ユウナは、リンを連れて自分の下宿に戻ってきた。ユウナの下宿も、大学から徒歩十分圏内であったため、そこまで時間はかからなかった。夕陽が、煌々と地面を照らしていた。縁側から、隆吉が庭を眺めながら服を畳んでいる初子に話しかけた。
「いやぁ、すっかり世話になっちまって、すみませんなぁ」
「いいんだよ。あんたも、腹減ってたんだろ?」
「はい、でもおかげで腹は膨れましたから」
隆吉はそう言うと、ハハハと笑った。
「今晩にでも、お暇するとしますかな~」
隆吉は、夕陽を見ながら呟いた。すると初子が、
「あの子のことはもういいのかい?」
ときくと、
「あぁ、あいつが自分から戻ってきてくれるまで、話す機会は多分ないからなぁ。悲しいが、これが現実だからなぁ、受け入れなければなんねえ」
隆吉がそう言って、立ち上がろうとした。すると、
「お父さん!」
という声に、隆吉が動きを止めた。そして、再び庭の方を向いた。見ると、やはりそこにはリンが立っていた。
「リン……」
そして、リンは前に進み出た。
「お父さん……、ごめんなさい!」
リンは、そう言って頭を下げた。隆吉は、リンのその行動に驚きを隠せなかった。ただ黙って、それを見つめていた。リンが顔を上げると、こう続けた。
「私、誤解してた。お父さんたちのこと。間違ってたのは、私の方だった」
「リン、お前……」
「今までは、ただ過保護なだけの、バカな親だと思ってた」
「バカって、お前親に向か……」
「でもそれだけじゃなかった!」
それをきき、隆吉は言うのをやめた。
「私のこと、ほんとに心配してくれてたんだって、離れてから初めて思った。今まで、お父さんたちの存在がどれだけ大切だったか、それを知った。だから、すっごい後悔してんだ。それだけは、どうしても伝えたくて……」
隆吉も、リンがそう話すのを黙ってきいていた。
「それから私、大学ではダンス部に入らなかったの」
「えっ?」
「大学ではどこの部活にも入らずに、バイトとかやって過ごしてた」
「どうしてだ、あんなに入りたがってたじゃないか」
隆吉は立ち上がり、靴を履いて下に降りた。
「でも、結果的に楽しかった。すぐに友達もできたし」
「じゃあ、黙って家を出た意味がないだろ」
「そうだよ」
「は?」
「私、ここに来て思ったんだ。今まで、お父さんよりバカな人はいないと思ってたけど、もっとバカなやつがいた。ていうか、バカばっかりいるの」
「おい、あまりバカバカ言うな」
隆吉はリンの話をききながら、少し困惑した素振りを見せた。
「自分では何の得にもならないのに、人助けしたり、くだらない話でやけに盛り上がったりとかしてさ。あと、尾行してついてきたり」
「誰だ、そいつは!」
「え、男」
「なんでそれをもっと早くに言わないんだ! 私はお前のそういうところが心配で……」
隆吉は呆れたように言うとリンが、
「大丈夫だから。あんまり気にならなかったし」
と言うので、隆吉は呆れ返って何も言えなかった。
「だからそれを思うと、お父さんのことなんか全然気にならなくなって。少し考えすぎだったみたい。だから、私も少し元気になれた。いつか話そうと思ったけど、何て言われるかだけ気がかりで、連絡できなかっただけ」
すると、隆吉はリンにきいた。
「お前は、これからどうしたいんだ」
「せっかく理転までしてきたから、卒業はしようと思う。帰って来いって言うなら帰るけど、でもそれはちょいもったいない気がするから。とりま大学はこのままでいこうと思う」
リンが言うので、隆吉もこう返した。
「そうか。じゃあ好きなようにやれ」
「ほんとにいいの?」
「お前がそうしたいって言うなら、俺はもう何も言わない。せっかく、ここまで来たんだからな。母さんにも、そう伝えておく」
「ありがとう」
リンは、隆吉を見て笑った。それはどこか、無邪気な子供のようだった。それを見て、隆吉も安心したのか腰を下ろした。
「さあて、じゃあ私は帰るとするか。初さん、電車の時間調べたいんだが」
初子はそれをきくと、
「あいよ」
と言い、少し面倒そうに立ち上がった。リンも、それを見て笑っていた。その笑い声が、塀の外までもれている。ユウナは外からそれをきき、ただ安心していた。もしもリンの思いが隆吉に伝わらなかったらと心配もしていたが、そのようなことは一切無用だったのだ。ユウナもこれまで、リンにはいろいろなことをしてもらってきた。背中を押してくれたり、ライブに連れていってくれたりもした。
その後、リンと一緒に隆吉を駅まで見送りに行った。隆吉は、
「いやぁ、本当に世話になったね」
