パズル&ドラゴンズ~もうひとつの旅~   作:葉之和 駆刃

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第20話 夫の残像~ミスターズ・スペクトラム~(その弐)

 朝、ユウナはいつものように初子と一緒に朝食を作った。初子は何も言わず、普段通り働いていた。身体の方はもう大丈夫なのかと不安に思ったが、本人も特に気にしている様子はなく、ただ手を動かしていた。

 

「あの……」

「何だい?」

 

 ユウナはまた、病院で診てもらうように勧めようと思ったが、しつこいやつだと思われるのが関の山だろう。いや、もうすでに思われているかもしれない。

 

「あ、いえ」

 

 ユウナは言うのをやめ、二人は食卓に着いた。相変わらず、真宏は起きてこない。

 

「いただきます」

 

 ユウナが食べ始めた直後、なんと初子がこう言い出したのだ。

 

「そうそう、あんたの言う通りかもしれないねぇ」

「えっ、何の話ですか?」

 

 急に言われ、ユウナはきょとんとした。

 

「病院に行こうと思う」

「ほんとですか?」

 

 ユウナは嬉しそうに、初子を見つめた。

 

「意地張って死んじまったら、これほどバカな話はないからね。昨日、あれからずっと考えてたんだよ。もしかすると、あんたの言う通りかもしれないってね」

 

 初子は言った。そしてユウナも、それに答えるかのようにこう話した。

 

「わかりました。私も、できるだけのことはやりたいと思います。初さんのお手伝いしていて、わかったんです。私が大学に行っている間も、常に働いている初さんは、やっぱりすごいと思います。炊事に洗濯、畑仕事まで、ずっと続けてこられた初さんを、私は尊敬しています。私には、すべてを一人でやれと言われてもできません。でも、思ったんです。もしも初さんが入院などになっても、私なりに、この宿を守っていこうって。だから、安心して……」

 

 すると、ユウナが言い終わらないうちに初子は強く机を叩き、

 

「偉そうなこと言うんじゃないよ!」

 

 と言った。ユウナは呆気にとられ、ただ初子を見つめていた。

 

「あんたなんかに、何ができるんだい。私はねぇ、正直言ってあんたみたいな子が一番嫌いさ。与えられた仕事もろくにこなせないのに口だけ達者で、おまけに宿を守りたいって? 笑わせるのもいい加減にしな! それに私はまだ入院すると決まったわけじゃ……!」

 

 言いかけて初子は、ガクッと脇腹の辺りを押さえて苦しみ始めた。

 

「初さん!?」

 

 ユウナは立ち上がると、初子のもとに駆けよった。そして救急車を呼び、初子は近くの病院へ搬送された。ユウナも同行し、医者から話をきかされた。

 

「ここに、胆石があります」

 

 医者はユウナに写真を見せ、肝臓部分を示しながら説明した。

 

「胆石……?」

「胆石は手術で取り除けますが、早くしないと胆管炎など別の病気が併発する恐れがあります」

 

 ユウナはその後も、黙って医者の話をきいていた。

 

 その後、ユウナは初子の病室を訪ねた。看護師がカーテンを開けると、

 

「今は眠っておられます」

 

 と言った。ユウナは見ると、ベッドには初子が目を閉じ、横たわっていた。

 

「手術……、受けられるでしょうか」

 

 ユウナは呟くと、

 

「えっ?」

 

 と看護師は、不思議そうにユウナを見た。

 

「本人の希望がないと、できないんですよね……」

 

 ユウナが不安気に言うのを見て、看護師は言った。

 

「大丈夫ですよ。病気を治したくない人なんて、いませんから」

 

 それをきいて、ユウナは少し安堵した。

 

「そうですよね」

 

 ユウナはそう答えると、しばらく初子を見つめていた。

 

 宿に帰ると、ユウナは和室に入った。そして、初子の夫・健治の遺影の前に座った。しばらくそれを眺めていると、不意に後ろから声をかけられた。

 

「おい!」

 

 ユウナは驚き、後ろをふり向くと、そこには真宏が立っていた。

 

「婆さん、入院したんだってな」

「先輩、もう知ってるんですか?」

「さっき病院から電話かかってきたんだよ」

 

 真宏はユウナの横に座り、胡坐をかいた。

 

「どうすんだ、これから」

 

