自分で読み返して陰謀論とかにハマってた時期だったなぁ、としみじみ。
『【衝撃の過去!!宮永姉妹の確執の裏に潜むものとは!?】
近年、日本女子麻雀界の躍進が目覚ましい。小鍛冶健夜プロ(31)以降、世界で活躍できる日本人選手が乏しくなってきた中で、黄金世代と呼ばれる若手選手たちの活躍が目立っている。
来季から海外リーグへの移籍が確実視されている横浜ロードスターズの天江衣プロ(21)が今年、小鍛冶プロ以来となる国内八冠を達成して大きな話題になったのは記憶に新しい。
そんな黄金世代を代表するのは、やはりなんといっても宮永照プロ(22)と宮永咲選手(20)の姉妹だろう。
姉の照は高校卒業と同時に渡欧し欧州Aリーグ入り。国内のプロ団体を経由せずに海外のプロリーグと契約したのは日本人としては初めてとなった。一年目こそ日本とは異なる打ち方や細かなルールの違い、言葉の壁などに悩まされたが二年目には見事に対応してみせ、今季から所属するバレンシアMCではチームトップの成績を残している。
妹の咲も高校卒業時に姉と同様国内外のプロ団体から声がかかったが、東都大学への進学を選択し一年時から中心選手としてチームに貢献。二年生となった今年は高校時代にチームメイトだった原村和を擁する此花女子学院大学や、昨年度の大学MVP荒川憩がエースを務める難波大学を立て続けに破って全国優勝を果たした。
しかし最も大きな衝撃を与えたのは先々月に行われたプロアマ交流戦だろう。アマ代表の大将を務めた彼女は、天江や戒能良子(24・松山フロティーラ)といった国内のトッププロ、さらには海外から三尋木歌プロ(28・四川蛟龍)が参戦するなどベストなメンバーを揃えたプロ代表にチームが苦戦を強いられる中、大将戦で四万点以上の差をひっくり返して逆転勝利を収めた。交流戦でアマ代表が勝利したのは実に三二年ぶりの快挙であり、プロ代表の大将として出場した天江はその試合で今季初めてとなるマイナス収支を記録した。
宮永咲はすでに世界水準の力を持っているということを改めて世に知らしめる形となった。
こうしてお互いに華々しく活躍している宮永姉妹だが、彼女たちが公式戦で同じ卓に座ったことは一度しかない。それが四年前のインターハイ個人決勝である。それ以降、同卓はおろか大会や代表でも機会があるにも関わらず顔を揃えたことがない。
そういった要素も宮永姉妹の不仲説を煽る材料になっているが、確執が存在するのではとささやかれるようになったのは、奇しくもあの個人決勝で注目を集めていた四年前からだった。その根拠となったのは宮永照が記者に語った「私に妹はいない」という発言である。
当初はネットに広まるデマに過ぎなかったが、彼女たちの実家が火事で焼失していること、それをきっかけに両親が別居し、姉妹が別々に暮らしているといった事実があいまって信憑性の高い噂として信じられるようになった。また、不仲説は事実かといった取材に対し、姉妹揃って無回答やあいまいな態度しか示さず否定しないこと、そして彼女らの両親が姉妹の関係性についての質問を全面的に拒否しているのもその要因となっている。
そして本誌はついに宮永姉妹の確執が事実であるという決定的な証拠を入手した。先述した宮永照の「妹はいない」という発言を直接言われた、とある週刊麻雀誌の記者A氏から話を聞くことに成功したのである。A氏は当時のことをこう振り返る。
「西東京の予選後に宮永照選手にお話を伺う機会があったんです。その時はちょうど無名だった清澄高校で大将を務め、あの天江衣選手(前年度にインターハイ歴代最多獲得点を記録)を倒して全国出場を決めた宮永咲選手が注目を浴び始めていた時期で、二人とも出身が長野県ですからもしや姉妹なのでは?と思いそう尋ねたんですよ。すると宮永照選手はしばらく俯いて押し黙った後『私には妹はいません』とだけ語って足早に立ち去っていきました」
そう語るのはA氏だけではない。当時白糸台高校で宮永照とチームメイトだった関係者からも、彼女が妹はいないと発言していたという証言を得ている。
どうやら宮永照が一貫して妹の存在を否定しているようだが、姉妹がともに幼少期を過ごした地元で取材を行ったところ、宮永家の姉妹は有名だったようで多くの人が彼女たちの存在を明言した。
