ユウナは、夜中にふと目を覚ました。部屋の中が明るい。起き上がってみると、枕もとの充電器につながれているスマホの画面が光っていた。ユウナは気になり、それを手に取って画面を見た。そこには、何かをインストールしているとメッセージが表示されていた。ユウナは寝ぼけたまま画面をオフにし、再び布団に戻った。
翌朝、いつものように初子とともに朝食をとった。
「先輩は、まだ寝てるんですか?」
「あぁ、何度言っても起きないんだよ」
初子は深く溜息をつき、真宏のいる部屋の窓を見上げた。ユウナは朝食を済ませ、
「行ってきます」
と言い、カバンを手に取った。
「あいよ」
初子がそう言って立ち上がろうとした時、まるで力が抜けたように、がっくりと膝を落とした。それを見てユウナが、
「初さん、大丈夫ですか」
と声をかけた。
「大丈夫さ。ちょっとよろけただけだよ。この歳になると仕方ないからねえ。さ、それより、早く行ってきな!」
初子はユウナを追い払うように、そう言った。いつもとは違う言い方に戸惑いつつも、
「行ってきます」
と言って、ユウナは民宿を出た。初子はその後、腹の辺りを押さえていた。
第二十回
2013年11月下旬。街は冬に向け、静かな賑わいを見せていた。ユウナの大学でも、外は肌寒く、冬着で授業を受ける生徒がほとんどだった。
ユウナはこの日もまた、正彦の研究室を訪れた。中には、アニ研部員も何人かいた。
「あぁ、発表めんどいわ~」
「それよりアンタ、卒論どうなってんの」
「それも、何から調べていいかわからへんくて、全然進んでへんわ」
「だから先生言ってたやん、三回のうちから始めなあかんでって」
三宮と夏姫が、雑談しているのを少し離れたところから真宏も見ていた。正彦の研究は外部の人間には絶対秘密だったが、正彦が顧問をしているアニ研だけは、部員にそのことを伝えていた。それは、ユウナの考案だった。アニ研であれば、口外する人はいないだろうし、正彦もコソコソ隠れてやらなくて済むと思ったのだ。ユウナは、アカネに呼ばれた。ユウナはそこへ行くと、正彦がこう話した。
「また、新たな機能を追加したぞ」
「新たな機能ですか?」
ユウナが問うと、
「そうだ。こっちに来たまえ」
そう正彦が言うので、ユウナはそれについていった。仮想世界、「セインツ・パラダイス」に入ると、正彦が笛を吹き、モンスターたちを呼んだ。すると、周りにモンスターたちが集まってきた。ユウナは、毎回その姿に感心する。とてもプログラムで動いているとは思えない。魂が入っており、本当に生きているかのような、そんな動きだった。正彦はしゃがみこみ、モンスターの頭を撫でた。それは、ユウナが「レッド」という名で呼んでいる、「ホノりん」であった。正彦はユウナに、
「これだ」
と言い、あるものを白衣から取り出して見せた。
「それは?」
ユウナは尋ねた。試験管のような容器だ。正彦はその蓋を開けると、中から白色に光る玉を出した。それを掌に乗せ、レッドに近づけた。レッドはその玉をしばらく見つめると、大きく口を開け、それを食べてしまった。そして、とても満足そうな顔をした。ユウナも、それを眺めた。正彦は立ち上がると、ユウナの方をふり返った。
「毎日、決められた時間にこうしてほしいんだ」
「今の、食事……、ですか?」
ユウナがきくと正彦が、
「まぁ、そんなところだろう」
と、言うのだった。
「モンスターたちも、お腹空くんですね」
「私は、リアリティを追求していきたいからな」
正彦は、得意気にそう言った。その後ろでアカネが、
「いらん機能やって言ったのに、全然きかんねんもん」
と、呆れながら言う。昨日、スマホが勝手に何かをインストールしていたのは、これのことだったのかと、ユウナは理解した。以前にも、このようなことが何度かあった。今回もきっとそうだろうという予感はあったが、なぜだかユウナはいつも以上に嬉しかった。人間と同じように食べ、同じように笑う。そのようなモンスターたちを見ていて、親近感が湧いたのだ。
ユウナは現実世界に戻り、アカネを呼び止めた。
「アカネさん、ちょっといいですか?」
ユウナはその後、アカネにこう言った。
「私、あの世界が好きなんです。だから、ほかにできることがないかと思いまして。それが、教授の研究の手助けになるなら尚更……。教授に、頼んでみてもらえませんか?」
アカネがそれをきいてしばらく考えたあと、こう言った。
「それなら、ちょうどいい話がある」
「えっ」
「パズドラには、ダンジョンってあるやろ?」
「はい」
「それが、ほんまに作れるかもしれへんって言ってはってな。戦う機能とかは、もうすでに出来上がってるらしい」
「ほんとですか?」
ユウナは、半信半疑でそうきいた。するとアカネはユウナを見つめ、
「教授の目的は、何か知ってる?」
と、きき返してきた。それをきいて、ユウナはあること思い出した。
『私はそのコンピュータの技術を生かして、現実の自然界を守ることはできないかと考えている』
ユウナが初めてあの世界を目にした時、正彦はそう話していた。
「その技術を生かして、自然界を守る、ですよね」
「それもあるけど、実はもうひとつあんねん」
「もうひとつ?」
「そう。アニメでよくあるやん、ほんまにゲームの中に入って冒険するやつ。教授はな、それを目指してんねん」
「ゲーム世界で、冒険?」
ユウナは、ただ驚いていた。
「ただプレイするだけじゃなくて、実際に中に入って冒険することができたら、めっちゃ楽しいやろって、それをいつか世の中に広めたいって」
ユウナはそれをきき、しばらく考えた。そして顔を上げ、
