大輝が帰ったあとも、ユウナは部屋に残って考えていた。このようなことをしている間にも、義輝の精神は追いつめられていっている。そう思うと、気ばかりが焦って何もよい考えは浮かんでこない。時計を見ると、夕方五時前を指している。もうそろそろ、母が帰宅する時間だ。ユウナは立ち上がり、自分の部屋へ向かった。その時に、ふと足を止めた。幸い、義輝はまだ帰ってきていない。ユウナは、ゆっくりと義輝の部屋を覗いた。中は、特に変わった様子はない。そして、中に入るとそっと机の引き出しを開けた。自分が今、何をしているかすらわからない。ただ、衝動を抑えられなかったのだ。中には、缶の箱があった。この中に何があるのか、また何もないのか、意を決してその蓋を開けた。そしてユウナは、見てはいけないものを見てしまったという、罪悪感にかられた。その中には、札束がいくつも重ねて入れてあったのだ。
「なに……、これ……」
ユウナは、身が凍りついた。その時に、誰かの気配がした。ふと横を見ると、長い影が見える。そしてふり向いてみると、部屋の前に義輝が立っていたのだ。
「何してんだよ……」
「義輝、これは……」
「いつも人の部屋に勝手に入るなって言ってるくせに、自分はいいのかよ」
「違うの! それに、何なのこれ。なんでこんなものがあるの」
ユウナは立ち上がり、必死にそう言った。すると義輝が、
「あぁ、もう! いいから出ていけよ!」
と言い、ユウナを無理矢理部屋から追い出した。
「余計なことすんなって言っただろ! 今夜で終わりだから、明日からやっと普通の生活に戻れんだよ! わかったら、もう俺に構うなよ」
義輝は疲れきったように言うと、バタンと戸を閉めた。ユウナは、もう自分にしてあげられることはないと悟った。自分一人でどうにかしようとする性格は、やはり姉弟なのだろう。ユウナは、自分のベッドで横になった。
『姉ちゃん、頑張れよ』
一年前、優しく自分を見送ってくれた義輝はどこへ行ってしまったのだろう。
『てる君を助けられるのは、お姉さんだけだから。てる君を信じてあげて』
『あいつを救えるのは、お前だけなんだからさ』
千花や大輝の言葉を思い出しながら、何もできない自分が情けなく思えた。義輝自身も、もしかすると他人に迷惑をかけられないと思っているのかもしれない。
『今夜で終わりだから、明日からやっと普通の生活に戻れんだよ!』
そしてユウナは、さっきの言葉に不自然な点を見つけた。
「今夜……?」
夜になり、父が帰ってくると、珍しく四人で夕食を囲った。食欲のない義輝を見て、
「どうしたんだ、義輝。食べないのか」
と、惟英がきいた。義輝は、
「俺いい……」
と言うと、リビングから出ていった。ユウナも、ただそれを見ていた。あの発言からも、もしかすると今夜、何かあるのだと思った。
ユウナはその日、眠らないことにした。電気だけを消し、着替えずにベッドに座っていた。それでも、時間が経つと次第に睡魔が襲ってくる。深夜二時ごろ、ユウナはウトウトしていると、隣の部屋から目覚ましの音がきこえた。義輝の部屋だ。やがて音がやむと、ドアの開く音がした。そして電気がつくと同時に、その明かりがユウナの部屋にももれてくる。ユウナは恐る恐る、ドアの外を窺った。廊下を覗くと、義輝が階段を降りる姿が見えた。ユウナも、それを後からこっそりとつけた。気づかれては、何を言われるかわからない。できる限り足音を立てぬよう、様子を窺った。義輝も、ユウナには気づいていないようだ。そして、義輝は玄関に向かう。そっと扉を開け、外に出ていった。それを見て、ユウナも後を追った。ドアを開けると義輝が自転車に跨り、走り出すのが見えた。ユウナも、急いで自分の自転車に乗ってペダルを漕いだ。前を向くと、前方を義輝が走っているのが見える。気づかれるギリギリのラインで、ユウナは自転車を走らせていた。すると、急に義輝が止まった。ユウナもそれを見て、急いでブレーキをかけた。義輝は自転車から下りると、角を曲がった。ユウナは、ゆっくりとその角に近づいていった。数メートルのところまで来ると、義輝の声がきこえた。電話をしているようだ。
「約束、ちゃんと守ってくれるよな。あぁ、八王子公園だな。すぐに持ってくから」
どうやら、相手に待ち合わせの場所を確認していたらしい。そしてユウナは、あることを考えた。地元民として、この辺りのことは大方知っている。それならば先回りし、先に取引相手と会い、やめさせるよう交渉しようと思った。危険だということは十二分に理解していたが、義輝をこれ以上苦しめないためにはそれしかあるまい。ユウナはためらうことなく、再び自転車を走らせた。しかしそれを偶然、電話を終えた義輝に見られてしまっていた。ユウナはそれに気がつくはずもなく、必死に自転車を走らせていた。
