次の日、ユウナはまた、セインツ・パラダイスの入り口を潜った。中にはすでに、ミカとアカリが来ていた。
「アカネさんから、エリアごとの地図をもらってきたの」
ユウナは、二人に地図を見せた。ミカはそれを見て、
「じゃ、どうする? 効率よくするために、別々行動とか」
と言うので、アカリもこう言った。
「うちも、そうした方がええと思う」
「じゃあ、三時にまたここに集合でいい?」
ユウナが言うとミカも、
「オッケー、わかった!」
そう言い、ダンジョンがある場所へと向かった。アカリも、
「じゃあ、うちはこっちね」
と言って、ミカと逆の方向に歩いていった。ユウナもそれを見送ったあと、歩き始めた。森を抜けると、大きな湖が見えた。見渡すと、水属性のモンスターたちが湖で静かに泳いでいる。ユウナはしばらくそれに見とれていると、上空から音がし、プテラドスが降りてきた。ユウナはそれを見て、咄嗟に木の陰に隠れた。さらに驚いたことに、よく見ると人が乗っていたのだ。それは男で、地面に降りると水晶を懐から取り出した。そして、それを天にかざした。そうすると、その水晶は緑色に光り出した。その光は、オーディンがトラックから身を守ってくれた時の光と似ていた。それに驚いたモンスターたちは皆、水面に姿を消した。そして光が止むと、
「ここも違うか……」
と男は言い、プテラドスに乗って再び空に飛んでいった。ユウナはそれを見て、何が何だかわからなくなった。いったい、あの男は何者なのだろうか。水晶をかざした時の姿、どことなくオーディンに似ていた。彼は、あそこで何をしていたのだろう。
その後、なぜかダンジョン攻略をする気になれず、二人との待ち合わせの場所にいた。しばらくして、ミカとアカリが戻ってきた。
「あれ? ユウナちゃん、どうしたん?」
アカリが尋ねてくるので、ユウナはなるべく怪しまれないように答えようと思った。
「あ、うん……。なんか、疲れちゃって……」
するとミカも、
「大丈夫?」
ときくので、ユウナは頷いた。先程のことを話そうかという気持ちも頭を過ぎったが、きっと信じてもらえないだろう。今は、本当に疲れていて幻を見たのだと思うことにした。
その晩、ユウナはいつものように、初子と真宏の三人で夕食をとった。初子が真宏に、
「あんた、ちゃんと就活はできてるのかい?」
ときくと、真宏はこう言った。
「あぁ、今度試験受けに行くよ。それと、あんま心配しなくていいからさ」
「そうかい」
初子は、またムスッとした。すると今度は箸をほとんど進めていないユウナに対し、
「どうした、食欲がないのかい?」
と、言った。するとユウナはハッとし、
「いえ、何でもありません」
そう答えると、再び食べ始めた。その様子を見て、真宏も不審に思った。
「また、何かあったのか?」
「いえ、本当に何でもありませんから」
ユウナは就活中の真宏に対し、できる限り心配はかけたくなかった。それでも、あの男のことが頭から離れないのは事実極まりなかったのだ。
ユウナはその夜、なかなか寝つけずにいた。真宏にも、また余計な心配をさせてしまった。正彦は、セインツ・パラダイスに誰かが侵入していると言っていたが、それがあの男なのだろうか。何がどうであれ、セインツ・パラダイスに見知らぬ誰かがいるのは確かだ。明日、正彦に報告しようと思った。
翌朝、ユウナは正彦のところを訪ねた。しかし中を覗くと、誰もいなかった。ユウナはしばらく待ったが、誰も来る気配がない。仕方なく、セインツ・パラダイスへの扉、セイントドアを開放した。中に入ると、昨日と特に変わった様子はない。ユウナは足を進めると、森の奥から不穏な鳴き声がきこえてきた。何だろうとユウナは、恐る恐る森に足を踏み入れようとした。すると、
「ユウナ?」
と不意に声をかけられ、足を止めた。ふり返ってみると、ミカとアカリが立っていた。
「どうしたの?」
「何か、気になっちゃってさ。もしかしたら、先に来てるんじゃないかなって思って」
ユウナがきくと、ミカはそう答えるのだった。次に、アカリも言った。
「うちも、やっぱり気になるんよ。もしも現実世界に影響が出たらって思うと、見ておきたいけん」
「二人とも……」
ユウナが呟くと、ミカがユウナの肩に手を置いた。
「大丈夫。あたしらで協力したら、きっと全部終わるって」
