横断歩道につき飛ばされたユウナの前に現れたのは、あのパズドラのモンスター、オーディンだった。緑色の光によって、トラックからユウナを守った。今、自分の目の前では何が起こっているのか、ユウナには皆無だった。そしてその光は消え、オーディンも姿を消した。何がなんだかわけもわからないまま、ユウナはただ、その場に座りこんでいたのだった。
第二十四回
事件から数時間が過ぎ、外はすでに真っ暗だ。ユウナは、正彦の研究室に保護された。正彦から詳細をきかれたが、ユウナは話す気になれず、ただ俯いているだけだった。そのユウナの気持ちを察したのか、美千子が茶を差し出すと、優しくこう言った。
「落ち着くまで、ここにいていいからね」
ユウナは何も言わず、ゆっくりと頷いた。目を閉じて、またあの時のことを思い出す。自分を守ってくれたのは、たしかにオーディンだった。だが、それと同時に気になることがあった。自分をつき飛ばしたのが、恵だったことだ。倒れこんだ瞬間、ふり返った時にはっきりと見えた。荒い息を吐いている、恵の姿。それが今もユウナの脳裏に焼きつき、そして苦しめていく。危うく、トラックに撥ね飛ばされるところだった。オーディンと恵、そのふたつの事柄がユウナの脳を一層混乱させた。
同じ頃、サークルの部員たちは部室に集まっていた。あの後、解散せずにユウナを正彦のところへ送り届け、そのまま部室に来たのだ。星見が座っている恵に対し前屈みになり、
「なぁ……、なんであんなことしたん?」
と、優しくきいた。しかし、恵の目は怯えているようだ。恵は、当分喋りそうにない。そう思った星見は、そこを退いた。その場の雰囲気は暗い。それに危機感を感じた三宮が、皆を元気づけようと明るく話しだした。
「それよりさ、みんな見たやろ? あれ、すごかったなぁ~」
しかし三宮の発言は、結果的に場の空気をより悪くした。普段は明るい夏姫でさえも、何か怖いものでも見たような目をしている。皆は、オーディンのことで怯えていた。
「なぁ、うちら……、見たらあかんもん見たんちゃう?」
すると侑李も、
「私も、その時は夢かと思ったけど、現実ってわかった今でも受け入れられない」
と言うので、三宮が皆を見渡しながら言った。
「え、何なん、この空気。みんなどうしたん?」
すると星見が、
「とりあえず、この子の事情をきかな。ユウナちゃんは今、先生の研究棟にいる。多分、そこで事情説明してると思うわ」
と言いながら、恵を見ていた。恵は、
「すみません……」
そう小さく言うと、顔を上げた。その目には、涙が滲んでいる。
「私、怖かったんです」
「怖かった?」
星見がきくと、恵は頷いて続ける。
「中谷さんが、皆さんと仲良くしてるのを見て、自分が取り残されるんじゃないかって、そう思ったんです。でも私、なんであんなことしたのか、自分でもよくわからなくて……。まるで誰かに操られてるみたいに、身体が勝手に動いて……、それで……」
恵は、涙を流しながら謝罪した。
「ほんとに……、ごめんなさい、迷惑かけて……」
恵は膝の上で拳を握りしめ、座ったまま深々と頭を下げた。拳に、無数の涙が当たる。それを見た星見が、恵の肩に手を置いて言った。
「まぁ、ユウナちゃんが無事やっただけよかった。ありがとうな、話してくれて」
それでも恵は、顔を上げようとはしなかった。星見が真宏の方をふり返り、
「部長さん、これからどうするん?」
ときくと、真宏は椅子から立ち上がった。
「俺、中谷のところ行ってくる」
真宏はそう言うと、部屋の戸を開けた。それを感じ、恵はようやく顔を上げた。真宏が部屋を出ていった後、星見が新入部員二人の方を向いてこう言った。
「ごめんな、変なことに巻きこんじゃって。もう、帰っていいで」
「え、いいんですか?」
ミコがきくと、星見は言った。
「あとは、僕らだけで何とかするから」
「じゃあ、失礼します」
おし美もそう言い、二人は部屋を出ていった。それから恵は、再び目線を自分の足元に落としていた。
その一方、正彦の研究室ではようやく、ユウナは気持ちを落ち着かせていた。
「大丈夫か」
「はい、ありがとうございます。おかげで、だいぶ落ち着きました」
「では、君が見たものは何だったんだい?」
正彦がユウナに質問すると美千子が、