「あれって……」
義輝はそう呟くと、自分も自転車に乗って今度は逆にユウナを追いかけていった。
ユウナは、必死にペダルを漕いで夜道を走っていた。三月とはいえ、夜はまだ冬並みに寒かった。冷たい風が、ユウナの頬に突き刺さる。それでもユウナは足を止めることなく、走り続けた。一刻を争う状況だ。やがて、視界に公園が入ってくる。そして、入り口には車が止まっている。その横で、顔は見えないが人が二人立っている。
「なぁ、遅くないか?」
一人の男が美希にきいた。しかし、美希は黙っている。するとその男は寒いのか、機嫌悪そうに言った。
「おい、何か言えよ。ちゃんとあいつ、例のもん持って来るんだろうな?」
そうすると、美希がこう言い返した。
「うるさいわね、私は誰も信じてないの」
「おい、今ごろになってそれはねえだろ」
美希からの返答がないのに対し、男はチッと舌を鳴らした。
「それより、ほんとにもうヨシ君には手を出さないんでしょうね?」
「あぁ、まぁな。これで終わりにしてやるから。これが終わったら、あとは親分が来るのを待つだけだな」
男がそう言っていると、自転車のブレーキ音がきこえた。
「おぉ、やっと来たか!」
男はそう言って、懐中電灯で前を照らした。しかしそこにいたのは、ユウナだった。
「誰だ、お前」
それを見た美希が、
「お姉さん!」
と、声を上げた。ユウナは、男の顔を見て言った。
「あの、義輝……、弟に、もう関わらないでいただきたいんです」
それをきいた男は笑い、
「そうか。あいつの姉貴かよ。自分が今何言ったかちゃんと理解してんだろうな?」
と言うと、ユウナに近づこうとした。その腕を美希がつかみ、
「待ってよ、お姉さんは関係ないでしょ!」
そう言った。すると男は、
「うっせぇ、お前は黙って見とけ!」
と言い、美希の手を振り解くとその反動で美希は地面に倒れこんだ。男はユウナの前まで来ると、こう言うのだった。
「じゃあ、こうしようぜ。今度はあんたが俺らのところに来る。俺らはもう、あんたの弟には手を出さねえ」
ユウナは恐怖で、後ろに下がることもできなかった。足が一歩も動かなかったのだ。そして、男が急にユウナの手をつかんだ。
「よし、じゃあ来い」
そして、男はユウナの腕をつかむと車に連れこもうとした。するとまた、美希が駆けよってきて、男の服をつかんだ。
「やめて! もうこれ以上手は出さないって!」
美希が言うと男は、また美希をつき飛ばしてこう言った。
「俺は、義輝に手は出さねえって言ったんだ。こいつにとは言ってねえぞ、ちゃんときいとけボケ!」
男は、さらにユウナを中に押しこもうとした。最初は必死に抵抗していたユウナだったが、男の圧倒的な力には敵わなかった。そうすると、
「待てよ」
という声がきこえた。ユウナはふと、声がした方を見ると自転車を持った義輝が立っている。それを見た男は義輝に、
「おう、遅かったじゃねえか。ちゃんと持ってきたか?」
ときくと義輝は、こう答えた。
「あぁ、持ってきた」
「じゃあ、どこにあるんだよ」
「ここにはない。あとでちゃんと渡すから。その前にそいつを離してくれよ」
「あぁ? お前マジで状況わかってんのか? そんなこと言える余裕なんてねえだろ」
見ると、周りに数人の男たちが集まってきた。
「さぁ、痛い目に遭いたくないなら、早くどこに隠してあるか教えるんだな」
男は笑いながら言う。しかし義輝には、それに従うつもりなどなかった。
「姉ちゃん離してくれたら……、教える」
それをきいた男は義輝に近づくと、義輝の腹を一発殴った。
「うっ!」
義輝は、その場に膝を落とした。
「義輝!」
ユウナは叫んだ。男は義輝の頭をつかむと、
「さぁ、どこにあるんだ?」
ときいた。しかし義輝は頑なに、
「お前らなんかに……、教えねえ……」
そう言うので、男はまた義輝を殴った。そして、周りにいた男たちも義輝を殴ったり、蹴ったりし始めたのだ。ユウナはそれを見て、警察に連絡しようとしたが、急いで出てきたのでスマホを持ち合わせていなかった。そうしているうちに、義輝の顔や身体は傷ついていく。どうすることもできないのかと、ユウナは拳を握りしめた。すると、パトカーの音がきこえてくる。音は次第に大きくなり、男たちも気づき始めたころにはすでに遅かった。何台もの車が、ヘッドライトで公園周辺を照らした。男は焦ったように、
「おい、誰だよ呼んだやつ!」
と言うとハッとし、後ろをふり向いた。そこには美希が、スマホを手にして立っている。
「貴様……」