「ユウナちゃん、頑張ろ」
アカリも、近づいてきてそう言った。
「ありがとう」
ユウナは、胸がいっぱいになった。高校時代からの友情というのは、やはりバカにできないものだ。するとユウナは思い出し、
「あ、さっき森の奥から、変な声がきこえてきたの」
と、森の方をふり向きながら言った。
「きき間違いじゃない?」
「え、でも……」
「じゃあ、私ちょっと見てくる」
「あ、ミカ!」
ユウナは呼び止めようとしたが、ミカはすでに森に入ってしまっていた。するとアカリも、
「うち、あっちの方見てくるけん」
と言って、向こうに歩いていった。取り残されたユウナだったが、ずっと待っているわけにもいかず、自分が蒔いてしまった種だからと、声がきこえた方に向けて歩き出した。しばらくすると、また声がきこえた。今度ははっきりときこえ、次第に大きくなっていた。ユウナは怖くなり、足を止める。万が一、モンスターが襲ってきたらどうしようか、そんなことを考えているうちに、二人のことが心配になってきた。ユウナは引き返し、二人を探しに行った。
森から出ると、ユウナは愕然とした。さっきまで生えていた木がなぎ倒され、巨大な足跡があった。それは、ドラゴン級のモンスターの仕業に違いなかった。その時、ユウナを大きな影が覆った。ユウナが、ゆっくりとふり返る。そこには「デビルドラゴン」という、闇属性のモンスターがいた。ユウナは、足が竦んで動けなかった。相手は、敵意丸出しでユウナを睨んでくる。ユウナは、逃げ場を失ってしまった。そして、とうとうデビルドラゴンは、ユウナに襲いかかってきたのだ。その瞬間、ユウナは目を瞑った。その時、光属性の攻撃がデビルドラゴンに命中した。その衝撃で、デビルドラゴンは倒れた。
ユウナがふり返ると、後ろにミカとアカリがいた。二人の出したモンスターが、助けてくれたのだ。二人はユウナのもとに駆けより、ミカが言った。
「大丈夫だった?」
「うん……」
ユウナは、間一髪のところで救われたのだ。すると、デビルドラゴンが起き上がった。それを見て、また三人は走って逃げた。それでも、デビルドラゴンは追いかけてくる。
「何でこっち来んのよ!」
「なんか、狙われとるみたいやね」
二人がそんなことを言いながら前の方を走っていると、ユウナは躓いてこけてしまった。見上げると、すぐそこにデビルドラゴンがいた。
「ユウナ、危ない!」
ミカがそう言って、ユウナの前に立った。
「ミカ?」
ミカはポケットの中に手を入れ、スマホを操作して戦闘モードに切り替えた。すると、目の前に「ホーリードラゴン」が現れた。
「どうするの?」
「こうなったら、戦うしかないでしょ!」
ミカは、ホーリードラゴンに命令を送った。
「ノーマルスキル発動! サンダーボール!」
そうすると、ホーリードラゴンは口から電気の球を放出し、デビルドラゴンに攻撃した。それを受けたデビルドラゴンは、その衝撃によって倒れた。しかし、また起き上がると今度はホーリードラゴンに向けて攻撃した。すると、ホーリードラゴンは一撃で倒れた。それを見てミカが、混乱したように叫んだ。
「なんで? こてダメ(固定ダメージ)じゃないの!?」
それでも尚、デビルドラゴンの暴走はまだ終わらない。奇声を上げ、三人に向けて襲いかかってくる。そうすると、今度はアカリが前に出た。
「今度はうちがやってみる!」
アカリはそう言うと、「ティラノス」というモンスターを召喚した。
「ノーマルスキル発動、マグマブレス!」
命令を受けたティラノスが、攻撃をした。しかし、その攻撃はデビルドラゴンによって撥ね返されてしまった。すると、撥ね返された炎が飛び散って、森が燃え始めたのだ。本来ならば、ユウナの持っている水属性のモンスターで火を消さなければならないが、今はそれどころではない。再び、デビルドラゴンが攻撃を仕掛けてくる。
「きゃっ!」
三人は声を上げながら、どうにか攻撃を避けた。
「ここにいるモンスターって、プレイヤーには攻撃しないんじゃ……」
「きっと、誰かがデータを書き換えてんのよ!」
ユウナが言うと、ミカも言った。このモンスターは、なぜ自分たちに攻撃をしてくるのだろうかと、ユウナは疑問を抱いた。そうしている間にも、状況は悪くなるばかりだった。絶体絶命とは、まさにこのようなことを言うのだろう。