「あなた、まだそんなこと……」
と遮ろうとすると、ユウナは言った。
「いえ、もう大丈夫です。私が見たものは、オーディンでした」
「オーディン……?」
正彦は、それをきいて固まった。
「どうしたんですか?」
ユウナがきき返すと、正彦は背を向けてこう言うのだ。
「あ、いや……。それは、君の見間違いではないのかい?」
「そんな……、たしかに見たんです」
ユウナは反射的に立ち上がり、反論した。たしかに目の前に現れたのは、ユウナが最も敬愛するモンスター、魔術師・オーディンだったのだ。ユウナの言葉をきいて、正彦からこんな返答が返ってきた。
「私は……、オーディンなど創っていない」
「えっ……」
それをきいて、ユウナは言葉を失った。ならば、あの時見たものは何だったというのだろうか。
「でも、たしかにあの時……」
正彦がふり返りながらまた、
「君が見たのは、本当にオーディンだったのか?」
と、きいてくる。しかしユウナは、退く気になれなかった。
「はい、間違いありません。この目で見ましたから」
ユウナの言葉をきいて、正彦は椅子に座った。
「そうなれば、考えられることはひとつしかない」
「何ですか?」
ユウナが尋ねると、正彦は答えた。
「この前、ヒロイン君が言った通り、セインツ・パラダイスに誰かが侵入している可能性がある」
「そんな……、でも何のために……。それに、なぜ私を助けてくれたのかも、わからないんです。ずっと考えてましたけど、どうしても答えが出せないんです」
ユウナが必死に言っているのを、正彦は黙ってきいていた。美千子も、下を向いたまま口を開こうとしなかった。それを見兼ねたのか、アカネが出てきて話を逸らす。
「因みにオーディンは、知識の神って言われてんねん」
「知識の……、神……?」
「そうそう。知識を手に入れるためやったら、その代償として自分の命を差し出すことも辞さへん。神話によると、ミーミルの泉で水を飲んで知恵を身につけ、魔術を手に入れた代わりに、片目を失ったらしいねんて」
すると、今まで黙っていた正彦が付け加えた。
「それから、神話ではオーディンはゲルマン人が使用していた、ルーン文字の秘密を得るため、ユグドラシルという木で首を吊り、自らの命を自分自身に捧げたと言われている」
「だから、自分自身を犠牲にしてまで知識を求めたがる神ってこと」
アカネもそう言った。ユウナは、
「でも……、それが私を助けてくれたことと何か関係があるんでしょうか」
と言った。すると正彦はまた立ち上がり、こう言うのだった。
「ひとつ考えられるとすれば、奴は君に興味を持ったのかもしれない」
「私に……?」
「あぁ。君は以前、あのゲームで好きなモンスターはオーディンだと話していたね」
「はい」
「ここからの話は、私の憶測なのであまり気にしないでもらいたい。君を助けた理由、それは、オーディン自身が君や君を取り巻く人間、それに興味を抱いた。だから君のところに現れ、その意思を示したんだ」
「私に……、興味を抱いた……」
ユウナが繰り返していると、ドアの開く音がきこえた。ふと、その方向に目をやると、真宏が入ってくるのが見えた。
「先輩……、あ、長谷川さんは?」
「大丈夫だ。部員の奴らも、もう帰った」
ユウナは、それをきいて安心した。そして真宏が、
「もう帰ろうぜ」
と言い、ユウナに手を差し延べた。
「いいよな?」
真宏は正彦を見ると、正彦も答えた。
「あぁ、構わない」
それをきいて、ユウナも真宏の手を握った。そして二人は、帰路についた。
ユウナは前を歩いている真宏に、
「あの、先輩……」
と、話しかけた。そうすると真宏はふり返らずに、
「気にすんな。あのオヤジの言うことだ。何か隠してても、不思議はないだろ」
そう答えた。
「いえ、そういうことじゃなくて……」
ユウナが言うと真宏は足を止め、ふり向いた。そしてユウナも立ち止まり、話し始めた。
「長谷川さんは……、何て言ってたんですか」
「自分でも、なんであんなことしたのかわからないってさ」
「そうですか……。よかった、私、てっきり嫌われてるんじゃないかって心配してて」
「お前がほかの奴らと楽しそうに話してるの見て、一人になるのが怖かったって言ってた。あいつ自身も、辛かったんだろうな」
