東方霊術伝   作:モン太

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我等の世界に意味など無く
そこに生きる我等にも 意味など無い
無意味な我等は世界を想う
そこに意味は無いと知ることにすら
意味など無いというのに


蹂躙

"蹂躙"

 

とある山で100人弱の人間の死体が転がっていた。まさに蹂躙であった。

 

神便鬼毒により弱体化あるいは、数を減らしていた鬼達。そこに奇襲する形で陰陽師と武士の連合軍精鋭約100人が鬼達を襲った。

 

数が50にも満たない鬼達と100人の人間。完全なる袋叩きだったが、そこは妖怪最強を自負する者達。結果的に返討ちにしてしまう。

 

人間達を率いていた源頼光と頼光四天王も地に伏していた。

 

生き残っている者は、源頼光だけである。

 

「な、何故だ!何故毒が効かない!」

 

「効いてはいるさ。でも、我等鬼は不屈。こんな毒じゃ倒せないよ。..........それより、よくも卑怯な真似をしてくれたね。」

 

鬼子母神が頼光に凄んで見せる。

 

「じ、慈悲を......」

 

頼光は脂汗を流し、震えながら命乞いをする。

 

「く、はははははははは!鬼に命乞いって、それ一番無意味だから!」

 

萃香が頼光を嘲笑する。

 

それに対し、頼光は顔を歪めながら、絶望する。

 

「み、都はくれてやる!だから、俺を........」

 

その言葉が続く事は無かった。

 

「「「「!?」」」」

 

頼光の首が突如中に舞う。

 

「僕がわざわざ御膳立てしてこれか。残念だよ、源頼光。」

 

いつのまにか男が立っていた。

 

その男の手にある刀には血が付いており、頼光の首を刎ねた張本人である事を物語っている。

 

「貴様!」

 

男に見覚えがあった。

 

当然だ。鬼は卑怯な手段を嫌う。今回の決闘に泥をかけた下手人がこの男藍染なのだから。

 

「同胞では無かったのですか?背後から不意打ちなど。」

 

「僕はただの一度も彼らを仲間だとは思った事は無い。これは間引きだよ。」

 

口元は薄ら笑いを浮かべ、こちらを見下す視線に議論余地は無いと判断する。

 

「随分と雰囲気が変わったな。そっちが素か?」

 

「どうだろね。君達が僕をどう見ようが別に構わなよ。.........今から君達には、僕の糧となって貰うからね。まずは鬼の間引きをしようか。君達のお陰で人間側の間引きの必要は無くなった、感謝しているよ。」

 

「このやろう!見下しやがって!」

 

藍染はゆっくりと刀を収める。

 

その姿を見て、主人らが舐められている現場に耐えられなく無った1人の鬼が飛び出す。

 

「人間が姐さんに舐めた口を利くんじゃねぇ!」

 

藍染の背後から突き出された拳は、普通の人間には目に映らない程の正拳。彼の背後に倒れている100人弱の屍同様、藍染も只の肉の塊になるのは誰もが予想していた。しかし.....

 

パシッ!

 

そんな軽い音を立てるだけで、受け止めてしまった。

 

「なっ!」

 

「......ふむ。」

 

「ギャアアアアアアア!」

 

そして、次の瞬間にはその鬼の上半身が吹き飛んだ。まさに即死である。

 

「な、なんだ!何をしたんだ貴様!」

 

「そう騒ぐ事は無いよ。ただ掌から少し霊圧を放出しただけだよ。」

 

その発言に周りにいる50弱の鬼達がたじろぐ。

 

「それにしても、鬼とはこんなにも脆い物なのかい?」

 

「ハッ!いいねいいね!こんなにムカつく奴は初めてだよ!こんな愚か者には体で理解させてやるぜ!」

 

藍染の挑発とも取れる言葉に星熊勇儀が突進する。

 

鬼の四天王でも1番の力自慢、"力の勇儀"と呼ばれる"怪力乱神を持つ程度の能力"から放つ、森羅万象を砕く攻撃。

 

顔は好戦的に嗤っているが、その瞳には隠しきれない憤怒があった。

 

「あの世で後悔しな!」

 

パシッ

 

「は?」

 

しかし、勇儀の拳ですら涼しげな顔で受け止める。

 

次の瞬間、勇儀の脳内では先程上半身を吹き飛ばされた鬼の姿が頭を過る。

 

不味い!

