東方霊術伝   作:モン太

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捨て駒

京の都の隅。真央霊術院の隣に現在の僕の家がある。

 

陰陽道の業界では新興であるが故に、都の中心に建屋を構える事は出来ない。生徒数が5人から300人に増える実績と10年続いた実績という内側での実績はあるが、外に対しての大きな実績はまだ無い。無論、真央霊術院は霊術を学ぶ塾であり、妖怪を退治する陰陽道の2つの性質を持つ。小さな依頼を受けては、達成を繰り返してはいる。だが、それだけだ。

 

そんな真央霊術院の隣の僕の家で、趣味の意臨をやっていた。

 

「藍染惣右介殿は居られるか!」

 

外から声がする。僕はその声に従い、戸を開ける。

 

開けた先には美丈夫が立っていた。

 

僕を確認するや否や背筋を伸ばし、そのまま手に持っている書簡を僕に渡してくる。

 

「藍染惣右介殿。陛下からの依頼状であります。どうかご検討のほどを。……では、私はこれにて失礼いたします」

 

「はあ、どうも…」

 

そう言って男は意気揚々と馬に乗って帰っていった。そろそろか.....。

 

突然渡された書簡の中身を拝見する。

 

「どれどれ?……都を脅かす大妖怪の襲来を阻止してください。.........ようやくか。」

 

この手紙に入っていた金板は前金という意味なのだろうか?余程、追い詰められていると見える。

 

どちらにせよ、今上陛下の依頼なのだから断れるはずもないのだけれども。

 

仕方がない。これも崩玉完成への工程だ。協力しようではないか。

 

僕は出発の支度を始める。と、言っても僕の荷物は斬魄刀位だが。

 

それにしても、何も知らない者がこの依頼を聞いたら、さぞ不思議がるだろうね。なにせ大妖怪としか書かれていないのだから。抽象的すぎる。

 

戸を開け、外に出る。曇り空が今のこの街の模様を表しているようだ。

 

僕は手紙に記された場所へ赴く。

 

さすがに御所なだけあり、内装及び外装がしっかりしている。

 

この豪華さに感心しながら周りを座り、見ていると、後ろの襖が開かれる音がする。

 

「........ふん。新参者が最初に来ておったか。立場というものは弁えているらしい。」

 

大人数の陰陽師達が入ってくる。その内の1人が僕の前に来るなり、悪態を吐く。

 

「此れは此れは、智徳保憲(ちとくやすのり)様。お目にかかれて光栄です。僕は藍染惣右介。以後お見知り置きを。」

 

僕は即座に頭を下げる。

 

「商魂逞しいことだ。我らが陰陽道を下賎な金儲けと勘違いしてはおらんだろうな?」

 

厳しい罵倒を浴びせられる。彼の後ろの陰陽師達も同様に険しい顔や嘲笑の表情で僕を見ている。

 

まあ、彼らが僕の事を気に食わない理由もわかる。

 

陰陽師界に後入りしたこと。貴族の一部のみが許された陰陽道の暗黙のルールを無視した身分を問わない塾生。高額の依頼料で金儲けをしていたところで、真央霊術院が破格の安さで依頼を受けていたので、庶民からの支持を奪ってしまっていた事。その他諸々の理由が彼らのプライドを大きく傷つけ、業界そのものを揺るがす程に真央霊術院の存在が大きくなってしまった事。

挙げだしたらキリが無いが、彼等にとって僕程忌々しい存在は無いだろうね。

 

「いえいえ、僕は所詮新参の身。先立の方々には遠く及びませぬ故、立場は弁えております。」

 

「なら、精々我々の足を引っ張らぬ事だな。」

 

そうして、ゾロゾロと呼び出しを受けていた陰陽師が揃う。

 

都で最強の八家と下八家が集まっている。このメンツが一堂に会しての妖怪退治とは、今回の依頼が如何に本気であるか物語っている。その末席に僕が座れるようになったのだから、真央霊術院も大きくなったものだ。

 

 

 

 

そう感慨に浸っていると、後ろの襖が開いて5人の人間が入ってくる。

 

これ又錚々たるメンバーだ。

 

渡辺綱・坂田金時・碓井貞光・卜部季武。そして、源頼光。

 

前者の彼等は頼光四天王と呼ばれ、数多の伝説を残す英雄達である。彼等を纏める源頼光もまた稀代の英傑である。今回の大妖怪退治のリーダーになる存在だ。

 

全員が揃った事で会議が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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頼光は皆を見渡し、頷きながら、一つの紙を差し出す。一体なんなのだろうかあれは。

 

紙の質も普段使う物よりも一段劣っており、字も汚い。

 

「頼光殿、これは一体……?」

 

頼光は皆の心の中の感想に答えるかのような返事をする。

 

「字が汚いであろう?」

 

「……はい」

 

返事を聞いた頼光はさらに言葉をつづけていく。

 

「これはな、鬼たちからの果たし状だ」

 

果たし状? 一体なぜだろうか?

 

確かに鬼は人間との勝負が人生での生きがいの一つなのだろうが、態々ここまでの事をする必要があるのだろうか?

 

だが、今回は人間たちの軍勢とのぶつかりあいだったと聞く。ならばこんな七面倒くさいことをする必要があるのだろうか?

