雅也は、店に入ると智美とレイカがいた。雅也は、
「遅くなってごめん!」
と言いながら、レイカの隣に座った。
「今日は、どうしたの?」
雅也が尋ねると、智美は言った。
「えぇ。二人に、大事な話があるの。この前、イギリスの学校の講師に誘われたって話、したと思うわ」
「えっ、まさか……」
「受けようと思って。べつに私は、仕事を優先させたいわけじゃないわ。でも、せっかくのお話だったから。また、迷惑かけるけど、許してほしい」
雅也はレイカに、
「おい、いいのか。また、しばらく会えなくなるんだぞ?」
と言うと、智美がこう言った。
「レイカとは、ちゃんと話したわ。この子も、いいって言ってくれた。すぐにじゃないけど、来年の二月くらいには出発しないといけないの」
「そうか……。母さんがそう言うなら、俺はべつに反対しないよ。レイカもいいって言ってくれてるんだし、頑張ってね」
「ありがとう」
智美は、そう言うと微笑した。
その日、レイカと雅也は一緒に帰った。
「なぁ、お前も一緒に見送りに行くだろ?」
「私は、行く気はないわ」
「なんでだよ、まだ怒ってるのか?」
「怒ってないわよ。その時期、ちょうど忙しいのよ。そのためにわざわざ東京戻るのも、なんだかバカバカしくて」
「だって、せっかく母さんの門出なんだからさ。お前にも来てほしいって言ってただろ。じゃないと、少なくとも一年は会えないんだからな」
雅也がそう言うので、レイカも歩きながら少し考えているような素振りを見せていた。
まるで月日が風のように過ぎ、ついにその日がやってきたのだ。2015年2月28日。レイカは飛行場の階段を駆け上がり、周りをキョロキョロと見渡した。すると向こうに、キャリーバッグを片手に智美の姿があった。レイカはそこへ行き、
「母さん!」
そう声をかけた。そして、智美はふり向いた。智美は目を細めて、
「来てくれたの……」
と、嬉しそうに言った。
「当然でしょ。これで、もうしばらく会えないんだから」
「ありがとう、嬉しいわ」
するとそこに、雅也と父の圭介も来た。雅也は、
「だから言ったろ。レイカは必ず来るから、心配いらないって」
と言うと圭介も、
「レイカも、もう大人だ。心配せずに、行ってきなさい」
そう、優しく言った。
「ありがとう。じゃあ、行ってくるわね」
智美は言うと、カバンを引いて歩いていこうとした。すると、
「母さん!」
と、不意にレイカが呼び止めた。それをきいた智美が、ふり向いた。
「……いってらっしゃい」
そう言ったレイカは、表情豊かであった。高校までとはまったく違う、穏やかな顔をしている。智美はそれを見て安心し、笑顔を見せた。もしかすると、これでもう何年も会えなくなるかもしれない。そしてレイカ自身も、予感していた。これが本当の別れなのだと、そして新しい人生の始まりなのだということも。
一方では、ユウナがまた正彦の研究室に足を運んでいた。そこには、アニ研部員やリンも来ていた。正彦が一同を見渡すと、
「これから、特別なことが始まる。みんなには、中のシステムにおかしな点がないか調べてもらいたいんだ。これは、今や現実世界の危機になり得ることだ」
と、言った。ユウナも頷きながら、それをきいていた。そして、正彦はユウナの前に来ると、こう言うのだ。
「ユウナ君。君にはまた、ダンジョンを攻略しながら異常がないかを調べてほしい」
「はい」
ユウナは答えた。しかし、それに納得のいっていない者がいた。真宏だ。
「ちょっと待てよ。またこいつに危ねえことさせようとしてんじゃねえぞ!」
そう言いながら進み出てくると、真宏は続けた。
「俺の彼女にそんなことさせるくらいなら、俺はあんたと縁を切る」
「先輩……」
ユウナは、必死に真宏に弁解しようとした。しかし、真宏の腹の虫は治まらない。
「第一、女子にそんなことさせるかよ普通。あんたはいつもいつも、自分のいいようにしか考えてねえんだよ!」
すると、それを見ていたヒロインがこう言った。
「じゃあやっぱり、お二人は付き合ってたんですね!」
「は?」
真宏はヒロインを見た。リンも、
「なにこのKY」
と、呟いている。すると正彦が、
「とりあえず、三回生の授業が始まるまでには考えておいてくれないか」
そうユウナに言うと、部屋を出ていった。
「おい!」