と、ユウナに礼を述べた。
「いえ。もしよかったら、また来てください」
「あぁ。またお邪魔させてもらうよ」
隆吉はそう言うと、また声に出して笑った。
「それより、その荷物どうしたの?」
リンがきくと、隆吉は答えた。
「あぁ。迷うと思ったから、テントと寝袋も入れてきたんだ」
「でも、それでお金なくなったら意味ないじゃん」
リンは呆れている。そしてユウナに、
「うちの親、本当にバカだから」
と、囁いた。するとそれがきこえていたのか、
「なんだって?」
そう隆吉が言うとリンは、
「なんでも」
と答えて、誤魔化していた。
「じゃあ、身体には気をつけるんだぞ」
「うん、わかってる。じゃあね」
隆吉が言うと、リンもそう答えた。そして隆吉は二人に背を向け、ゆっくり歩き始めた。やがて改札を通り、そして見えなくなってしまった。それを見ながら、リンが呟いた。
「親譲りで私もバカだから、もっと後先考えられるようにならないとね」
それをきいたユウナも、
「私も」
と言った。
「ユウナはバカじゃないよ。ちゃんと周り見て行動してるもん」
「でも、お節介すぎるからバカって思われてたんじゃ……」
「あ、ごめん。きこえてた?」
そしてまた、二人は笑い合った。
その帰り道、ユウナがリンにきいた。
「ねぇ、どうしてダンス部に入らなかったの?」
「最初は入ろうと思ってたけど、家飛び出してきちゃったから申し訳ないと思って」
「どういうこと?」
「だって、私だけ好きなことやってたら、結局それかって思われるじゃん。まぁ、私が苦労したって知って、向こうもスッキリしたんだと思う」
「卒業したら、どうするの?」
ユウナはつい、きいてしまった。
「う~ん。まだわかんないけど、とりあえず卒業できたらどこかあると思う」
「でも、デザイナーになりたいんだよね」
「え? なんで知ってんの?」
リンは、驚きながらユウナを見た。するとユウナは気がつき、
「あ、ごめん。お父さんから、きいちゃって」
と答えると、リンは前を向いてこう言うのだった。
「大学は全然関係ないところ来ちゃったから、それならたぶん留学することになるかな」
「そうなんだ。私はまだ夢とかないから、見習わないと」
「ユウナは、どんな仕事がしたいの?」
「高校までは、人の役に立つことなら何でもいいと思ってた。でもみんなを見てて、もうそろそろ決めなきゃなあって感じで」
「ふ~ん、ユウナらしいね」
リンが言うのをきいて、ユウナは微笑した。これまで、何人もの人に同じことを言われただろう。ユウナはそう言われるたび、もっと具体的な夢を探さなければならないと思うのだった。
それから数日が経ち、三月に入った。あと一ヶ月で、ユウナは新二回生となる。学科やサークルにおいて、後輩もできるだろう。その分、今よりも大人にならねばいけないと、ユウナは自分に言いきかせるのだった。正彦の研究室でも、来年度に向けての片付けなどが行われていた。ユウナも、それを手伝った。アカネが、
「もう何人か人手がほしいなぁ」
と呟くと、ユウナは言った。
「アニ研の皆さんも、もう少ししたら来ると思います。先輩に頼んだら、やることもないから引き受けると言ってくれましたから」
「なんやのそれ。やることあったら手伝ってくれへんかったんか」
アカネが言うのをきいてユウナは笑っていると、部屋の戸が開いた。
「差し入れ持って来たったで~」
「おぉ、めっちゃ片付いてるやん!」
「ちょっと、何くつろぐ気満々でいるのよ! これから、うちらも手伝うんだからね!」
「は~い」
侑李に注意され、夏姫と三宮は返事をした。ユウナはそれを微笑ましそうに見ていると、真宏と目が合った。すると真宏は、
「あれからどうなった」
そうきくと、ユウナも答えた。
「はい。おかげ様で」
ユウナは、嬉しそうに笑った。真宏もそれを見て、安堵したような表情になった。部屋では、相変わらず片付けが行われている。掃除道具で遊んでいる二人に、また星見や侑李が注意した。それを無視するかのように、近くでアカネもはき掃除をしていた。正彦も、机の上のファイルなど散らかっていたものを整理していると、次から次へと古い書類が顔を出す。それを捨てるのに、大きなビニール袋を何枚も要した。そこにユウナが来て、
「あの、教授。これが終わったら、お話いいですか?」
と言うので正彦は、
「あぁ、いいが……」
そう言って、不思議な目でユウナを見ていた。
そしてユウナも掃除を手伝い、部屋はあらかた片付いた。その後、ユウナは正彦にあるお願いをし、リンのいるアパートに向かった。
