民宿に帰ると、ペロが駆けよってきた。ユウナはその場にしゃがみ、ペロの頭を撫でた。すると前方から、
「よう、嬉しそうだな」
と、声がするのでユウナは顔を上げた。そこには、真宏が立っていた。
「何かあったのか?」
「何もありません」
ユウナはそう言うと、立ち上がった。すると、ふと恵のことを思い出す。そういえば、あれから恵はどうしたのだろう。
「あの……」
「何だ?」
「長谷川さん、何か言ってませんでしたか? 部活にも来てないみたいだったから、私、心配なんです。もしかしたら、もう……」
「ちょっと来てみろよ」
真宏にそう言われ、ユウナはついていった。そして部屋の中に入ると、ユウナは驚いた。そこにはなんと、恵がいたのだ。
「お前と二人きりで、話がしたいってさ」
真宏はそう言うと、その部屋を出ていった。その後、ユウナと恵は気まずそうに見つめ合った。そのまま、しばらく沈黙が流れた。すると、
『あの!』
と、二人の声が重なった。恵がまた黙っているとユウナは、
「あの、ひょっとして、私のこと避けてる?」
そうきいてみると、ようやく恵は言った。
「私……、ずっとあなたに謝りたかったの。許してもらえないってわかってるけど、それでも、自分のしたことが許せなくて」
それをきくと、ユウナは恵の近くに座り、こう言った。
「私は怒ってないよ」
恵は、ユウナを見つめている。
「あれは、長谷川さんにも、辛い事情があったんでしょ? そうでなかったら、あんなことしないと思うから。私でよければ、きかせてほしいの」
ユウナが言うのをきき、恵は視線をそらした。
「私……、部長のことが好きなの」
「えっ……?」
恵の思わぬ言動に、ユウナは言葉を詰まらせた。
「私、自分の気持ちにずっと前から気づいてたの。でも、なかなか言いだせなくて……。そんな時、中谷さんが部長と仲良くしてるのを見て、羨ましいなって、嫉妬してたの」
「そう、なんだ……」
すると恵はまた、ユウナの方を向くとこう言った。
「ねぇ、中谷さんってほんとは部長のこと好きなんでしょ?」
「えっ?」
「ほんとは、ずっと好きだったんでしょ? わかるよ」
「ちょっと待って。急にそんなこと言われても……。先輩は、そんなんじゃなくて、近くに暮らしてるから、仲がいいっていうか……」
ユウナがそう言っていると、
「ほんとのこと、言ってほしいの」
と、恵は言った。ユウナは黙り、頭の中を整理してみた。
『中谷先輩ってあの人のこと好きなんですか?』
ヒロインの言葉で、真宏に対して少しずつ意識してきた。それは事実だ。やはり自分は、真宏のことが好きなのか。考えていると、自然に胸がドキドキしてくるのだった。すると、恵がこう話し始めた。
「私、部長のこと諦めようと思うの」
「どうして?」
ユウナがきくと恵は、
「二人を見ていて、思ったの。私なんかじゃ、勝てそうにないって。だからその代わり、あなたに夢を叶えてほしい」
そう答え、ユウナの手を握った。
「先輩に、思いを伝えて。じゃないと、きっと後悔する」
「私は、べつに後悔なんてないよ」
「あなたがしなくても、私がする!」
その言葉をきいて、ユウナは恵の気持ちを素直に受け止めることにした。恵は自分の分までユウナに幸せになってほしい、そう思っているのだ。ユウナは恵の手を離すと、立ち上がった。
「私……、先輩に会ってくる」
「うん」
ユウナが言うと、恵も笑顔で答えた。そしてユウナは襖を開け、真宏を探しにいった。部屋に戻っているかと思い、階段を駆け上がって確かめるが、呼鈴を押しても返事がない。ユウナは階段を降り、初子にきいた。
「あの、先輩は?」
「あぁ、さっき出ていったよ」
「何か、言ってませんでしたか?」
「さぁね。また大学にでも行ってるんじゃないかい」
初子はそう言うと、中に入っていった。そしてユウナは、大学に向かった。行く途中、雲行きが怪しくなってきたが、傘を取りに戻っている余裕などなかった。ユウナは構わず、足を進めた。
その頃、アニ研の部室では皆、やる気を喪失したように、ゲームをしたり漫画を読んだり、寝そべっている者もいた。しかしその中に、真宏の姿は見られなかった。
「なぁ、なんで恵ちゃん来うへんねんやろ」
三宮が独り言のように言うと夏姫も、
「そういえば、部長とユウナちゃんも来てへんしな。なんでか知らん?」
と言い、侑李を見た。すると侑李はギクッとした表情を浮かべ、
「えっ、知らないけど?」
そう答えた。すると星見が言った。
「あの事件以来、いろいろと変わってしまったからな」
それをきいて夏姫は、
「ちょっと、あの話せんとってよ」
と、耳を塞ぎながら言った。
「でもまぁ、オーディンのおかげで、大事にならずに済んだしなぁ」
「こら三宮、あんた人の話きいてた?」
「まぁまぁ、結局みんな無事やったんやし、ええやろ」
星見が、そう言って二人を宥めた。
「みんな疲れてたから、幻見たんかもしれへんしな」
「でも、みんなが同じものを見るってやっぱり変じゃない?」
三宮の言葉に、侑李が反論した。すると、
「みんな見てください!」
という声がした。その声の主は、おし美だった。おし美はずっと、インターネットで何かを検索していた。それをきいて皆は、おし美の周りに集まってきた。