 

勇儀は全力で後方に飛び退く。

 

冷汗をかいて藍染の様子を伺うと、当の本人は驚いた表情をしていた。

 

それが意外に感じた勇儀は問いかける。

 

「何を驚いてるんだ?」

 

「いや、まさか天下に名の知れ渡っている鬼の、それも四天王の力がこの程度だとは思わなくてね。驚いてしまったよ。」

 

それを聞いた勇儀の表情が無表情になる。

 

「萃香、すまねぇが解毒してくれ。」

 

「わかったよ。本当は私も混ざりたいんだけど、勇儀に譲るよ。」

 

「僕は君達全員でも構わないよ。さっきの一撃で君達の実力は理解したからね。」

 

「減らず口聞いてるんじゃねぇぞ!テメェは絶対に許さない!ここで殺してやる!」

 

凄まじい妖力が吹き荒れる。

 

藍染はそれを微笑みで返す。

 

「では、改めて君達と決闘しようでは無いか。」

 

「はあ?今更何言ってるんだよ。卑怯な手を使ったお前らに決闘も何もねぇよ。」

 

「いいじゃないか。君1人で来るみたいだし、条件を付けた方が面白い。今、僕には欲しい物があるんだ。それを賭けて決闘しよう。無論対価は出そう。君達に有利な条件で構わない。」

 

「だから、お前の言葉なん「いいでしょう。言ってみろ。」鬼子母神様......」

 

勇儀は話にならないと首を振るが、鬼子母神が止める。

 

卑怯な男だとは思っているが、これ程の実力を持った男が何を目的に今更決闘を申し出たのか気になったのだ。

 

「ありがとう。まずは対価から、僕が負ければ僕の命と都の民の命をあげよう。」

 

何が民の命だ。こんなクズに民の命なんて紙屑同然じゃ無いか。

 

萃香は内心毒を吐くが、黙って話の続きを聞く。

 

「で、僕が欲しいものは.......ああ、安心していいよ。別に君達四天王の命を欲しいとは言わないから。僕が欲しいのは、鬼子母神の命なのだから。」

 

四天王の頭が真っ白になる。いや、鬼達全員の頭が真っ白になる。

 

この人間はいったい何を言っているのか?

 

本気で理解する事が出来なかった。

 

人間に恐怖を与える天下の鬼。その鬼の頭領を人質にする人間。

 

今までに無い展開に戸惑う勇儀。

 

しかし、鬼としてこの様な展開が許されるのか?

 

鬼は正々堂々の勝負が好きだ。鬼と人間では力の差が大きいから、その時点で不公平と宣う奴は只の軟弱者の言い訳だ。その力の差を超えてくる奴らが好きなのだ。トリッキーな戦略や自分では考えられない戦いの華を魅せてくれる者が好きだ。だが、卑怯な奴は許せない。

 

鬼としてこいつは叩き潰すべき存在だ。

 

勇儀が決意したと同時に萃香と華扇も前に足を踏み出す。

 

「砕けろ鏡花水月」

 

いつのまにか抜刀していた刀から霧が発生する。

 

「目眩しかい?とことん姑息な奴だね。.......はああああああ!金剛螺旋!」

 

周囲に光が満ち、空気が揺れる。翳された腕から金色の光がほとばしり、周囲の空気を焼き、地面を融解させ、木々を炭化させ、空気の膨張による衝撃波を生み出していく。

 

藍染が生み出した霧はすぐに払われる。

 

そこには又しても納刀した黒服に白い羽織りを着た男が立っていた。だが、今度は表情に余裕の色は無く、焦りが見える。

 

「「「死ね!」」」

 

3人で藍染を取り囲む形で攻撃する。

 

攻撃の瞬間に瞬歩で回避した藍染の背後では、地形が変わってしまい大きなクレーターが出来ていた。

 

「逃げるんじゃねぇよ!三歩必殺っ!」

 

「一歩っ!」

 

その言葉と共に下駄を地面に叩きつけ、無数の妖力弾を発生させる。

 

そして地面が大きく陥没して地割れを形成する。

 

