帰って来て数日経った。ブラスカ殿がグアドサラムを通るまで、まだしばらく日があるだろう。
ユウナちゃんは、グアドサラムに慣れてきている。グアド族は、エボンの教えを受け入れてからまだ数年でしかない。他の街ほど教えを深く理解しておらず、アルベド族に対する偏見も少ないはずだ。そもそも念には念を入れて、一般人にはユウナちゃんは旅に出ている召喚士の娘としか説明していないが。
ユウナちゃんと最も仲良くなったのは母上だ。現在もユウナちゃんに余計なことを吹き込んでいる。
「シーモアったら昔ね、ガガゼト山で魔物に眠らされちゃって雪だるまみたいになっちゃったこともあるのよ」
「そうなんですか!?」
記憶にございません。というか母上、息子の失敗談を笑い話にしないで欲しい。
ユウナちゃんは心配そうに私を見ているが、まあそれほど危険ではなかったはずだ。本当に危険な状態だったなら、母上がビンタでもして起こしただろうから。……実際に食らったことが何度かある。
ユウナちゃんと母上はリビングに当たる場所で談笑している。私とジスカルもいるが、空気でしかない。私は会話の内容が内容のため混ざるつもりはなく、ジスカルは混ざったところで話すことがないのだろう。
一週間ほどが過ぎ、ブラスカ殿たちがグアドサラムに来た。まあ、各地で召喚獣を得る旅としてはまだまだ序盤だが。
本来、グアドサラムには寺院も祈り子様の像も無いので召喚士たちは通りすぎるだけだ。ブラスカ殿たちも、長居はしないのだろう。グアドサラムに来て、早々にジスカルといくつか話をすると、ブラスカ殿とユウナちゃんは私たちの家の一室で話し始めた。流石に親子の会話に首を突っ込む気は無く、私はアーロン殿たちと話をする。
「お久しぶりです。アーロン殿。ジェクト殿」
「ああ。久しぶりだな、シーモア」
「……おう。そうだな」
……ジェクト殿の様子が少しおかしい?
「ジェクト殿はどうかされたのですか?」
「ん? ああ。……なに、召喚士の運命を知っただけだ」
「……そうでしたか」
「はっ! 心配なんぞするんじゃねえぞ。オレも、もう覚悟を決めてんだ」
覚悟っていうのは、ザナルカンドに帰れないことか? 私も、すでに原作の細かい部分は思い出せないな。
「それは、ザナルカンドに帰れないかもしれないということですか? それは諦観に近いのでは……」
「本っ当に面倒なガキだな! ちげぇよ。オレも、ブラスカ為に、スピラの為に命かけようって覚悟だ。ああ、言葉にするとムズムズしやがる」
「こいつにしては、良い覚悟だろう?」
「それはそうですが、なぜそこまで……」
「……ガキと女房に胸張れる男でいてぇからな」
……そうだな。ジェクト殿はこういう人だった。
「あ~。それでだな、少し頼みてえことがあるんだが」
「? 何でしょうか?」
「ガキに見せる為に、録画したスフィアがあるんだ。1つ預かっておいてよ、オレのガキ、ティーダってんだがそいつがスピラに来ちまったら渡してやって欲しい」
「シーモア、聞いてやってくれ。こいつも真剣なんだ」
「構いませんが、1つでいいんですか?」
「ああ。おめぇを信用しちゃいるが、あいつがスピラのどこに来るか、分かんねえからな。これからの旅の最中にも色々撮って、バラバラに置いといてやろうと思ってんだ」
「は、はあ……」
探すにしてもヒントも無いんじゃ探せないだろう。どうしたものか。
「そんなことをして、どうやって見つけさせるんですか?」
「なあに、ほんとに来ちまったら俺に泣きつくだろうからな。ヒントぐらいくれてやるさ。ま、あいつなら世界中にばらまいときゃ、1個くらい自力で見つけそうだがな。渡した分はオレが……な」
……当然の話か。ジェクト殿は命を賭ける覚悟はある。命を落としてしまった時のことを考えている。だが生き残った時のことも考えているんだ。始めから死ぬつもりのはずが無い。
「ふん。そんなに弱気では、旅について来れそうもないな」
「んだと! アーロン!」
私は、原作と同じ状況にするためこの人たちが原作と同じ状態になることを望んでいる。無理に原作と同じ流れを強要するつもりはないが、このままなら私が知っている通りになる。今更、変える勇気はない。罪悪感に押しつぶされるのも、自己嫌悪するのも『シン』を滅ぼした後でいい。
ブラスカ殿とユウナちゃんの話は、長い時間が掛かったが2人はお互いに納得はできたのだろうか?
夜にブラスカ殿と話すことになった。
「シーモア君。全ての寺院を巡り終えることができたなら、ガガゼト山に向かう前にもう一度グアドサラムに寄らせて欲しい」
「勿論、構いませんよ」
「そのときには……。いや、今言うべきことではないね」
「……」
「それまでユウナもここにいさせてくれないかな?」
「よろしいのですか? ユウナちゃんをベベルに送り届けることもできますよ?」
「……旅が順調に進めば、次で最後になってしまうだろう。シーモア君にも話しておきたいんだ」
「……分かりました」
ブラスカ殿が次にグアドサラムを訪れたときが、最後、か。
やはり召喚士の旅は先を急ぐものらしく、翌日には出発するようだ。
そして、出発の時間が来た。
「いってらっしゃい、お父さん」
「いってきます、ユウナ」
2人はグアドサラムでもう一度会える予定だからか、普通の親子の、普通の会話に見えた。本心は分からないが、無理をしているようには見えない。
私はジスカルと共にいくらかの物資を用意した。
召喚士はスピラの希望だ。その召喚士の旅を援助することはおかしなことではない。お酒を渡しても不思議はない。
「ほう。良い酒だな」
「へぇ。気が利くじゃねぇか」
暫くして、幻光河の河渡しをしている「シパーフ」という巨大な生き物に、とある召喚士のガードが酔っ払って斬りかかったという噂を聞いたが、私には関係ないはずだ。
2か月後、ブラスカ殿たちは再びグアドサラムにやって来た。別れを、告げるために。