わけもわからぬまま、ユウナはある場所へ連れて来られた。地上に降りると、長く地面から離れていたせいか、足が震えてしまっている。フギンは構わず、
「こっちだ」
と言い、ユウナを案内した。そこには、石でできた扉があった。フギンが扉横のパネルに手を当てると、ゴゴゴゴと扉がゆっくり開いた。ユウナは呆気にとられながら、それを見ていた。いったい、中には何があるのか。フギンが、
「ついて来い」
と言うので、ユウナは言われるがまま、フギンに続いてその中に入った。中は薄暗く、まるで洞窟を改造して部屋にしたような作りになっている。しかし中には、それ以上に目に留まるものがあった。部屋の真ん中に、水晶のようなものが置かれていた。ユウナは、それを見てハッと息を呑んだ。それはあの時、フギンが湖で天にかざした水晶だったのだ。ユウナは、あの光を鮮明に覚えていた。フギンがそれを手に取り、ユウナの方を向いた。そして、こう言うのだ。
「こいつで、オーディンを呼ぶことができる」
「オーディンを?」
「あぁ。もしかしたら、オーディンがこの世界を守るカギになるかもしれねえ」
「オーディンが、カギに? どういうことですか?」
ユウナは、フギンが何を言っているのか理解不能だった。しかしフギンは、
「それは、おいらにもよくわからない」
と言い、水晶をユウナの目の前に持ってくると、こう続けるのだった。
「こいつは、オーディンの心自身。こいつをどうコントロールできるかが、この世界の命運を揺るがす。これは忠告だ。おいらたちの目的は、この世界を滅ぼすこと。本気で守りてえって思ってんなら、命がけで来いよ」
ユウナは、何も言わずに水晶だけを見つめていた。今にも光を放ちそうで、時にそれが恐ろしくもあった。フギンはそれをもとの場所に戻すと、
「よし、それじゃ帰るか。そろそろ森の火も消えてるころだろ」
と言って、その部屋を出ていこうとした。
「あの、待ってください。すみません、まだよく理解できていなくて……。なぜ、私にだけそのことを言うんですか?」
ユウナが呼び止め、質問すると、少し間をおいてフギンは言った。
「もう気づいてんだろ」
「えっ……?」
「あいつは、人間が嫌いなんだ。それでも、お前さんの前に姿を現した」
それをきくと、ユウナはあの時の光景を思い出した。トラックに撥ねられそうになった時、オーディンが現れてユウナを守ってくれた。
「オーディンは、お前さんを選んだんだ。この世界を救える、唯一の勇者として」
「勇者……?」
「あと、これも一緒に伝えておく。各属性を司る五人の勇者、その一人にオーディンを扱える人間がいる。闇の魔王、サタールの言葉だ」
「闇の、魔王……?」
ユウナはそれをきいて、なぜ自分なのかという気持ちよりも、この世界を何としてでも守りたいという気持ちの方が強くなった。各属性を司る五人の勇者、これはきっと自分のほかにレイカ、ミカ、アカリ、アカネのことだろう。フギンは敵であり、そしてサタールという人物が後ろで様々な糸を引いている。ユウナはそう理解した。どのような目的で、セインツ・パラダイスを滅ぼそうとしているのか、その時はまだわからなかった。
ユウナは戻ると、森はすでに消火され、三人のほかにアカネも来ていた。
「アカネさん……」
すると後ろで、羽ばたく音がきこえた。フギンがまた、プテラドスに乗ってその場から去っていくのが見えた。黙ってそれを見送っているユウナに、ミカとアカリが駆けよって来た。ユウナを見て、ミカが心配そうに尋ねた。
「ユウナ、大丈夫だった?」
「う、うん。大丈夫」
するとアカリも、こう呟いた。
「でも、何じゃったんやろ、あの人」
「あの様子じゃ、また現れるかもね」
ミカも言った。そしてユウナは、アカネのところへ行った。
「アカネさん、どうして……」
「教授が呼んでる。大事な話があるって」
アカネは、真剣な顔をしている。ユウナは、黙って頷いた。正彦が何を言うのか、大体は想像がついた。きっと、今回の件は正彦にも届いているに違いない。
部屋には、ほかにヒロインや真司もいた。ユウナたちは、セイントドアから再び正彦の研究室に戻った。五人が戻ると、正彦は立ち上がった。
「教授、お連れしました」
アカネが言うと正彦は、
「そうか」
と言い、前に立つと話し始めた。