「見てよ、これ」
リンがそう言いながら、押し入れからいくつもの段ボールを出してきた。その中には、Tシャツやジャージなどがぎっしり入っている。
「これ、どうしたの?」
「中学や高校の時に着てた、ダンス用の服一式。昨日送ってきたの。部活にも入ってないのにね」
「でも、もしかしたら続けろってことじゃないかな。二回生からでも、遅くないと思うし」
「でも、こんなに要らないでしょ。ユウナ、よかったら何枚かもらって」
「え、いいよ」
「遠慮するなって。ね、ね、いいでしょ」
「うん。それより、リンに見せたいものがあるの」
「え?」
その日の「セインツ・パラダイス」には、霧がかかっていた。ユウナはリンの手を引き、霧の中を歩いた。
「待って、何ここ?」
リンは、だいぶ戸惑っているようだ。やがて空は晴れ、ユウナは立ち止まった。目の前には、人の影が見える。そして霧が去ると、正彦が姿を現した。
「『セインツ・パラダイス』へ、ようこそ」
正彦は、笑顔でリンを迎えた。ユウナもふり返り、
「ここは、教授が創った仮想の世界なの。ここに来れば、どんなことがあっても笑顔に戻れる。私は、そう信じてずっとやってきたんだ」
と言うのをきき、リンは理解したように呟いた。
「ユウナが放課後いなくなったのって……、これだったんだ」
リンは、ユウナがなぜここに自分を連れてきたのか、自分でもよくわからなかったが、それはあの出来事があったからなのかもしれない。
三月も後半に差しかかると、ついにユウナは帰省する日を迎えた。ユウナが初子に、
「迷惑おかけしますが、よろしくお願いします」
と言って、礼をすると初子は言った。
「大丈夫さ。最近は調子がいいからね。それと、あのバカもいるしねぇ」
「先輩はちょっと、大丈夫ですかね」
ユウナの方が、少し不安に思った。すると、
「ユウナちゃ~ん!」
と呼ぶ声がするので、ユウナが見ると、リカとリンが駆けてきた。
「どうしたの?」
「せっかくだから、見送りに来ようと思って」
リカが言うのでユウナが、
「よかったのに」
そう言うと、リカは言った。
「だって四月まで会えなくなると思うと、やっぱり寂しくて」
するとリンも、
「私も頑張るから! 新学期をお楽しみに~」
と言うので、ユウナも笑顔で頷いた。そしてユウナは皆にしばらくの別れを告げ、駅に向かった。そして、ホームで京都行の電車を待っていた。
一方、初子のところには美千子が訪ねてきており、仏壇がある和室で二人話していた。
「ほんとにいいのかしら、見送りにいかなくて」
「いいんだよ、あの子ならねぇ」
「まぁ」
美千子はそう言うと、優しい笑顔で窓から空を見つめていた。
そしてユウナは電車に乗ると故郷、東京へと向かうのだった。もしかすると、これが本当の旅の始まりであったのかもしれない。
第二十一回「
次回予告
百合子「最近、義輝ちょっと様子がおかしいの」
ユウナ「えっ?」
月見里千花「あれは、ヤクザよ!」
義輝「もう、ほっといてくれよ」
千花「一般人を利用してるの」
「大丈夫。てる君を信じてあげて」
大輝「あいつを救えるのは、お前だけなんだからさ」
平岡美希「ヨシ君からよくきくんです、お姉さんのこと。友達思いで、すっごく優しいんだって」
ユウナ「なに……、これ……」
「私、どうしたらいいかな」
ミカ「一応警察に言った方がいいよ」
ユウナ「弟に、もう関わらないでいただきたいんです」
美希「待ってよ、お姉さんは関係ないでしょ!」
義輝「もしお前が、俺を利用するためだけだったって言うなら、俺はお前を許さない」
美希「なんで言ってくれなかったのよ~!」
次回(第二十二回)
「
序盤のキャラで、最も印象深い登場人物は?
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中谷優奈
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鶴ケ崎麗菓
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月見里美香
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夢野あかり
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池谷大輝
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相場善秀