2012年9月19日。ここは
ユウナは、いつものようにゲームをしながら学校に向かい、そして降車した。高校三年の二学期が始まってから、もうすでに三週間が経過しようとしていた。
第二回
ユウナは、教室に入った。同級生の楽しそうな会話が耳に入ってきた。
「あのなぁー。男子は東野カナなんて聴かねーんだっつーの」
「じゃあ、一回聴いてみてよ」
「無理。共感しねーから」
「なんでよー」
それは、大輝とミカだった。ユウナが入ってくるのを、真っ先に気がついたのはユウナの幼馴染であり、同級生の
「お、ユウナおはよう」
それを聞いて、ユウナの高校からの親友、ミカ(
「ねぇきいて。この人、全然話通じないんだけど」
と言うと大輝も、
「うっせーな。お前が勝手に話しかけてきたんだろ」
そう返した。それは、あまりにも日常的な光景で、ユウナは思わず微笑んだ。するとミカが、こうきいてきた。
「ねぇ、ユウナの好きなアーティストって誰?」
「えっ?」
不意に質問され、ユウナは困ってしまった。ユウナはテレビを見ることが少なく、芸能関係にはめっぽう疎かった。でも、中学の時からずっと好きなアーティストはいた。ユウナは、一応答えた。
「フ……、フレグランス……」
フレグランスは、三人組の女性ダンスユニットだ。ミカの反応は案の定、微妙だった。
「ふーん。てか、普通だよね」
予想通りの反応に、ユウナは少々苦笑いした。すると大輝が、
「お前の方も普通だけどな」
と、フォローを入れた。それは、ユウナのためにわざと言ったのか、自然と口から出たのかはわからない。
大輝はユウナにとって、兄妹同然の存在でもあった。幼稚園の頃からの友達で、小学校、中学校、高校とまるで互いに意識しあってきたかのように、同じ場所に進学していった。ユウナにとって大輝の存在が、ここまで大きくなるとは正直、思っていなかったであろう。
ユウナは席に着くとすぐ予鈴が鳴り、担任の
「えー、もうすぐ文化祭ということで、クラス対抗の演劇コンクールの準備は進んでいるようだな」
三年の文化祭は、なぜか演劇だった。よく見るとユウナのクラスにも、後ろのスペースにダンボールや演劇に使う小道具などが、物置のように並べられていた。
「みんな、部活やら勉強やらで忙しいとは思うが、最後の文化祭だからな。役者はセリフを完璧に覚え、道具係の者は最後まで抜かりがないか点検し、衣装係も自分の担当が終わったら、まだの者を手伝うように。それぞれ、自分の役割を最後までやりきるんだ。決して、途中で放り出したり
それを聞いて生徒たちは、
「はい」
と答えた。これが最後、その言葉を聞いてユウナはどこか切なくなった。二度と、帰ってくることはない時間。それがどれほど貴重なものであったか、過ぎ去ってしまった時に初めて思い知る。高校生の時に学んだことは、大人になってから必ず生きてくる。ユウナはそう信じた。
次の予鈴が鳴ると、皆は授業に向かった。一限目は、体育だった。もうすぐバレーボールの実技テストがあるため、その日は主に個人練習だった。そんな中、ユウナ、ミカ、アカリの三人は教師の目を盗んでは体育館の隅で休んでいた。
「あたし、レシーブならできるんだけどなぁ。サーブがちょっと心配」
ミカは、そう呟いた。アカリ(
「うちもー」
そう言って、ミカの隣に座った。ミカが立っていたユウナを見上げて、
「ユウナは?」
と、尋ねた。それをきいてユウナは、こう答えた。
「私は……、体育以外で運動したことないから」
「……だよね」
ミカも、なんとなくわかっていたらしい。ユウナは小学校の時から部活には入っておらず、学校が終わったら即行で家に帰っていた。自分は運動には向いていない、そう思い込んでいたのだろう。
ユウナはふと、向かいのコートで他クラスがバレーの試合をしているのを見つけた。体育館は巨大な網で真ん中を区切られ、二クラスが半面ずつ使うのが原則となっていた。ユウナは、コートの中にいるある女子生徒に目がいった。周りの女子がボールをすくい上げると、必ずその女子がアタックしてポイントを取る。赤みがかかった長い髪がなびき、何の迷いもなくボールを中に押し込む。それを敵チームの女子が拾おうとしても、ボールが速く、どうやっても先に下に落ちてしまう。遠くから見ても、身長はユウナよりも十センチ以上高く、そしてスタイルの良いこともよくわかった。ユウナはしばらく、その女子に見とれていた。それにアカリも気がつき、
「あの子、めっちゃすごいよね」
と言うと、ミカもそれを見て言った。
「あぁ、三組の子でしょ?
