春になり、眠っていた種たちが顔を出し始める。桜の蕾も、徐々に大きくなっていた。ユウナが東京に帰るのは、ちょうど一年ぶりだ。ユウナにとって、長い間留守にしたせいか、街並みがとても懐かしく感じられた。一年前は、どのような気持ちだっただろうか。期待や不安が入り乱れ、自立しなければならないという葛藤を抱えている時だった。あれから、果たして自分は成長しただろうか。ユウナはそんなことを考えながら、バスを降りた。帰る前に百合子に電話しようと思ったが、携帯電話はつながらず、自宅にも誰もいないようだった。まあ大丈夫だろうと、ユウナは実家に向かった。
家に着くと呼鈴を押したが、誰も出てくる気配はなかった。ユウナは自分で門を開け、鍵をポケットから取り出そうとしていた時、後ろからガチャンという音がした。ユウナはふり向いてみると、弟の
「あ、ただいま」
と声をかけると義輝も、
「あぁ」
そう返事をした。
「お母さんは?」
「今日は遅くなるって」
「そうなんだ。それより、何してたの?」
「いや、べつに……」
義輝は、若干しどろもどろになった。それを見たユウナは違和感を覚え、
「どうしたの?」
ときくと義輝は、
「あ、いや……」
そう言いながら周りを気にし始めた。すると、後ろから声がした。
「ヨシく~ん、早く~」
女の声だった。そして、門の外から見知らぬ女が顔を出す。
「遅いよ~」
「待って、すぐ行くから」
義輝が、その女に言った。年は、ユウナと同じくらいだろうか。すると、ユウナはその女と目が合った。女もユウナに気づくと、勝手に門を通って中に入ってきた。
「初めまして、義輝君のお姉さんですよね?」
「あ、はい。そうですけど……。どちら様ですか」
ユウナは戸惑いながら、その女に尋ねた。
「すみません。私、
それを見ていた義輝が気まずそうに、
「おい、行くぞ」
と言い、自転車を押して出かけようとすると美希が、
「ちょっと待ってよ~」
そう言いながら義輝のところに駆けていった。ユウナも呆気にとられ、それを見ていると美希が、
「あ、失礼しま~す!」
とユウナに頭を下げ、そのまま二人は行ってしまった。あれは、いったい何だったのか。美希は、義輝とどんな関係なのか。ユウナは素朴な疑問を抱きつつ、まだこれから起こる事態には気づいていなかった。
第二十二回
夜になり、母の百合子が帰ってきた。ユウナは、
「おかえりなさい」
と、百合子を出迎えた。百合子は笑顔で、
「ただいま。なんだか、久しぶりね。ユウナ、ちょっと見ないうちに大人になったんじゃないかしら」
と、冗談っぽく言った。
「そうかな……」
ユウナが恥ずかしそうに言うと、
「あれ? もしかしてユウナ一人? 義輝は?」
と、百合子がきいてきた。義輝は昼間出て行ったきり、まだ帰ってきていなかった。
「実は昼に会ったんだけど、出かけたみたいで」
「何か言ってなかった?」
「ううん。あ、でも今日知らない子と一緒にいたの。お母さん、知らない?」
ユウナはきき返した。すると、百合子がこう言った。
「あぁ、美希ちゃんのことね。大丈夫。一月ほど前、部活帰りにナンパされてたところを義輝が助けてあげたんだって」
「そうなんだ……」
義輝はユウナの二学年下で、今年の春で高校三年になる。
「それで、どこ行ったんだろ……」
ユウナが心配そうに呟くと、
「大丈夫よ。そうそう、今日はユウナのためにすき焼き買ってきたから、今から支度するわね」
と百合子は言い、リビングに入っていった。それでもユウナは、すき焼きよりも義輝のことが心配になった。野球部で遅くなることはよくあったが、昼に会った時は部活へ行くような格好はしていなかったのだ。そして、あの美希という女の存在が何より引っかかっていた。義輝に助けられたということは理解したが、なぜ今日義輝と一緒にいたのだろう。彼女はいったい、何者なのだろうか。
その後、ユウナは百合子から事実をきかされた。
「最近、義輝ちょっと様子がおかしいの」
「えっ?」
百合子は続けて、
「あんなに頑張ってきた部活も辞めちゃうし、何かあったんじゃないかって心配してるのよね。この間も、お父さんより遅くに帰ってきたの。理由をきいても、何でもないって反抗的になって。それで、夜遅くに誰かに電話してるみたいだったわ。内容はよくききとれなかったけど、例の何か……、って」
