第30話 新鋭の会遇~ニュー・エンカウント~(その壱)
2017年4月初旬。社会人となったユウナは、大阪で働くことになった。そのため、アパートを借り、そこに住まうことになった。小さなアパートだったが、自分の収入だけで何とかしなければならないため、仕方なかった。不動産屋の男性がドアを開けた。
「ちょっと狭いけど、家賃はそない高ないから」
「ありがとうございます」
ユウナは男性に頭を下げ、礼を言うと男性は微笑しながら出ていった。ユウナはこの時、ワクワクしていた。これから今までとは全然違う、新しい生活が始まるという不安よりも、どんなことが待っているのだろうかという楽しみの方が、そこそこ強かったのだ。
ユウナは部屋の窓を開けた。大学時代に暮らした民宿にどこか似ていたが、それよりも風が心地よい。ユウナは目を閉じて、その風を受けていた。これから自分に、どのような出会いが待っているのだろう、そう思うだけで夜も眠れなくなりそうだった。
同じ頃、こちらでも新生活が始まろうとしていた。愛媛県今治市では、アカリが新しい職場を見つけ、今日から出勤だった。朝、アカリは仏壇の前で手を合わせていた。
「父ちゃん……、行ってくるけんね」
仏壇の前には、アカリの父、政介の遺影があった。
「お姉ちゃん、早くせんけん! お仕事遅れるよ!」
「は~い。ほたる、ちょっと待って!」
妹のほたるに呼ばれ、アカリは立ち上がった。
四月といえば、新しい人生の始まりとも言える季節であろう。その家庭も勿論、例外ではなかったのである。
第三十回
数日が過ぎ、ユウナは入社式に出席した。ユウナ自身、バイトも未経験であったため、少し不安はあった。それでも、自分で選んだ道だからと自分に言いきかせ、社長の話を真剣にきいていた。
入社式が終わり、ユウナは自分の働く職場へ案内された。そこで、同僚となる社員たちとの交流があった。そこで、一人ひとり自己紹介していった。そしてユウナの番になり、前に出た。
「中谷優奈です。大学では、部活でアニメを作っていました。よろしくお願いします」
ユウナは、大学でアニ研部員としてアニメ制作に取り組んでいた。その経験から、この仕事を選んだ。ここでは、主にアニメ制作が行われている。皆、ユウナの話をきいて感心したように、頷いたり囁き合ったりしている。一通り自己紹介が終わり、早速作業をする時が来た。ユウナは最初、何をしてよいかわからず、戸惑っていると主任の
「あ、中谷さん。これ、やっといてくれる?」
と言い、絵コンテの紙を渡された。ユウナはそれを見て驚きつつ、
「え、いきなりですか?」
ときくと、横峯が言った。
「大学でアニメ作ってたんやろ? キャラの絵は、これ参考にして」
そして横峯は、ユウナに台本を渡した。ユウナは仕方なく、自分の席に座ると作業に取りかかった。キャラクターを台本通りに、描いていかなければならない。絵コンテはアニメ制作においての土台となる部分で、かなり緊張するものだ。ユウナは、額に汗が湧き出ているのがわかった。すると、いつの間にか昼になっていた。ユウナが休憩せず、只管に書き続けていると、女の声がかかった。
「もうそろそろ休憩したら?」
ユウナがその声に気づいてふり向くと、そこにはユウナと同じ年ぐらいの女性が立っていた。すると、女がユウナを見てこう言うのだった。
「あれ、もしかしてユウナ? ちょー久しぶりー」
「え……、あの……」
ユウナは、すぐには思い出せなかった。どこかで会ったような気もするが、どこで会ったのだろうとしばらく考えていると、その女は言った。
「小中一緒だったでしょ?」
それをきき、ユウナはようやく思い出した。
「美奈ちゃん?」
それは、ユウナと小・中学校が同じだった
「さっきから似てるな~って思ってたら、まさか本人だったなんて! ねえねえ、これからお昼行かない?」
と言うので、ユウナは一息入れるためにそうすることにした。
二人はその後、食堂に向かった。初日ということもあり、ユウナはどこに何があるかなど、まだ把握できていなかった。
「弁当持参の人でも、基本はオフィスで食べちゃいけないんだ」
「そうなんだ……。ねえ、美奈ちゃんはいつから働いてるの?」
