理論
「調子はどうかな、要?」
日本各地に設けられた僕の隠し研究施設の一つを要に与えた。無数の培養器が犇めく調整室で研究を進めている要に僕は声をかけた。
「此方です、藍染様」
要は振り返り、僕へ挨拶。例の実験がもうすぐ終えるところなので、僕が直接見にきたわけだ。
「基礎理論は概ね動植物の被検体で実証が終わりました。現在は次の段階へ移行するための最終実験を準備中です」
「ーー面白い」
実験体が育まれている培養器を見つめて僕は感想を口にする
「魂魄自殺を防ぐには妖力質量の小さな細菌型で浸透融合させるのが最良だと思っていたが、よもや自立する成体の人造妖怪を直接魂魄と合体させようと考えるとは」
ーー流石だね、要。
「ありがとうございます」
要は淡々と頭を下げる。
この世界に虚は居ない。だが、代わりとなる存在として僕は妖怪或いは妖力が、それに当たるとして研究を始めた。妖怪と人間のハーフも実在するが、それらは霊力と妖力のどちらの素養もあるにも関わらず、出力には特筆すべき点はない。ならば、後天的に妖力を与えることで霊圧と妖力の二つの力を自在に扱い、尚且つ出力は2倍以上のものができるのではないかと期待しているのだ。
この後天的に妖力を与える工程を指して、僕は虚化と呼ぶ事にした。
「期待しているよ。では要、引き続き実験準備は君に任せるよ。」
「畏まりました。」
だが虚化による魂魄自殺により研究進捗が足踏みしていた。そもそもハーフですら、霊力と妖力どちらも使えるが出力の飛躍がないのだ。元々の容器に2倍の力を入れようというのだから、容器が破裂するのは当然の事だ。
要を部下にしてから早100年。それでも今回は要の協力により光明が見えかけている。
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実験当日
紆余曲折の末やっとここまで計画を漕ぎ着けた僕は、隣の魂が抜けたような顔をした要と共に周りを見た。周りには衣服の残骸が散らばっている。だが、散らばり方は争ったような形跡ではなく、そのまま人が消え去ったように衣服が放置されていた。
「ーーまさか、ここまでお膳立てして魂魄自殺を防げなかったとは…」
「そう気に病む必要はないよ、要。」
僕は散らばった衣服の残骸中を指し示す。
そこには一人の子供が悶え苦しんでいた。
顔半分は仮面に覆われて、白目が黒く、虹彩は黄色に変色していた。
それはつまり、この子供は魂魄自殺を耐え、人間と妖怪の領域を踏み越えたという事だ。
「今回の手法ならば低確率ではあるが、魂魄自殺を防ぎ、虚化が成功するようだね。」
「……ですが、このままではあの者は死にます。魂魄自殺を耐え抜いても、結局死ぬのでは意味がありません。」
「グアアああああぁぁぁぁぁ!!!!」
咆哮を上げながら、胸や仮面を掻きむしりながら苦しむ子供。
確かにあのままだと死ぬのも時間の問題だ。
「申し訳御座いません、あんな失敗作を藍染様にお見せすることに…」
要は実験を失敗と判断し、斬魄刀の柄に手をかける。
それを僕は彼の肩に手を置いて止める。
「……藍染様?」
「必要ないよ、要。あの子供はそのままにしておこう。」
「……ですが」
「確かにこのままでは死ぬだろう。だが、一度は魂魄自殺を耐えたのだ。ならばこの虚化の苦しみを耐え抜いた先は、人間と妖怪を超えた超越者に彼はなる。いわばこれは彼にとっての試練なのだよ。その先を見てみたくはないか?」
「………」
要が手を下ろした。
「では行こう、要。」
「はい、藍染様」
僕達は実験現場から去る。彼がここで死ぬか、或いは超越者として立ち上がるか。期待しながら待つとしよう。
最後に振り返る。
相変わらず地面に転がりながら、苦しみ悶える姿は、他人が見れば滑稽に映るか、或いは哀れみを抱くだろう。だが、僕の目には己が試練を打ち破る闘争として映っている。