真宏は呼び止めようとするが、正彦はふり向かなかった。真宏もユウナに、
「あいつの言うことは、きかない方がいい」
とだけ告げ、部屋を出ていくのだった。ユウナは次第に、二人の板挟みとなっていた。そしてそこにいた皆も解散し、研究室の人口が少なくなっていく。ユウナはアカネに、
「あ、あの!」
と、声をかけた。アカネがふり向くと、ユウナは俯きながら言った。
「私は……、どうすればいいでしょうか」
「あんたは、どうしたい?」
アカネにきき返され、ユウナは顔を上げた。
「私は……、できればもっと教授のお役に立ちたいんです」
「じゃあ、このままでいい。あんたには選べる権利がある。教授も、それを望んでるから」
それをきいたユウナは、少し勇気を取り戻した。
「はい!」
ユウナは、自信がついたようにそう返事をした。自分に必要なのは、自信だ。誰の言動にも左右されない、そんな心が欲しいと思った。誰かの役に立ちたいと思い始めたのは、いつからだったろう。ユウナは、今までの出来事を思い返してみた。正彦に出会い、人生の別れ道をいくつも経験した。それ故、今度も自分の人生に多大な影響を与えるかもしれない。そして間もなく、ユウナは京都を後にした。
ユウナが帰ったあと、部室では最初にサークルを立ち上げた部員たちだけが集まって、宴会を開いた。間もなく夏姫、三宮、侑李が卒業するのだ。
「あ~、もう卒業か」
「早かったな」
「ごめん。私、ちょっと泣いていい?」
三人がビールを飲みながら、そう話していると真宏が言った。
「お前ら、就職先はもう決まってんのか?」
すると三宮が、
「おぉ、こっちにまだ卒業でけへん組が一人おるで~」
とまた、からかうように言った。
「うっせーよ」
真宏が言うと、夏姫がこう言った。
「うちらは大丈夫やから。それに、みんなで話し合って、卒業後も空いてる時間に時々、様子見に来ようってことになってん」
「まぁ、後輩たちのこともまだ心配だしね~」
侑李も言った。
「お前ら……」
「だから、心配せんでええよ」
「なんかあったら、連絡してもらえば相談くらい乗るからさ」
「ほんま、頼りない部長やからなぁ」
三人が言うので、真宏は嬉しさを噛みしめた。
「あれれ、もしかして泣いてる?」
「泣いてねーよ!」
その後も、四人は笑いながら飲んで喋っていた。
東京に帰ると、ユウナは高校の時の仲間たちとともに喫茶店に集まった。
「あ~、一年早かったなー」
ミカが言うと大輝も、
「もう大人だもんな」
と言った。するとミカが、
「どうしたの? 久しぶりにユウナに会えたんだから、もうちょっと喜びなよ~」
そう囃すので、大輝は赤くなった。
「は? なんでだよ」
「本当は嬉しいんでしょ。成人式の時も振り袖姿のユウナ見て、赤くなってたくせに~」
「おい、言うなよ」
二人がそう言うのを見ているユウナに、隣にいた相場も話しかけてきた。
「なぁ、俺たちもうすぐ三回生じゃん。卒業した後のこととかは、なんか考えてるのか?」
「え。あ、うん……」
ユウナは、卒業後の進路についてまだ決めていなかった。三回生になると、少しずつ就職活動が現実味を帯びていく。ユウナは、そのことで焦り始めていた。それをきいていたミカが、また例のごとくこう言うのだった。
「あ~、なんでそんな話すんのよ。せっかく忘れてたのに!」
「忘れてても、現実からは逃げられねえじゃん」
相場が言うので、ミカはおとなしくなった。すると大輝が、
「ユウナは、何かやりたいことあんのか」
と、きいてきた。
「私は、まだ決められてなくて。でも、心配いらないから。自分のことは自分で決める。大人になってまで、みんなに迷惑かけられないよ」
ユウナがそう答えるのを、三人も見ていた。これから少しずつ考えていけばいい、まだあと二年もあるのだから、そうユウナは思うことにした。そして、喫茶店の窓から真赤に染まる夕陽を眺めていた。
その夜、惟英が家に帰ってくるとユウナは久しぶりに出迎えた。父と話すのも、成人式の日以来だった。母の百合子も、ユウナからきいたことなどを惟英にも伝えていた。極々普通の家庭だが、ユウナにとっては十分すぎる幸福だったのかもしれない。
そしてユウナは夕食後、部屋で義輝とも話した。
「姉ちゃんが下宿してるから、俺は家から通える大学行くことにした」