「私、ずっと気になって調べてたんですけど……」
おし美は、画面に表示されている文字を指差して言った。
「モンスターの呼び出し方?」
星見が、そのページタイトルを読み上げた。誰が何の目的で、このようなページを立ち上げたのか、誰にもわからなかった。わかっているのは、皆が見たものは決して幻などではないということだけだ。
「誰がこんなものを……」
「ちょっと待って、私怖いんだけど……」
侑李がそう言った瞬間、太陽が雲に隠れた。そして、部屋も薄暗くなった。
「なぁお前、これ見て呼び出してみてや」
「え? いやよー」
「もう! あたし生きてる心地せえへん!」
皆の震えは止まらない。そうしていると、こんな声がきこえてきた。
「私、知ってますよ」
皆はふり返ると、部屋にリンが入ってきていた。
「誰よ、アンタ」
夏姫が尋ねると、リンはこう言った。
「横大路教授から、伝言を預かってきました」
「先生から?」
星見がきいた。
「何よ、伝言って」
侑李もまた、怯えた声できくとリンは答えた。
「神を呼び出す方法」
「神を?」
皆は固まり、顔を見合わせた。すると、リンはディスプレイなどが置いてあるテーブルに近づいていった。そこには、様々な賞でとったガラス製のトロフィーなどが置かれている。リンはなんと、そのトロフィーを持ち上げたのだ。
「おい、何するつもりや……」
三宮が言いかけると、リンはそれを床に落とした。その瞬間、部室内に光が立ちこめ、皆は目を瞑った。そして恐る恐る目を開けてみると、あの時と同じようにオーディンが、リンの前にいる。皆は驚いていると、やがて光が消え、オーディンの姿も見えなくなった。しかし、床に落としたはずのトロフィーがちゃんとリンの手元にあったのだ。
「おい、どういうことや、たしかお前、それ床に落としたやろ!」
三宮は、納得がいかない様子で言った。すると、リンがこう言うのだ。
「オーディンは、選ばれし者と、その人物に関わりのある者にだけ、自らその姿を見せるらしいの」
「選ばれし者?」
夏姫が、怪訝そうにきいた。
「詳しいことはわからないけど、ユウナと何か繋がりがあるかもしれないって」
それをきいた星見が、
「つまり、あの時ユウナちゃんを助けたのも、オーディンがユウナちゃんを選んだからっていうわけか」
と言うので夏姫は、
「何感心してんのよ! どういうことか説明してよ!」
そう言うと、リンはトロフィーをテーブルの上に戻した。
「それは、教授にもわからない。ただ、これから大変なことが起きるかもって……」
「大変なこと……?」
「そのページが存在しているのも、きっと自分に対して敵意を抱いている誰かによるものだって教授は言ってる」
リンは言い終え、部屋を出ていこうとするのを三宮が呼び止めた。
「待って! ほんま誰なん?」
するとリンがふり向き、
「横大路教授の助手の者です」
とだけ言うと、リンは出ていってしまった。そこにまた、不穏な空気が流れる。
「でもなんでやろ……。あの子、ユウナちゃんが神に選ばれたっぽいみたいなこと言ってたけど……」
「それより、なんかめっちゃ嫌な予感すんねんけど……」
三宮が言うと、夏姫も体を震わせる。そこに、誰かが駆けてくる音がきこえた。そして、その部屋に今度はユウナが入ってきたのだ。
「ユウナちゃん……!」
侑李が、驚きながら言った。するとユウナに、皆の視線が一斉に向けられる。その様子をユウナは不思議に感じ、
「あの、なんですか?」
と、きいた。すると星見は慌てて、こう言った。
「あ、いや。何でもないよ。それより、どうしたん?」
「え、あの。部長、来てませんか」
「え? 来てないけど……。部長に用あったん?」
「あ、はい。失礼します」
ユウナは扉を閉め、その部屋を後にした。しかし、ユウナを呼び止める者はいない。理由は言うまでもなく、きけば何か悪いことが起きる予感がしたのだ。
ユウナはその後も真宏を探したが、一向に見つからなかった。もしかすると先に帰っているのかもしれない、そう思ってキャンパスを出た。しかし帰る途中、雨が降ってきた。ユウナは傘を持っておらず、近くのバス停で雨宿りしようとも考えたが、当分止みそうになかった。それに、あと五分もすれば下宿に着ける。ユウナが再び歩き始めた直後、自分をある影が覆った。ふり返ってみると、後ろに真宏がユウナに傘を差し出している。前にも、同じようなことがあった。
「何してんだよ」
「先輩……」
「風邪ひくぞ」
真宏は、優しく言った。
「あの、先輩こそ何をしてたんですか?」
「あぁ。俺、留年決定してるからさ、今日面談行ってたんだ。んで、これから帰るとこ」
「そうだったんですね……」
「お前は?」
そうきかれ、ユウナは赤くなった。真宏も、ユウナの様子を見つめている。
「先輩に……、話があって……」
「何だよ」
しかし、思うように言葉が出てこない。言わなければならないという気持ちと、本当にこれでよいのかという気持ちが綺麗に分かれていた。
「私……、どうしたらいいですか」
「は?」