「言ったでしょ? 私は誰も信じないって」
「てめえ……!」
やがて男たちは警官によって取り押さえられ、連行されていった。そして美希も、警察に連れていかれることになった。それを義輝が後ろから、
「待てよ、美希」
と、呼び止めた。
「俺をハメるために、わざとあんなこと言ったのか?」
「だったら何だって言うの」
美希は、ふり返らずに答えた。
「もしお前が、俺を利用するためだけだったって言うなら、俺はお前を許さない」
「だったら何で言ってくれなかったの……、肝心なこと」
「えっ……?」
美希がふり返ると、その頬は涙で覆われていた。そして、
「なんで言ってくれなかったのよ~!」
と叫んだ。美希はその後、男たちとともに連行されていった。義輝は、その場に立ちすくんでいた。すると後ろから、ユウナが話しかけた。
「義輝」
「姉ちゃん……、ごめんな……、迷惑かけて」
義輝も、涙をこぼした。義輝が泣くのを見るのは、いつ以来だろうとユウナは考えた。そして義輝も、事情を聴くために警察に連れられていった。ユウナには、その義輝の後姿がとても小さく見えたのだった。
四月に入り、桜の木がようやく花をつけ始めた。高校の校庭で、野球部の練習試合が行われている。それを、ユウナは外から眺めた。そして、声がかかる。
「あいつも大変だったな」
ユウナは隣を見ると、大輝が立っていた。
「もう一度入部して、今度は全国目指すって」
「で、あれからどうなった?」
「簡単に事情聴取されただけだって。それ以外は、何もなかったらしい。美希さんは、少し可哀想だったけど」
「そっか……」
「ユウナ~!」
きき覚えのある声がすると思えば、ミカがユウナに抱きついてきた。
「義輝君、もう一度野球部入ったんだって?」
「うん」
ユウナは、再びグラウンドを見つめた。中では、千花も手を振って応援している。
「てる君ガンバレ~!」
義輝がヒットを打つと、ベンチからは同期の部員が声を入れた。
「てる、ナイス!」
義輝も、嬉しそうに上を見ながら走っていた。それは、皆にとって太陽のように輝いて見えていたのかもしれない。
そして、ユウナの帰る日が来た。
「来なくてもよかったのに」
駅でユウナが言うと百合子が、
「いいじゃない。それに、義輝も自分は部活で来れないから、代わりに行ってきてあげてくれって」
と言うので、ユウナは嬉しくなった。
「これ、新幹線の中で食べてね」
百合子がユウナに弁当を渡すと、ユウナは礼を言った。そして扉が閉まり、電車は発車していった。ユウナはまた、東京にしばらくの別れを告げた。
大学でも、横大路夫妻が研究室で話していた。
「もうすぐ授業が始まるけど、大丈夫なんでしょうね」
美千子は、心配そうに言った。
「大丈夫だ。それに、なかなかいい子が入ってきてくれそうなんだ」
正彦が嬉しそうに言うのを、美千子も微笑して見ていた。
そしてユウナも電車の中で、新学期に向けて気持ちを新たにしていたのだった。
第二十二回「
次回予告
正彦「誰かが、私の創った世界を壊そうとしているらしい」
ユウナ「何か考えられることは?」
正彦「君に紹介したい子がいるんだ」
ユウナ「演劇部の……?」
リカ「すごい新入生がいるんだって」
ヒロイン「主役って書いて、ヒロインです!」
リン「バッカじゃない?」
恵「ほんとはどう思ってるの? 部長のこと」
正彦「ゲーム世界に入り、中で何が起きているのか調べてほしいんだ」
雅也「それをどう乗りきるかが、大切なんだと思う。でも、その術を知らない人間は、一生報われない気がする」
サタール「お前の目的は何だ」
ヒロイン「私はあなたについていきます。たとえ地獄の果てまでも!」
正彦「モンスターが、私の世界から逃げ出してしまった」
次回(第二十三回)
「
序盤のキャラで、最も印象深い登場人物は?
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中谷優奈
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鶴ケ崎麗菓
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月見里美香
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夢野あかり
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池谷大輝
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相場善秀