アカリとの再会を果たしてから二週間。まだ梅雨でもないのに、雨がザーザーと激しい音を立て、降り続いていた。この日は大学の授業はなく、ユウナは部屋でひたすら履歴書を書いていた。雨の音だけがきこえる。すると、誰かが部屋をノックした。
「はい」
ユウナは返事をすると、スッと襖が開いた。そこには、真宏が立っていた。
「よう」
「先輩? どうしたんですか?」
「だから、先輩やめろって。もう二年目だぞ?」
「ごめんなさい……。それより、何か用ですか? 初さんが呼んでいるとか?」
「
真宏はそう言うと、ユウナの隣に座った。ユウナは不思議そうに、真宏を見た。そして真宏は、こう話し始めるのだった。
「実は俺、今度どっか受けようと思ってさ。いつまでもここの世話になるわけにもいかねえっていうか、婆さんにも迷惑かかるだろ? だから、ずっと今の状態っていうわけにも、いかないよなーって……」
「先輩……、ちゃんと考えてたんですね、未来のこと」
「あぁ。ていうか実はさっき、婆さんに言われたんだ。これ以上、ニートを養う余裕なんてない。お前には、もっとやるべきことがあるだろうって」
「そうだったんですか。でも私も、これで安心しました」
「お前が?」
「これでも、先輩のことすごく心配だったんです。このままどこにも就職しないと、また初さんが倒れたらどうするんだろうって」
「悪かったな、心配かけて。けど、俺にもちゃんとできるんだってことを、見せつけてやりたかったしな。お前も、頑張れよ」
「はい」
ユウナは頷くと、真宏も立ち上がって部屋を出ていった。真宏も昨日の晩、懸命に考えたのだということが、今の言葉からも窺えた。いつの間にか、雨の音が小さくなっているのを感じて窓を目にすると、外には大きな虹がかかっていた。それはまるで、互いを安心させるかのようにはっきりと見えていたのだ。
第二十八回
2016年4月29日。ユウナはアカネたちとともに、正彦の研究所に召集された。
「これより先、どんなに危険なことがあろうとも、皆で協力し合って、ゲームをクリアしていってくれ」
正彦がそう言うのをきき、ミカは小声で呟いた。
「危険って自分で言ってるし……」
「そうじゃね。ゲームっていっても、面白くないとつまらんけんね」
アカリも不安気に言った。するとアカネが、
「ですが、ちゃんとうちらに指示は出してくれるんですよね?」
と、正彦にきいた。
「あぁ、勿論だ。この世界を守るにはそれしかない。君たち五人の力が、どうしても必要なんだよ」
その言葉をきいたミカは、
「五人って、私ら四人だけなんですけど?」
と尋ねると、正彦はこう言うのだった。
「あぁ。実はもう一人いるんだ。神に選ばれし者が」
「選ばれし、者?」
「あぁ、そうだ。君たちは、神に選ばれたんだ。そして彼女も、そのうちの一人だ」
正彦はそう言いながら、四人にペーパーを見せた。ユウナ、ミカ、アカリの三人はそれを覗きこみ、凝視した。そして三人は、驚きの声を上げる。
「つ……、鶴ケ崎さん!?」
そこにはレイカの顔写真、そして経歴のようなものが書かれていた。
「計画を開始する前に、君たちに、頼みがある。この子に、ここへ来てもらうように言ってはくれないだろうか」
正彦は続けた。それをきいて、三人は顔を見合わせた。結果はわかりきっていた。でも正彦の頼みなので、仕方なく引き受けることにした。万が一ということも考えて、正彦のためにレイカの通う大学に足を運んだ。そこでレイカを見つけ、近くの喫茶店に誘った。そして、例のことを話した。
「……と、いうわけなの。来てくれない?」
ミカは明るく話すと、レイカはしばらく間をおいてから言った。
「あなたたち、それ本気にしてるの?」
「本気も何も、ほんとにあるんだから! モンスターたちの楽園が!」
「すごいんよ、全部プログラムでできとって、空を飛んだりしよるんよ」
「……ダメ、かな?」
アカリとユウナも、そう言ってレイカを見つめる。すると、レイカは立ち上がった。
「くだらない。そんなもの、誰も本気にするわけないでしょ。こんなことに時間を割くくらいなら、どこかの企業でも受けてきたら?」