ミカの情報に、間違いはなかった。ミカは昔から調べものが好きで、特に人のうわさ話などは張り込みで調べたりしていたらしい。その結果、情報収集力が身につき、今では特技ともいえる。話は戻って、ユウナの知る限り、今までに勉強とスポーツ、どちらもできる人はそこそこいたが、ここまで完璧な人には出会ったことはなかった。同じ女子から見ても、惚れ惚れするほどであった。すると体育の教師に休んでいるところを見られ、
「こらー、休まない!」
と、怒られた。三人は急いでボールを持ち、練習を再開した。しかし、ユウナはずっとレイカのことが気になっていた。
授業が終わり、教室に戻る途中、ユウナは二人にこう言った。
「私、あの子にバレー教えてもらおうと思うんだけど」
「え? やめといたら? 結構気難しいらしいから」
ミカは、そう言って反対した。アカリも、
「あの子、バレー部よね? レベル高くて、全然練習にならんかもしれんよ」
と、天然っぽく言った。ユウナは、少し考えた。たしかに、ユウナの運動神経は誰が見ても悪い意味で驚異的である。でも、ユウナはあれから、多くの人を頼って生きてきた。誰にも頼ることのできなかったあの頃とは違い、助け合いながら生きていく意味を、様々な経験を通して実感してきた。そしてユウナには、多くの自信がついたのだ。
レイカもきっと協力してくれるはずだ、そう思えたのである。すると運良く、三人の前をレイカが歩いていた。ユウナはそれを見て、
「あっ」
と声を上げると、思いきって声をかけた。
「あの……、鶴ケ崎さん、だよね?」
レイカは、立ち止まってふり向いた。
「ええ、何か?」
ユウナはレイカの前に来て、
「突然で悪いんだけど、バレー、教えてくれないかな。もうすぐ、実技のテストだから。あ、放課後、部活が終わってからでもいいから」
そう言った。するとレイカはユウナをしばらく見つめると、向こうを向いてこう言った。
「悪いけど、私、人に教えるの苦手だから」
それをきいてユウナは、
「そう、だよね。あ、ごめん。忙しいもんね」
と言った。ユウナは部活や受験勉強などで忙しいのだと、勝手に解釈した。しかし、レイカはこう言うのだった。
「それに私、下手な人には興味ないから」
「えっ?」
「下手な人見てると、なんだかイライラしてくるのよ。教えても上達しない人なんて、教える価値なんてないから」
それをきいていたミカがカチンときたらしく、進み出てきた。
「ちょっと! 今のどういうことよ? ユウナがせっかく一生懸命になってるんだから、汲んでくれたっていいでしょ?」
「あら、ちょっときつかったかしら? でも、本当のこと言っただけだから。まぁ、あなたたちにはわからないでしょうけどね」
「はぁ?」
ミカの怒りは、今にも頂点に達しそうだった。
「でも、忙しいのは本当よ。もうすぐ試合だし、演劇の練習だってあるし。それじゃ」
レイカは腕組みしながら、ゆうゆうと歩いていく。それを見てミカが、
「ちょっと待ちなさい!」
と言って行こうとすると、ユウナがそれを止めた。
「待って、もういいよ」
「なんでよ! だって、あんなこと言われて普通悔しいでしょ。ほんっと、なんなのアイツ」
「そうそう、ユウナちゃんだって頑張っとるのに」
アカリも、ユウナの側に寄ってきてそう言った。でもユウナは、
「大丈夫。練習は、自分でやるよ」
と言った。ミカもそれをきいて同情したのか、
「じゃあ、あたしも手伝うよ!」
そう言うと、ユウナは嬉しそうに頷いた。
そして昼休み。いつものように、三人は椅子を並べて弁当を広げていた。
「なんか、一時間目が体育だとマジ疲れるわ〜」
ミカが怠そうに言った。
「練習、ほとんどサボっとったけどね」
アカリも、笑いながら言った。
「だってもうほとんどできるし。中学の頃、バスケやってたからかなー」
「ミカちゃん、バスケやっとったの?」
