「君は、よくこんなところ来るの?」
「いえ、私は……」
ユウナは引きこもっていたころ、一日中ゲームをして遊んでいたが、ゲームセンターに来るのは初めてだった。どうしても人前でするよりも、家で一人ですることを望んでしまう。人に見られていたら集中してできず、あまり楽しめないということだ。
「俺、一人でよくこういうところ行くんだ。ストレスが溜まった日とかさ、こうしてよく発散させるんだよ」
悠二郎はそう言いながら、UFOキャッチャーを動かしていた。もうすぐ二十半ばになろうかという大人が、ゲームセンターで遊ぶのは滑稽かもしれないが、ユウナは悠二郎の姿を見ていると、これはこれでありなのではないかと思うのだった。
「君、何か欲しいものない?」
「え、私ですか?」
「あったら、これで獲ってあげるけど」
「じゃあ……」
ユウナは、何かないかと中の商品を見ていた。そうすると、あるものが目に留まった。それは、「ホノりん」のキーホルダーだった。ユウナは少し恥ずかしそうに、
「じゃ、じゃあ、あれを……」
と言い、「ホノりん」のキーホルダーを指さした。すると悠二郎は、
「よし、わかった」
そう言うと、正確に狙いを定める。そして焦点が合うと、ゆっくりとクレーンを操作し始めた。そして、見事一発で狙った商品を落としたのだ。中から商品が出てくると、ユウナはそれを手に取った。
「ありがとうございます」
「こちらこそ、喜んでもらえて嬉しいよ。それって、ちょっと前に大流行してたオンラインゲームのやつでしょ? 君、今でもやってるの?」
「はい」
「俺もやってたけど、機種変えてからやってないんだよな~」
「先輩も、やられてたんですか?」
「あ、うん。ちょっとね……」
それをきいて、ユウナは少しだけ嬉しくなった。なぜだかわからないが、悠二郎が自分と少し似ている気がしたのだ。それから二人は、近くのレストランで夕食を食べたあと、外を歩いていた。日はすでに落ちていて、街燈の灯りだけが煌々と道を照らしている。悠二郎は、ユウナの隣を歩きながら言った。
「今日はありがとう、付き合ってくれて」
「いえ。こちらこそ、楽しかったです」
ユウナもそう返すと、悠二郎は赤くなりながらこう言うのだ。
「君は、本当にいい人だなぁ。本当に彼氏とかいないの?」
「い、いないです。いないというか、いたというか……」
「じゃあ、別れたってこと?」
「はい、大学の時に……」
「でも、結構モテてたんじゃない?」
「そ、そんなことないです。私なんか、ほとんど目立ったことないですから……」
ユウナは顔を赤く染める。
「へぇ、意外だなぁ。でも俺、君と話していると、なぜか自分を偽ることなく話せるっていうか、そんな気になれるんだよ」
「えっ、それはどういう意味ですか?」
「なんか俺、昔っから人と話すのとか得意じゃなくてさ。誰かと話す時も無理に大人っぽく振る舞うっていうか、強がりなんだよ。やっぱり、次男だからかな……」
そして悠二郎は、ユウナの方を見て続けた。
「でも君といると、妙にそんな緊張から放たれるっていうか、自分でいられる気がするんだ。あ、べつに変な意味じゃないから。あまり深く考えないで」
ユウナは、不意に足を止めた。「深く考えるな」と言われても、考えてしまうのが心情というものである。悠二郎は、なぜ自分といる時は素の自分でいられるのだろうか、ユウナはただ考えていた。すると、悠二郎はふり向いて声をかけた。
「どうしたの?」
「あ、いえ……」
ユウナは再び歩き出すと、悠二郎は言った。
「近くまで送っていくよ。もう遅いから」
「でも、明日また会社ですし……」
「いいって。終電までまだ余裕あるからさ」
悠二郎がそう言うので、ユウナはアパートの近くまで送ってもらうことにした。大阪の夜は危険だということを、悠二郎は教えたかったのかもしれない。
帰ってくると、ユウナは椅子に腰かけ、あの時のことを思い出してみた。
『でも俺、君と話していると、なぜか自分を偽ることなく話せるっていうか、そんな気になれるんだよ』
あれはたしかに、悠二郎からきいた言葉だ。酒が入っていたとはいえ、他人のユウナに対してあのようなことを言うだろうか。考えれば考えるほど、想像がおかしな方向へ行ってしまう。言われた通り、これ以上考えない方が得策だ。その夜、ユウナはいつも通り、目覚ましをセットして眠った。
