2014年4月、暖かな風が学園中を駆けめぐった。大学の学生たちは、それを心地よく感じながら、昼休みに外でランチをとったり、楽しく会話したりしている。授業が始まり、もう一週間となる。ユウナは、リンと次の教室に行った。二回生からは、希望でゼミのクラス分けが行われ、ユウナは正彦のゼミを受けていた。授業中、横からリンが話しかけてきた。
「ねえ、最近あそこ行った?」
「あそこ?」
「セインツ・パラダイス」
「あぁ、ちょっとバタバタしてて……」
「じゃあバグの話も知らないのかぁ」
「バグ?」
ユウナは気になり、尋ねた。
「今、一部のエリアにログインできなくなってるらしいんだ」
「それって、いつから?」
「う~ん、話では去年から前兆っぽいものはあったらしいけど」
「じゃあ、教授はずっとそのこと知ってたの?」
「そうみたい」
リンの話をきいて、ユウナは思い出した出来事があった。あれは、去年の夏ごろだっただろうか。
『「セインツ・パラダイス」はいくつかのエリアに分かれているのは知っているね』
『はい』
『そのいくつかのエリアが、何者かによって破壊されたんだ』
あれはいったい、誰の仕業だったのだろう。ユウナはまた、ノートを取っていた手を止めて考えていた。
第二十三回
授業が終わると、ユウナは正彦に話しかけた。
「あの、教授」
「なんだい?」
「これから、教授の研究室に行ってもいいでしょうか」
「あぁ、構わんが」
正彦はそう答え、ユウナとリンはついていった。
研究室に行くと、正彦は二人にコンピュータの画面を見せた。それは、「セインツ・パラダイス」の地図だった。ところどころ、エラーの文字が表示されている。そして、助手のアカネが補足説明を入れる。
「これで三件目。相手がどんな手口で攻撃してきてるか、それすらもまだつかめてない」
「何か考えられることは?」
ユウナが質問すると、アカネはこう言うのだった。
「教授は、プログラムの中に誰かが侵入して、システムをおかしくしてるって言い張ってるねんけど、実際にはまだうちらと大学の一部の連中しか存在自体を知らんから、よく考えたらあり得へん話やねんけど」
その説明をきいたリンが、
「じゃあ、その中の誰かが外に情報を漏らしたってこと?」
と言った。
「それはちょっと考えにくいけど、百パーセント違うとは言い切れへん」
アカネは、完全には否定しなかった。すると、正彦もこう言った。
「念のため、君たちできいてみてくれないか。もしもそれが本当だったら、大変なことになる」
「どういうことですか?」
ユウナはきくと、アカネがまた説明を入れた。
「中には、エリアごとに制御装置が設置されてんねんけど、それによって中のモンスターをコントロールしてる。それがもしもウイルスによって破壊されて、制御がきかんようになったら、モンスターたちが外に放出される危険性がある」
「そうなれば、あの世界の存在が公になってしまうかもしれない。私も、研究を続けられなくなる。もうすぐ、理想的な世界が出来上がる。こんなところで、つまずくわけにはいかないんだ」
正彦も机に肘をつき言った。
「わかりました。一応、きいてみます」
ユウナは答えた。
「ありがとう。おおそうだった、ダンジョンの制作は順調だ。今度、見せてあげよう」
正彦から笑顔が戻った。ユウナはそれを見ると、少し安心した。それにしても、誰がどのような目的でウイルスを送ったのだろうという疑問は、消えることはなかった。
一方、セインツ・パラダイスの奥に、正彦も知らない城が聳え立っていた。そこの闇王、サタールはベランダに立って悠々と下を眺めている。しばらくして、鳥の羽ばたく音がきこえた。魔法使いのような帽子を被った青年が、黄色いモンスターにつかまって降りてきた。サタールの息子、フギンだ。
「オヤジ、準備できたぜ」
フギンは何も反応を示さないサタールを見て、溜息をつくと背を向けてそこを去ろうとした。すると、サタールに呼び止められた。
「もうじきアイツが解放される。それにより、この世界が公になるだろう。そうなれば、ヤツは目的を果たせなくなる」
「そうしたら、あんたもこの世界を手にできなくなるぜ?」
「それでいい。私は、あの男が許せないだけだからな」
サタールが言うと、フギンはモンスターに話しかけた。
「行くぞ、プテラドス」