「二歩っ!」

 

さらなる力を足に込め、次に仕掛ける態勢の全てを整える。次に発生させる圧倒的な力の奔流を藍染に向けるため。

 

一気に砕いてみせる。小細工なんか一切許さない。

 

勇儀は一気に跳躍して藍染の頭上で止まる。

 

「ああああああああっ! 三歩ぉぉおおおおおおっ!」

 

勇儀はその叫び声と共に振り上げた拳を藍染に向かって振り下ろしていく。

 

この拳の持つ威力は今までの威力とは桁違いであり、どんな妖怪でもまともに食らえば一撃で消滅させられる水準にある。

 

だから、この一撃に全ての妖力を込めた。

 

直撃の瞬間に圧倒的な光と熱、そして轟音による衝撃波が発生し、勇儀の視界を奪っていく。あまりの眩しさに勇儀は思わず目をつぶってしまう。

 

「あーあ、これじゃ塵1つも残らないね。私も此奴をボコボコにしたかったのに。」

 

「.................」

 

「まあ、何はともあれこの騒ぎも終わりだ。萃香、全員の解毒を頼むよ。」

 

萃香はいつものヘラヘラした調子で、鬼子母神様の元へ解毒しに歩き出す。華扇は未だに警戒を解かずに煙を静かに見つめていた。

 

いつもの面々の反応に勇儀も表情も和らぐ。己も皆の輪に混ざろうと、振り下ろした腕を戻そうとする。

 

しかし

 

「...........?」

 

動かない。ピクリとも動かない。怪力乱神を持つ己の腕が、己の意思で動かせない。

 

そんな不可思議な現象を前に勇儀の脳裏に1つの可能性が過ぎる。

 

まさか?有り得ない?目の前の光景は塵1つ残らない荒野が広がるだけだ。そうで無ければならない。

 

勇儀が冷汗を流し、煙を睨みつける。

 

やがて煙が晴れた先には一切の傷が無い藍染と、腕を掴まれた勇儀の姿があった。

 

「「「「な、なんだと」」」」

 

「ん?何をそんなに驚いているのかい?........ああ、済まない。もう少し、痛がる素振りでも見せた方が良かったかい?」

 

目の前の光景に言葉が出ない。

 

ドサッ

 

「.............え?」

 

いつのまにか藍染の手には刀があった。その刀は血が付着していた。そして、勇儀の視界には何故か倒れている己の下半身が見えた。

 

「ば、ばか.....な......」

 

そして、勇儀の視界は真っ暗になった。

 

そのまま脱力した勇儀の上半身を捨てる藍染。

 

「ゆ、勇儀ぃぃぃぃぃぃぃぃい!」

 

「...............っ!」

 

萃香が顔色を変えて走り出す。

 

「三歩壊廃!」

 

萃香に容赦は一切無かった。目の前に障害を取り除いて、勇儀を助ける。それだけに没頭していた。

 

普段なら鬼としてとことん戦いを楽しんでいた。"技の萃香"や"1人百鬼夜行"と呼ばれる萃香。どんなに格下でも相手の手札を全て出させるまで戦う。それをモットーにしていた。

 

だが、ある意味始めての格上との戦いに頭が真っ白になっていた。だから、初めから己の最大の技と霧化を躊躇いなく使った。

 

一歩。地が爆ぜた。

 

膨大な熱を帯びた小さな鬼は、たったの一蹴りで打ち出された花火の様に跳躍し、山の頂すらも軽々と飛び越えてしまう。

 

ボヒュンと、雲の中へ小さな体躯は呑み込まれて。

 

二歩。轟雷の如き衝撃と共に雲が爆ぜた。

 

空気を踏み砕き、更に更に高く、萃香は己が身を押し出していく。それに伴って体を包む熱が増すと、眩い光を生み出した。

 

一筋の赤い軌跡を描きながら宙を舞うその姿は、さながら天へ昇る龍の如く。

 

高く、高く、彼方を目指して鬼は舞う。天を手に入れんと言わんばかりに鬼は飛ぶ。

 

そして遂に、伊吹萃香は天空で静止する。

 

同じくして、明瞭な変化が訪れた。

 

