウナは、少し下を向きながら答えた。正彦は真宏の顔を見ると、
「久しぶりだね」
と言った。すると真宏が、ユウナを見た。
「そういうことかよ」
すると、ユウナもふり向いた。
「私も、初めは迷ったんです。先輩が、どうしても教授に会いたくないと言っていたことも、少しは理解していました。けどここなら、話ができると思ったんです。ここは、現実の世界とは異なります。自分の思っていることを、隠すことなく話せるのはここだと思ったんです。これが、私にできる唯一のことですから」
それをきいた真宏は、ふと正彦の方を見た。正彦も、真宏を見つめ返してくる。すると、真宏は背を向けてこう言った。
「何も話すことはねえ。俺は、あんたを恨んでんだよ。今更謝ったところで、俺の過ぎた時間は戻って来ねえよ」
「なら、その時間を無駄にしたのは誰ですか?」
ユウナは言った。それをきいて、真宏はふり向いた。ユウナは続け、
「失われた時間は、たしかにもう二度と戻ってきません。でもそれが、すべて教授のせいだと言いきるのは、間違っていると思います。先輩は、ただ逃げているだけです。たしかに、最初の原因は教授かもしれません。でも、もっと早くに話し合えば許せたんじゃないんですか? 先輩は、正面からそれに向き合わず、理屈をつけて逃げていただけなんじゃないですか?」
と、言った。
「お前に何がわかんだよ……」
真宏は、下を向いて言った。
「俺だって、わかってんだよ!!」
そして、ユウナの顔を見て怒鳴った。それを見ても、ユウナは動じずに話をした。
「私は、小さいころ、家に引きこもってた時期があったんです」
「あ?」
それをきくと、真宏は怪訝そうにユウナを見た。
「同級生の子から嫌なことをされて、一時期学校に行けてなかったんです。両親にもたくさん心配や迷惑をかけて、それでも学校に行ったらまた嫌なことをされるんじゃないかと思うと怖くて。でも毎日、家に来てくれる人がいました。その人とは幼稚園にいたころから一緒で、ずっと、私のことを気にかけてくれていたんです。こんな私にも、味方をしてくれる人がいるんだって、それで安心できました。だからちょっとずつ、学校にも顔を出せるようになって、友達も自力で作れるようになりました。人って、そんなものだと思うんです。何かで思い悩んだり、もうダメだって思ってても、側にいてくれる人や、心配してくれる人が一人でもいるのなら、その人を信じてみようって、思えるものだと思います。少なくとも、私はそうでした。だから、もっと誰かを信じてみることから始めれば、きっとうまくいくと、私は思います!」
ユウナはこれまで、何人に同じことを言っただろうか。しかし、その考えを間違いだと思ったことはなかった。実際、自分はそのおかげで救われたのだから。真宏はしばらく黙っていたが、足を踏み出し、正彦の近くへ歩みよった。
「俺は……、全部あんたのせいだと決めつけてた。でも、彼女の言う通り、逃げてるだけだったのかもしれない。彼女に言われるまで、それに気づけなかった俺にも非はあるってことだな」
「吉田君……」
「ちゃんと話せばよかった。今、あんたの思ってることもきかせてくれ」
真宏がそう言うと、正彦は話し始めた。
「私も、君には本当に申し訳ないことをしたと思ってるよ。君の、友達との信頼関係、そして些細な幸せをも奪ってしまった。本当に、すまない」
そして、正彦は頭を下げた。真宏は、
「そうだな。まぁ、たしかにあいつらは俺のこと、まだ許してくれてないかもしんねぇな。けど俺は、もう逃げない。どれだけ時間かかるかわかんねえけど、ちょっとずつ修復していけばいいや」
と言い、笑った。すると正彦は顔を上げ、
「許してくれるのか」
ときくと真宏が、
「あぁ。今のきいて、嘘じゃないってわかったしな」
と言った。
「ありがとう!」
正彦は手を差し出すと、真宏もそれを握った。二人はしばらく見つめ合っていると、
「あの!」
と、ユウナが声をかけた。二人がユウナの方を見ると、
「お友達は多分、許してくれていると思います」
ユウナはそう言った。すると虹色の扉を、なんとアニ研の部員たちがくぐってきたのだ。正彦が、
「これは……!」
と驚いていると、ユウナが言った。
「私が教えたんです。アカネさんには叱られるかもしれませんけど、教授なら許してくれるような気がしたので、すみません」
それをきいた正彦は笑顔で、
「これは、一本取られたな」
と言うと、また声を出して笑っていた。すると部員が真宏を囲み、場を盛り上げた。
「よう、引きこもり! 元気にしとったけ?」
まず最初にそう言ったのは、三宮だった。すると星見は腕を真宏の肩に回し、
「いやあ、ほんまよかった! おかえり、部長」
と言うと夏姫と侑李も、
「おかえり、部長さん」
「おかえり~!」
そう口々に言った。それをきいて真宏は照れくさそうに、
「うるせえよ……」
と言ったと思うと、目から涙があふれてきた。
「お? お? なに泣いとんねん」
「泣いてねーし」