 真宏がきくとユウナは、

 

「とりあえず、私が初さんの代わりに、家事をやろうと思います。でも、そうなると初さんが退院されるまで、部活にはほとんど顔を出せないかもしれません」

 

 そう言うと、真宏が安心させるように言った。

 

「こっちのことは任せとけ。みんなにも俺から言っとくから」

「お願いします」

 

 ユウナはそう言ったあと、ふと初子に言われたことが脳裏に浮かんだ。

 

『あんたなんかに、何ができるんだい』

 

 その言葉は、ユウナの心に深い爪痕を残した。ユウナの顔を見た真宏が、

 

「どうしたんだ?」

 

 ときくと、ユウナは答えた。

 

「今日、初さんに言われたんです。与えられた仕事もろくにこなせないのに、偉そうなことを言うなって」

「そっか……」

「私、一人で思い上がっていたんです。誰かの役に立ちたいって、ずっと思ってきましたから。てっきり、初さんもそれを理解してくれてるものだとばかり思ってたんです」

 

 するとユウナから、涙がこぼれ落ちた。

 

「伝わってるよ、お前の気持ち」

 

 真宏が言うので、ユウナは顔を上げた。

 

「たしかに、お前は不器用な部分もあるけどな。でも、がむしゃらに誰かの役に立ちたいって走り回ってんのに、誰が損するっていうんだよ。お節介でも、有難迷惑でも、何もしないよりはましだと思うぞ」

 

 真宏が話すのをきいて、ユウナは少し元気を取り戻した。そしてユウナが、

 

「こんな私でも、初さんに認めてもらえますか?」

 

 ときくと、

 

「んなもん、自分で考えろ」

 

 そう言って真宏は立ち上がった。

 

「でも、俺だってできるだけのサポートはするぜ! お前には、借りがあるからな」

 

 真宏はそう言い、部屋を出ていこうとした。するとユウナが、

 

「先輩!」

 

 と、真宏を呼び止めた。

 

「なんだよ」

「じゃあ、一緒に相談に乗ってもらえませんか?」

「相談?」

 

 真宏は怪訝そうな顔できき返し、ユウナを見つめていた。

 

 そして、二人は正彦の研究室へ行った。

 

「相談というのは何だね?」

 

 正彦は眼鏡をはずし、二人にきいた。すると、ユウナは言った。

 

「私、初さんに元気になってもらいたいんです。そのためには、どんなことをしたらいいか悩んでて……、いろんな人から話をきけば、きっといい案が浮かぶと思ったんです」

 

 それをきいた正彦は、少々難しい表情をした。

 

「う~む、難しいお題だな」

 

 ユウナにも、そう言われる予感がしていた。それでも、きいておきたかったのだ。すると真宏が、

 

「なんか、こう、婆さんが喜びそうなことってないか」

 

 と補足すると、正彦はますますわからないといった表情をした。そうしていると、後ろに座っていた美千子が言った。

 

「じゃあ、初さんに何か懐かしいものを見せればいいんじゃないかしら」

「懐かしいもの?」

 

 ユウナが尋ねると、美千子は続けた。

 

「えぇ。この前、二人で話してたら、年をとると昔を思い出すことが多いんですって」

 

 その言葉にヒントを得たのか、急に正彦が立ち上がった。

 

「それだ!」

「何ですか?」

 

 ユウナは、正彦にも尋ねた。

 

「夫に会わせればいいんじゃないだろうか」

 

 正彦がそう言うので、真宏と美千子は呆れたような顔をした。しかしユウナは冷静に、

 

「あの、初さんのご主人はもう……」

 

 と言いかけると、正彦はとんでもないことを言い出すのだ。

 

「プログラムで再現するんだ」

「プログラムで?」

 

 ユウナは驚きのあまり、それ以外何も声に出せなかった。

 

「ご主人の、写真はあるかね?」

「あ、はい」

「よし、それならどうにかなりそうだ」

「どういうことだよ、ちゃんと説明しろよ」

 

 真宏は、正彦が何をしようとしているのかわからず、説明を乞うた。それは言うまでもなく、ユウナや美千子も同じ気持ちだった。

 

「プログラムで再現するって、どういうことですか?」

「それは、できてからのお楽しみといこう」

 

 正彦はそう言って、微笑んだ。

 

 二人が宿に戻る途中、ユウナが真宏に言った。

 

