隆吉がユウナの下宿に来ると、よほど腹が減っていたのか、食欲旺盛だった。ユウナが初子に事情を話し、初子も仕方なく御飯の用意をした。すると数十分もしないうちに、すべて平らげてしまったのだ。ユウナも、それを驚きながら見ていた。
「ふう、久しぶりにこんなに食べたなあ。大家さん、もう一杯つけてくれるかい?」
隆吉はそう言って、初子に酒をねだった。
「まだ飲むのかい」
初子も、呆れながら言った。初子が台所に行ってしまうと、ユウナはそれを見計らったように、隆吉の前に座った。
「あの、もうそろそろお話いいですか?」
「ん、なんだい?」
隆吉は、食べることに夢中で何もわかっていなかったらしい。それでもユウナには、どうしても知りたいことがあった。
「リンには、何があったんですか? 進路についてご両親に反対されて、家出してきたってきいたんですけど」
「あぁ、そうだが」
「あ、あの。他人の私から厚かましいとは思いますが、詳しくきかせてもらえませんか。私、やっぱり気になるんです。なぜ、リンが偽名まで使って反対を押しきったのか」
隆吉はそれをきき、しばらく黙っていた。そして、真面目な顔でこう話し始めた。
「あれは、たしか去年の二月ごろだったかな……」
2013年2月某日。神坂
「あいつは、中学と高校でダンスを習っていたんだ」
隆吉が言った。龍山大学にはダンス部があり、全国的にも知名度が高く、リンはインターネットを通してそのことを知った。そして、自分もその大学のダンス部に入りたいという思いを募らせていた。また、リンは絵が得意で将来はデザイナーも夢見ていた。そのため文系のクラスにいたが、理系科目も得意でいつも高得点をとっており、教師から理転を勧められるほどだった。リン自身も、大学は理系でもいいと思っていた。だから、龍山大への進学は好都合であった。しかし、そこで隆吉からの反対が入る。リンが、進学への思いを両親二人に告げた日だった。
「だめだ」
「なんでよ、大学は理系でもいいって言ってたじゃん」
「それは、うちから通える範囲でという話だ」
「なんなのそれ。下宿代は私がバイトして払うから」
「いや。それでも、お前を一人にさせるのはやはり心配なんだ。わかってくれ」
それをきいていた母親も、
「東京にはたくさん私立大学があるから、それでいいじゃない」
と、隆吉の意見を肯定した。
「……私ももう子供じゃないんだよ。ずっとこの家に縛りつけてんのは、お父さんたちでしょ!」
リンは泣きながらそう言うと、走って部屋を出ていった。
「それでもあいつは、諦めなかった」
リンはその晩、親に黙って願書を申請し、内緒で受験しに行ったのだ。そのことをあとで知った隆吉は激怒し、
「なんで言う通りにしなかった!」
と、リンに対して怒鳴った。
「だって、あの大学にはダンス部ないもん」
「ダンスがやりたいなら習わせてやるから。それでいいだろ!」
「私はあそこのダンス部がいいの! それ以外なんてどうでもいい!」
「おぉ、そうか。だったら出ていけ! その龍山とやらに行きたいなら、親子の縁を切ってもらうぞ!」
すると母親が、
「あなた、そこまでは……」
そう言いながら出てくると、
「お前は黙っててくれ」
と、隆吉によって圧制された。
「さぁ、どうするんだ?」
決断を迫られたリンは、
「……わかった」
と答え、部屋を出ていった。そして翌日、リンは両親に何も告げることなく一人で家を出ていったのだという。
ユウナはその話をきき、その時のリンの気持ちを察した。隆吉は話し終えると、
「まさか、本当に出ていくとは思わなかった……」
と、無気力そうに言うのだった。
「よっぽど、リンのことが心配だったんですね」
「あぁ。私はずっと、大学へも家から通うものだと思っていた。今では過保護だったと、反省している。あいつも、それが嫌だったのだろう。でも君の話をきいて、少し安心できた。あいつも、大学生活を楽しんでいるようでよかった。私は、これからもあいつを陰ながら応援していきたいんだ」
隆吉のその言葉は、今の本当の気持ちなのだとユウナにもわかった。そして、
「その言葉を、リンにもきかせてあげてくれませんか」
と言うと、隆吉は言った。
「しかし、あいつは私を避けてる。君が説得してくれるなら、やぶさかでもないが」
それをきいてユウナは、
「わかりました。私なりに、やってみます」
そう言うので、隆吉は笑っていた。とはいえ、リンの下宿先がわからなかった。おそらく、リンは誰にも言っていないのだろう。しかし、それがわからないことには、隆吉に会わせることはできない。リンに連絡をとっても、教えてくれるはずがない。ユウナは、心当たりがありそうな者に一人ずつ当たってみることにした。
「それって、いつもお前と一緒にいるやつか?」
アニ研部長の真宏が、そうきき返してきた。リンが度々アニ研の部室に遊びにきていることは、ユウナも部員たちからきいているのだ。
「あぁ、でもどこ住んでるかまではきいてねえぞ。第一、連絡先とかも知らねえし」
「そうですか……」
「まぁ、念のためほかのやつらにもきいとくわ」
「よろしくお願いします」