「君たちはすでに知っているだろうが、セインツ・パラダイスは狙われている。放っておけば、大変なことになるだろう」
「大変なこと……?」
ヒロインが呟くと、正彦は続けた。
「奴らの目的は、詳しくはわからない。ただ、ひとつだけ言えることは、セインツ・パラダイスはどの道なくなるということだ」
「そんな……」
ユウナは、思わず前に進み出た。
「嫌です。あの世界は、教授が夢を叶えるために、魂を込めて創ったものなんですよね? そんなに簡単に諦めるなんて、納得できません」
ユウナが、必死に説得しようとした。
「ユウナ……」
ミカも、ユウナの気持ちを察したように呟いた。しかし正彦の口から出たのは、ユウナをどん底に突き落とすような言葉だった。
「もう、私の力ではどうすることもできないんだ。わかってくれ」
ユウナは、拳を握りしめた。
「今日は、これまでだ」
正彦はそう言うと、部屋を出ていってしまった。ユウナはしばらく一歩も動かず、その場で何かできることはないかと必死に模索していた。
一方、部屋を出た正彦を、追う者がいた。
「お父さん!」
声をかけたのは、真司だった。正彦がふり返ると真司は、こう言った。
「本当に、いいのですか。彼女らは、今の今までお父さんの創ったあの世界のために、研究を手伝ってきたのですよ。あんな言い方、彼女たちが可愛そうだ」
「……私もわかっている」
正彦も、悔しそうに言った。
「データを破壊され、好き勝手されるのは時間の問題だ。それを食い止める方法など、私には思いつかないんだ」
「方法ならありますよ」
真司が言うので、正彦はふと顔を上げた。
「真司……、まさか……」
何か秘策があるといった、真司はそんな顔をしていたのだ。
その頃、ユウナは部屋に残っていると、ミカが声をかける。
「ユウナ、私たちそろそろ帰るけど大丈夫?」
「あ、うん。ごめん、心配かけて」
「いいって。そうだ、それより大輝君心配してたよ。帰って電話でもしてあげたら?」
これは、ミカなりの配慮だったのだろう。それだけでも、十分すぎるほど有り難かった。大輝は今ごろどうしているのだろうか、そう考えているとふと頭に浮かんだことがあった。自分は、今は真宏と付き合っているのだ。そのことを、ミカは勿論、大輝もまだ知らない。
「あのね、ミカ……」
「ん、何?」
「私、今、付き合ってる人がいて……」
「えっ?」
アカリも、その話をきいて唖然としていた。しかし、ユウナは続けた。
「今暮らしている民宿で知り合って、大学の先輩なの。部活も一緒で、良くしてくれる、頼れる先輩。自分でも、気づかないうちに好きになってて……。でも、そのことは大ちゃんには言わないでほしい。自分勝手だって思われるかもしれないけど、傷つけちゃう気もして……、だから……」
すると、ミカが言った。
「そんなことないよ。だって、ユウナが選んだんでしょ?」
「うん……」
「だったら、きっとわかってもらえるって。ちょっとショック大きいかもだけど」
そう言いながら、ミカは笑っていた。しかしユウナには、ほかに不安なことがあった。
「でも、これから大変なことになるかもしれないのに、巻きこんじゃうんじゃないかとも思ってて……」
「そっか……」
ミカも、ユウナの気持ちを受け止めていた。そこに、ある声がした。
「余計な心配は、お互いを苦しめるだけよ」
声の主は、レイカだった。
「鶴ケ崎さん……」
ユウナがレイカを見ると、レイカは続けた。
「巻きこむも巻きこまないも、あなた次第じゃない?」
そして、レイカは研究室から姿を消した。レイカの言葉をきき、ユウナは決心をした。真宏を、これ以上巻きこむわけにはいかない。真宏は今、就職活動に専念している。それを邪魔することは、やってはいけないとユウナは思ったのだ。
セインツ・パラダイスの「未知の領域」には、城が建っていた。そこは王のサタールによって「ダークネス・キャッスル」と名付けられ、その城下はすべてサタールの支配下にあった。闇属性の凶悪なモンスターたちが蔓延り、それを城からサタールが眺めている。部屋では、怪しげな機械音だけが鳴っていた。
「どうだった、小娘は」
サタールは、フギンに尋ねた。
「あぁ、思ったより普通のやつだったぜ。まぁ、あの分だとそんなに警戒しなくても大丈夫じゃね?」
「そうか……」