 

人間と一対一で戦いたいのならば、貴族の重鎮でも人質にとって強制的にやってしまえばいいというもの。

 

だが、そんな事を考えた上で訂正しなければならない考えがフッと出てくる。

 

そういえば鬼ってのは正々堂々がモットーだったかな?

 

だからこんな形でしか申し込むことしかできなったのだろう。

 

「一体何故挑戦状などを送ってきたのでしょうか? ……奴らは何が目的なのですか?」

 

「奴らはな、今まで貴族を狙い、その護衛をしている人間と戦ってきたのだが、それだけでは満足できないようだ。……だが、最近は武士の台頭に目を着けた鬼達が再び都に現れるようになったのだ。」

 

そして頼光は明らかに先ほどとは打って変わって意気消沈してうなだれる。が、さらに言葉をつづけていく。

 

「……そして今回の果たし状の内容については見ても分かる通り、武士の軍団と八家・下八家の党首を集めて決闘をしろとのことだ。どうも鬼はしびれを切らしたようでな。完全に舐められている。」

 

頼光の言葉を聞いて納得する。

 

確かに、鬼は確かに強い。人を遥かに超す力を持ち、妖力も妖怪の中では桁違いに高い。

 

陰陽師といえど、相当に強い者たちでなければ太刀打ちすることなどできやしないだろう。

 

ましてや鬼の四天王と戦って勝てる人などいないのだろう。

 

鬼は、力が強いだけではなく動きも俊敏だと聞く。

 

だが、その差を埋めるために卑怯な手を使ってしまっては相手を激怒させてしまう。只でさえ、戦えば鬼の方が優勢なのだ。そんな彼等を怒らせては、いよいよ都が滅ぶ。

 

決闘状には3鬼と戦う事が書かれている。

 

此方は強力な遣い手が20人程、僕は連れて行くつもりは無いが、他の陰陽師は部下も連れ、頼光達の武士は軍団を連れて行くだろう。

 

最終的に袋叩きできる状況だが、こんな会議を開いている時点で、そんな楽観視もできないのだろう。

 

そして、このような思考を行っていると頼光が再び声を発する。

 

「この決闘は都の生死が関わる闘いだ。負ける事は許されぬ。故に、被害が少ない方法を取りたい。藍染惣右介。」

 

「はっ!」

 

まさか声を掛けられるとは......。この中のメンツでは、僕が一番下の立場なのにだ。

 

急に声を掛けられた事により、一斉に視線が此方に集まる。

 

「貴殿には、今回の鬼討伐に必要な任務を任せる。引き受けてくれるな?」

 

「勿論で御座います。この命に代えても任務を全うします。」

 

まあ、僕に断る事などできる筈も無い。

 

周りの有力な陰陽師や配下の四天王では無く、一番下っ端の僕を指名するあたり、要は捨て駒になれと言う内容かな。

 

すると、頼光はほっとしたような表情を浮かべ、その場から立ち上がる。

 

そして俺の方を力強い芯の通った眼で見て口を開く。

 

「それならば安心した。……聴くところによると、鬼と言うものは大層な酒好きと聞く。そこで貴殿には、決闘前の此方側の使者として、鬼達と接触し、とある酒を酌み交わして欲しい。」

 

そう言うと、頼光は小さな酒樽を出す。

 

「これは神便鬼毒と言う酒だ。これを鬼達と酌み交わすのだ。行きと帰りには、迎えの者も用意しておく。」

 

成程、毒酒を鬼に盛り、倒す訳か。上手くいけば、一切の被害無しに鬼を殺す事ができる。

 

そんな酒を酌み交わして来いとは、僕もその酒を飲んで一緒に死んで来いと言う訳か。ご丁寧に逃亡しないように監視の者まで用意する。行きは逃亡阻止。帰りはちゃんと毒酒を盛り、また僕も飲んでいるかの確認。または飲んでいない場合は、僕を殺す為の遣い。

 

「かしこまりました」

 

その言葉を聞くと満足そうな顔をしながら部屋から去っていく。

 

鬼を倒すだけでなく、都の厄介者も同時に始末する一石二鳥の作戦と言う訳だ。

 

頼光という男は武勇だけで無く、知恵も回る男だ。

 

皆が出て行き、最後に僕も部屋から出る。すると、頼光が屋敷の外で待ち構えていた。

 

「すまんのう。わしは民を護らねばならない。そして、人心を掴まねばこの戦いは勝てぬ。この作戦の犠牲にお主がなる事を許して欲しい。」

 

そういって深々と頭を下げる。

 

「頭を上げてください。人心を掴むためには、今は人間同士で内輪揉めをしている場合ではありません。輪を乱している僕を排除する事で皆を結束させようと言う作戦は、僕も理解できます。お任せ下さい。齢30程ですが、未だこの世、この国に報いる事が出来ていませんでした。最後にこの様な機会を与えてくださった頼光様には感謝しております。この命に代えても都は守ります。」

 

その言葉に心底安心したのか、頼光は満面の笑みで言う。

 

「ありがとう。」

 

そう言い残し、去って行く姿を見届ける。

 

本当に頭が良い男だ。今の様に誠実に人情に訴えかけて、僕が心理的にこの任務に前向きに考える様にしたいのだろう。だが、本心では捨て駒の命に紙屑程の重みも感じていない事は僅かな所作から見ても明白。見抜かれていないと思っているのであれば、所詮その程度の存在でしか無い。


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