「高卒で資格とって入った感じ」
ユウナが尋ねると、美奈は答えた。それにしても、知り合いとこんなところで再会できるなど思いも寄らなかった。二人が歩いていると、不意に男性が声をかけてきた。
「やあ、君たち」
ふり向くと、それはユウナがここを受けた時の面接官の男だった。その男は、
「おぉ、君もいたんか」
と、言った。
「はい。今日から、お世話になります」
ユウナもそう挨拶すると、瀧田に頭を下げた。すると、瀧田がこう言うのだった。
「実は、君らに手伝ってほしいことがあるんやけど……、今時間空いてる?」
それをきいて、二人は顔を見合わせた。これから昼食を食べようと思っていたのだが、手伝っていると昼休みが終わってしまう。すると美奈が手を挙げ、
「あ、私やります!」
と言うと、こう続けた。
「この子、今日入ってきたばかりなので。雑用なら、私がやります」
「でも……」
ユウナは、申し訳なさそうに美奈を見た。
「いいって。ここ、まっすぐ行くと食堂だから。さ、行きましょう」
美奈は言うと、瀧田を押していった。ユウナは、唖然としながらそれを見つめていた。同じ年とはいえ、経歴から言えば美奈の方が先輩だ。これが、先輩の気遣いというものだろうかと、ユウナは思うのだった。
食堂に行くと、ユウナはメニューが書かれてある表を見た。高校や大学の学食と同じように、年配の女性が社員に注文されたメニューを提供している。前を見ると、遅かったのか列ができていた。ユウナもそこへ行き、その列に並んだ。今のうちに、メニュー表を見ながら、注文するメニューを考えることにした。すると前の方から、ブツブツと男の声がきこえてくる。ユウナは耳を澄まし、それをきいていた。
「う~ん、今日はオムライスかな~。いや、でもカレーも最近食べてないし……」
どうやら、前に並んでいる男性もどれを注文するか迷っているようだ。列が進み、その男性の番になった。まだ決められていなかったのか、
「う~ん、どうしよっかな~」
と、首を傾げて呟いている。ユウナは、少しだけ焦っていた。早く食べないと、本当に昼休みが終わりそうだ。ユウナは思いきって、後ろから声をかけてみた。
「あの、後ろ詰まっているので……」
するとその男性はユウナの存在に気がつき、
「あ、ごめんごめん。じゃあ、今日はカレーで」
と、カウンターの女性にオーダーを入れた。ユウナも同じようにメニューを注文すると、空いている席を探した。それでも遅すぎたためか、空席が見当たらなかった。すると、
「あ、よかったらこっち座る?」
そう声をかけられたので、その方を向くと先程の男性が手を振っている。ユウナはそれに近づいて、
「いいんですか?」
ときくと、男性は言った。
「あ、いいよ」
「じゃあ、失礼します」
ユウナはそう礼を言うと、男性の前に座った。
「新入りの人?」
「えっ?」
食べ始めようとした時、不意に質問を投げかけられた。
「あ、はい。中谷です。今日から、よろしくお願いします」
「僕は
悠二郎は、笑顔でそう話した。それを見て、ユウナは微笑み返そうとしたが、結果的に苦笑いになってしまった。
「じゃあ、僕はそろそろ行くから」
悠二郎は、そのまま食器を持って立ち上がると、去っていった。年は同じくらいに見えるが、ユウナに新入りかときいてきたということは、先輩に当たるのだろう。だとすると、美奈と同じ高卒なのだろうか。ユウナは昼食をとりながら、そのようなことを考えた。
食べ終わるとほぼ同時に、昼休みが終了する時刻になった。ユウナも食器を片付けると、オフィスに戻った。すると、部屋が騒がしくなっていた。一角に数人が集まり、何やら揉めているようだ。いったい何があったのだろうと、ユウナもそこに行った。
「あの、何があったんですか?」
横峯にきくと、横峯は呆れたように言った。
「アンタ、ちゃんと台本見て描いた?」
「え、そうしましたけど……」
ユウナが答えると、そこにいた美奈が付け加えた。
「それが、横峯さんが言うには違うらしいの」
「えっ……」
「今すぐ描き直せる? ちゃんと読みこみ!」
横峯はそう言い、ユウナに荒々しく台本を手渡した。横峯が自分の席に戻ろうとすると、ユウナは呼び止めた。