真宏がそう言ってくれたので、ユウナも笑顔で返した。二人が廊下で話しているのを、遠くから恵も見ていた。そして、プイと目の前の部屋に入っていった。無論、それにはユウナも真宏も気づかなかった。
ユウナはその後、一応リカにもきいてみることにした。帰り道、リカの家に寄った。
「え、リンちゃん? そういえばどこ住んでるんだろ。そんな話、してくれたことないから」
「そう。ごめんね、こんなことで押しかけちゃって」
「いいよ、気遣わなくて。そうだ、それよりいつ東京帰るの?」
リカが、不意に尋ねてきた。
「う~ん。しばらく帰れそうにないから、三月ごろになると思う」
「帰ったら、みんなにもよろしくね!」
「リカは、帰らないの?」
「だって、今はここに住んでるもん、遊びに行くならいいけどね」
リカがそう言うとユウナは思い出し、つい笑みがこぼれた。
「そういえばそうだったね」
「そうだよ~」
リカも、そう言いながら笑っていた。
それから程なくして、ユウナはアニ研の部室に呼ばれた。
「尾行……、ですか?」
ユウナがきくと、星見が言った。
「ユウナちゃん、あの子の住所探してるんやろ? 昨日、うちのアホが見かけたからそのまま隠れてついていったらしい」
すると、夏姫が三宮の背中を叩いた。
「ほんま、何してんのよアンタは」
「だって、しゃあないやん!」
星見は、
「はい、これ」
と言い、ユウナに地図を渡した。
「ありがとうございます」
ユウナは礼を言うと、その地図を受け取った。ユウナは内心、かなり驚いていた。まさか、ここまでしてもらえるとは思っていなかった。それにしても、見かけたからといって尾行とは、なかなかできることではない。ユウナは三宮を見ると、三宮もそれに気づいて笑いかけてきた。それを、近くの席から見ていた女子がいた。恵だ。彼女もまた、ユウナに対して敵意を抱いているのだが、この時はまだユウナはそれを知らない。
その話はさておき、ユウナは、星見からもらった地図を頼りに、リンの家を探した。大学から十分ほど歩いたところに、小さなアパートがあった。ユウナはその前に来ると、今更ながら罪悪感を覚えた。本当によいのだろうかと、入ることをためらった。するとその時、後ろから声がかかる。
「ユウナ?」
ユウナはその声に反応し、ふり向くとリンがいた。ユウナはリンに理由を話し、中に入れてもらった。リンは、ユウナに茶を入れた。
「うちの親、暑苦しかったでしょ」
「うん……。でも、すごくリンのこと大切にしてるんだって、そう思ったの」
「過保護なだけだよ。私、ずっとそれが嫌だったから」
「でも、なんで偽名にしたの? もしバレたら、退学になるかもしれないのに」
「それは覚悟してた。でも、こうでもしなきゃ見つかって、連れ戻されると思ったから」
その後、二人の間に沈黙が流れた。何か言わなければ気まずい、そう思ったユウナは、ふと思いついたことを喋った。
「コウサカ、っていう苗字だったんだね」
「うん」
「でも、なんで吉浪にしたの?」
「父さんの名前と、母さんの旧姓」
「そうだったんだ。リンはお父さんのこと、どう思ってる?」
「え?」
そうきかれ、リンは少したじたじになった。
「どう、って……」
「偽名に使うくらいだから、本当はどうなんだろうって思って」
それをきくと、リンは目線を少し下に落とした。
「私、すごく怖いの。これからどうしようって。就職の時だって、推薦とか、大学からの支援もらおうとしても、絶対にバレるから。自力でやるしかないじゃん。縁切ったから、うちにも帰れないし……」
「縁は……、切れてないと思うよ」
「どゆこと?」
リンが、また顔を上げた。するとユウナは、リンにこう言った。
「もう一度、お父さんとよく話してみるべきだと思う。ちゃんと話したら、きっと解かり合えるから。確証はないけど、私にはわかる。ほとんどの親子が、そうだったから」
「ユウナって、ほんとにお節介なんだね」
リンにそう言われると、
「それが、私の生き方だから」
と、ユウナは苦笑しながら答えた。しかし、リンはまだ不安そうだった。
「でも、もう帰ってるでしょ。会ったのって、もうだいぶ前だし」
そう言うリンにユウナは落ち着いた表情で、
「ちょっと、ついてきてくれる?」
と言うので、リンは不思議そうにそれを見つめていた。
序盤のキャラで、最も印象深い登場人物は?
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中谷優奈
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鶴ケ崎麗菓
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月見里美香
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夢野あかり
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池谷大輝
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相場善秀