真宏の話をきき、ユウナは決心をした。
「私、やっぱり彼女と話そうと思います。彼女もきっと、そう思ってると思いますから」
すると真宏が歩いてきて、いきなりユウナの頭を撫で始めた。
「あ、あの……」
ユウナが戸惑うと真宏は、
「お前って、ほんとに真面目だよな。相手は、お前を殺そうとしたやつだぜ?」
と言った。ユウナは、真宏を見上げた。
「でも、彼女にも何か
「そうだよな。まぁ、そのことに関しては明日にでも考えろよ。今日はもう遅いからな。あぁ、早く帰って寝てぇ~」
真宏は大きく欠伸をしながら、向こうへと歩いていく。ユウナはそれを見ながら、恵の言葉を思い出した。
『ほんとはどう思ってるの? 部長のこと』
あれは、何を意味していたのだろうか。今日はもう何も考えないようにしたかったが、無意識のうちに頭の中に浮かんでしまうのだ。すると、少し先から真宏の呼ぶ声がする。ユウナは気がついて、また歩き出した。そして二人は、初子の民宿に帰っていった。
翌日、ユウナがキャンパスを歩いていると、
「ユウナちゃん!」
と、声がした。ふり返ると案の定、リカとリンが駆けよってくる。
「ねぇ、きいたよ。大丈夫だった?」
リカは、とても心配そうだ。
「あ、うん。大丈夫。ごめんね、心配かけて」
リンは逆に、少し腹を立てたように言った。
「誰なの、つき飛ばしたやつって」
「アニ研の同期なんだけど、ちょっといろいろあったみたいで。今から、部室行くところなんだけど、来てたら話そうと思って」
ユウナが答えるとリンは、
「ついていってもいい?」
と言った。
「え、いいけど……」
するとリカも、
「私たち、ユウナちゃんが心配なの。また何かあったらって思うと……」
と、また心配そうに言うのだった。それに対し、ユウナは笑いながらこう言った。
「ありがとう。でも大丈夫だから。これ以上、みんなに心配はかけない。だから、気にしないで」
それをきき、二人は顔を見合わせていた。
しかし結局、その二人は部室までユウナについていった。ユウナは部室のドアをノックし、そっとドアを開けた。
「失礼します」
それに、真っ先に気づいたのは侑李だった。
「あ、おはよう! ちゃんと来れたんだ」
そう言って、ユウナの前に走ってきた。
「はい、いろいろご心配おかけして、すみませんでした」
「いいよ。それより、恵ちゃんまだ来てないの」
「え……」
「みんな、もう来ないんじゃないかって言ってるけど、実は私もそんな気がしてるんだ。なんか、あの言い訳も嘘くさかったしさぁ」
やはり、恵は来ていなかったのだ。侑李の言ったように、もうここには恵は来ないのだろうか。ユウナは少し、不安になった。一回生の同じ時期から、ともに同じサークル仲間として頑張ってきたのだ。そんな仲間を失くしたくない、ユウナはそう思った。
「あの、彼女の学科を教えてくれませんか」
ユウナは直接、恵が授業を受けている教室に行こうと考えた。すると、侑李からこんな反応が返ってきた。
「えぇ? もしかして、あの子と話すの? ユウナちゃん、ちょっと変わってない? 恨んだりとかしてないの?」
そうきかれ、ユウナは少し考えた。思えば、たしかにあの時、トラックに撥ね飛ばされて死んでいてもおかしくはなかった。しかし、なぜか恵のことを責める気にならなかった。どちらかと言えば、心の中で恵を庇っていた。恵には、人には言えない事情がある。そう信じていたからかもしれない。サークル内の活動で、恵と一番よくコミュニケーションをとっていたのはユウナ自身だ。それ故に、余程のことがない限り、恵が人を殺そうとするはずがないと思った。
「私は、彼女を信じてるんです。だから、すべてを受け入れてあげたいんです。それでもし、嫌いだと言われたとしても、それはそれで受け止めようと思います。ちゃんと話をすれば、解かり合えると信じています。それに、そうしないと後悔するかもしれませんから」
ユウナの言葉に、嘘は一文字も含まれていない。そうわかったのか、
「わかった。ちょっと待ってね」
と侑李は言うと、名簿を取りにいった。そして、ユウナは安心した。
序盤のキャラで、最も印象深い登場人物は?
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