ユウナはふり向くと、そこには男が三人ほどいた。タバコを銜えながら、ユウナに近づいてくる。それを見て、ユウナは後退りした。すると今度は、別の男が話しかけてくる。
「君、社会人? よかったら、今からこっち来うへん? 面白いとこ紹介したるわ」
「せや、一緒に行こ?」
そしてもう一人も、そう笑いながらユウナに近づいてくる。ユウナは三人に取り囲まれ、少しずつ後ろに下がっていくと、背中が何かに当たった。見ると、自転車置き場だ。もう逃げ道は封鎖されている。ユウナは社会人とはいえ、一年目でしかも小柄なため、不良に絡まれたのだろう。ユウナは勇気を振り絞り、男たちに言った。
「あの……。私、これから用事があるので……」
ユウナの声は、震えている。すると中央にいた男はニタリとし、
「なら、こうしようや。五分だけ、俺たちに付き合うてくれ。その後は、べつに何もせえへんから」
と言い、ユウナの手首を握った。するとユウナは咄嗟に、
「やめてください!」
そう言い、男の手を払った。その男は、
「イッタ! 何すんねん!」
と言うと、強引にユウナを連れていこうとした。ユウナは、力の限り抵抗を続けた。
「やめてください! やめてください!」
「話のわからんねーちゃんやなぁ」
しかし、やはり男の力には敵わない。少し先には、車が見える。乗せられてしまうと、どこに連れていかれるかわからない。しかし、両方の手が押さえられていて、警察を呼ぶことすらできない状況だ。その時、ユウナの頭に浮かんだのは大輝だった。昔のように、助けに来てくれることを願った。しかし、そう都合よく来てくれるはずもない。もう諦めるしかないのか。ユウナは目を閉じ、そんな考えが頭の中を過ぎった、その時だった。
「待て!」
ある声が、路地に響いた。ユウナが目を開けると、向こうに人影が見える。その人影は、まっすぐに進んできた。やがて、街灯がその人物の顔を照らし出す。ユウナは、目を見開いた。そこにいたのは、悠二郎であった。悠二郎が不良たちの前に立ちはだかると、
「これ以上、彼女に手を出すな」
と、言い放った。それをきいた一人の男が怪訝そうな顔をし、
「何や、お前。もしかして彼氏か?」
そう言うと、悠二郎は言葉に詰まったような顔を見せる。そして数秒ほど間を置いた後、こう言ったのだ。
「俺の……、婚約者だ!」
それをきいて、ユウナは顔を赤く染めた。まだ承諾もしていないのにと思ったが、真剣な顔の悠二郎を見て、ユウナは不思議と胸が高鳴るのを覚えた。すると、それをきいた男たちは大笑いをする。
「何やそれ! 婚約者て!」
「今の、ひょっとして告白か!? 面白すぎるやろ!」
男たちが笑いながら言っていると、突然悠二郎が一人の男の頬を殴りつけた。その男は倒れこむと、ユウナの片手が自由になった。男は起き上がり、
「何すんのや!」
と怒鳴り、一人の男もユウナから手を離し、悠二郎に近づくと胸蔵をつかんで言った。
「お前、自分が何したかわかっとんのか!?」
血走った形相で、悠二郎を睨みつけている。悠二郎もその男の手をつかみ、睨み返す。しばらく睨み合ったあと、その男は悠二郎を殴りつけた。悠二郎が倒れこむと、先程殴られた男も仕返しに悠二郎を殴った。ユウナはそれを見て、何とかしなければとスマホを出した。幸い、今は両手が自由になっている。それで警察に電話しようとすると、迂闊にもスマホが取り上げられた。上を向くと、そこにはもう一人の男が立っている。タバコの煙が、ユウナを包みこんだ。
「残念やったな。もう助けは呼ばれへんで。俺たちと一緒に来るか、大切な人を見殺しにするか、どっちを選ぶんや?」
男は、ユウナの顔を覗きこんだ。早くしなければ、取り返しのつかないことになりかねない。その時、ユウナの出した答えは一つだった。悠二郎を守りたい。自分が、男たちの言う通りに動くしかないと。そして、ユウナが口を開こうとした時……。