莫大なエネルギーの集約が巻き起こった。収束の中心点を漂う鬼は目に見えて輝きを増す。

 

力を蓄え続ける鬼の様が、事の異変を如実に物語っていく。

  

萃香が己の中へ萃めているもの。

 

それは、『速さ』と『重さ』である。

 

世界中に存在する速さと重さ。それをほんの少しずつ、消し屑の様に微々たるものを、萃香は自身へと掻き集めているのだ。

 

一つ一つは些細な力。しかし幾重にも積み上げれば何時しか塵も山と成り、小は大へと姿を変える。

 

それを一気に解き放てば、果たして何が巻き起こるのか。

 

「藍染、よーく見てろ! これが私の全力だ、これが私の最大奥義だ!!さっさとくたばって、勇儀から離れろ!!!」

 

伊吹鬼が空中で姿勢を変えていく。

 

小さな足を突き出して、照準を地上の眼鏡をかけた優男へと狙い定める。

 

それこそが、三歩目の着地点に他ならず。

 

刹那、伊吹萃香は破壊と化した。

 

「三歩壊廃ッッッ!!」

 

鬼の絶叫が空を引き裂き、空は真っ二つに叩き割られた。

 

掻き集めた『速さ』と『重さ』。それらを一気に解き放ち、常識を超えた破壊力を伴って急速落下を開始した事で、莫大なエネルギーが萃香と共に、紅蓮の閃光となって地表へ一気に降り注いだのだ。

 

その様、まさに星を砕き割らんと迫る隕石の如く。

 

枷などあろうはずもない災厄の一撃は、たった一人の人間へ――――否、世界に目がけて襲い掛かった。

 

 山を砕き割る力を誇る規格外の鬼の全力が振るわれる。

 

「うォォおおおおおおおおおおりゃあああああああああああああああああああああああああああああああ―――――――ッ!!」

 

あらゆる存在を踏み抜く唯我独尊の鬼の攻撃が直撃し、怒涛の疾風と爆音が天界にまで轟き奔る。大気が悲鳴を上げて泣き叫ぶ。常識と言う枠組みを遥かに凌駕した破壊だ。

 

萃香は叫ぶ。怒りに染まった顔を歪ませ、獅子の如き髪を振り乱しながら。

 

「絶対に許さないよ!何が何でも踏み潰してやるよッ!!」

 

「ずォおおおおおおあああああああああああああッ!! ブッッ潰れろォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――――――――ッッ!!!」

 

だが、結局は藍染は涼しい顔をして、萃香の拳を受け止める。

 

それを見ていた華扇は確信する。

 

勇儀や萃香の奥義を片手で受け止めるのはいい。上手く威力を逃してるだけだと思ったからだ。いくら技量や膂力が強いと言っても人間だ。鬼の攻撃を真正面から受けれるわけが無い。まあ、真正面からで無くても受け止める事は出来ない筈だが。それでも上手く衝撃をいなしているのならわかる。

 

しかし、華扇は己の考えを否定する。

 

それにしては、藍染の周りの地面には亀裂の1つも無い。威力を地面に受け流しているなら、地面が割れるはず。........つまり、あの人間は勇儀の三歩必殺と萃香の三歩壊廃を文字通り片手で受け止めたと言うことだ。

 

勇儀や萃香は気が付いて無いだろうが、あの藍染と言う男は、己が想像するよりも遥かに強く。恐らく、私ですら羽虫の如く殺されてしまう程の実力差があると考えるべきだろう。

 

華扇が冷静に分析している間にも、戦況は動く。

 

「――――――っ!! くそっ!」

 

萃香はそんな声にもならない悲鳴と悪態の両方を吐き、その場を高速で離れ霧化して、藍染の斬撃を回避することに専念する。

 

斬撃を躱された藍染は、口元を歪める。

 

「ほう。面白い術だね。これでは斬術が効かないね。...........でも、術なら僕も多少の心得はあるよ。」

 

「破道の九十『黒棺』」

 

視界が真っ黒に染まる。時間にして、4秒程だが、黒い檻が壊れ、中から全身から血を吹き出し、倒れる萃香がいた。

 

「鬼の四天王のトップをはるだけの事はあったよ。」

 

その姿を見た華扇は、内心で悪態を吐く。

 