レイカが店を出ていこうとした時、ユウナはこう呼び止めた。
「でも、鶴ケ崎さんのスマホにも、教授の作ったモンスター、入ってるんだよね?」
「えっ、どういうこと?」
ミカは、ユウナに尋ねた。しかしレイカはふり向かず、
「何言ってるのかわからない。私、今卒論のことで頭がいっぱいだから。もう、関わってこないでね」
と言い、出ていってしまった。それを見ていたミカは、
「何、あの子! 高校の時と全っ然変わってないし!」
と、腹を立てたように言った。そうすると、アカリが二人に言った。
「そう言えばあの子、どこの企業受けるんじゃろね?」
「ユウナ、何かきいてるんじゃない?」
「ううん。私も、よく知らないから」
「そうなんだ。でも、これからどうする? 連れてこなかったら、何か言われるくない?」
「仕方ないから、しばらく四人でやれるように頼んでみよっか」
ユウナが言い、三人は研究所に戻ることにした。
「そうか。やはりダメだったか……」
「はい、すみません」
「いや、いいんだ」
椅子に座っていた正彦は言うと、ゆっくりと立ち上がった。そして機械の電源を入れ、セイントドアが開く。
「ここに住む生き物たちは、すべてプログラムでできている。だが、少し感情を込めて作りすぎた。まるで私の感情が乗り移り、魂が宿ったようだ」
正彦はドアの外から、中にいるモンスターたちを見ながら呟いた。
「どうにか、あの子たちだけでも別の場所へ移すことはできないんですか?」
ユウナがきくと、正彦はこう答えた。
「いや、無理だ。データだけならほかのコンピュータに移すことは可能かもしれないが、この子たちには特殊プログラムが組みこまれてある」
「特殊プログラム?」
「あぁ、私の開発したプログラムだ」
正彦が言うので、その部屋にいた全員が耳を疑った。まさか、新しいプログラム言語を開発したと言うのだろうか。正彦は続け、
「これを安全なところに移すとなると、ほかのコンピュータがそれに対応していない分、中のデータを書き換えなくてはならない。そのため、時間がかかる」
と言うので、ユウナは質問した。
「ほかに、いい方法は?」
「今のところは……」
正彦が残念そうに、ユウナたちの方をふり向いて言った。
「このゲームをクリアして、すべてを終わらせるしかない」
ユウナ、ミカ、アカリの三人は、黙って正彦を見つめていた。
それから、三人はセインツ・パラダイスの中を探索した。
「クリアするっていっても、ダンジョンをどこに設置したかくらいは覚えておいてほしいもんだよね〜」
ミカが、歩きながら呟いている。
「そうじゃね。それがどこにあるかがわからんと、うちらもどうしていいかわからんけんね」
「ねぇ、ユウナはどう思ってるの?」
ミカが、黙っていたユウナにきいた。
「どうって?」
「いや、なんかね、前から不思議だったんだけどさ、ユウナはあの人のことどう思ってるのかなぁ〜って」
「あの人?」
「ここを作った研究者」
「教授のこと? 急にどうって言われても……」
「ユウナちゃん、あの人の元で学びたいから、龍山受けたんよね?」
アカリも、確認するようにきいてきた。
「うん。でもあの時はまだ、この世界のこととかよく知らなかったから。私が初めてここに来た時、教授が言ってたの。この技術を生かして、現実の自然界を守りたいって」
「でも……、そんなことできんの?」
「わからない。でも、応援したくなっちゃって。私も、少しでも教授の役に立てるように、できることはやろうって決めたんだ」
「ユウナちゃんらしいね」
アカリも、感心しているようだ。一瞬、その場の空気が和んだ。しかし、それをかき消すかの如く、奇声のような声がきこえた。それが、三人の耳にはっきりと入った。三人は立ち止まり、キョロキョロと辺りを見回した。
「え? なになに?」
ミカが焦っていると、アカリは上空を指差した。
「ねぇ、何か飛んで来よるよ?」
見ると、向こうの空から巨大な生物が飛んできた。ここに住む、モンスターだろうか。大きな翼を広げ、三人の真上を通り過ぎた。その瞬間に、三人を黒い影が覆った。咄嗟にユウナたちがふり返ると、それは段々と小さくなっていき、やがて見えなくなった。
