ユウナはスマホを片手に、扉を潜った。そして目を開け、辺りを見回した。これまでと何も変わらない緑豊かな風景が視界に入った。ユウナは歩き始めたが、特に変わった様子はなく、モンスターたちも至る所に生息している。しばらく歩き、何もなかったので引き返そうとすると、後ろから声がかかった。
「ユウナ~?」
ユウナは、それをきいてふり向いた。後ろには、ミカが立っている。
「ミカ……?」
ユウナはそう呟き、駆けよった。
「大丈夫だった?」
「うん。私もニュースみたから、ひょっとしてって思ってきてみたんだ」
「そうだったんだ……」
ユウナは、ミカと一緒にまた歩き始めた。
「何か静かだよね~」
「今はお昼だから」
「あ、もしかしてお昼寝中?」
ミカが言うのをきいて、ユウナは可笑しくなった。そして、高校にいたころを思い出す。昼休み、ミカやアカリと一緒にくだらない話をしていた時が懐かしく思えたのだ。すると、ミカが不意に足を止めた。
「どうしたの?」
ユウナが尋ねると、ミカは向こうを指差しながら言った。
「ねぇ……、あれって何だろ?」
ユウナもそれをきき、向こうを見てみた。すると、墓のようなものが見える。二人は気になり、走ってそこへ行った。着くと予想した通り、墓石が多数並んでいる。
「ここって……、モンスターたちのお墓?」
ミカは、中に入っていった。
「ねぇ、ミカ。もう帰ろう」
「えぇ~、いいじゃん、もう少しさ」
ユウナは様々な形をした墓を見つめていると、嫌な予感が頭の中を過ぎった。
「ねぇ、ミカ……」
「あぁ! ちょっとこれ見て!」
そうミカに呼ばれ、ユウナはそこへ行った。
「これって、魔法石だよね?」
ミカがそう言うので、見るとそこには巨大な絶壁があり、魔法石が下から上にかけて大、中、小、様々な大きさで埋まっている。
「実際に見ると綺麗……」
ミカはそう呟き、魔法石に触れようとした。するとユウナが、
「待って!」
と言うので、ミカは手を止めた。
「どうしたの?」
「このこと、教授に報告する。なんか、とっても嫌な予感がするから」
「でも、大丈夫じゃない? これだってさ、きっとあの教授が作ったんでしょ?」
「そうだといいけど……」
ユウナは、不安そうに魔法石を眺めた。そこに、物音がきこえた。二人はふり返ったが、何もいない。しかし、物音は段々と大きくなっていく。まるで、何かを食べているような音だ。それをきいていたミカは、
「なんか……、すごく嫌な予感……」
と、呟いた。ユウナも、息をのんだ。その音は、先程よりも確実に自分たちの方に向かっている、そんな気がした。ユウナは勇気を振り絞り、歩き出した。
「ユウナ?」
ミカもそう言いながら、後に続いた。その音は、一番大きな墓石の裏からきこえてくる。二人は意を決し、そこを覗いてみた。するとそこには、大きなドラゴンがいた。
「あ、なんだ。ホーリーじゃん」
そのドラゴンは「ホーリードラゴン」という光属性のモンスターで、果実を食べている。二人の存在には、まだ気づいていないようだ。それを見ていたミカは、こう言い出した。
「ねぇ、これってひょっとしてダンジョンじゃない?」
「でも、教授は何も言ってなかったし……」
「だけどさ、こんなところにほかにモンスターなんていないっしょ」
そう言うとミカはスマホを取り出し、戦闘モードに切り替えた。
「どうするの?」
「戦う。今度は私がやるから!」
ミカはそう言うと、モンスターを呼び出した。そして、上にパズルとHPが表示される。指で画面のパズルを動かしていくと、それに合わせて上のパズルも消え、モンスターたちは攻撃を開始する。そこでようやく向こうも、ミカたちの存在に気づく。そして、ミカのモンスターたちの攻撃を躱し、大きな声を上げた。
「ウソッ!? 躱せんの?」
ミカは、少し混乱した。オンラインゲームでは、パズルを消せば必ず攻撃が当たるからだ。無意識のうちに、ミカの手は止まっている。その隙に、ドラゴンは自身の攻撃スキル、「サンダーボール」を放ち、ミカのモンスターを攻撃した。その瞬間、墓地一帯は激しい光に包まれた。ミカは目を開けると、味方のモンスターは消えていた。相手の攻撃が高く、負けてしまったのだ。ホーリードラゴンは、ゆっくりとその場を去っていった。ミカは、がっくりと膝を落とした。それを見て、ユウナは駆けよった。