せっかく3対1の状況を2人とも単身で突進する形で、不意にしてしまった。鬼の矜持としては反する行為だとは思うが、鬼子母神様の命には変えられない。

 

恐らく、勇儀や萃香の様な隙の大きい大振りの攻撃ではだめだ。隙の少ない攻撃を牽制とし、当たれば良し、当たらなければ自身の延命に専念する。鬼の膂力がこの男に通じるのか、絶望的な所はあるが、掠るだけでも良いと言う気概でチャンスを伺っていくしか無いと考える。

 

それからの華扇の攻防は、正に連続攻撃だ。鬼の膂力に任せた攻撃ではなく、フェイント、砂を巻き上げての目眩し、刀を振らせないように、右手を集中して狙い、間合いも刀の間合いよりも内側か、攻撃が来ると予想すれば、間合いの半歩外に出て、刀を振り切った隙を突く形で即座に懐に飛び込む。

 

藍染も華扇の意図を理解しているからか、安易に腕を掴もうとはしない。

 

攻防の最中、チラリと鬼子母神の様子を盗み見る藍染。

 

どうやら、戦いに混じる気配は無いようだね。わざわざ、多対1でも構わないと言ったはずだけど。よっぽどタイマンが好きなのか。確かにあの力任せな戦い方は連携に向いては無い。鬼がタイマン好きなのもそう言う部分を本能が理解しているからか。

 

再び、視線を華扇へと向ける。

 

攻撃こそが最大の防御とは正にこの事であると言わんばかりの波状攻撃。だが、華扇の表情は鬼気迫るものではなく、冷静に此方視線や考えを探り続けるように視線を集中させていた。

 

考え無しの脳筋や自棄になった小鬼とは違うようだね。正確に僕の技量を理解し、瞬時に最適な攻撃を選択する。僕の実力を理解しながらも、冷静に思考しているのは驚愕だ。この様な考え方では、鬼の集団では浮くだろう。彼女にとって此処での生活は、苦痛では無いだろうか。

 

だが、鬼子母神や他の鬼達の目に侮蔑や嘲笑の色は無い。つまり、それを悟らせない演技力もある訳か。鬼とは..........いや、妖怪とは思えない程のリアリストだね。

 

先に倒れた2人の四天王も君の様な考え方なら、君のように善戦できたかもしれないね。

 

面白い。...........だが、此処までだ。

 

藍染は華扇の特異な精神構造に、興味を示すが、今はこれ以上は無意味と断じ、戦いを終わらせにかかる。

 

防御に徹していた藍染が剣を一閃する。

 

咄嗟に右手の分銅で受ける。しかし、意図も簡単に分銅は千切れる。

 

「はあ.......はあ........はあ........」

 

華扇は距離を取り、呼吸を整える。

 

とうとう来た。

 

率直に感じた事だ。

 

今まで善戦できていたのは、相手が様子見に徹していたからである事を華扇は理解していた。

 

冷たい汗が流れる。

 

挫けそうになる心を叱咤し、鬼子母神を護る決意を新たにし、構える。

 

瞬間、藍染の姿が消える。

 

直感で背後を取られた事を感じ取った事が、彼女をまた延命させる。だが、大きすぎる実力差は残酷だった。

 

斬!

 

宙を舞う右腕。直撃は免れたが大きな代償である事に変わりない。

 

「ーーーーくぅ!」

 

苦悶に顔が歪む。それでも諦めずに残った左腕を構える。

 

藍染は華扇の右腕を彼女に投げる。

 

咄嗟に構えていた左手で自身の右腕を払う。

 

こんなもので気を逸らす訳にはいかない!!