そう言うのだった。その話をきいたユウナは、まさかと思った。
「お母さん……、それってヤバいやつだよ」
「え? 何が?」
百合子は、ユウナの話をまるで理解していないようだった。すると、玄関からドアが開く音がした。ユウナはそれをきいて玄関にいって見ると、義輝が帰ってきていた。
「おかえり」
ユウナが言うと、義輝は返事をしなかった。そして家に上がり、二階へ行こうとすると、ユウナが呼び止めた。
「義輝。最近、いつも遅く帰ってるってお母さん言ってたけど、何してたの?」
ユウナは、真剣に義輝を見つめた。しかし、義輝は冷たくこう返してきた。
「何でもねえよ」
そして、二階の自分の部屋にいってしまった。ユウナはそれを見て、やはり何かあるのだと確信した。百合子は気づいていないようだが、何か事件に巻きこまれているのだろう。そうなれば、ますます美希の存在が怪しくなってくるのだった。
夜中、ユウナは風呂から上がり、自分の部屋にいく途中、義輝の部屋の前を通った。そうすると、中から話声がきこえてくる。義輝が誰かと電話しているのだ。ユウナは、何気に耳を傾けた。すると、このような声がきこえてきた。
「あぁ……、わかったよ。持っていけばいいんだろ。でも、これでもう終わりなんだよな?あぁ、わかってる」
ユウナはそれをきき、先程考えていたことが間違いないと確信した。その瞬間、恐ろしくなった。しかし義輝の部屋の戸を開けるのは、まるで空気のない世界に足を踏み入れるようで、ユウナにはできなかった。
次の日。朝、ユウナは目を覚ますと、一階に下りた。すると、義輝が出かける用意をしていた。それを見てユウナが、何気にこう質問した。
「ねぇ、なんで部活辞めちゃったの?」
すると、義輝は答えた。
「あぁ。なんか……、面白くなくなってきて。どうせ俺、二軍だし」
そして立ち上がり、玄関の方にいってしまった。それも、今回のことと何か関係があるのだろうか。義輝が家を出ていった後も、ユウナは一人で考えていた。これは誰かに教えるべきだとユウナは思ったが、惟英や百合子に話して警察に相談したとしても、確証がない限り取り合ってはもらえないだろう。それなら、まずは身近な相談相手を探すことが先だ。すぐに連絡ができ、大抵のことは相談できる人物、ユウナは一人思いついた。
「ユウナ、帰ってきてたんだ~。言ってくれたら行ったのに」
八王子駅周辺の喫茶店で、ミカがそう言った。
「べつにそこまではいいよ。ミカだって、忙しいんでしょ。今日はごめんね、急に呼び出したりして」
「大丈夫大丈夫、ぜんっぜん暇だから。バイトは明日からだし」
ミカのテンションは、高校の時のままだ。しかし、それがユウナには新鮮だった。しばらく会わないうちに、この雰囲気が恋しくなっていたのだろう。
「で、今日はどうしたの?」
ミカがきいた。そうだったとユウナは本題を思い出し、一応ミカにきいてみた。
「ミカってさ、たしか情報集めるの上手かったよね?」
高校の時、ミカはクラスメイトのゴシップネタには真っ先に食いつくタイプだった。
「まぁね。それがどうかしたの?」
ミカがきき返すと、ユウナは話し始めた。義輝の帰りが遅いこと、美希という女のこと、そして昨夜きいた電話の話。ミカであれば、何のためらいもなく話すことができた。ミカはそれをきいて、
「ふ~ん、義輝君がね~」
と呟き、ストローをすすった。
「私、どうしたらいいかな。誰に相談したらいいかわからなくて……」
ユウナが言うとミカが、
「でも本当にヤバいやつかもしれないし、一応警察に言った方がいいよ」
と言うので、ユウナは頷いた。するとミカが、
「そうだ! だったら、妹に手伝ってもらおっか」
と、言いだすのだ。
「妹って、ミカの?」
「うん。私なんかよりよっぽどそう言うの好きだから。ちょっとした探偵ごっこだったら大喜びするし、あと尾行したりとかもさ」
「でもそれ、危なくない?」
「大丈夫だって。じゃ、ちょっと今家にいるか連絡とってみるね」
ミカはそう言うと、店を出て電話をかけた。しばらく経って席に戻ってくると、
「オッケーだって。すぐ行こ」
そうユウナを急かした。ユウナも何が何だかわからぬまま、ミカに連れられてミカの家に向かった。以前来たこともあり、家の広さにはさほど驚かなかった。そしてミカから、妹の千花を紹介された。
「私こそが、美少女名探偵!