「あの!」
「何やの?」
「私、よくわからなくて……。どうすればいいですか? よかったら、アドバイスが欲しいんですけど……」
「そんくらい、自分で考えな仕事なんかでけへん」
そう言うと、横峯は向こうへいってしまった。ユウナは、その様子を黙って見送ることしかできなかった。すると美奈が心配そうに寄ってきて、
「手伝おうか?」
ときいてくるので、ユウナは言った。
「べつにいいよ。そっちも仕事、あるんでしょ?」
「横峯さん、ああ見えて独身だから」
美奈が突然、別の話を持ち出した。
「え、そうなの?」
「最近も婚活に失敗したらしくて、ストレス溜まってるみたい。だから、部下に当たることもしばしばあるの」
小声で話す美奈。ユウナが就活をしている時、あちこちで「嫌な上司」の話をきかされた。大学までとは違い、苦手な相手とも上手くやっていかなければならない。それを早くも、思い知らされたような感じがした。
自分の机に戻り、ユウナは絵コンテの修正に取りかかる。しかし五分後、横峯が来て、
「これもお願い」
と言い、ユウナの隣に山積みされた書類を置いた。
「よろしくね」
「あの、いつまでですか?」
「え、いつまでって今日中にな」
「でも、私一人じゃ無理で……」
ユウナが言いかけると、横峯が言葉を遮った。
「無理ちゃう無理ちゃう。そんな無理無理言ってたら、社会人として生きていけへんで?」
横峯はそう言うと、また自分の席に戻っていった。ユウナはそれを見ながら、これはやるしかないと心に決め、休む間もなく作業に取りかかった。しかし全然終わる気配がなく、焦りから次第に涙が出そうになってくる。もしや、今日は泊まりこみになるのかと思った時、ある声がかかった。
「大丈夫? 手伝おうか?」
ユウナが見ると、そこには一緒に昼食をとった男性、悠二郎の姿があった。
「あの、ここの部署だったんですか?」
「うん。今日はちょっと別のところで仕事してたけど、一区切りついたから戻ってきたんだよ。でも見たところ、大変そうだね。俺でよければ、手伝うけど?」
「でも……、悪いです。私が請け負った仕事なので」
ユウナが言うのをきき、悠二郎はフッと微笑んだ。
「真面目なんだね。でも、最初から働き過ぎは良くないから、やっぱり手伝うよ」
そう言って悠二郎は、ユウナの隣に座って作業を手伝い始めた。ユウナとは違い、テキパキと片付けていく。ユウナはしばらく見とれていると、悠二郎もそれに気づいたのか、話しかけてきた。
「また何かあったら、言っていいよ。俺でよかったら、力になるからさ」
「あ……、ありがとうございます」
「横峯さんに押しつけられたんだろ? 最近、あの人ストレス溜まってるっぽいから、気にしなくていいよ」
「それ、さっき違う人からききました」
「え、そうなの?」
悠二郎は笑いながら、またユウナのことを見た。その笑顔はどこか幼く、それでいて少し新鮮さもあった。気がついた時には、オフィスの中を夕陽が照らしている。子供がいる社員は、迎えに行くためにもう帰り始めているころだ。しかしユウナの作業は、まだ続いていた。この調子では、陽が沈む前に帰るというのは不可能だろう。今は、ほかのことを極力考えないようにし、手だけを動かしていた。
序盤のキャラで、最も印象深い登場人物は?
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中谷優奈
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鶴ケ崎麗菓
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月見里美香
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夢野あかり
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池谷大輝
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相場善秀