そして、ユウナは民宿に戻って来た。すると後ろから、
「おーい」
と声をかけられ、ふり向くと真宏が立っていた。
「先輩……?」
ユウナは意外そうに呟いた。そして真宏が近づいてきて、
「ちょっと、話せるか? いやさ、どうしても伝えたいことがあんだよ」
と、言うのだ。まさか怒っているのかと思いつつも、ユウナは頷いた。
二人は民宿の縁側に腰かけ、話をした。先に、真宏がユウナに話しかけた。
「なぁ、お前はどう思ってんだ。俺のこと」
不意をつくような質問に、ユウナは戸惑った。何て言えばよいのだろう、そう思って、真宏を見つめていると真宏は続けた。
「俺は初め、お前の気持ち、よくわからなかったんだ。ただのお節介っ子だと思ってた。だけど、ある日突然気づいたんだ。こんな俺でも、味方してくれるやつがいるんだって。お前がいたから、俺は自分の殻を破ることができたんだと思う。だから、俺、お前にはすげー感謝してるよ……」
前を向いたまま話す真宏の頬を、一筋の涙が伝った。ユウナは、それを見て動揺した。自分も何か言わなければならない。
「私にとっての先輩は、とても優しくて、すごく素敵だと思います。だから、その……、殻を破ったのは先輩自身なので、私には感謝される謂れなんて……」
ユウナは、自分でも何を言っているのだろうと思いつつも、必死にフォローしようとした。すると真宏はユウナの方を向き、
「本当はお前、あのゲームのことで俺に迷惑かけられないって思ったんだろ?」
と、きいてきたのだ。
「はい……」
「たしかに、俺は反対だ。でも、お前の好きにやればいいと思う。俺、何もできなくてさ。俺が守ってやるなんて偉そうなこと言いたいけど、そんな器じゃねえんだよなぁ……」
「先輩……」
「お前を幸せにできるのは、俺じゃない気がする。だからお前も、ほかに守ってくれそうなやつ見つけろよ」
真宏は、ユウナの肩に手を乗せた。真宏の顔は笑っている。でもなぜか、少しだけ切ないようにも見えた。ユウナは、自分の頬を涙が流れているのがわかった。
「おいおい、なんでお前が泣いてんだよ」
「ごめんなさい……」
すると、真宏は近くにあったハンカチで、ユウナの目の周りを拭いた。そして、縁側に出ると空を見上げ、こう呟くのだった。
「まあ、俺だって可能性はゼロじゃないからな。起業でもして金持ちになって帰ってくるなんてことも考えられるし」
そして、再びユウナの方を見た。
「その時、もしもお前がまだ一人だったら、俺んとこ来いよ」
真宏はまた笑って言うと、ユウナも笑顔で返した。
「はい。面接、頑張ってきてください」
「お前もな」
これは、二人にとってのリスタートであった。これからは、今まで以上に過酷な道のりになるだろう。そのためにも、今はこのままでよいのだと、ユウナは思うのだった。
2016年6月19日、ユウナは企業の面接を受けにいった。アニメ関連の会社だ。アニ研としての経験を活かし、面接に臨んだ。まず、面接官の瀧田がユウナの履歴書に目を通しながら、
「君のこの学科は、主に何を勉強しているのですか」
と、尋ねた。
「はい。プログラムを基礎から学び、実習ではその土台となるデータを構築していました。それに、その授業のモットーは、ただ技術を学ぶのではなく、仲間と互いに助け合って、楽しみながら習得していくというものでした」
「おぉ……」
と、瀧田は思わず声を上げる。すると今度は、瀧田の隣にいた眼鏡をかけた女性の面接官、横峯がユウナにこう質問してきた。
「では、あなたはどうして弊社を志望したんですか?」
「私は、一回生のころからアニメ研究会というところに所属しています。今は部長として、後輩たちを指導しています。ですがその当時はまだサークル扱いで、結果を残しても部活にはなれない状況でした」
「それで、どうしたんです?」
瀧田が口をはさんだ。それでもユウナは動じることなく、話し続けた。
「はい。一回生の夏が終わったころ、有名なコンテストがあったんです。それに、龍山大アニメーション研究会として作品を出品しました」
「あぁ、それ、弊社が主催しているやつよ」
「え、そうなんですか?」