「それ……、いいです。すごく!」
と、興奮気味に言った。しかし、次にアカネから出た言葉はあまりいいものではなかった。
「でも、いいことばかりではない」
「どういう、意味ですか?」
「実際に中に入るってことは、それなりの危険も出てくる。だからこそ、どう対処していくかが、肝心になってくるんよ」
「そうですか……」
言われてみれば、その通りだ。目先のことばかり考え、重要なことを忘れていた自分を、ユウナは恥じた。
「でも、もしも教授がそう考えているのだとしたら、私は、全力でサポートしたいです」
ユウナがそう言うと、アカネも笑いながら言った。
「ほんま、アンタはええ子やな。教授が認めたんもわかる気がするわ。じゃ、これからもよろしくな」
「はい!」
と、ユウナは嬉しさのあまり、元気よく返した。しかし、これはまだ序章にすぎなかったのである。だが、正彦の愛するあの世界をユウナが必死に守り抜くのは、まだまだ先の話だ。
さらに数日が過ぎ、季節は十二月へと変わっていた。休日、リカがユウナのところへ遊びに来た。学部が違うため、最近は少し疎遠になりつつあったが、前日にリカからメールが届いたのだ。
「最近、どうしてるのかなぁって思ってね」
リカは縁側に腰かけながら、そう言った。ユウナも、それをきいてこう返した。
「そういえば、二人きりで話すのもしばらくなかったね」
「ユウナちゃんはさ、最近どうしてるの?」
「どうって?」
「バイトとか始めないの?」
「あ、うん。リカは、やってるんだよね」
「そう。でも最近、楽しくなくなってきちゃった。ユウナちゃんは何かやらないの?」
「うん……。時間があれば、始めようかなって思うけど」
「そういや、リンちゃんが言ってたけど、ユウナちゃん授業終わったらいつもどこ行ってるの? いつの間にかいなくなるんだって、心配してたよ」
「え? あ、いや、その……」
ユウナは、言うことをためらった。でも話してしまうと、アカネに怒られそうだと思い、言うに言い出せなかった。その時、運よく初子が二人に茶を運んできた。
「ありがとうございます」
リカはそう言って軽く頭を下げると、初子がきいた。
「友達かい」
「はい、高校の時の……」
「じゃあま、ゆっくりしておいき」
「はい、お気遣いなく」
すると初子は、盆を持って中に入っていった。
「なかなかいい人そうだったね」
「あれでも、普段は厳しいの」
リカが言うと、ユウナも答えた。
「そうなの?」
リカは、意外そうな顔をしていた。その時、ユウナはようやく話す決心をした。リカなら、きっと約束を守ってくれるだろうと信じ、打ち明けることにしたのだ。
「リカ……」
ユウナが言いかけた、その時だった。部屋の中から、人が倒れるような音がした。二人は、その音をはっきりときいた。そして立ち上がると、何事かと見にいった。すると、台所で初子が横になって倒れていた。
「初さん!?」
ユウナが、急いで駆けよった。
「大丈夫ですか?」
声をかけても、初子からの返事はない。それを見たリカも不安気に、
「私、救急車呼んでこようか?」
と言うので、
「うん、お願い」
そうユウナが言うと、初子は口を開いた。
「いいよ、そんなに大したことじゃないから」
「でも……」
「わからない子だねえ。私は大丈夫だよ。少し横になれば平気さ」
初子がそう言いながら、なんとか立ち上がった。その様子を見ても、ユウナは放っておけず、初子を説得しようと思った。
夕方、ユウナは初子の部屋を覗いた。初子は横になっているが、目は開いているようだ。ユウナは静かに部屋に入ると、初子の隣に座った。
「初さん……、お話があります」
「病院なら行かないよ」
初子は、ユウナの言うことを予想していたように、すぐに答えた。
「家のことは、任せてください。私、初さんのお身体が、とても心配なんです。だから、どうか行ってください」
それをきいた初子は、寝返りを打ってユウナに背を向けた。
「料理も家事も、まだ半人前なのによく言うよ」
初子に言われ、ユウナは返す言葉を見失ってしまった。
「でも、それだけの理由で行かないのはちょっと……」
ユウナがまた説得を始めようとすると、初子は言葉を遮った。
「私が行きたくない理由なら、ほかにもあるよ」
「何ですか?」
「夫が、近くの病院で死んだのさ」
ユウナは、不意に初子から目をそらした。テレビの前に、夫の写真が飾ってある。ユウナはその前に座り、写真を見つめた。
「初めは、行きたくないって言ってたのにねぇ、どうも体の調子が治らないから、首根っこつかんで無理やり連れていったのさ。そしてガンが見つかって、しかもその時には手術はもう手遅れだった」
「それで、行きたくないんですか?」
「私も、もう年だからそのくらいわかってるんだ。でも、今はちと行く気になれないねぇ」
すると、ユウナは再び初子の方へ向き直ると、
「ですが、それだとご主人のように、手遅れになるかもしれないんですよ」
と言った。しかし、初子は黙っていた。
「お願いします、わかってください」
ユウナは、必死にそう言った。
「うるさいねぇ、寝かせておくれ」
初子が迷惑そうに言うので、ユウナは仕方なく立ち上がって部屋を出た。その晩、どうにかできないものかと、自分の部屋で悩んでいた。このまま何もできないのは、やはり悔しかった。だからと言って、頑固な初子をどうやって説得すればよいのかと、悩みは膨らんでいくばかりだ。そして結局、何も思い浮かばないまま朝を迎えることになった。
序盤のキャラで、最も印象深い登場人物は?
-
中谷優奈
-
鶴ケ崎麗菓
-
月見里美香
-
夢野あかり
-
池谷大輝
-
相場善秀