そこに、救いの手が舞い降りた。遠くから、何かがデビルドラゴンに攻撃した。三人がその方向を向くと、「ブラキオス」がいた。ブラキオスは木属性のモンスターだ。ノーマルスキル・ガイアブレスで、再びデビルドラゴンを攻撃すると、それが効いたのか、デビルドラゴンは逃げ去っていった。
ユウナは、安心してしゃがみこんだ。すると、アカリがこう呟くのだ。
「鶴ケ崎さん……」
それをきいてユウナも我に返り、ふり向くとブラキオスの隣にはレイカが立っている。ユウナが立ち上がると、
「来てくれたんだ……」
と言い、レイカの前に駆けよった。
「勘違いしないで。警告サインが出てたから、一応来てみただけ」
どうやら、このセインツ・パラダイスにおいて何か問題が発生したり、仲間がピンチになったりするとスマホの画面に警告サインが出るらしい。
「でも、鶴ケ崎さんが来てくれなかったら、きっと大変なことになってたと思う。だから、これだけは言わせて。ありがとう」
ユウナがそう言っても、レイカはそっぽを向いた。その時、再び奇声がきこえた。あのモンスターがまた戻ってきたのかと、ユウナたちは周りを警戒した。すると上空から、何かが降りてきた。プテラドスである。それに乗っているのは、湖の近くで見たあの男だった。
「あーあ、こんなにしちゃって」
男は地面に降り立つと、燃えている森を見て言った。それを見たミカが真っ先に、
「誰?」
ときくと、その男は言った。
「おいらはフギン。で、コイツの名前はムニン」
フギンは、プテラドスを指して言った。
「ムニン?」
ユウナがきくと、フギンはこう言うのだった。
「あぁ。俺がつけたんだ。そのまんまの呼び方だと、面白くないからさ」
「じゃあ、あのおじさんが言ってた侵入者って、あんたのこと?」
今度は、ミカがフギンにきいた。すると、フギンは言った。
「あぁ、そうだ。ヤツの目的達成のために、協力してやってるだけだけどな」
「ヤツ?」
「いやぁ、まさかこんなにも一生懸命この世界を守ろうとしてるなんてなぁ。そりゃあ、ヤツが潰したがるのもわかるぜ」
「ちょっと、人の話ききなさいよ! ヤツって誰のこと?」
「俺は、この中の一人にだけ用があるんだ。お前には何の用事もねえ」
「はぁ?」
フギンに言われ、ミカは腹を立てた。そんなことは気にも留めず、フギンは新たな方に視線を向けている。その視線の先にいたのは、ユウナだった。
「アンタ、ちょっとついて来てくれるかい?」
「え、あの……」
突然のことで、ユウナは戸惑ってしまった。
「ちょっと、ユウナに何の用があるって言うのよ!」
「うるせぇなぁ。ちょっと借りるだけだからさ、すぐに返してやるよ」
フギンはそう言い、ユウナの腕を引っ張った。ユウナが抵抗するので、フギンは言った。
「結構、いい素質あるな。襲わせて正解だった」
「えっ……」
「どゆこと?」
ミカも、不思議そうにフギンを見た。するとフギンが、
「此間は、ご苦労さん」
と、アカリを見て言った。
『うち、誰かおったら攻撃するよう言われとったんよ』
『誰に?』
『たしか……、フギンって人』
「じゃあ、あの時、アカリに私たちを襲わせたのって……」
ユウナは、頭がおかしくなりそうだった。そして、フギンはさらに続ける。
「お前たちの実力と行動力を見ておきたかったからな。まぁ実際、予想外だったけどな。女なんだし、もう少し拍子抜けかと思ってたぜ」
それをききながら、アカリは黙って俯いている。利用されたことが余程悔しかったのだろう、ユウナはアカリを見て思った。
「じゃあ、ちょっと来てもらうぜ。見せたいものがあるんだ」
フギンはユウナの手を取ると、プテラドスに乗せた。そして、プテラドスは二人を乗せたまま飛び上がり、やがて見えなくなってしまった。その場に取り残された三人は、黙ってそれを見ているしかなかった。するとアカリが、
「ごめんね……。うち、もう少し早くに知っておけば……」
と、涙を流しながら謝った。それを見たミカが、
「気にしないでいいよ。ユウナも、きっと大丈夫だから」
そう言ってアカリを慰めた。しかし、アカリは一向に顔を上げようとはしない。それを見ていたレイカも、何か思うところがあったのは明白である。
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