サタールはフギンの話をきき、外を見下ろしながら呟いていた。ダークネス・キャッスルの周りは紫色の雲に覆われ、決して晴れることはない。不穏な雰囲気だけが漂い、誰も寄りつけないような空気が漲っていた。
一方で、東京にあるユウナの実家には大輝が訪ねてきていた。
「忙しいのに、いつもありがとう。学校、大変なんでしょ?」
百合子は、大輝からの土産物を見つめながら言った。すると大輝は、
「いえ、遠征で東北行ってきたんで、帰りに寄っただけっすから」
と、笑った。
「それより、ユウナから何か連絡来たりしてるの?」
「いえ、来てないっすけど……」
「そう……、うちにも全然連絡来なくて……、電話しても出ないことが多いの。何してるのかしらね」
百合子が不安そうに言っていると、大輝がこう言うのだった。
「大丈夫っすよ、あいつなら。今まででも、どんなに辛いことがあっても、何とかなってきたっすから。それにあいつは、ちょっとやそっとじゃ折れませんから」
百合子はその言葉をきいて安心したのか、
「それもそうね。きっと、就活や論文で忙しいのね」
と言った。大輝もユウナのことが心配だったが、きっと大丈夫だろうと自分に言いきかせた。今までの経験からも、そう思えたのであろう。
そしてユウナは、民宿に戻っていた。庭に入ると、ペロが遊んでいる。そして縁側には、真宏がいるのが見えた。ユウナは足を進め、真宏に近づいた。真宏も、ユウナに気づいた。
「ユウナ、帰ってたのか。どうしたんだよ」
真宏は、そう言ってユウナを見てくる。ユウナは、言うべきことをすでに決めていた。
「先輩、お話があります」
「……何だよ、改まって」
そうきかれ、ユウナは少し間を置いたあとに話し始めた。
「私と……、別れてくれませんか」
「あぁ……、はぁ!?」
真宏は、驚いた声を上げた。当然の反応だろう。しかしユウナは、冷静に話し続けた。
「私、決めたんです。これ以上、先輩に邪魔になるようなことはしたくないんです」
「邪魔って……、そんなこと思ってねえよ」
「でも私、どうしても我慢出来なくて……」
「もしかして、またあのオヤジに何か言われたのか?」
「……違います。私の、意見なんです。勝手だというのはわかっています。でも、先輩をこれ以上、苦しめるわけにはいかないんです。お互い、いろいろ大変な時期に、私の勝手な事情で先輩を煩わせるのは嫌なんです。だから、これで終わらせてください。最後に、わがまま言ってすみません」
ユウナは言い終えると頭を下げ、走って民宿を出ていった。
「おい!」
真宏も立ち上がってユウナを呼んだが、ユウナはふり返らずに走り続けるのだった。敵との戦いに、関係のない真宏を巻きこむわけにはいかない。その気持ちだけが、ユウナをその行動に結びつけたのかもしれない。
第二十八回「
次回予告
ユウナ「内定、頂きました!」
「また私のせいで二人の関係が悪くなるのは、嫌ですから……」
真宏「もしもあいつが何かで悩んでんなら、俺は最後に力になってやりたい」
美千子「素直に謝れば、きっと許してもらえるわよ」
真宏「俺、お前にはすげー感謝してるよ……」
アカネ「このままではあんたを酷使しすぎてしまう」
正彦「これから、どんなに辛く、悲しい出来事があったとしても、この日のことを忘れないでいてほしい」
リン「私、やっぱりデザイナー目指そうかと思って」
「また会おうね!」
美千子「初さん、今年いっぱいで宿を閉めるんですって」
リカ「また……、会えるといいね」
ユウナ「今まで、本当にありがとうございました」
次回(第二十九回)
「
序盤のキャラで、最も印象深い登場人物は?
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中谷優奈
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鶴ケ崎麗菓
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月見里美香
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夢野あかり
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池谷大輝
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相場善秀