「ごめんね、気遣わせちゃって」
「いいよ。それより、きいてほしいことがあるんだ」
「何?」
ユウナは、義輝を見た。
「俺、大学卒業したらさ、留学することにした。それで、デザイナー目指すんだ。俺って昔から、絵得意だからさ、それをもっと生かそうと思う」
「お父さんとお母さんには?」
「言ったよ。姉ちゃんの時みたいに、好きにすればいいって言ってくれた」
「頑張ってね」
「あぁ、頑張る」
義輝はそう言って、スケッチブックを自分のカバンの中に入れた。それを見てユウナは、皆が頑張っているから自分も、もっと頑張らないといけない、そう改めて思うのだった。そして、自分の部屋に戻ると、荷造りにとりかかった。
一方、正彦は夕食をとりながらキーボードを叩いていた。それを見ながら美千子が、
「ちょっと、食べる時くらいやめてくださらない?」
と言っても、正彦にはまるできこえていないようだ。美千子はそれを見て呆れていると、ふと思い出したようにこう言った。
「そうそう、もうすぐ真司が帰ってくるって言ってたわ。あなたも今のままじゃ、きっと笑われるわね」
それをきいた正彦は手を止めて、
「それは本当か?」
と、美千子の方を向いた。
「あらやだ、きいてなかったの?」
「いや……」
「今年から、龍山の講師になるんですって。あなたの授業も見てみたいって言ってたわよ。だって、あなたのゼミ生だったものね」
美千子は、そう言うと笑った。正彦は、少し気まずそうに再び両手を動かし始めた。
またその一方では、サタールが椅子に座ってフギンにあることを告げていた。
「オーディンが選んだ?」
フギンは驚いたように、サタールにきき返した。
「そうだ。オーディンは私が作ったが、どうやら失敗だったらしい。まさか、あのような小娘を選ぶとはな……」
サタールは言った。するとフギンが、
「ところで、この後どうするんだよ」
ときくと、サタールはまた笑みを浮かべながら、こう言うのだった。
「決まっていよう。奴らは、まだ我々の計画を知らない。この世界を改造し、現実世界にモンスターたちを放出する。そして、その世界をも我らのものとするのだ!」
そして、サタールは高笑いをした。それを、フギンも黙って見ていた。
東京では、何も知らないユウナが窓から外の景色を眺めていた。街明かりが煌々と灯り、ユウナの瞳に吸いこまれていく。それは、これからのユウナの人生を暗示しているようにも映った。ただ、ユウナはまだこれからのことなど知る由もなかったのである。
第二十五回「
次回予告
正彦「それでは、これから作業にとりかかる!」
横大路真司「待ってください」
正彦「日本はもっと進化しなければならない」
サタール「やつらが動いても、我々がここにいることは変わらない」
フギン「お好きなように」
ユウナ「これ……」
ミカ「ユウナは、これからどうするの?」
ユウナ「これから?」
正彦「この先、何が起こるのかわからないからこそ、人生は楽しい」
ユウナ「深く考えちゃいけないって思ってるんですが、どうしても、不安になる時があるんです」
正彦「コンピュータは、常に進化していかないといけない」
真司「この経験を未来に生かし、視野が狭かったあの頃の自分に、蹴りをつけたいのです」
ユウナ「助け合いながら生きていくって、とても素敵なことなんだなあと思ったんです。だから私、先輩に出会えて、本当によかったと思います」
次回(第二十六回)
「
序盤のキャラで、最も印象深い登場人物は?
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中谷優奈
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鶴ケ崎麗菓
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月見里美香
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夢野あかり
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池谷大輝
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相場善秀