翌日、ユウナは出社すると美奈が声をかけてきた。
「ユウナおはよう。横峯さん、また婚活失敗したらしいよ。だから今日、すごく機嫌悪いんだって。話しかけない方がいいかも」
「そうなの?」
ユウナがふり向くと、横峯が眉間に皺を寄せながらデスクで作業をしている。ユウナは横峯のことも気になったが、それよりも気になったことがあった。悠二郎が、出社時間を過ぎても来ないのだ。
「喜多村先輩は?」
「あぁ、そう言えば来てないかも。あの人、滅多に欠勤しないのにね」
美奈もそれをきき、心配そうに呟いた。やはり、昨日の疲れがまだ残っているのだろうか。心配しながらも、ユウナは作業に取りかかった。
数時間が過ぎたころ、ユウナのところに横峯が絵コンテを持ってきた。そして、
「中谷、なんでアンタはこんなにアホなん? ホッチキス止めするとこ、逆や! やり直し!」
と言い、絵コンテをユウナに渡した。
「すみません、すぐに直します」
ユウナはそれを受け取ると、ホッチキスの芯を外し始めた。横峯のその対応は、ユウナへの八つ当たりのようにも思えた。それでも、予め事情を知っていたこともあり、あまり考えないことにした。
昼休みに入っても、ユウナはまだ作業の途中だった。区切りがつくまで、作業を続けていた。すると、後ろからこんな声がした。
「やあ、みんな昼食とってるのに、君は一人で仕事か?」
ふり向くと、そこには悠二郎が立っている。
「先輩、どうしたんですか?」
「俺の親父が倒れて、実家に行ってたんだ。それより、また横峯さんに怒られたんだって?」
「え、どうして知ってるんですか?」
「いや、ちょっとそこで……」
悠二郎は、顎でドアの向こうを指した。それを見て、ユウナは安易に見当がついた。
「もしかして、美奈ちゃん……?」
「あ、そうそう。まあ、気にしない方がいいよ。軽く受け流す程度にさ。それより、今日の仕事が終わったら、また時間いいかな」
「え、大丈夫ですけど……」
「ありがとう、じゃ」
悠二郎が言うと、また部屋を出ていった。また、食事に行こうという意味なのだろうか。なぜこんなにも自分に構うのか、ユウナはまだ理解できずにいた。そして昨日のことが、また脳裏に浮かぶのだった。
『君といると、妙にそんな緊張から放たれるっていうか、自分でいられる気がするんだ』
彼は、いったい何を伝えたかったのだろう。いつの間にか、作業の手が止まっていた。恋煩いというのか、今までの経験からも、その疑いは晴れない。いや、どちらかと言うとユウナの方が、初めから気づいていたのかもしれない。
夕方になり、その日の作業が終わると、ユウナは帰宅する用意をした。すると、悠二郎が来て言った。
「あ、中谷さん。先に、外に出ててくれる? ちょっと、部長から仕事頼まれてさ」
「あ、はい」
悠二郎が向こうに行くと、ユウナはカバンを持って立ち上がった。外に出ると、眩いばかりの夕陽がユウナを照らした。ユウナは手首で目を覆いながら、その夕陽を見ていた。就職から一週間が過ぎ、「働き過ぎていないか」とユウナに対して問うているようだった。
場面は変わるが横大路研究所では、正彦が部屋に閉じこもってコンピュータの前でただ手を動かしていた。例の、セインツ・パラダイスの中で働いている悪の正体を暴くためだ。正彦は、中にウイルス監査ソフトを送りこみ、状況を調べていた。その様子を、部屋の外からこっそり美千子も見ていた。正彦はここ数日、食事もろくにとっておらず、美千子は正彦の身体だけが気がかりでならなかった。美千子は溜息をつくと、その部屋から離れていった。
美千子がリビングに戻ってくると、真司がきいた。
「どうでしたか、お父さんは」
「夢中で、何を言っても駄目だと思うわ。身体壊さないといいけど……」
「お父さんは昔から、ひとつのことに集中すると、ほかのことをお座成りにする癖がありますからね」
「でも、どうしたものかしらね」
美千子はテーブルに腰かけながら、また深く溜息をつく。
『たまには、休むことも必要かもしれんな』
そう言った正彦の姿を思い出しながら、再び不安はピークに届こうとする。それが真司にも伝播したのか、真司もまた、心配になって正彦の様子を見にいった。しかし声をかけたところで、反応しそうにないのは変わらなかった。