背後から影が覆った。ユウナはふり向くと、そこには小柄な青年、大輝の姿があった。大輝はユウナを軽く飛び越えると、男の顔面を思いきり蹴り上げる。男は不意をつかれ、数メートル先に倒れた。その衝撃で、スマホが宙に舞い上がり、ユウナの手元に戻ってきた。大輝は地面に着地すると、ユウナは呟いた。
「大、ちゃん……?」
すると大輝はふり返り、満面の笑みでユウナを見た。それを見たユウナも嬉しくなり、大輝に笑い返した。すると、それを見ていた残りの二人が、
「おいおい、兄ちゃん何してくれとんねん!」
「どういう状況かわかってんのやろな!」
と言うと、大輝はその二人に近づきながら言った。
「あぁ。わかってるよ。お前らクズ三人が、俺の親友に手ぇ出したってことはなぁ!」
大輝がそう言って二人を睨むと、男たちは怖気づいたように一歩後ろへ下がる。そして大輝はユウナの方をふり向き、
「ユウナ! 今だ、警察を呼べ! 早く!」
と言うので、ユウナは手に持っていたスマホの画面を開き、キーパッドを押した。それを見た男の一人が、
「やめーや!」
そう言いながらユウナのところへ向かおうとすると、大輝が横からその男の顔面を殴りつけた。もう一人の男も、大輝に殴りかかろうとすると、大輝はそれを躱し、拳で下から上へ男の顎を殴った。そして殴られた男は、勢いよく地面に倒れこんだ。悠二郎も、その様子を呆気にとられて見ている。しかし男はまだ諦めず、
「このガキ!」
と言いながら、大輝目がけて走ってきた。
「……ガキ? 俺、もう二十二なんだけど……」
大輝はそう呟くと、その男を返り討ちにした。すると男は、今度は数メートル先まで飛ばされた。そこでようやく男たちは、最初に犠牲になった男の肩を持つと、そのまま走り去っていった。そして、ユウナは大輝のところへ駆けよった。
「あ、あの……。ありがとう、助けに来てくれて」
「礼なら、この人に言ってやってくれ」
大輝は、悠二郎の方を見て言った。悠二郎は、顔に多くの傷を負っている。それを見たユウナは、悠二郎に駆けよった。
「先輩、大丈夫ですか?」
「あ……、うん。ごめん、頼りなくて……」
「そんなことありません。助けに来てくれて、ほんとに嬉しかったんです」
ユウナの目には、涙が滲んでいる。てっきり、自分は男たちに連れていかれると思っていた。そんな中、助けに来てくれたことが何よりも嬉しかったのだ。悠二郎は、ユウナの手を取った。
「帰ろうか……」
「あ、はい……」
そして、二人は立ち上がった。ユウナは悠二郎の肩を持ち、歩き始める。すると、
「待てよ」
と、不意に誰かが二人を呼んだ。ユウナはしまったと思い、大輝の方をふり返る。案の定、二人を呼んだのは大輝だった。しかし大輝はユウナではなく、悠二郎の方を見ている。そして、こう言うのだ。
「あんた、あの時、ユウナのことを婚約者だって言ってたよな」
どうやら、あの会話はきかれていたのだ。きっと物陰に隠れ、助ける機会を窺っていたのだろう。さらに、大輝は話を続ける。
「ユウナのことを本気で好きなら、守る覚悟があるなら、なんでもっと本気で戦わなかったんだよ。本当に好きなのだとしたら、そんくらいのことできるだろうよ!」
「そ、それは……!」
「俺は、あんたとは違う。大切なもののためなら、死に物狂いで取り返しに行く。あんたには、それができんのか?」
大輝に問い質され、悠二郎は黙りこんだ。
「今のあんたは、他人から見ても中途半端に、厄介事から逃げ出そうとしているようにしか思えねえよ。そんな今のあんたに……、ユウナを守る資格はねえ!」
そう言い放つと、大輝は走ってどこかへ行ってしまった。ユウナは咄嗟に、
「大ちゃん!」
と言い、大輝を追いかけようとした。しかし、悠二郎に袖をつかまれた。ユウナは気になってふり向くと、悠二郎の頬を無数の涙が伝っていた。この時ユウナは、悠二郎が泣くのを初めて見た。しばらくの間、ユウナはただ黙ってそれを見ていることしかできなかった。
二人は帰る途中、不意に悠二郎が足を止めた。