横峯が言うのをきいてユウナは思わず、きき返してしまった。
「あ……。そ、それで、様々な人と協力し合って、銀賞をとることができました」
ユウナは、何とか言い終えた。すると横峯がそれを覚えていたのか、こう言った。
「たしかに、あれは面白いと思った。キャラクター構成もしっかりしていて、わかりやすかった」
「ありがとうございます!」
ユウナは笑顔で礼を言い、無事にその面接は終了した。終わった直後、これで本当にいけるのか不安に思ったが、それでもやりきったという実感がわいた。民宿に帰り、結果が届く日を待った。
そして結果発表当日、ユウナは急いでアニ研の部室まで走った。そして扉を開けると、中では部員たちが忙しなく働いている。そこには星見や夏姫といった、かつてのアニ研部員たちも、勢揃いしていた。
「あ、久しぶり。何かあったん?」
星見がきくと、ユウナは嬉しさを堪えながら、紙を見せた。
「内定、頂きました!」
それをきくや否や、皆が駆けよって来た。
「おぉ、やったやん!」
「おめでとう!」
三宮や侑李も、ユウナを祝福した。後輩たちも、
「おめでとうございます!」
などと、口々に言った。そして、ユウナは恵とも目が合った。恵はこれまでにない笑顔でユウナを見つめながら、
「おめでとう」
と言うのでユウナも、
「ありがとう」
そう、笑顔で答えた。これまで頑張ってきたことは、決して無駄にはならないのだと、その時に改めて実感させられたような気がした。これは、アニ研で培った経験が、未来に生きた瞬間でもあった。すると、ふとユウナは気になった。
「あの、吉田先輩は……?」
「あぁ、今日は真宏の方が面接やから、来てへんよ。報告は、あいつが帰ってきてからやな」
星見がそう答えるので、そう言えばそうだったとユウナは納得した。
「それにしても、どんな顔すんねんやろ」
「我が事みたいに喜んだりしてね」
夏姫と侑李も、嬉しそうに談笑している。それを見ながら、ユウナは再びアニメ研究会に入ったことを誇りに思うのだった。するとそこに、
「失礼します!」
と言いながら、ヒロインが飛びこんできた。
「中谷先輩、ちょっと来てください」
ヒロインがユウナにそう言うので、ユウナはそれを不思議そうに見ていた。
ユウナが連れて来られたのは、正彦の前の研究室だった。引越したことも、今では大学側に報告できるようになり、部屋はすっかり蛻の殻だった。
「あの、今日はどうしたんですか?」
ユウナが尋ねると、正彦はこう言うのだった。
「あぁ。この子らと、相談していてね」
「相談?」
「そうだ」
「先生、寒いですよ」
「ヒロイン君、黙っていてくれたまえ」
気を取り直し、正彦は老眼鏡を外すと、再び話し始めた。
「君は、もうすぐ卒業だね?」
「はい、そうですけど……」
「いろいろ検討してみた結果、もう君は、当面はここに来なくていい」
「どういうことですか?」
突然の話に、ユウナは戸惑いを隠せなかった。するとアカネが、また正彦の話に補足を入れる。
「あんな、やっぱりあんたは頑張りすぎやと思う。これから就職もせなあかんし、プライベートとの両立も、段々厳しくなってくる。あんただって女の子やねんし、結婚くらいしたいやろ?」
「でも、それならアカネさんだって……」
「うちらは大丈夫やから。それに、本当はこっちがやらなあかんことを、ほとんどあんたにさせてきた。べつに、仕事とられたとか思ってへんけど、今から思うと申し訳なかったなって。だから、しばらくはあんたに休暇取らせてあげようって話になってんやんか」
「先輩の分まで、私たちで頑張りますから!」
アカネに続いて、ヒロインもそう言った。
「でも私、ここで教授のお手伝いすることが、すごく楽しくて……」
「私も、最初はそう思ってた。でも、このままではあんたを酷使しすぎてしまう。嫌なこと言うようやけど、お願いやから休んで。時間が経ったら、また来たらいい話やし」
「そうですよ、先輩」
二人に懇願され、ユウナはそれを受け入れることにした。自分を気遣ってくれている、素直にそう思えたのだろう。正彦が、