「ミカ、大丈夫?」
「うん、なんとか……」
ミカはそう言っているが、ほとんど放心状態だ。負けて悔しかったのだろうが、ユウナ自身も相手の強さには驚かされていた。あれは、本当に正彦が設置したダンジョンだったのだろうか。戻って確かめる必要がある、そう思って急いで戻ることにした。
一方、セインツ・パラダイスに設置される、ダークネス・キャッスルという名の城ではサタールがフギンを呼んでいた。
「まったく、計画が台無しになるところだったよ」
「すみませんね~、こっちもいろいろと手違いがあったみたいでさぁ。まさか、完成する前に見つかるなんてな~。まぁ、大目に見てくれよ」
サタールが言うと、フギンも笑って誤魔化すのだった。
「ふん。あとは……、例の彼女のことか」
「えぇ。大した使い手のようだし、きっと役に立つと思うぜ」
「そうか……、それならばよしとしよう」
二人は、そんな会話をしていた。
その二人の存在を知らないユウナは、研究所に戻っていた。
「ダンジョンがあった?」
ユウナは正彦に説明したが、正彦は怪訝そうな表情をする。
「お墓のようなものがいくつも並んでいて、その近くにモンスターがいて戦ったんですけど、倒せなくて……」
「たしかに、それを作ったのは私だ。でも、あれはダンジョンではない。だから、モード切り替えができないはずなんだ」
「でも、できたんです!」
ユウナは、必死に説明した。それを横できいていた真司が、
「それも、きっと誰かが改造したんだろう」
と言うので、ユウナはそれ以上何も言えなかった。とうとう、脅威の存在を認めざるを得ない状況になってきている。ならば、どうすればよいのか。あの世界を守るためには、何をすればよいのだろうか。ユウナがしばらく考えていると、正彦は立ち上がった。
「今日は疲れただろう。ひとまず、解散としよう」
それをきき、リンやアカネは部屋を出ていった。ユウナは黙ってその場に立っていると、誰かが手を肩に置いた。それを感じ、ふと横を見ると、そこには真宏の姿があった。
「おい、帰るぞ」
真宏は、優しく言った。それをきいてユウナも頷き、真宏と一緒に部屋を出ていった。それを、不安気な様子で見送っている者がいた。ヒロインは書類を片手に、ドアの方をしきりに見つめている。それが真司の目に留まり、
「どうしたの、君も今日は帰っていいよ」
そう呼びかけても、ヒロインはまるできこえていないかのように、上の空だった。
「君、大丈夫?」
真司がもう一度言うと、ようやくヒロインは気がついた。
「あ、すみません。失礼します」
ヒロインはそう言うと、一人で部屋を出た。
交差点まで来ると、スマホを開いた。メールが大量に受信され、通知が百を超えている。それは今日来た分だけでなく、何カ月もメールフォルダを開いていなかったからだ。しかも、メールの送信者はほとんど同一人物で、「叔母さん」だった。ヒロインは通知だけ見ると、それをポケットに仕舞った。そして歩き出し、帰路についた。二つ目の大きな交差点に来ると、救急車の音がきこえた。事故でもあったのかと、ヒロインは足を速めてそこへ行った。見ると、向こうの方に救急車と凹んだ二台の車があった。衝突事故だ。乗っていた人が担架に乗せられ、救急車の中に運ばれているのが見える。周りには、多くの人々が集まってきている。その中には、怪我人の子供なのかそうでないのかわからないが、泣きわめく子供がいた。ヒロインはそれを見ていると、突如として発作が起こり、激しい嘔気に襲われた。そして、その場にしゃがみこんだ。視界が歪み、意識が朦朧としてきている。その瞬間、幼い子供の声が脳裏を駆けめぐる。
「お父さん……! お母さん……!」
それは今まで封印していた記憶が、突然呼び起こされたようだった。
五歳のヒロインは、毎日、庭を駆け回るような元気のよい娘であった。家は貧しくなく、どちらかといえば裕福な家庭の中で育った。しかし、ヒロインが小学校に上がる前の年のこと。
「アスペルガー?」
母親は、医者から衝撃の事実をきかされ、絶句した。
「はい。本人は、自分は普通の子と同じなのだと思っていますが。小学校は、特別教室に入学させることを、お勧めします」
「そんな……」
「どうにか、治すことはできませんか?」
父親がきくと、医者は難しい顔をしていた。