「何だったんだろ……」
「これも、知らせないかんのかな……」
ユウナは、巨大な
正彦がユウナから話をきくと、
「あぁ。それは恐らく、プテラドスだろう」
と言った。
「じゃあ、やっぱり教授が作ったんですか?」
「あぁ、そうだ。セインツ・パラダイスの上空を自由に飛び回れるように、放してあるんだ」
それをきくと、突然ミカが何か思い出したようだ。
「あぁ! それって、ひょっとして前にゲームの中から出てきたやつ?」
「出てきた? どういうことだ」
正彦は、怪訝そうな顔をして言った。
「二年くらい前、ユウナと一緒にいる時に、あの何とかパラダイス?ってとこから、いきなり飛び出してきたんです」
ユウナもそれをきき、ようやく思い出した。しかし正彦は、納得がいかないというような顔をした。
「うーむ……、しかし中で制御プログラムが作動している限り、中のモンスターが外に出て来られるはずがないんだが」
「でも、たしかにあの時……」
「考えられるのは、モンスターに組みこまれたプログラムを何者かが改竄したということだけだ」
「じゃ、誰かがデータを書き換えたってこと?」
ミカが言うと、ユウナとアカリも顔を見合わせた。すると正彦が、
「兎に角、急ぐことだ。もう一人には、私がどうにかして説得してみるよ」
と言い、部屋を出ていった。アカネも正彦についていき、三人は部屋に取り残された。
「説得って、相手にしてもらえないんじゃない?」
「うちらでもあかんのじゃけん、きっとそうよね」
アカリも、ミカの意見に同調した。ユウナもドアの方を見つめながら、正彦とセインツ・パラダイスの未来を案じていた。
数日後、民宿にリカとリンが来た。就活や卒業論文で互いに忙しく、最近は会えていなかったのだ。三人は縁側に腰かけていると、不意にリンが二人に話しかけた。
「ねぇ、最近はどうしてんの?」
「何が?」
リカがきき返すと、リンは言った。
「正直、最近何から手をつけていいかわかんないんだよね」
「私も。ユウナちゃんは?」
「私も、二人と同じ。あと一年もないのに、未だに何したらいいかわからなくて……」
すると、リンが言った。
「でも、ユウナだったら就職先くらい、いくらでもあるんじゃない?」
「そうかな……」
「そうだよ! もっと元気出して!」
リカも、そう言ってユウナを励ました。
「ありがとう……」
ユウナは、二人の優しさを改めて感じた。もしこの二人がいてくれなかったら、今までだって乗り越えられなかったことも多くあっただろう。
「それより、ユウナってまだ横大路先生の研究所行ってるの?」
リンが不意に話題を変えるので、ユウナは戸惑いながら答えた。
「え。あ、うん。私、やっぱり教授の手伝いがしたくて」
「そうなんだ……」
それをきいていたリカが、
「え、何? 研究所って」
と、不思議そうにきいた。それをきいて、二人はしまったと思った。それでもユウナは、これを機にリカに本当のことを伝えようと決心したのだ。
「あのね、リカ。私、横大路教授に、研究の手伝いをさせてもらってるの」
「それって、どんな?」
「ゲームの世界に入って、キャラクターの世話をしたりするの。みんなプログラムでできてるんだけど、本当に生きてるみたいで、とても可愛いの。教授は、その技術を生かして現実世界の自然も守りたいって、いつか言ってた。私、それをきいてすごく感動したの。この人なら、私にいろんな生き方を教えてくれるかもって」
ユウナが話すのを、リンは止めなかった。リカも特に驚く様子はなく、
「すごくいい話。私も行ってみたいなぁ」
と、目を輝かせている。
「じゃ、今度行ってみる?」
リンが言うとリカは、
「うん!」
と言い、嬉しそうに頷いた。ユウナも、それを見て笑っていた。またひとつ、肩の荷が下りたようだ。親友であるリカにだけ秘密にしているのが、少し居心地が悪かったのだ。でもこれで、リカの前でも気にすることなく正彦の研究に関する話ができる。それだけで、この時は十分だったのかもしれない。
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