また場面は変わり、ユウナの幼馴染である大輝は、本格的な救命士になるための実習を受けていた。その中には相場もいて、遠征に参加した。大阪にある訓練所で研修を受けるのだ。そのために、二人は同じバスに乗った。
「やっと本格的な研修に参加できるな」
相場は、大輝に向かって嬉しそうに言った。しかし大輝は、無言で外を眺めている。それを見た相場は、
「そう言えば、中谷の就職先って、大阪だったっけ」
ときくと、大輝は答えた。
「あぁ」
「やっぱり、心配してんだな……」
「そんなことねえよ」
「言わなくても、顔に書いてあるぞ」
「は?」
大輝は少し顔を赤くしながら、相場を見た。すると、相場が続けるのだった。
「心配しなくたって、あいつはちゃんとやれてるよ。お前が、一番よく知ってるだろ」
「そうだけど……」
「だったら、温かく見守ってやれよ。それが友情ってやつだろ」
「勝手にデート誘ったやつがよく言うぜ」
「ハハッ、たしかにな」
二人がそんな会話をしている間にも、バスは大阪に向けて走り続けていた。
二人がこちらに向かっていることなど全く知らないユウナは、外で悠二郎が出てくるのを待っていた。しばらくすると、
「ごめん、待った?」
という声がするので、見ると悠二郎が来た。
「いえ」
「じゃあ、行こうか」
「あ、あの」
「どうした?」
悠二郎がふり返ると、ユウナは言った。
「なぜ、私だけ誘うんですか? ほかにも、どなたか誘ったら来てくれたかもしれないのに……」
その言葉をきくと、悠二郎は少し考えてからこう言った。
「そうだな……。まあ、強いて言うなら、君だからかな」
「えっ?」
また意味深な発言に、ユウナは困惑した。そして、悠二郎は続けた。
「今日は、君に見せたいところがあるんだ」
ユウナは何もわからないまま、悠二郎についていった。陽は、ほとんど落ちていた。彼は、何を見せたいのだろうかと考えているうちに、悠二郎が立ち止まった。
「着いたよ」
「えっ?」
ユウナは、咄嗟に顔を上げた。
「綺麗だろ?」
そこには、夜景が広がっていた。正面には、ライトアップされた通天閣が見える。それを見てユウナは、
「綺麗ですね……」
と呟き、見とれていた。その時、初めて気がついた。彼はこの景色を見せたくて、遅く登場したのだろうか。日が暮れないと、この景色は見られない。東京とは少し違う、大阪の夜景だった。ユウナが手摺りに手をかけ、それを眺めていると、隣に悠二郎が来た。
「気に入ってもらえた?」
「はい。すごく、綺麗です」
「よかった……。実は、もうひとつ伝えたいことがあるんだ」
「え、何ですか?」
ユウナは、気になったような目で悠二郎を見つめた。悠二郎は、ユウナの方に自分の身体を向けた。それを見て、ユウナも同じように悠二郎に正面を向ける。
「昨日から、ずっと迷ってたんだ。でも、今決めた。言わなきゃいけないって……」
「先輩……?」
「これで、君を困らせてしまうのはわかってる。でも、どうしても伝えたいんだ」
「あの、何をですか?」
「好きだ、俺と……。いや、僕と……、け、結婚してください!」
その瞬間、ユウナから「感覚」というものが消え、まるで無重力の世界に来たように、身体が軽くなった気がした。そして、直立している悠二郎をただただ驚きの目で見ていたのであった。
第三十回「
次回予告
ユウナ「喜多村先輩のことなんですが……」
瀧田「クビにするしかないわな」
ユウナ「私、ずっと後悔してたんです」
悠二郎「女性として見てるんだ!」
「君は、彼のこと好きなんだろ?」
大輝「守る覚悟があるなら、なんでもっと本気で戦わなかったんだよ」
ユウナ「大、ちゃん……?」
大輝「今のあんたに……、ユウナを守る資格はねえ!」
相場「お前と話したくないんだとさ」
美千子「ユウナちゃんの人生における門出だもの」
真宏「幸せになれよ」
ユウナ「以前、こんな言葉をきいたことがあります。自然を愛する人がいるならば、その人は、人を愛することもできる」
悠二郎「俺と……、結婚してください」
次回(第三十一回)
「
序盤のキャラで、最も印象深い登場人物は?
-
中谷優奈
-
鶴ケ崎麗菓
-
月見里美香
-
夢野あかり
-
池谷大輝
-
相場善秀