その後、両親は幼いヒロインを連れて、車で遠出をした。父親は、山の奥まで車を走らせた。後ろの席に乗っていたヒロインは二人に、
「ねぇ、どこに行くの? 真っ暗で、怖いよ」
と声をかけても、二人は無言だった。そして見えてきたのは、断崖絶壁の崖だった。
「あぁ、父ちゃんそこ行き止まり! ねぇ、早く止めて!」
ヒロインがそう叫びながら父親を揺さぶるが、父親はブレーキを踏もうとしない。崖は、ものすごいスピードで近づいてくる。
「お願い! 止めて!」
ヒロインは、泣きながら叫び続けた。すると、ふり向いた母親の目には、溢れんばかりの涙が溜まっている。そして優しい顔をし、放った言葉でヒロインを地獄へと導いた。
「ごめんね……」
それをきいたヒロインは意味を理解したのか、涙をこぼした。そして三人を乗せた車は、そのまま下へ落下していった。
衝撃によって潰れた車内から、ヒロインはなんとか脱出した。地面を這い、そして両親を探した。
「お父さん……、お母さん……、どこ……?」
両親の姿は、もうどこにもなかった。そのまま倒れこみ、やがて意識を手放した。目を開けると、ヒロインは病院のベッドにいた。
その後、両親の死を知った。なぜか、涙は出なかった。葬式の時にも、ヒロインは泣いていなかった。泣くことも忘れたのか、ずっと放心状態だった。
ヒロインはその後、親戚の家に引き取られた。そこには、同じ年くらいの男子が三人ほどいたが、冷たい視線や酷い言葉を投げつけられる日々が続いた。
「お前、障碍者なんだってな」
「お前の父ちゃんと母ちゃん、お前のせいで死んだんだぞ」
ヒロインは、それをきいて黙っていた。
「おい、何か言えよ! それになんだよ、その変な名前」
「芝居でもすんのか? ひひひ」
子供たちはそのような罵言を吐きながら、ヒロインを嘲笑っている。
『私は……、捨てられたんだ』
保育所でも、ヒロインはほかの子供たちとは交わろうとしなかった。そのまま小学校に進学しても、ずっと孤独だった。寄ってくる者がいれば、それは友達という綺麗な括りではなかったのだ。醜く、あくどい虐めっ子たちだ。
「なぁ、こいつヒロインって名前なんだぜ?」
「なんだよそれ~」
「ヒロインさんよぅ、王子さまは見つけられましたか~」
周りからは、いろんな声がきこえてくる。
「あいつ、みんなと違うから……」
「もう関わらないことにしよう」
「学校来んな!」
「人殺し~」
好きで一人でいるわけじゃない。誰かに構ってほしい、守ってほしい。ただ、それだけなのに……。皆、自分を避けていく。関われば不幸になる。そう、あの時のように……。
『私を……、これ以上一人にしないで。置いていかないで……!』
目の前を、両親があの日と変わらぬ姿で歩いている。ヒロインは、必死にそれを追いかけた。しかし走っても走っても、二人との距離は見る見るうちに広がっていく。
『どうして……、どうしてなの……。どうしてそんなに、私のことを嫌うの。お願い、私を一人にしないで! 私は……、私は……、捨てられたんだ』
ヒロインは暗闇の中、立ち止まった。そして、頬を無数の涙が伝う。その時、遠くから誰かが呼ぶ声がきこえる。
「お~い、お~い」
『誰……、なの……?』
その声は、次第に大きくなっていった。
「お~い、もしも~し!」
ヒロインは、目を開けた。目の前に、天井が見える。
「やっと気がついた?」
ヒロインは起き上がると、そこには真司がいた。
「ここは……、どこですか?」
「僕の研究室さ。誰かが倒れてるってきいてね。うちの学生だったら、保護しないといけないから」
「そうですか……。ご心配おかけして、すみません」
「あぁ、いいって。でも、どうしたの? 眠ってる間、すごく魘されてるようだったけど」
「私は……、生まれてこなかった方がよかったんですか?」
「何、突然」
「私は、何のために生まれてきたんでしょう」
「君、ひょっとして熱が……」
真司がヒロインに手を差し延べると、ヒロインは反射的にその手を払った。
「あ、すみません……」
「いや、こっちこそ。じゃあ、茶でも飲んで落ち着きなよ」
真司は、茶をヒロインに渡した。ヒロインはそれを受け取ると、一気に飲み干した。
「どう? 落ち着いた?」
真司がきくと、ヒロインは頷いた。すると真司が、
「何があったか、教えてくれるか? 嫌ならしょうがないけど。そこまで興味ないし」