すると、そのモンスターは羽を広げて高い声で鳴いた。フギンはその足につかまると、再び城から離れていった。その後、サタールは一人城に残り、ニヤリと不気味な笑みを浮かべていたのだった。
サタールは城の地下に行き、そこの扉を開けた。その部屋では、あるモンスターが鎖につながれて眠っていた。人型のモンスター、オーディンである。サタールは、ゆっくりとオーディンに近づいた。そして、ある機械に触れた。サタールがスイッチを押すと、機械が激しく点滅し始めた。その瞬間、その部屋は白い光に包まれた。それから間もなく、鎖が引きちぎれるような音がした。光明が治まると、そこに眠っていたはずのオーディンがいなくなり、天井に何かが突き抜けたような穴が開いていた。サタールはそれを見ると、また薄笑いを浮かべていた。
一方、正彦の研究室には誰もいなかった。すると、誰もいないはずの部屋の機械が急に光り出したのだ。その直後、セインツ・パラダイスへと続く扉が何かによってつき破られた。そしてそれは、光に包まれたまま研究室のドアもつき破り、外へ飛び出していってしまった。しかしその事態には、まだ誰も気づかなかった。
その頃、ユウナは部屋で考え事をしていた。言うまでもなく、正彦が言った話についてだ。誰かがセインツ・パラダイスに侵入し、悪さをしているのだという。それは、ただの愉快犯なのか、それともほかに目的があるのだろうか。ユウナは、目の前のポスターを無意識に眺めながら考えていた。そのポスターというのは、実家から持ってきたものであり、「魔術師・オーディン」という人型のモンスターが描かれている。パズドラのモンスターには、それぞれスキルがある。スキルとはいわば特性のことで、スキルの中にはリーダースキルというものがあり、オーディンのリーダースキルは「守りの衣」というものである。「守りの衣」は、体力が満タンの時、攻撃を受けるとその受けるダメージの量を、かなり減らしてくれるというスキルだ。体力満タンを維持していれば、いくら攻撃を受けてもやられない頼もしいスキルである。ユウナは、ゲームの中でそのオーディンがどうしても欲しかった。いくらレアガチャを回しても、出てくるのは違うモンスターばかりで、欲しいと思い始めてから二年近くも経つのに、いまだに引けていなかった。ポスターは、ユウナが初めてイベントに参加した時に景品で当てたものだ。話が逸れてしまったが、ユウナにとってオーディンの話などその時はどうでもよく、正彦のことが心配になっていた。
翌日、リンと一緒にキャンパスを歩いていた。
「何かわかった?」
リンが尋ねてくるので、ユウナは首を横に振った。ユウナは、どうしても自分の知り合いがそのようなことをするとは思えなかった。そこへ、
「お~い、ユウナちゃ~ん!」
という声がするので、二人がふり向くとリカが駆けてきた。
「あ、リンちゃんも一緒だったんだ」
「どうしたの?」
「リカってキャンパス向こうでしょ?」
リンがきくと、リカは言った。
「今日はこっちで授業あったんだ。それよりさ、さっき演劇部の練習見てきたの。すごい新入生がいるんだって。昼休みに体育館で舞台やるみたいだから、行って見ようよ!」
二人は顔を見合わせ、一緒に舞台を見に行くことにした。
昼休み、体育館に足を運ぶと演劇部が舞台公演をしていた。
「ほらほら、あの子」
リカがそう言って、一人を指さすと、今年入学してきたばかりの一回生の女子がいた。その女子はまるで舞台女優のような透き通った声で、
「あぁ、私のロミオ! いったいどこへ行ってしまったの」
と、演技を披露している。その迫力に、観客は皆魅了された。ユウナはそれを見ながら、高校の文化祭でのレイカを思い出した。レイカもまた、同じような役で圧巻の演技を披露していた。隣でリンが、
「あんな話だっけ」
と、首を傾げている。そして舞台はクライマックスとなり、その一回生は観客席に手を伸ばすとこう言った。
「私はあなたについていきます。たとえ地獄の果てまでも!」
すると、観客席からは拍手が沸き起こった。ユウナも、舞台に拍手を送った。しかしその横でリンが、
「宝塚かよ」
と呆れたように言った。大学生でこんな演技ができるものなのかと、ユウナは驚いた。このような子が下の学年にいるなど、思いもしなかった。会場では、しばらく拍手の嵐が続いていた。
「あ~、圧巻だったね~」
体育館を後にすると、リカが呟いた。しかしリンは、