 

だが、気が付いた時には藍染は目の前いた。

 

反射的に左手が出るが、受け止められる。

 

「あっ.......」

 

「四天王の中で君が一番手強かったよ。茨木華扇。」

 

次の瞬間、華扇は縦に振られた藍染の刀に沈んだ。

 

血が付いた刀を振るう。

 

「その傷でも君達なら死ぬ事は無いだろう。そこで這いつくばって、よく見ておくといい。鬼子母神の最期を。」

 

藍染は鬼子母神の前に立つ。

 

「随分と長い見物だったね。四天王と共に僕を討とうとは思わなかったのかい?」

 

それに対し、鬼子母神はニヤリと笑う。

 

「私は彼女達の矜持を尊重しただけだ。」

 

「そうか。だが遅すぎたね。戦力に数えられるのは、最早君だけだ。」

 

「フン!お前如きがこの私を倒せると?驕るなよ、小僧!」

 

鬼子母神は手に持っていた薙刀を振り下ろす。それを藍染は紙一重で躱す。

 

ガラ空きになった脇腹に刀を突き立てる。

 

だが、そんなのもの関係無いとばかりに、藍染の腕を掴み再び斬りかかる。

 

腕を掴まれた体勢ながら、なんとか屈み、斬撃を躱す藍染。

 

通った斬撃の後を木々や地面が消し飛ぶ程の衝撃波が襲う。

 

「へぇ。やるじゃ無いか。そんな体勢で良く躱した。でも、何度も躱せるものじゃ無いよ。」

 

「此方も驚いたよ。君には痛覚は無いのかい?」

 

「そんなもの我慢すればいいじゃないか。」

 

「鬼らしい言葉だね。だが、あまり面倒は掛けたくないんだ。そろそろ倒れて貰おうかな。」

 

「私に掴まれて、ただで済むと「砕けろ鏡花水月」.......なっ!」

 

藍染が解号を唱える

 

鬼子母神の腹に刺さっていたの物は、刀では無く、木の幹。掴んでいたものは幹の根元。目の前には、両断され断面を見せる大木。

 

そして背後に藍染。

 

「痛みで動きが鈍らないのは厄介だ。君程の力を持ったものが暴れられると手間取ってしまうからね。破道の七十八『斬華輪』」

 

光の輪が鬼子母神の両腕と両足を切断する。

 

胴体だけになった鬼子母神は重力に従って、地面に転がる。

 

「.......うぅ」

 

「さて、これで終わりだね。幾ら君でも達磨さんになっては何もできはしないよ。」

 

「鬼子母神様—————————-!!!!」

 

華扇が叫ぶ。その声に目を覚ました勇儀と萃香。目覚めた視界には、達磨になって転がり虫の息の自分達の頭領の姿、そして刀の鋒を向ける藍染の姿あった。

 

勇儀と萃香の顔が青褪める。

 

四天王の心を支配しているものは、深い絶望と焦燥だ。

 

人間に、たかが人間にここまでみじめに追い詰められた鬼がかつていただろうか? おまけに鬼の四天王が誰一人として、手も足も出ずに自分達の主人が殺されるのを見ているしかない。

 

それを考えると自分達が今いかにみじめな姿を晒しているのかが嫌でも分かってくる。

 

その惨めさはさらに心から闘志を奪っていき、逆に鬱を生み出してくる。

 

心が……折れてしまう。

 

そしてついには涙さえも。我々は触れてはいけないものに触れてしまったんだろう。これが人間の怖さというものだろうか? 鬼と対峙してきた人間の感情はこんな感じだったのだろうか?

 

……人間が怖い。

 

怖い。怖い。怖すぎる。

 

誰かに助けを求めたいと思う心がどんどん大きくなってくる。

 

立とうと脳が必死に身体に命令しているのだが、身体が全く言う事を効かない。勇儀は下半身を無くし、萃香は全身を砕かれている。華扇も勇儀とは違い、両断はされていないが、薄皮一枚で辛うじて身体がくっ付いているような状態だ。心と体が完全に解離してしまっている。それが決定的な敗北感を四天王にもたらす。

 

「頼むっ!! もう鬼子母神様は戦えない。だからもう終わりにしてくれ。後生だっ!!」

 

必死で藍染に叫ぶ。

 

「最初に言った筈だよ。君達が倒れれば鬼子母神の命を貰うと。」

 

「知っている。それは知っているんだっ! だが、鬼子母神様は私達の主人なんだ。大切な母親なんだっ! 鬼の信条を曲げているという事も理解している。でも頼む。私達には亡くす事のできないかけがえのない人なんだ」

 

「面白い事を言うね。君達が今まで襲ってきた人間の命乞いに耳を傾けた事があるのかい?」

 