「またどこかで会える日を楽しみにしておくよ、森近霖之助」
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初の虚化実験成功例
この意味は非常に大きい。要には悪いが失敗する事を想定していた為、特別強大な霊力を持つ個体で実験はしていない。それでも低確率で魂魄自殺を耐えた。ならば強力な個体であればより安定するだろう。
また、肉体的に人間より強度が高い妖怪に霊力を与える逆虚化。原作的に言えば虚の死神化。つまり破面化の成功率も上昇した訳だ。
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「聖!聖~~!」
……この声は、村紗ですか。ここでは静かにと毎回言っているのに…しっかりと言わなければいけませんね。
「はぁ。何ですか村紗。いつもここでは静かにと言っているでしょう?」
「ごめんなさい!でも聖が気になりそうな話を聞いたんだよ!」
? それは何なのでしょう。私の興味を引く話とは…
「その話とは?」
「それがさ。最近、都に最強の陰陽師っていうのがいるんだって。」
陰陽師――妖怪を退治する者が、何だと言うのでしょう。恐らく護廷十三隊の隊長だとは思いますが。
真央霊術院ーー約200年前に設立された陰陽師の塾だ。陰陽師としての歴史は浅いが、今や没落しきった過去の名家達を差し置いて、都で最も力のある陰陽師集団だ。
初代塾長ーー朽木灰矢が設立した当時は阿部家などの貴族出身の歴史ある陰陽師に見下されていたが、実力による成果でどんどんのし上がっていった。
逆にそれまでの陰陽師の家系は衰退し、今やただの貴族となり、陰陽師業は名ばかりのものになった。
理由は主に二つ。真央霊術院は貴族だけでなく、平民などの身分を問わず解放した事。
そして、徹底した実力主義。成果を上げれるものが上に上がるその仕組みは、陰陽師全体の実力向上にも繋がった。
結果、都はより安全なものとなり、時の天皇陛下からも認められ、都の中心に卒業生が陰陽師の部隊を設立するに至る。
護廷十三隊ーー都だけでなく、この日の本の国の全土を守護する最強の陰陽師集団だ。真央霊術院はあくまでも塾として人材を育て上げる場という性格が強い。対して護廷十三隊は実際に妖怪退治を行う実働部隊だ。
中でも13人の隊長の実力は人智を超えた実力で、大妖怪にも引けを取らないとか。
恐らくその13人の内の一人だろう。
「陰陽師が、どうしたのですか?」
「焦らないで焦らないで!実はね…」
焦らす村紗。早く言ってほしいものです。村紗の焦らしに少し苛ついてしまう心を抑え待つ。そして村紗は、焦らしに焦らした後言った。
「その陰陽師はさ!妖怪を退治しないことで有名なんだって!」
「……………は?」
「妖怪の友達から聞いたんだけどー。どうやらその彼は大妖怪を軽く捻る力を持ちながら軽くボコってから反省を促すだけで殺さないんで、人間を襲わないって誓ったら食料とか提供してくれるんだって!しかも美形君らしいよ!」
「は、はぁ…」
村紗のテンションに引きながらもその陰陽師のことを考える。私と同じで妖怪を守っている人。
「……一度会ってみたいですね。」
「だよねだよねー!」
そう、彼女ーー聖白蓮は願った。
私と同じ妖怪に対して救いの心を持つ者。
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彼女、村紗水蜜は浮かれていた。それはそうだろう。自分の慕う聖白蓮と同じ、妖怪を守る人間がいることを知ったのだから。
きっとその彼は、聖に共感して妖怪を守るのを手伝ってくれる。聖も喜んでくれる。だったらその彼を早く見つけよう。