そう言うと、ヒロインはしばらく間を置き、こう話し始めた。
「私……、実はアスペルガーなんです。昔から、なんか人とは違うような気がしてたんですけど、気にしないようにしてきました。でもある日、お医者さんからそう言われて、それでお母さんもお父さんも、落ちこんでしまって……。二人で相談し合って、一緒に死のうってことになったんです、私も一緒に。でも私だけ、助かってしまったんです。親戚の家に引き取られて、でもあんまりいい扱いを受けられなくて。小学校や中学校でも、私が困っていても、誰も見向きもしてくれなくて、避けられて……。私、怖かったんです。なんで生きてるんだろうって、何のために生まれたんだろうって、何度も考えたりしました。私、どうしたら……」
ヒロインは、泣きそうになりながら話した。すると、真司が言った。
「君は……、ずっとそれを隠して生きてきたのかい?」
それをきいて、ヒロインは真司を見つめた。
「記憶をどこかに封印して、思い出さないようにして生きてきたのかい?」
ヒロインが黙っているので真司は慌てて、
「あぁ、いや。きいてみたかっただけ。君にそんな過去があったなんて、とてもじゃないけど信じられなくてさ」
と言った。するとヒロインは、また話を再開した。
「高校の時までは、ずっと引きずってました」
ヒロインは高校に入り、しばらくはまだ一人だった。そんなある日、廊下を歩いているとあるポスターが目に入った。それは、演劇部のポスターだった。ヒロインはしばらく、それに見とれていると声がかかった。
「あ、もしかして演劇部に興味あるの?」
声をかけてきたのは、二学年上の先輩だった。
「いえ、見てただけで……」
「でもうちは初心者でも大歓迎だからさ、よかったら見ていきなよ」
先輩はそう言うと、ヒロインの手を引いた。そこで演劇を見せられ、ヒロインは今までにない感動を覚えた。
『そして、私はそこに入部することになりました』
練習は厳しく、少しでもセリフを間違えると、先輩たちから叱られる。それでも、ヒロインは練習を続けた。これが、やっとできた唯一の居場所だった。
『私は、ずっと仲間が欲しかったんです。本音で話せるような仲間が。そして、幸せな時間を分け合えるような、そんな友達が欲しかったんです』
ヒロインが話し終えると、真司はこう言った。
「それが、君の望んでいたことだったのか」
「はい。私、普通の人とは違うから、そんな日は来ないと思ってました」
「じゃあ、僕にも言わせてくれ。君は、ひとつ大きな勘違いをしてる」
真司がそう言うので、ヒロインは顔を上げた。すると真司は立ち上がり、
「人と違って何が悪い! 俺はなぁ、人と比べられることが何より嫌いだ。父親譲りなだけかもしれないけど、昔からそうだった。普通の人とは違うといっても、みんな同じ人間だ。だからこそ、自分は不幸なんかじゃない、そう思うことが大切なんだ」
そう説いてきかせた。ヒロインもそれをきいて、少し笑顔を取り戻した。
「前向きな方なんですね」
「前向きじゃなきゃ、人間なんてやってられない」
すると、ヒロインがこう言い出した。
「私、皆さんに出会えてよかったと思います。教授や先輩たちも優しくて、そして何より、毎日が楽しくて仕方ないんです。生まれて初めて、生きててよかったって思えた気がするんです。私、生きていてもいいんですよね……?」
ヒロインは、泣きながら真司にきいた。
「あぁ、誰も否定しないさ。どんなに辛いことがあっても、この世に生まれてきたからには、生きる義務がある。途中で投げ出すなんて、許されることじゃない。病気で死ぬとかならまだ仕方ないけど、自分で命を絶つなんて言語道断、絶対にやっちゃいけない」
真司の話をきき、ヒロインは言った。
「私、今度皆さんに話そうと思います、全部。私のことを知ってもらい、受け入れてもらえる努力をします。それが、自分を変えるチャンスだと思いますから」
それをきいた真司も頷くと、
「きっと、みんなわかってくれるだろう。それを、君が一番よく知ってるはずだから」
と言うので、ヒロインは嬉しそうに顔を赤く染めた。外を見ると、京都の山々も夕陽によって赤く彩られていたのだった。
序盤のキャラで、最も印象深い登場人物は?
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