年が明け、2014年1月。間もなく、冬休みが終わる。といっても、場合によっては二週間後には春休みに入る学生もいるのだが。ユウナは、冬休みは実家には帰らなかった。詳しく言えば、夏休みと同様、行動が遅くて新幹線のチケットがとれなかったのである。授業は十二月の末ごろまであったため、それに手をとられ忘れていたのだ。その代わり、年末は初子を手伝いながら、試験勉強や課題に打ちこんだ。
正月のお節料理は初子お手製で、ユウナも手伝った。必要最低限の食材だけスーパーで買いこみ、あとは庭の畑でとれた野菜を使った。そして食卓は綺麗に彩られ、重箱には様々な料理が並んでいた。
「うわぁ、すげぇ」
真宏は、箱の中を覗きながら呟いた。
「初さん、すごく楽しそうに作ってたんですよ。祝いの日に食べる料理の顔は、作った人の顔でもあるんだって」
ユウナも、そう言った。すると初子が来て、
「余計なこと教えるんじゃないよ」
と言うと、真宏は言った。
「俺去年、婆さんのお節食ってないから、二年ぶりだな」
それをきいた初子が言った。
「何言ってんだい。あんた寝てて、全然手伝ってないじゃないか。そんなやつに、私の料理を食べる資格はないね」
「なんでだよ~。いいじゃんか、男だし」
「あたしゃそうやって理屈ばっかり言うやつが一番ムカつくんだよ」
するとユウナが、
「あの。仲良くいただきましょう」
と言うので、二人も食卓の前で座り直していた。小鳥のさえずりがどこからともなくきこえ、ユウナにとって東京とはまた違った正月であった。
第二十一回
それから数日後、冬期休暇が終わり、大学では授業が再開していた。ユウナは、リンとキャンパスの中を歩いていた。
「ねぇ、ユウナは春休みどうする?」
リンが、ユウナにきいた。
「私は、今度こそ実家帰ろうと思って。今までは忙しくて連絡とれてなかったけど、そろそろ心配になってきて……」
「そっか……」
「リンは? 実家、帰るの?」
「私は帰らない」
リンがきいてすぐに答えるので、ユウナは不思議に思った。
「どうして?」
「ちょっとね……。あ、それよりさぁ、またユウナのとこ行きたい。今日の授業終わったら行っていい?」
「あ。うん……。初さんの具合もよくなってるし、いいって言ってくれると思う」
「よかった~」
リンは、そう言いながら前を歩いていく。しかしユウナは、リンが何かを隠しているように思えて仕方なかった。少し心配だが、何も言わず、その後をついていった。
一方、アニ研の部室では昨年通り皆、熱心にアニメ制作に打ちこんでいた。ユウナも初子の看病が終わって、毎日そこに顔を出していた。皆は絵コンテやプログラムを書き、部長の真宏に見せにいく。そこでOKをもらうと、次のステップに移った。ユウナと同じ、一回生の長谷川恵も、絵コンテを書き終えると、真宏のところにいった。
「あ、あの……、これ……」
恵は恥ずかしそうに、下を向きながら真宏に手渡した。真宏はそれを受け取ると、一枚一枚めくって抜け落ちなどないか入念にチェックを入れていく。そしてそれを恵に返し、
「オッケ、じゃあ中谷のところ持ってってな」
そう言うと、恵は嬉しそうに赤くなった。しかし真宏は気にすることなく、前のパソコンに向き直っていた。それを見て、恵の心は冷えていくのだった。恵はユウナの机に絵コンテを雑に置き、自分の席に戻った。ユウナは、恵の様子を不思議そうな目で見ていた。恵もまた、それには気づかず台本を見ながらひたすら絵を描き続けるのだった。
その翌週、ユウナは一回生最後の学期試験に臨んだ。それが終わると、待っているのは春休みだ。春休みに入れば皆、バイトをやったり、実家に帰ったりする。ユウナも、夏や冬は帰れなかったが、今度こそは早くにチケットをとり、帰る日取りまで決めている。試験が回収されると、ユウナは入試が終わった時のような解放感を味わった。
まだ二月前だが、これで春休みとなる。二回生のガイダンスが始まるのは、まだ先だった。その日、ユウナは正彦の所へ行った。
「そうか、帰るのか」
正彦は、少し残念そうな顔をして言った。
「はい。でも、二月はまだこっちにいようと思っています。向こうにも、これから伝えるつもりです」
「わかった。君にはいろいろと無理をさせてしまって、すまなかったな」
「無理、ですか?」
「私の研究を手伝わせてしまったせいで、君の時間を奪ってしまった気がしてな」
それをきくとユウナは、
「いえ、楽しかったです。私は、これからもここに来たいです。ここにいれば、いろんなことが学べるので、またよろしくお願いします」
そう言い、正彦も微笑して言った。
「君がそう言ってくれるだけで、私は嬉しくなる。ありがとう、君はとてもいい学生だ」