「私……、先輩と話していると、なぜか元気になれるんです。この気持ちが何なのかが、自分でもよくわかりません。わからないけど、これだけはどうしても伝えたくて」
「俺は好きだぞ、お前のこと」
「はい……、えっ?」
ユウナは思わず顔を上げる。真宏は表情を変えず、ユウナを真っ直ぐな視線で見つめている。
「あの……」
ユウナが戸惑っていると、傘が地面に落ちた。すると真宏が、ユウナを抱きしめる。
「俺と、ずっと一緒にいろ」
その言葉のあと、また二人の間に沈黙が流れる。そして、雨が降っている音だけがきこえる。ユウナも、そっと真宏の後ろに手を回した。
「はい……」
ユウナが答えると、真宏は言った。
「俺もお前と話してたら、なんか知らねえけど、楽しくなれるんだ。だからこれからも、俺を楽しませてほしい。お前じゃないと、だめな気がする」
「先輩にそう言ってもらえて、すごく嬉しいです。私も、頑張りますから」
真宏はユウナから離れ、
「これからもよろしくな」
と言い、またユウナの頭を撫でた。気がついた時には、もう雨は上がり、虹がかかっていた。それは時に、二人の交際を祝福しているかのようにも見えた。
場面は変わってその夜、京都のあるレストランにレイカの母、智美が来ていた。智美は、そこでレイカと雅也に会った。そして、久々に三人で食事をした。
「こうして三人で話すのも、とても久しぶりな気がするわね」
智美は、微笑しながら言った。すると雅也が、
「母さんも、元気そうでよかったよ」
と言うと、智美はレイカを見ながらきいた。
「それより、レイカは勉強の方は大丈夫?」
「心配ならご無用、ちゃんとやってるわ」
レイカは、智美と目を合わさずに答えた。
「おい、せっかく心配してもらってるんだから……」
雅也に言われても、レイカは外の景色だけを見つめていた。智美は「相変わらずね」といった表情を見せ、雅也にきいた。
「そうだ。あなたは大丈夫なのかしら、外国への取材頼まれてるってきいたけど」
それをきいて、雅也はこう言った。
「あぁ、知ってたんだ。やっぱり、やめにしたよ。俺は国内での仕事の方が、やっててやりがいを感じるんだよね」
「やっぱり……、まだあのことで悩んでるの?」
智美は、少し心配そうになった。
「いや、もう大丈夫。母さんこそ、頑張ってね」
雅也は笑顔で答えたが、横できいていたレイカにはわかった。雅也は、過去の自分をまだ許せていないのだと。そして、智美と楽しそうに会話する雅也を見つめているのだった。
翌日、アニ研の部室ではすべての部員が活動に参加していた。
「あぁ、違う違う! これはな……」
四回生を中心に、入ってきたばかりの一回生に指導している。それを、二回生のユウナたちも見ていた。すると不意に、恵と目が合った。恵も、ユウナに笑いかけてくる。それを見て、ユウナも笑い返していた。恵も、きっと真宏に言うべきことがあったのだろう。しかしそれをユウナに託すことで、ユウナとも仲良くなれたのだ。そして、部屋に真宏が入ってきた。
「おし、みんないるな。ミーティング始めんぞ」
真宏が声をかけると、皆もその周りに集まった。ユウナは、このような日々がこれからもずっと、終わることなく続いていってほしいと願ったが、実際はそうもいかないだろう。真宏以外の四回生は、あと数ヶ月で卒業してしまう。これからは、ユウナの学年が後輩部員たちを引っ張っていかねばならない。まさにこの時が、それを自覚するべき時期だったのかもしれない。
第二十四回「
次回予告
雅也「俺のせいで、あいつは尊い命を落とした」
ユウナ「お兄さんのことで、知りたいことがあるの」
レイカ「私から話すことはない」
ユウナ「教授が創り上げてきた世界は、きっと世の中のためになる日が来ます」
真宏「あんたはいつもいつも、自分のいいようにしか考えてねえんだよ!」
正彦「隔離された言わば未知の領域に、誰かが潜んでいるのは間違いない」
ユウナ「ミカ?」
雅也「俺は親友の推挙で、その指令塔を任されたんだ」
智美「すぐにじゃないけど、来年の二月くらいには出発しないといけないの」
レイカ「……いってらっしゃい」
正彦「できたぞ!」
雅也「君に必要なのは確かな自信だ」
ユウナ「確かな、自信……」
「私は……、できればもっと教授のお役に立ちたいんです」
次回(第二十五回)
「
序盤のキャラで、最も印象深い登場人物は?
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中谷優奈
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鶴ケ崎麗菓
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月見里美香
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夢野あかり
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池谷大輝
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相場善秀