「わかった!なら、我々が死ねばいいだろ!だから、鬼子母神様は見逃してくれ!今後、人間に刃向かう事もしない!」

 

「たのむ……やめてくれ。もう勝負はついただろ。だから、殺さなでくれ。頼む。許してくれ。」

 

四天王の叫びを聞いた藍染が刀の鋒を下ろし、鞘に収める。

 

「なら、チャンスを与えよう。本来なら鬼子母神を殺す所だが、選択肢を与えよう。選択するのは君だ、鬼子母神。............命の選択だよ。ここにいる四天王3人か君の命。どちらかを選択する。選んだ方を僕が殺そう。」

 

それを聞いた勇儀と萃香が捲し立てる。

 

「鬼子母神様!私を選んでくれ!こんな状況を作ったのは私だ!私を選んでくれーーー!」

 

「鬼子母神様!貴方が居なくなってはいけない!貴方さえいればまた鬼達は復活できる!だから、貴方は死なないでくれ!」

 

「...........................」

 

勇儀と萃香は大声で叫ぶが、華扇は目を瞑り静かに涙を流していた。

 

おそらくこの後の展開がわかってしまっているからだろう。

 

その光景を見た鬼子母神は、小さく微笑みを浮かべる。

 

「ありがとう。それだけで十分だ。此度の責任は鬼の頭領として果たす。後は若いお前らに任せる。............だから、藍染。私の命でこいつらを見逃してくれ。」

 

「良いだろう。君ならそう言うと思っていたよ。子を失う事の苦痛を君程、理解している者はいないからね。」

 

「お前、私の正体を.............いや、お前程の人間なら知っていても不思議では無いか。」

 

それを聞いていた勇儀と萃香が叫ぶ。

 

「やめてくれ!鬼子母神様は何も悪くない!」

 

「鬼子母神様は私達鬼にとっての光なんだ!」

 

華扇も歯を食いしばっている。

 

それを見ていた藍染は、徐ろに懐から光る球体を取り出す。

 

鬼子母神も茨木華扇同様、鬼の皮を被ってはいるが、隠している内心は鬼よりも人間の感性に近いものがある。だからこそ茨木華扇もこの集団に居れたのかもしれないね。

 

「ああ、すまないね。僕は嘘つきなんだ。君の命には興味は無いんだ。ただ、君の肉体と魂魄が必要なだけだよ。」

 

球体の光がより強く輝きを放つ。

 

それにつられて、鬼子母神の身体も淡く光出す。

 

「な、なんだいこれは?」

 

「刀で首を刎ねられると思ったかい?.........安心するといい。身を委ねれば、楽に逝ける。」

 

藍染は微笑む。鬼子母神には藍染の表情が、最初の人の良い笑みでも、戦闘中の冷たい笑みでも無い自然な物を感じた。

 

「少し羨ましくもあるよ。置いていかれるのではなく、先を託して逝ける君がね。」

 

非常に小さい声で独白する男に、どこか親近感を覚えながらも、鬼子母神はもう言葉を発する力は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「素晴らしい。崩玉が一気に成長した。........面倒をかけて、準備をした甲斐があった物だよ。」

 

藍染は満足そうに崩玉を懐にしまう。

 

それを見ていた萃香が呻き声を上げる。

 

「な、なぜだ。なぜ、最後に刀でトドメを刺さなかったんだ。死体さえ完全に消えてしまった。戦いで散るこそ、鬼の華。お前は鬼の誇りを最後の最後まで踏み躙るのか!?」

 

勇儀も涙を流しながら、声を上げる。

 

「骨も残らないなんて、あんまりだ。弔う事すら出来ない。」

 

それに藍染は答える。

 

「最初に言ったじゃないか。君達は僕の糧になって貰うと。僕の狙いは、鬼子母神の魂魄。君達の誇りや矜持、苦痛も愉悦も僕には必要の無い者だよ。」

 

「お前は絶対に許さない。何年かかっても必ず殺してやる。鬼子母神様の、鬼の誇りを泥を掛けたお前は地の果てまで追って殺してやる。」

 

「そうか。期待しないで待っておくよ。........後、君達2人に言っておく事があったんだ。」

 

それに勇儀と萃香が目を細める。

 

「憧れは......理解から最も遠い感情だよ。」

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