「私にはわかんなかったよ」
と、前を見ながら話した。
「え~、なんで~?」
「まぁたしかに上手かったけどさ、迫力ありすぎて戸惑うレベルだったから」
「ね、ユウナちゃんはどう思った?」
「あ、うん。よかったよ」
ユウナの反応を見て、リカは不思議に思ったのか、こうきいてきた。
「どうしたの、何かあった?」
「え? ううん、べつに。あ、じゃあ私、これから行くところあるから」
ユウナはそう言い、二人と別れた。
そして、アニ研の部室へ足を運んだ。この日は、部室で新入部員の紹介があるのだ。
「
新しく入った部員のうち、一人の女子がそう言った。
「へぇ~、珍しい名前やな」
三宮が言うと、御園は答えた。
「はい。ミコは、神様の神って書くんです」
「なんやそれ、すごいな!」
夏姫が言うと、同じく新入部員の女子が、
「私は、
と言った。すると名簿を見ていた星見が、
「へぇ、四月一日って書くんか~」
そう感心していると、夏姫が質問した。
「ねぇ、なんでおし美っていう名前なん?」
「私、四月二日生まれなんです」
それをきいた数人が声を揃えて、
「うわ、惜っし~」
と、言った。続けておし美は、
「それからそれから、あと一日早く生まれてたら一つ上の学年だったんです!」
そう言うので、それをきいていた皆はまた声を揃えて、
「あぁ、惜っし~」
と言うのだった。一通り、新入部員の紹介が終わると、皆は作業に戻った。夏姫や三宮、侑李は新入部員たちにアニメ作りの基本などを丁寧に教えている。真宏は、部長席に座りながら、退屈そうに台本を眺めている。それを見計らい、ユウナは真宏のところに行った。
「あの」
「なんだ?」
真宏は顔を上げた。
「少し、お話いいですか?」
ユウナが言うと、二人は部屋の外に出た。あまり気持ちのよい話ではないため、ほかに誰もきいていない場所の方が適していると考えたのだ。
「システムエラー?」
「はい、誰かがウイルスを送りこんで、特定のエリアを閉鎖しているらしいんです。でも、教授はあそこの存在を知っている人しかできないことだって……」
「それで、俺にきいてきたのか」
「いえ。もしかしたら、何か知っているかと思いまして」
「うちの連中のことも疑ってんのか?」
「いえ、そんなつもりじゃ……」
「今の発言きいてたら、そうとしか思えねえよ。まぁ、念のために言っとくわ。俺はべつにいいけどよ、もしもお前がアニ研の連中を疑ってるってんなら、俺は許さねえぞ」
ユウナはそれをきいて、黙りこむしかなかった。その様子を、手洗いから出てきた恵が偶然見ていた。真宏は部室に戻り、ユウナはしばらくその場を動く気になれなかった。真宏にあのように言われ、言ってしまったことをひどく後悔していた。恵も少し離れた場所から、ユウナのその様子を見つめていたのだった。
その後、部室に戻ったユウナは真宏の顔を見ることすらできなかった。強い罪悪感にかられ、それを紛らわすためにひたすら手を動かしていた。気まずい中でも時間は気にくわぬ顔で進み、夕方になった。ユウナは区切りのよいところまで終えると、帰ることにした。普段は真宏と一緒に帰るのだが、その日は一人で帰った。すると、後ろから声をかけてくる者がいた。
「中谷さん!」
ユウナはふり返ると、なんとそこには恵が立っていた。
「長谷川さん?」
ユウナも驚きながら言うと、恵は近よってきた。
「部長と、何かあったの?」
「え? あ、ううん、べつに……。でも、どうして?」
ユウナは少し焦りながら言った。すると恵が、
「なんか、いつも部長と一緒に帰ってるから今日はどうしてかなって思って」
と言うので、ユウナは安心して答えた。
「あ、うん。部長とは同じ民宿に住んでて、一緒に帰ることが多いだけ」
「あのさ……、ほんとはどう思ってるの? 部長のこと」
「えっ?」
恵が突然そうきいてくるので、ユウナは言葉に詰まってしまった。
「どうって……、ただよくしてくれる先輩ってだけだよ」
ユウナが答えると恵は下を見ながら、
「そう……。じゃあ、また。さよなら」
と言い、背を向けて歩いていってしまった。その顔は、笑っていなかった。何か、気に障るようなことでも言ってしまったのだろうかと、ユウナは少しばかり不安に思った。
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