千花はそう言うと、ポーズをとった。
「こういうイタいキャラなんだけど、でもちゃんと調べたりとかはできるから」
ミカが言うのをきき、ユウナは安心した。もちろん、義輝に何もないことが一番望ましいが、いろいろと心強い。そしてミカが、こう言った。
「そういや千花って義輝君と同じ学年だったよね?」
「そうそう。クラスは違うけど、結構噂とかはきくよ」
千花は義輝と同じ学校、そして同じ学年だった。千花がパソコンを開くと、何かを検索し始めた。ユウナは、少し離れたところからそれを見ていた。
「最近、ヤンキー絡みの事件が多発してるんだってさ」
「こないだも、そーゆーのあったよね」
「そうそう。薬物とか売りまくって、運び屋やってた人からきいた話だと、一人逮捕されたら全部バラされるらしいよ」
ミカが言うと、千花は答えた。ユウナがパソコンを覗くと、暴力団絡みの記事が多く目に入った。その中には「薬物」や、「拳銃の密輸」などといった記事が多く見受けられる。すると、弟が電話で話していたことが、ふとユウナの脳裏を過ぎった。
『あぁ……、わかったよ。持っていけばいいんだろ』
まさかとは思うが、それが現実だったらという不安が、ユウナの頭の中でさらに強く渦巻いていく。顔にも出ていたのだろうか、隣にいたミカがそれに気づいた。
「ユウナ、どうしたの?」
「えっ、ううん。何でもないよ」
「それよりさ、さっき言ってた女って何者なの?」
「なんか、その子が不良に絡まれてたのを、義輝が助けたらしくて」
「なんかそれ、超怪しくない?」
「私、やっぱりきいてみる。そのくらいしかできないから」
ユウナが言うと、千花が言った。
「じゃあ明日、後つけてってみよっか。尻尾さえつかんだら、あとは調べるだけだから」
「でも……」
協力すると言ってくれるのは嬉しかったが、それと同時に他人に迷惑はかけられないとユウナは思った。すると千花が立ち上がり、
「大丈夫だよ、お姉さん。てる君は、きっとこの最強と呼ばれた天才名探偵の千花ちゃんが助けてあげるから!」
そう自信満々に言うのだった。
「誰も呼んでないけど」
ミカは呆れているが、ユウナには心強い味方にほかならなかった。
「じゃあ明日、三人で張りこもう! 久々に腕が鳴るわ~!」
千花がそう言っていると、ミカが急に思い出したようにこう言った。
「あ、そうだ。あたし明日バイト入ってたんだった」
「いいよ、こっちのことは気にしないで」
ユウナがそう言うと、ミカは申し訳なさそうに、
「ごめんね」
と言うと、ユウナは首を横に振った。そしてユウナは、必ず真実をつかんでみせると窓の外を見つめながら思うのだった。
その晩、義輝が帰ってくるとユウナはきいた。
「ねぇ、本当に何もないの? お母さん、すごい心配してたけど」
「だから何もねえよ、気にしないでいいから」
義輝はそう言うと、またプイと向こうへいってしまった。やはり明日、義輝の後をついていくしかわかる方法はないようだ。本音を言えばそのようなことはしたくないが、義輝のためだと思うと仕方ないのかもしれない。
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中谷優奈
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鶴ケ崎麗菓
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月見里美香
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夢野あかり
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池谷大輝
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相場善秀