2013年7月2日。昨夜の豪雨が嘘のように、大学の近辺を太陽の光が照らした。梅雨の時期になると、段々と気温が上がり、蒸し暑くなってくる。ユウナは初めての大学での試験に備え、勉強を始めていた。リンが言うには、京都では祇園祭という行事が毎年行われるのだそうだ。この季節になると毎年、多くの外国人観光客や、浴衣を着た人々が街を賑わしていく。関西の大学生であれば、一度は行っておいて損はないだろう。しかし学生にとっては、少し問題点があった。挙げるとするならば、試験やレポートの提出期間とほぼ時期がバッティングしていることが多いのである。特にメイン行事である、「山鉾巡行」などの時には、ちょうど最後の授業が終わったところで、間もなく試験期間に入る。そのため、行きたくてもなかなか時間がとれないことがあるのだ。同じように、ユウナもそれに頭を悩ませた。行ったことがないので、一度行ってみたいと思っていたのだが、必修の単位を落としてしまうと後が悲惨なことになる。そのため、諦めるしかなかった。
この日も授業が終わると、ユウナはリンと一緒にアニ研の部室に行った。リンは別の部活に入っていたが、よくユウナについて行っているのだ。中に入ると部長、吉田真宏の周りに部員たちが集まっていた。何事かと、二人もそこに行って見てみると、パソコンの画面にゲームらしき映像が流れている。真宏がそれを操作すると、中にあるパズルが消え、次々と敵を倒していく。それを見ていた部員たちが、
「すげぇ」
「すごーい!」
などと、称賛の声をあげた。ユウナは、
「これは?」
ときくと、副部長の星見渉が真宏を指して言った。
「こいつが作ってんてさ」
それをきいたリンも、
「どうやったらこんなの作れんの?」
と、驚きの声をあげる。すると、真宏は言った。
「そんなに難しいことじゃねえよ。単純なプログラムだから」
ユウナはそれをきいて、しばらく真宏を見ていた。あれから一月半余が経ち、引きこもっていた真宏は、すっかり元気を取り戻していた。仲間たちとも解かり合い、そして新たな道を歩み始めているのだった。
ユウナも自然に、そんな真宏を見るのがいつしか楽しみになっていた。
第十八回
七月も後半に入り、廊下を歩いているとリンがユウナにきいた。
「ねぇ、夏休みどうする?」
「夏休み?」
「実家とか帰るの?」
「う~ん、考えてなかった。リンは?」
「私は……、今回は帰らない」
「でも、ゴールデンウィークも帰ってないでしょ? お家の人とか、心配してない?」
ユウナがきくとリンは、
「べつに、たぶん平気」
と、答えるのだった。その様子を見てユウナは、
「何か、あったの?」
そう尋ねた。するとリンは、
「え? 全然。バイトとかあるし」
と、笑いながら言った。それは、他人から見ても誤魔化しているように見えた。ユウナは少し気になっていると、今度はリンの方から尋ねてきた。
「ユウナの方こそ、予定ないの?」
「私は……、これからかな。帰れそうになかったら……」
ユウナはそう言いかけて、ハッと気がついた。危うく、正彦の研究の手伝いをしていると言ってしまうところだった。
「どうしたの?」
「ううん、何でもない。あ、よかったらまた三人でどこか遊びに行かない?」
ユウナは、そう言って誤魔化した。
「あ~、私も言おうと思ってた! じゃあさ、前に行けなかったところがいい」
リンもそう乗ってくれたので、ユウナは安心した。アニ研部員には誰にも口外しないようにと伝えてあるが、自分が口を滑らせてしまえば元も子もない。そして、三人で夏休みの予定を立てることになった。
そして二週間ほどが過ぎ、ユウナは前期試験に臨んだ。高校までの試験とはまったく違い、白紙の紙と問題用紙のみ配られる。それでも、学んだことを精一杯出しきればいい、そう思って最後まで諦めなかった。
試験は無事に終了し、ユウナは帰宅した。すると、中から笑い声がきこえる。ユウナは、気になって中を覗いてみると、和室で初子と美千子が楽しそうに会話しているのが見えた。
「美千子さん!」
ユウナはそれを見て、嬉しそうに言った。
「あら、ユウナちゃん。おかえりなさい」
「来てらしたんですか?」
「えぇ。初さんから、最近どうしてるかってきいたら、勉強大変なのによくやってくれてるって。洗濯も掃除も、自分の分だけでなく働き者だって、褒めてたわよ」
「そうなんですか?」
ユウナが初子を見ると、
「大袈裟すぎるよ。まぁ、少しはできるみたいだけどね」
と言い、プイと向こうへ行ってしまった。それを見た美千子は、
「相変わらず、素直じゃない人ね」
と、呆れながら呟いた。そして、ユウナは美千子の方を向き、
「あの、今日はどうしてここに?」
そうきいたところ、美千子は少し沈黙を置いてこう話した。
「実は、ずっとあなたを待っていたの」
「私を?」
「えぇ。前に、言ったと思うの。あの人のことが心配だって。それは、今でも状況は変わらなくて」
「そうですか……。でも、教授は楽しんでやってるんだと思います。そうでなければ、人はあそこまで熱心にならないと思いますから」
ユウナが言っても、美千子の不安は治まらないようだ。
「でも、あの人がいつか身体を壊すんじゃないかって、それだけが心配でならないの。でも、ユウナちゃんがそう言ってくれるなら、不思議とそうなのかもしれないって思えてきたわ。私ったら、心配性で……」
美千子は微笑した。それを見たユウナは、
「でも、そのお気持ちもわかります。私も、手伝いしててわかったんです。教授は、立ち上がる時など、とても辛そうでした。だから、一旦休息を勧めてみます。私が言ったところで無駄かもしれませんが、できることくらいはしたいので」
そう言うと美千子はまた、嬉しそうにユウナを見た。
「ありがとう。あなたは、本当にいい子ね」
「そんな……」
「本当よ。私、あなたが来てくれてすごくよかったと思ってる。優しくて、思いやりがある。その恩は、いつかきっと報われるわ。私は、そう信じてる」
