自らを正義であると錯覚する為には
己以外の何者かを 己以上の悪であると
錯覚するより 他に無いのだ
「別れは済ませたかい?」
「はい、彼女は私の誇りであり、私はその誇りを振るうと誓ってきました。」
彼の手には一振りの斬魄刀が握られていた。
「名は"鈴虫"だったね。」
「私の親友の斬魄刀"鈴虫"。名に恥じぬ綺麗な音色を聴かせてくれます。」
「そうか。では、これから君に僕の研究の一部をお見せしよう。着いて来るんだ。」
東仙君は僕の後に続いて、地下研究室から外に出る。
今は夜で明かりは月の光のみだ。
「君が僕の元で修行する事、早五年。よく着いて来てくれた。君の実力はあの陰陽師に届く領域に達した。」
「いえ、私は未だ矮小の身。藍染様のお力添え有ってのもの。」
「謙遜はいいよ。崩玉を使って強くなる道もあった。寧ろ復讐をいち早く完遂するには、手段を選ぶ事は無かったのではないかい?」
彼とは五年過ごしたが、未だに距離を置いて警戒している。崩玉の力を拒んだ事がいい証拠だ。
「この復讐は私の手で為すべき使命です。稽古と戦う術を授けて頂けただけで十分です。」
だが、五年である程度の力を身に付けた彼の才能は本物だろう。
「そうか。どうやら君の決意は固いようだ。ならば、これ以上は君の覚悟に対する侮辱になってしまうようだね。」
普通の陰陽師の家系だったら数百年間、家が代々伝えている秘術と数十年の鍛錬の末、一人前の陰陽師となる。それだけにやはり五年でその領域に達した彼の実力と執念は本物だ。
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私の前を歩く、陰陽師の背中を見つめる。
この五年間、常にこの男に対して、疑念を抱いていた。
寧ろ、敵視していると言ってもいい。
確かに今や、並みの陰陽師以上の力を手にしたのは、この男が私に稽古をつけてくれたからであり、その点に関しては感謝している。
だが、所詮は陰陽師であり、藤原時康と同じ狢である。
私を救ったのも、ていのよい手駒にしようとしているだけに違いない。
あるいは『鏡花水月』の通じぬ私を味方に引き入れようとしたのではないか。
疑念は尽きない。藤原時康によって植えつけられた陰陽師への憎悪が私を警戒心の強い男に変えていた。
そんな考えすら、見透かしているのか、いつもの微笑みを浮かべながら、男は崩玉の作り方を見せると言い出した。
まだ未完成らしいが、不気味に輝くあの球体は人知を超えていると肌で感じた。
とてもおいそれと他人に見せれるものではないだろう。
それを見せようとは........
私は男の考えがわからず、益々疑心を抱く。
そして明かされる崩玉の精製方法。それは不気味な輝きに違わぬ悍ましき方法であった。
人間、妖怪、動植物…種族問わず、生きとし生けるものを糧とする凶行。
今、目の前で涙を流して震える女子に己の目的の為に犠牲を強いようとしている。
「さあ、観念するんだ。足掻いたところでより苦しむだけになる。」
そう口にし刃を振り下ろそうとした背後から、私は彼を斬ってでも止めようとした。
だが、そんな私を軽くいなした藍染は、こちらを罰しようとはしない。
「弄ぶつもりなら殺せ!!」
そう叫ぶ私に、彼は言った。
「心にもない事を言わないでくれ。君は誰よりも怖れているだろう?………死ぬことではない。何一つ復讐を果たせぬまま、それを成せず消え去る事を。………私の歩む道は、多くの犠牲の上に築かれるだろう。………だが、世界をこのまま何も知らぬ凡百の人間や神の手に委ねることこそ、永劫に続く犠牲の連鎖から目を背ける悪徳だ。………たとえ私以外の全てに否定されようと、持論を変えるつもりはないよ。………それでも尚、君が私を断罪するというのならば、その刃を私の元で磨き続けるといい。いつか、その鋒が私に届くようにね。」
そこまで聞いて、私は問うた。