ユウナは正彦に礼をすると、研究所を出た。そしてユウナは一人、畔の道を歩いていた。すると後ろから、ユウナを呼ぶ声がきこえてくる。ユウナはふり返ると、リンが急いだ様子で走ってきた。それを見てユウナが、
「どうしたの?」
ときくと、リンがこう言った。
「一緒に帰ろうと思って。今日で授業終わったの?」
「うん、でももうしばらくはここに残ろうかと思って」
「そうなんだ」
そして、二人は一緒に歩き出した。ユウナは、少し気になっていたことをリンに話した。
「リンは、どこに住んでるんだっけ」
「大学からちょっと行ったところ。アパートだから」
「家の人は、見に来たりするの?」
ユウナは、何気に質問した。すると、不意にリンが足を止めた。それは、何か思い悩んでいるようにも見えた。ユウナが、
「リン?」
と、心配そうに声をかける。そしてリンが、
「ユウナ、きいてほしいことがあるの」
と、真剣な顔でユウナを見つめながら言った。それをきくと、ユウナも頷いた。そして、リンがこう言った。
「実はね、私……、家出してきたんだ」
「家出?」
ユウナは驚いた。無理もないだろう。
「進学に反対されて、それでも私、諦めきれなくて……」
「それで、家出してきたの?」
ユウナはまた、あることに対する疑問が湧いた。学費はどうしているのだろう。
「学費は奨学金で、昼も夜もバイトやって、こんな生活してるって、絶対に知られたくなくて、それで……」
「だから、今まで言わなかったの?」
リンは、微かに頷いた。
「でも、どうして突然?」
なぜ、急に話す気になったのだろう。すると、リンはこう言うのだ。
「ユウナなら、言っても大丈夫かなって思ってさ。ていうか、ずっと言わなきゃって思ってた。誰かのために真剣になるユウナ見てたら、私も私でいるのが恥ずかしくなってきちゃって。こんな臆病なままだと、いつか絶対生きていけなくなる。それだけは嫌なの!」
「リン……」
ユウナは、何も返す言葉が見当たらなかった。そして、リンの肩に手を置き、
「大丈夫、ご両親に連絡してあげて。きっと心配してるはずだから」
と、優しく言った。しかし、リンの肩は震えていた。それは、何かに怯えているようだ。それを感じたユウナは、リンの気持ちをできるだけ受け止めたいと思った。リンは、自分のポケットからそっとスマホを取り出す。そして、電話帳を開いた。そしていざボタンを押しかけると、その手が止まった。
「やっぱ無理、絶対怒られる!」
リンは、いやいやオーラを発した。でもユウナは、
「いいよ。リンが好きな時間に、電話してあげればいいと思う」
そう言うとリンも、
「そうだね」
と言って、スマホを再びポケットに仕舞った。
「じゃあ、行こっか」
リンはそう言うと、また歩き始めるのだった。いつものテンションに戻ったリンを見て、ユウナは安心してその横を歩いていた。
二月に入るとユウナは毎日、正彦の研究所を訪れた。一月は授業のことで手がいっぱいだったが、東京に帰るまでは少しでも、正彦の役に立ちたかったのだ。ユウナは、レッドにエサを与えていた。エサもプログラミングされたもので、それによってレッドのステータス、つまり強さにも影響が出るのだという。すると後ろから、アカネが来て言った。
「ごめんな、毎日来てもらって」
それをきき、ユウナは立ち上がった。
「いえ、好きで来てるので」
「うん、知ってる。でも、もう少しほんまのこと言ってもええねんで?」
「ほんとのこと、ですか?」
「ほんまに何も思ってないん? もっとほかに、やりたいことあるんちゃうの?」
「いえ、特には……。私は、ここに来られることだけで今は十分なんです」
「そう、やっぱあんた変わってんな」
アカネは、そう言いながら微笑んだ。
正彦はそのころ、部屋で書類の片付けをしていた。そこへ美千子が来て、机の上に紅茶を置くとこう言った。
「ユウナちゃん、まだ帰らないんですって?」
「あぁ、今月いっぱいはこちらにいるそうだ」
正彦があっさり答えると美千子は、
「よかった。初さんの具合もよくなってきたし、ほんとにあの子は頼りになるわね」
と、安心したように言うのだった。すると、正彦が言った。
「私は、それだけではないと思う」
「どういうこと?」
「彼女は、人の心を大切にできる存在だ。人の心をきれいにすることで、自分自身もきれいであれる。そうすることで、人とのつながり合いを大切にできるんだ」
「よくわからないけど、それは私も思ってるわ、出会った時から」
美千子もそう言うと、扉の方を見つめた。扉の向こうの世界では、ユウナがモンスターたちと戯れていた。ここに棲むモンスターたちは、皆ユウナに懐いていた。ユウナも、モンスターたちをペットのように大事にしていた。