そう考えた彼女は、妖怪の友達から彼の居場所を聞き出した。その場所を目指す際、先述していた通り彼女は浮かれていた。
だからこそ、彼女は自分がとある妖怪の領地に入っていたことがわからなかった………
「わっ!」
「グギガァアァアァアアッッッ!!」
都に近いとある場所。其処では強大な妖力を持った妖怪が少女ーー村紗水蜜を襲っていた。
その妖怪の名は土蜘蛛。この山の妖怪の中でも最上級の力を持っており、しかも自我と呼べる物がほぼ存在しない。ある考えはただひとつ、領域に入った者を喰らい尽くす。それだけ。
領域にさえ入らなければ問題は無いのだが………勿論、村紗も土蜘蛛の存在は知っていて注意は常にしていたが、しかし今日、浮かれていた彼女は運悪く領域に入り込んでしまった。
「あ…あ…」
恐怖で体が震え立ち上がれなくなる村紗。その思考は後悔の念でいっぱいだ。何故自分は注意をしなかったのか。その考えが頭の中を駆け巡る。
そんな村紗に容赦なく、土蜘蛛は自身の爪を突き刺し……
「………あ、れ?私、生きて……」
まだ、生きていた。どうやら爪を突き刺されそうになった際に気絶してしまったらしく、その後の記憶は全く無い。
それにしても、此処は何処だろう?冷静になった村紗は此処が命連寺ではないことに気付く。どうやら何処かの小屋のようだが……
そこまで思考したところで、扉がガチャリと開く。音をした方を向くと、優しそうな顔をしている青年と褐色肌の青年が入ってきた。
「おや、目が覚めたかい?怪我はないかい?」
彼は安堵したような声で言った。彼らが自分を助けてくれたのだろうか?村紗はそう考える。もう一度彼らの方を向くと不安そうな顔をしていた。
「おや………もしかして喋れないのかい?困ったな…」
「あ、ごめん。喋れるよ。」
村紗の返答に青年らは多少驚いたような顔をしながらも、また、安心したような顔をした。
「良かった。喋れたんだね。それにしても、どうして土蜘蛛の領域になんかいたんだい?あれは基本的に自身の領域に入ったものに容赦しない。追払い、君を救い出すにも一苦労だったよ。」
「あ、ごめんなさい…ちょっと浮かれてて………」
彼の言葉に反省する村紗。それはそうだ。危うくあの山さえ崩壊する恐れがあったのだ。怒られて当然だろう。
「まぁ、君が無事で良かったよ。僕は人間、妖怪問わず、誰にも死んでほしくないからね。さぁ、このお粥食べなよ。お腹、空いてるだろう?」
しかし彼はこう言った。なんと心優しい少年だろうか。彼に感謝しながらお粥を食べようと身体を起こそうとする………が。
「痛っ!」
「おや、大丈夫かい?…成程。これは骨が軽く折れてるかな?」
少年の考察通り、村紗の骨は数本折れている。おそらく、土蜘蛛の攻撃を避けた時だろう。その時に当たりどころが悪かったのだ。
村紗がどうしようかと迷っていると、少年は村紗に負担がかからないようにゆっくり起こして、
「要、彼女に食べさせてあげるんだ。」
「はい、藍染様」
そうしてスプーンを差し出された。
「……………え?」
「どうした?腹は空いていよう?」
「えぇ!?」
思わず赤面する村紗。それはそうだろう。本人は全く気にしていないが、一応目の前の褐色肌の彼ーーー東仙要の容姿はなかなかの美形である。盲目だからか目元を布で塞いでいるが、異性の相手にいきなり恋人同士がするであろう『はい、あーん』をされようものならどんな女性であろうとほぼ確実に赤面する。
「いや!いやいやいや!なんで!?」
「骨が折れているのだろう。食べれないのであれば、誰かが補助するのは当然だ。」
「うぐぐぐぐ……」
結局村紗は、お粥を食べ終わるまでずっと、羞恥心と戦っていたのだった。
内心後ろでにこやかに見ているもう一人の美形が相手でないのが、ちょっぴり残念だと失礼な事を考えながら。