何故、敵となり得る自分を助け、仲間に引き入れたのかと。藍染という男の成そうとしている大望の中に、自分はなんの意味があるのかと。
「君が、絶望を知り、同時に恐怖を知る者だからだ。………私には恐れるものなどない。惑う事もない。………だが、だからこそ、その道を照らす者が必要だ。」
私は理解した。
藍染という男にとって、善も悪も、等しくとるに足らないものなのだと。
自分の路の礎とする為に、世界を幾度と救う姿を見た。
自分の望む者を育てる為に、敢えて悪辣の徒と化す姿も見た。
善悪を理由にする必要が無い程に、彼はただ一人の個として強く、そして自らの歩む道に対して澱みが無かった。
自らの歩みこそが正義であり、大義の為ならば殺戮も厭わない。
彼の言う『正義』とは、必ずしも善悪と言う二元論に囚われるものでは無かったのだ。
藍染という男を理解した私は、それ以上彼を疑う事はしなかった。
それでも、逡巡が全て消えたかと言えば嘘になる。
藍染に対する疑いは無い。
彼の大望に至る道は、今の世界からすれば大逆者と断じられる行為であろう。
だが、彼はそれを理解した上で、尚も自らの抱く大義の為に、自らの足で路を切り拓いている。
ならば、自分はどうなのだ?
己の中の正義に、正当性はあるのか?大義はあるのか?
東仙要という男はただ、己の復讐心を果たす為に、藍染という強者の歩む道を利用しているだけなのではないか?
そんな迷いを見透かすように、藍染は私に語りかけた。
「まだ割り切れないようだね。」
「……私にはわからないのです。」
私は不敬だと思いつつも、藍染の前で自分の抱く恐怖を口にする。
「故に、恐ろしいのです。私は陰陽師が、人間が憎い。あのような者達をのさばらせる世界が憎い。しかし、そのような私怨で動く私に、世界の全てを断罪する資格などあるのかと。」
「それは違う。君や私が裁く必要などない。」
藍染は私の恐怖を否定も肯定もせず、ただ、世界について言葉を紡ぎだした。
「既に今あるこの世界そのものが、許されざる屈辱の上に成り立っているのだからね。」
「屈辱……?」
「だが、かつて天界に侵攻しようとした魔界の王が望んだように、世界の在り方を原初に戻す事を私は良しとしない。それは人が人である意味を失うからだ。だからこそ私は、世界の理の礎であり、世界の屈辱の象徴であり、最大の罪でもある龍神を天から堕とす。」
その物言いに、私は世界に対する疑念を口にする。
「……藍染様は、龍神を天から下ろし、自らが天に立つと仰りました。ですが、屈辱とは一体どういうことなのですか?」
そして私は知る事にとなる。
世界の成り立ちの真実を
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藍染様から全ての話を聞き終えた時、私は既に覚悟を決めていた。
自らが大逆者となろうと、この世界を変える事こそが大義であると。
その為ならば、自らの命すら投げ出しても構わないと。
霊圧の澱みが消えた私を前に、藍染様は改めて自らが歩むべく道を私に告げた。
「私はいずれ理の涯へ達し、礎をすげ替える。欲望に踊らされた屈辱ではなく、自らの意志を持って天に立つだろう。」
藍染様はそのまま私に対し、明確な覚悟をもって自分に従う事を決めた者に、敢えて取引の言葉を持ちかける。
「何か望むものはあるかい、要?最大の忠臣として私についてきてくれた礼はしよう。何か望む事があるのならば言うといい。」
まるでこちらの決意を試すかのような言葉に、私は『藍染様の造る世こそ私の望みです』と本心から答えかけたがーー
そこで私の脳裏に、昔言葉を交わした親友の姿が過ぎる。
私は僅かに沈黙した後、ゆっくりと口を開いた。
「もしも、お許し頂けるのであれば……一つだけ」
「ほう?」
藍染様自身も私が何かを望む事が意外だったのか、興味深げに目を細めて相手の言葉の続きを待つ。
「私の望みはーーーー」
確信した正義とは、悪である
正義が正義たり得る為には
常に自らの正義を疑い続けなければならない