そして夕方になり、ユウナは正彦に挨拶をすると、帰路についた。ユウナは歩きながら、今日の出来事を思い出した。毎日が、楽しくて仕方がない。それは、いつまでも変わらないでほしいとさえ思えた。するとふと、リンのことが頭を過ぎった。あれから、果たして両親に連絡をとったのだろうか。できれば、リンにも学生生活を十分に楽しんでほしい。思い返せばこの一年、リンの活動報告をきくことはほとんどなかった。学科が同じで授業もいくつか一緒に受けていたが、それ以外は何をしているのか、部活はやっているのかなどもわからないままだ。
ユウナは考えながら、畔の道を歩いていた。すると後ろの方から、
「ユウナ!」
という声がきこえるので、ふり向くとリンが駆けてきた。
「どうしたの?」
「今日、補講あってさ。偶然見かけたから」
リンは、そう言ってまた歩き出した。
「ねぇ、あれからご両親に連絡はしたの?」
ユウナが尋ねるとリンは、
「それが、通じなくてさ。今日にでもしようと思う」
と言い、また前を向いて歩いていこうとするのを見て、ユウナは少し違和感を覚えた。
「嘘……、なの?」
ユウナが思わずきくと、リンはふり返る。するとユウナは慌てて、
「あ、ごめん。なんか、そんな気がして……」
と言っていると、リンがこう言った。
「合ってるよ」
「えっ?」
「しようと思ったんだけど、何て言われるのかと思うと、急に怖くなって……。一年近くも音信不通だったから、電話し辛くてさ」
「でも……」
「大丈夫。ユウナの言う通り、気が向いた時にでもかけてみるから」
それをきいて、ユウナは少しだけ安心した。
そして、しばらく歩いたあと、リンが不意に足を止めた。
「ねぇ、あの人、何してるんだろ……」
リンはそう言って、向こうを指差した。ユウナもよく見てみると、向こうでは大きめのリュックを背負った男性が道をウロウロしている。歩いている時は気にならなかったが、キョロキョロと辺りを見回していた。二人は気になり、もう少し近づいてみることにした。数メートルのところまで来ると、リンは何かに気づいたように足を止めた。そしてユウナは、その人に声をかけた。
「あの~、どうしたんですか」
それをきき、その男性はふり返った。中年くらいで、背は低く、服やズボンは破れて、顔はすすだらけだった。どこかの工場にでも行ってきたのかのような、そんな格好だった。ユウナも、それには驚かされた。
「大丈夫、ですか」
ユウナがそう尋ねても、その男性はユウナには目もくれなかった。それよりも、明らかにユウナの少し後ろにいるリンの方に目を向けている。それに気がついたユウナも、リンの方をふり向いた。しかしリンの目は、怯えたように揺れていた。
「なんで……、なんでいんのよ」
「やっぱりリンか。どうしたんだ、忘れたのか」
男性がリンに話しかけると、リンは背を向けて逃げるように走り去った。
「リン!」
男性がそう呼び止めても、リンはふり向くことなくいってしまった。ユウナは、咄嗟のことに戸惑ってしまい、リンを追いかけることはできなかった。すると、その男性に声をかけられた。
「君は?」
それをきいて、ユウナは慌てて答えた。
「あ、中谷優奈といいます。リンとは、友達で……」
すると、その男性はこう言った。
「そうか。私は、リンの父親だ」
予想はついていたが、やはりその男性はリンの父親であった。リュックには神社のお守りがついており、そこには名前が縫ってある。ユウナは目を凝らしてよく見てみると、「
「リンはちゃんと大学に通ってたんだな、よかったよかった」
と言っている。ユウナが隆吉に質問した。
「あの、苗字は何というんですか」
「ん? 神坂だが……」
隆吉はそう言うと、ユウナに先程のお守りを見せた。やはり、これが本名なのだろう。
「でも、リンの苗字はたしか違ってたような……」
ユウナが軽く混乱していると、隆吉はこう言うのだった。
「あぁ、やっぱり偽名を使ってるのか。大学側に問い合わせても、そんな名字の子はいませんって言われてしまってね」
そして、隆吉は近くの階段に腰を下ろした。ユウナも、ゆっくりとその隣に座った。すると今度は、隆吉がユウナに質問してきた。
「それで、リンは大学では元気にしてるか?」
「はい」
「そうか、ならよかった。私も突然気になりだして、二週間前に家を出たんだよ」
「二週間前、ですか?」
「あぁ。何分方向音痴でね、ここに来てからずっとここらを彷徨ってたんだよ。食事も、数日前からろくにしてない始末さ」
それをきいて、ユウナはただ驚いていた。隆吉は、さらに呟いた。
「やっと見つけたと思ったら、逃げられるなんて親として情けないな、うん」
すると、ユウナは立ち上がった。
「あ、あの。うちでよかったら、来てくれませんか」
それを隆吉も、しばらく見つめていた。
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