「君がいるのといないのとでは、違うだろうが、それでも君はよくやってくれた。また、君が必要になれば連絡を入れる。それまでは、自分のことに精力を注いでくれ」
と言い、ユウナを見つめた。
「はい、わかりました。今まで、本当にお世話になりました。初めてここに来た時、わからないことだらけだったけど、それでも皆さんのおかげで、続けて来られました。本当に、感謝しています」
それをきいた正彦は、ゆっくりと椅子から腰を上げた。
「それを言うなら、卒業式の時にしてくれ。卒業論文、楽しみにしているよ」
その言葉で、ユウナの心はさらに刺激されるのだった。
「はい、頑張ります!」
その後、ユウナは今まで以上に卒論に専念し、発表などに励んだ。そして瞬く間に時間は経ち、その年も暮れに差しかかっていた。民宿では、初子が年末に向けて、庭の片付けなどをしている。その一方では、真宏が大きなカバンに荷物を詰めこんでいた。それを、偶然見かけたユウナは声をかけた。
「先輩、どこか行くんですか?」
「おう。今週でここ、引き払おうかと思ってな」
「えっ?」
真宏が言うので、ユウナは慌てて駆けよった。
「でも、契約は三月まででしたよね?」
「まあな。でも、ずっと世話になりっぱなしだったから。婆さんには、あと三ヶ月、お前が面倒見てやれよ」
「でも先輩、これからどこに行くんですか?」
「あぁ、まあ一先ず実家帰るわ。五年以上も留守してたからな。何て言われるかわかんねえけど……。で、そこから会社に一番近いアパートでも探して、引越すことにする。まあ、何とかなるだろ」
真宏は、そう言うと笑った。思い返せば、いつもそうだった。真宏が「何とかなる」と言ったら、本当に何とかなってきたのだ。それが、生まれ持った運というものだろう。
「先輩も、東京の出身でしたよね?」
「あぁ、ってことはまたどっかで会うかもな」
それをきいて、ユウナは微笑した。そして、姿勢を改めてこう言った。
「先輩。お仕事、頑張ってください」
「おうよ」
真宏はそう答えると、立ち上がった。まさかこんなに早く別れが来るとは思わなかった。真宏との出会いは忘れるはずもなく、薄暗い部屋での出来事だった。授業に来られなくなっていた真宏を、ユウナは必死に説得し、セインツ・パラダイスに連れこんで正彦と引き合わせたのだ。真宏自身もまた、ユウナへの感謝を忘れていなかったのだろう。真宏は引き出しの中からあるものを取り出し、
「はい、これ」
と言い、ユウナに手渡した。それは、何かのチップだった。ユウナは、それに見覚えがあるが思い出せなかった。
「これ、俺があいつの助手として手伝ってた時に使ってたもんだけど、今は壊れて使えねえんだ。だからこれ、お前にもらってほしんだ。使えないもんもらってもしょうがないって思うなら、捨てとくけど。お守りとして、もらってくれたら嬉しいっつーか……」
ユウナはそれを握りしめ、首を横に振った。
「大切にします。私、先輩から多くのことを学びました。だから、それを未来に生かしたいと思うんです。今まで、本当にありがとうございました」
「お前の夢って、たしか人の役に立つ仕事……、だったっけ」
「はい」
「いつか、叶うといいな。ってか、もう叶ってるか」
真宏はそう言いながら苦笑していると、ユウナも笑顔で返した。
「これからもっと、そうなれるよう努力していきますから」
真宏は数日後、年が変わらないうちに実家に帰っていった。ユウナは部屋で、片付けをした。自分も、三月にはここを出ていかなければならない。勉強用の机には、真宏からもらったチップが置かれていた。その横には、一回り大きい薄汚れたゲームカセットがあった。それはここに来る前、大輝からお守り代わりとしてもらったものだ。それを見比べていると、どうしても共通点を感じてしまう。ユウナは思い出に浸りながらも、その気持ちを我慢して、カバンに仕舞った。日は短くなり、夕方には空はかなり暗かった。不安ではあるが、新しい道に飛びこんでみたい、ユウナはそんな心情だったのだろう。
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