「美千子さん」
「実は私、ずっとあの研究には反対だったの」
「えっ?」
「だってそうじゃない。たしかにあの世界は、とても素敵だと思うわ。でも、だからといってこの世界が豊かになるわけじゃないでしょう? もっと、世の中の役に立つことがあるはずだって、そう思ってきたの。でも、あなたが来てからその考えが変わった」
「どういうことですか?」
「うまく言えないけど、あなたが直向きに頑張ってる姿を見て、人間ってあんなに一つのことに一生懸命になれるんだって、勉強したわ。私、コンピュータのことに関してはそこまで詳しく知らないけど、でもこれだけは言える。一度決めた目標は、最後までやり遂げてほしいの。どんなことがあっても、誰に何を言われようとも、そんなことではあなたは折れない、今までの行動を見てきてもわかるわ。だから、最後まであの人のことを、支えてあげてほしい」
それをきいたユウナは頷き、
「わかりました、約束します」
そう答えた。
「ありがとう」
美千子は、無意識のうちに涙をこぼしていた。ユウナもそれを見て、微笑んだ。それを、部屋の外で物音ひとつ立てずにきいていた者がいる。初子である。彼女もまた、ユウナの決意に感心したような穏やかな表情をしていた。
そして、ついに夏休みに突入した。リンやリカと約束したものの、まだどこに行くのかも決めていなかった。すると初子が部屋に来て、
「片付けは済んだのかい」
と言うのでユウナは驚き、
「あ、まだです。すみません。あ、お洗濯は」
そう言うと、初子は言った。
「今日は私がやっとくよ。それより、あんたにお客が来てたよ」
「え?」
ユウナはそれをきき、きょとんとした。
誰だろうと思い、ユウナは階段を下りて外に出た。そして、さらに驚いた。
「相場君……?」
なんとそこに立っていたのは、高校の同級生、相場善秀だったのである。
「悪い、驚いたか? 近くに来たから、ついでに寄ってみたんだ。場所は、リカからきいてさ」
「うん。そういえば、ミカが言ってた。相場君、来るかもしれないって」
「そっか」
相場は、照れくさそうに笑った。それを見てユウナも、つられて笑っていた。三月に別れたばかりなのに、なぜだかとても懐かしく思えたのだ。
その後、二人は縁側に座って話した。
「久しぶりだね、こうして話すの」
「久しぶりってほどでもないだろ」
「そうだよね」
相場が言うので、ユウナも笑いながらそう返した。
「どうだ? こっちの暮らしにはもう、慣れたか?」
「うん。最初はわからないことも多かったけど、もう平気」
「なら、よかった」
「えっ?」
ユウナは気になって相場を見ると、
「実は、俺も気になってたんだよ。今ごろ、どうしてるのかなって」
と、相場は答えた。
「私は大丈夫。だって、そうやって遠くから心配してくれる人がいるって思うだけで、頑張れる。そんな気がするの。相場君、あの時のこと、覚えてる?」
「あの時?」
「うん」
相場がきき返してくるので、ユウナは頷いた。高校を卒業する直前、相場はユウナにこう言ったのだ。
『お前にはずっと笑っていてほしい。お前には、ずっと笑顔でいてほしいんだ。俺も、いつか追いつくから。きっと心から笑えるようになって、お前を、元気にしたい』
「私、あの言葉きいて、すごく嬉しかった。そして、励みにもなった。だから、すぐじゃなくていい、少しずつでもいいから、言ったことを実現させてほしいの。相場君になら、必ずできると思うから」
それをきいた相場は、
「あぁ、約束したもんな」
と言い、空を見上げた。ユウナも、同じように空を眺めていた。真夏の日差しが、じりじりと二人を包みこんでいく。それは、時に心地よく感じられた。
「そういや、大輝から何か連絡来たか?」
「連絡?」
相場が言いだすので、ユウナはきき返した。
「なんだよ、何も言ってなかったのか」
「何のこと?」
「大輝も、中谷のこと気にかけてたっぽいから、てっきり電話くらいしてるのかと思ってた。俺なんかより、よっぽど心配してたと思う」
「……大ちゃんらしいね」
ユウナは下を向き、照れ笑いを浮かべた。
『お前、あいつのこと傷つけたんだぞ? それわかってんのかよ!!』
大輝はどこにいてもユウナを見つけ、そして守ってくれた。そのため、他人を傷つけてしまうこともあった。相場との間にできた溝は、今は無事に埋まっているのだろうか。ユウナはそのことをきこうとすると、思い出したように相場が話した。
「そうだ。あいつにも挨拶しときたいな」
「あいつ?」
ユウナが思わずきくと、
「リカ。転校したきり、メールでしかやり取りしてなかったからさ」
と、相場は言うのだった。ユウナもそれをきいて、案内することにした。突然相場を連れていったら、リカはいったいどんな顔をするのだろう。告白してすぐに別れた相手だったなら、尚更だ。ユウナは念のため、リカに連絡をとった。するとすぐに、
「わかった(^_^)いつでも来ていいよ!」
という、メールが送られてきた。ユウナはそのことを相場に伝え、二人はさっそくリカの家に向かうことにした。
序盤のキャラで、最も印象深い登場人物は?
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中谷優奈
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鶴ケ崎麗菓
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月見里美香
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夢野あかり
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池谷大輝
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相場善秀