「うん、でもバスケ感覚でバレーやっても意味ないけどね。てか、全然違うし」
ミカは、何気にスマホを取り出してパズドラをやりだした。
「ユウナ、何ランクまで上がった?」
「うん、二十八」
ユウナが答えると、アカリがこうきいた。
「何の話?」
ユウナは、
「あ、パズドラ」
と言って、自身のスマホをアカリに見せた。するとアカリは、
「うちアンドロイドじゃけん、できんのよねー」
そう言った。ミカはそれをきいて、
「てかつい最近、アンドロイド版出たくね?」
と言うのでアカリは、
「本当?」
ときいた。ユウナも、
「うん。ダウンロードできると思うよ」
そう言うので、アカリはスマホを出した。そして、ダウンロード画面をタップし、ダウンロードが始まった。
「あ、できた!」
アカリはそう言うと、アプリを起動した。ユウナが、
「名前を入力すれば、最初の方はガイドが教えてくれるから」
と、説明を付け加えた。するとミカが、こう言い出した。
「今日さ、アカリも加えて久々にコンボ祭りやらない?」
「何? コンボ祭りって」
アカリは、不思議そうにきいた。「コンボ祭り」とは、ユウナたちが考えた遊びである。パズドラには通信機能がなく、ほかのユーザーと戦うことができない。そのため、コンボを使って、それぞれ何コンボまで連鎖を続けられるかを見せ合い、競うのだ。それを、ユウナたちは「コンボ祭り」と呼んでいる。
「でもアカリ、部活じゃ……」
ユウナがそう言うと、アカリが笑って言った。
「フフフ、大丈夫。今日、オフなんよ」
「じゃあ、決まりね!」
ミカもそう言い、スマホをポケットにしまった。
そして放課後、三人は学校の隣にある公園に向かった。
「ねぇ、バレーの練習どうする?」
途中、ミカが言った。
「やっぱり、放課後より朝の方がいいよね」
「だよねー。あたしも疲れるし」
ユウナとミカは、実技の日まで毎朝、朝練習をすることにした。
そして公園に着くと、四つ並んだ木の椅子に腰かけた。
「さーて、第一戦、いきまーす!」
ミカが、張りきって言った。それぞれ決めたダンジョンで、ドロップ(パズル)を動かしていく。
「やった! うち、七コンボ!」
アカリは言った。するとミカが、
「あたし、十コンボ!」
と、得意げに言った。するとミカがユウナに、
「ユウナは?」
そうききながら、ユウナのスマホをのぞいた。するとユウナは、こう答えた。
「あ、十二コンボ……」
「やっぱ勝てないかー」
「ユウナちゃん、強いんじゃね」
二人は、そう言って感心した。ユウナは、
「全然大したことないよ。もっとすごい人、たくさんいるよ」
と言った。そうしていると、公園の前を誰かが通った。ユウナはそれを見て、
「あれって……」
そう呟くと、ミカとアカリもふり返った。するとアカリが、こう言った。
「あ、鶴ケ崎先生」
「吹部の顧問だっけ? 帰るのかな。って、あのバスだったんだ……」
ミカもそう言いながら見ていた。吹奏楽部の顧問、
「家庭の問題、結構抱えとるらしいよ」
アカリが言った。ユウナにも、智美の立ち姿を見て、それは予想できた。やがてバスが来て、智美は乗車し、そして発車していった。それを見ていると、
「もうそろそろ帰ろっか」
と、ミカが言いだした。
「うん」
とユウナも答えると、三人は立ち上がってそれぞれ解散した。
そしてユウナは、バス停に行った。ここから発車するバスは、三十分に一本しかなく、さっき発車したため、あと三十分待たなければならなかった。でもまだ寒くなる前で、あまり苦にはならなかった。でもユウナは、智美と同じバスに乗って、智美から話を聞きたかったと少し後悔した。あの後ろ姿が、まだ目に残っていたからだ。
三十分後、ようやくバスが来た。この時間は、混んでいることが多く、立っている人が数人いた。ユウナも立ったまま、乗車した。
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