そして、皆は笑い合った。その様子を、ユウナも嬉しそうに見つめていた。これが、本当の幸せというのだろうか。そんな気がしたのだった。
その夜、あるレストランではレイカが母の智美と久しぶりに会っていた。
「久しぶりね、あなたと二人きりで会うの」
「初めてでしょ?」
智美が言うと、レイカはそう言った。すると智美は笑い、
「そうね。でも、なぜかしら。懐かしいわ、こんな不思議な感じ」
と、言うのだった。
「で、今日は何? 話があるんでしょ?」
「あら、雅也から何かきいてないの?」
「きいてないわよ、第一兄さん日本にいないもん」
「そっか……。実はね、私、イギリスに転勤を考えてるの」
それをきき、レイカは少し目を見開いた。
「驚くのも無理はないわね。せっかく距離が縮まったのに、また逆戻りよね。わかってる、あなたが嫌なら、断ろうと思うの。だから私、相談しに来たのよ」
するとレイカは冷静に、
「で、何しに行くの? 教師は続けるんでしょ?」
ときいた。すると智美は、こう答えた。
「ええ。向こうの中学校に知り合いがいて、あ、知り合いっていっても私の高校時代の恩師だけど。その人に、ぜひ来てみないかって言われて。音楽の先生が足りないから、来てほしいらしいの。でも、考えようによっては、とても光栄なことだと思うから、どうしても一人じゃ決められなくて。お父さんにも相談したんだけどね、お前の好きなようにしたらいいって言ってくれた、だから……」
「それで、私に相談しに来たってわけ?」
「そう。ダメ、かしら……」
すると、レイカは言った。
「私も、わからない」
「えっ?」
「ほんとに母さんが行きたいと思ってるなら、行かせてあげたい。でも、これ以上距離ができるのは辛い。また昔みたいに、口も利けなくなるのは嫌。だから、私にも決められない。ごめんなさい」
レイカはそう言うと立ち上がり、店を出ていった。智美は、それを呼び止めることができなかった。激しく揺れ動く心を、必死に抑えこむように、レイカは外を歩いていた。智美も、それを察しているかのように席に座っていたのだった。
一方、夏の兆しが現れるころ、ユウナの大学では、アニ研の部室がより賑やかになっていた。部長が帰ってきたのだ。ユウナは絵コンテを仕上げると、真宏の席に持っていった。
「どうですか?」
ユウナがきくと、真宏は言った。
「う~ん。悪くはねんだけど、なんか物足りないなぁ」
それをきいてユウナは、
「わかりました」
と言い、またその絵コンテを持って自分の席に戻った。すると、部室の戸が開いた。
「ユウナ!」
戸を開けたのは、リンとリカだった。ユウナはそれを見て驚き、
「どうしたの?」
と尋ねると、リンは言った。
「ちょっと遊びに来ようと思って」
そして、リカもこう言うのだった。
「私も、なんだか来たくなっちゃった」
それをきいてユウナは、嬉しそうに二人を見ていた。これが、ユウナがずっと待ち望んでいた光景だったのかもしれない。
その頃、美千子が正彦の研究室に来ていた。
「楽しそうね、ユウナちゃんたち」
そう言うと正彦は、
「うむ……」
と言い、また怪しげなプログラムを書いていた。それを、美千子は仕方なさそうに見ていた。これが、のちに現実世界にも影響を及ぼすことになるとは、この時はまだ誰も知るはずがない。
第十七回「
次回予告
サタール「この世界をすべて私のものにするのだ!!」
美千子「あなたが来てくれてすごくよかったと思ってる」
正彦「少し不思議なことがあってね」
ユウナ「不思議なこと?」
フギン「これがあんたのしたかったことかィ?」
ユウナ「鶴ケ崎、さん……?」
真宏「お前の好きにはさせない」
美千子「放っておいたらこの世界にも影響が出るなんてことは……」
相場「あいつも、お前に感謝してるはずだから」
リカ「だから、好きなんだ」
ユウナ「心ではまだ相場君のこと、大切に思ってるんだよ」
リカ「私もユウナちゃんを見習って、そんな生き方をしてみたいって思ったの」
サタール「まだまだこれからだ……!」
真宏「もう、あそこには近づくなよ」
ユウナ「教授は、あの世界を本当に大切にしてるんです」
次回(第十八回)
「
序盤のキャラで、最も印象深い登場人物は?
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中谷優奈
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鶴ケ崎麗菓
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月見里美香
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夢野あかり
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池谷大輝
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相場善秀