「ごめんな……、助けてあげられなくて」
「先輩……」
ユウナも、心配そうに悠二郎を見た。すると悠二郎はふり返り、ユウナを見て言った。
「やっぱり、彼の言う通りだ。今の俺には、君を幸せにできない。だから、約束しよう」
「約束……、ですか?」
ユウナがきくと、悠二郎は続ける。
「あぁ。半年後、またあの場所で会おう。それまでは、お互い自分のことだけに集中して、落ち着いたら、返事をきかせてほしいんだ」
「先輩は、これからどうするんですか?」
「新しい仕事を見つける。もっと給料の高いところに行って、そこで成果を出す。君を、絶対に後悔させたくないんだ」
悠二郎の言葉が、ユウナの心を深く突き刺した。それで、ユウナにも決心がついた。
「わかりました、先輩。それまで、頑張りましょう」
ユウナは笑顔で言うと、悠二郎もそれに答えるように頷いた。大輝は、こうなることを予測していたのだろう。それ故に、あのような厳しい発言をしたのだろう。ユウナには、なぜだかそう思えたのだった。
翌日、悠二郎は辞表を出した。そしてユウナ自身も、それまで以上に集中して仕事に取り組んだ。悠二郎の分まで、自分が頑張らねばいけない。そう思い、毎日をがむしゃらに生きた。その成果が認められたのか、数ヶ月後にはハードな作業も次々と任されるようになっていた。
時が流れ、半年が経過した2017年10月。紅葉が実り、落ち葉が道を彩っていく。ユウナはメールで指定された時間に、あの場所に向かった。悠二郎と夜景を見た場所だ。階段を駆け上り、ベンチに腰かけて悠二郎が来るのを待った。すると時間通り、悠二郎が現れた。半年前とは、別人のように立派に見えた。ユウナは、
「お久しぶりです」
と言うと、悠二郎も笑って返した。
「君も、綺麗になったね」
「そんな……」
ユウナは、顔を赤く染める。あれから、二人はそれぞれの道で頑張ってきた。それは、長いようで短い期間だった。それでも、大きな目標に向け、必死に足を進めてきたのだ。悠二郎はユウナに近づくと、
「ちょっと、来てくれるかい?」
そう言うので、ユウナはそれについていった。連れて来られた先には大木があり、紅葉をつけている。ユウナがそれに見とれていると、悠二郎は口を開いた。
「俺、この木を見て自分を元気づけていたんだ」
「そうなんですか?」
「あぁ。この木を見ていたら、俺もいつかこんな風になれたらなあって思ったんだ。でも実際、思うようにいかなくて、それでも諦めたくなくて、必死こいてここまで来たんだ。それを、君にもわかってほしくて……。俺、昔から言葉にするのが苦手なんだよ。だからこうして、俺の気持ちをそのまま話せる場所まで来てもらったんだ」
その話をきき、ユウナもこう話した。
「以前、こんな言葉をきいたことがあります。自然を愛する人がいるならば、その人は、人を愛することもできる。その心がないと、平和な国は生まれない、と」
その言葉に刺激されたのか、急に悠二郎が身体ごとユウナの方に向ける。ユウナも、それを黙って見上げた。そして、悠二郎は言った。
「俺も……、そうなりたい。自然も人も同じように愛せる人間に。だから、俺と……、俺と結婚してください」
ユウナは目を閉じ、もう一度深く考えてみた。悠二郎ならば、きっと今の言葉を守ってくれるだろうと信じ、心を決めた。そして、ユウナはゆっくりと目を開け、こう答えた。
「……はい、不束者ですが、よろしくお願いします」
すると悠二郎が、
「本当に……、本当に俺でいいのか?」
と確認してくるので、ユウナは躊躇わずに答えた。
「はい」
「ありがとう!」
悠二郎は、そう言ってユウナを抱きしめる。それはとても温かかった。これまでの努力は、決して無駄ではなかったのだと二人は思った。そして、秋風が二人を優しく包みこむ。それは時に、二人の未来を祝福しているようだった。
序盤のキャラで、最も印象深い登場人物は?
-
中谷優奈
-
鶴ケ崎麗菓
-
月見里美香
-
夢野あかり
-
池谷大輝
-
相場善秀