「教授、何をするつもりなんでしょうね」

「あぁ。どうせ、またくだらないことだろ。きくだけ無駄だったな。まあ明日にでも、俺らだけで考えようぜ。それよりお前、写真はどうしたんだよ」

「スキャンしてもらったので、ちゃんとここにあります」

 

 ユウナは健治の遺影を、カバンから取り出した。

 

「でも、教授はきっと何かしてくれると思います。今までも、そうでしたから」

「俺にはわかんねえんだよなぁ」

 

 真宏は空を見上げ、そう呟いていた。

 

「でも、話し合って解かり合えたんですよね?」

「ああ。二度と話が通じることはないって思ってたけど、お前が気づかせてくれた。いや待てよ……!」

「どうしたんですか?」

「思えば俺、お前にいっぱい借り作らされてんじゃん! あぁ、どうしたらいいんだ!」

「いいですよ。返してほしいなんて思ってないですし」

「いいや、それじゃ俺のプライドが許さねえ」

「先輩にも、プライドってあったんですね」

「あったりめーだよ!」

 

 二人はそんな会話をしながら、帰っていった。

 

 

 明くる日、初子が病院で横になっていた。しかし、目は開いている。するとドアが開き、美千子が顔を出した。

 

「あら、初さん。調子はどう?」

「おやまぁ、こんなところまで来て」

「心配だったのよぉ」

 

 美千子はそう言いながら、ベッドの横の椅子に腰かけた。

 

「あ、そうだ。これ、どうぞ」

 

 美千子は、初子に紙袋を渡した。

 

「いいよ、お見舞いなんて」

 

 初子はそう言いながら、その袋を受け取った。

 

「あら、お見舞いじゃないわ。もうすぐ誕生日でしょ?」

「ふん、こんな婆さんが年をとって喜ぶもんかい」

「うふふ。いいから、受け取って」

 

 美千子はそう言うと、話を変えた。

 

「ユウナちゃんがね、夫に頼んで、初さんが喜びそうなものを作ってもらってるのよ」

「あの子が?」

「えぇ。必死に、初さんに喜んでほしいって思ってるのよ、きっと」

「そうかい……」

 

 初子は、ユウナにきつく言い過ぎたことを、少し後悔していた。すると美千子は何か思い出したように、バッグからあるものを取り出した。

 

「そうそう、忘れるところだったわ。はい、これ」

 

 美千子が初子に渡したものは、夫であった健治の遺影だった。初子はそれを見つめながら、

 

「あの人も……、私が来るのを待ち侘びているのかもしれないね」

 

 と、寂しそうに呟くのだった。

 

「初さん。縁起でもないこと言わないで。きっと成功するわよ、手術」

 

 美千子は、そう言って励ました。初子もそれをききながら、遺影を前のテーブルの上に置いた。この時、初子は知っていたのかもしれない。この後、自分の身に何が起きようとしているのかを。

 

 一方、初子が入院している間、民宿の家事はユウナがすることになった。リンやリカも、それを手伝いに来ていた。ユウナは二人に、

 

「ごめんね。こんなことまでさせちゃって」

 

 と謝ると、

 

「いいって。こっちは好きでやってんだから」

 

 そうリンが言うと、リカもこう言うのだった。

 

「そうだよ。私たちだって、友達の役に立ちたいもん」

「ありがとう」

 

 ユウナは、嬉しそうに二人を見た。すると、リンがきいた。

 

「そういえば手術ってさぁ、今日だっけ」

「あ、うん」

「え、そうなの?」

 

 ユウナが答えると、リカもそう言った。

 

「私も、初さんにはいっぱい迷惑かけたから、せめてもの恩返しがしたいの。ただ住まわせてもらってるだけだと、申し訳なくて……」

 

 ユウナがそう言うので、その場が一瞬重たい雰囲気に包まれた。それを感じ取ったのか、

 

「あ、何でもないよ。じゃあ私、今から買い物行ってくるね」

 

 とユウナは言うと、慌ただしく出ていった。リカは、それを微笑ましそうな目で見つめていたのだった。

序盤のキャラで、最も印象深い登場人物は?

  • 中谷優奈
  • 鶴ケ崎麗菓
  • 月見里美香
  • 夢野あかり
  • 池谷大輝
  • 相場善秀
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