しかしその取材の最中で驚くべき話も聞くことができた。話を伺った何人かがこう語ったのである。
「宮永家の姉妹は、三姉妹だった」と。
それを証明する物的証拠は今のところ見つかっていない。しかし別々に取材をした、年代もバラバラな住民からこういった話が上がったのだ。
仮に彼らの証言が事実だったとしたらもう一人はどこにいるのか。その存在が姉妹の確執に関わっているのか。疑問は尽きない。
そして思い出してほしい。宮永家は以前、火事に見舞われ住宅が全焼している。当時の新聞の記録では幸いにも死傷者は出ていないが、それが原因となり姉妹の確執や両親の離別に繋がっているのだとしたら……。
謎の多い宮永姉妹とその家庭。その真相は未だに灰の中に埋まっているのかもしれない。焼け落ちた宮永家の跡地は、煤に覆われたまま今も残っている。』
よれたワイシャツの袖をまくり、ネクタイはゆるい。口には咥えタバコ、そして耳の上に鉛筆を挟んだ男の姿は、まるで昭和の世界からタイムスリップしてきたようにすら見える。それは男に限った話ではなく、壁紙や窓に掛けられたブラインドがほこりと煙草のヤニで変色していたり、壁にかかっているのがホワイトボードではなく黒板だったりと、この事務所自体が二十一世紀から切り離されているようなものだ。
ゴシップ紙を細々と発行しているだけの出版社だが、知識でしか知らない昭和を思い出させるという意味では貴重な場所かもしれない。
東京にもまだまだこんな会社があるんだなぁ、などとどうでもいいことを考えていると、自分の書いた記事を読んでいた、ここの編集長であるらしい男が顔を上げた。そして感情が何も宿っていないような目を向けてこう言った。
「ボツだな」
感想はたったの四文字である。それを受けて書き上げた記事を酷評された男、篠川亮市は軽く肩をすくめるだけだった。
亮市にとって相手の反応は予想通りのものだ。ダメで元々という意識が最初からあったことに加え、ここに来るまでにすでに数十を超える出版社から似たようなことを言われている。中には門前払いされたところもあった。
フリーランス記者の厳しい身の上である。
「参考までにどの辺りが?」
「前振りが長い、ネタがありきたりな上に旬じゃない、記事の中でわざわざ『証拠がない』なんて書くのはバカがすることだ」
手厳しいが、まあ真っ当な指摘であった。腐っても鯛といったところだろうか。
寂れた出版社の編集でもやはり見る目はプロのそれだった。むしろ大手出版社の濁したような返答しかしなかった編集者よりも、歯に衣着せぬ物言いをするこの男の方が亮市としては好印象を受ける。
そんなものを抱いたことろで自分の記事が紙面を飾ることはないが。
「確かにうちは低俗なゴシップ誌くらいしか出してないし、火のないところに煙を立てるのなんざ常套手段だ。だがこんな薄っぺらな記事じゃ煙すら立たん」
「なるほど。取材不足ですか」
「バーカ。取材する気があるならこんなところに持ち込むんじゃねぇよ」
要するにこの男はこう言っているのだ。亮市の書いた記事には人の注目を集めるようなセンセーショナルさが足りないのだと。そしてそれにはしっかりとした裏付け取材など不要である、というのが相手の持論らしい。
なるほど、さすが低俗なゴシップ誌を自称するだけはある、と亮市は変なところで感心した。仕事上様々な出版社を知っているが、ここまで開き直った人間とは初めて出会う。
「ありがとうございます。大変勉強になりました」
「礼なんぞ要らねぇ。もっと下衆な記事を書けるようになってから出直しな」
男はタバコの煙と一緒にそんな言葉を吐き捨てた。最後までブレない人である。
この男ならばいざという時に力を貸してくれるだろうか。他社なら恐れをなして手を引くようなネタでも、彼なら喜々として掲載してくれるかもしれない。
亮市は男の顔をじっと覗き込み、相手の瞳に自分が映っているのを確認しながら言った。
「もし、ですが」
「あん?」
「もし『宮永咲は二人いる』って言ったらどうします?」
注釈および独自設定
1
プロアマ交流戦とプロアマ親善試合は別物。
親善試合に出場するプロ選手は主に若手有望株なのに対し、交流戦はプロとアマの代表戦として位置づけられている。
そのため交流戦に出場するプロ選手は日本を代表する選手ばかりで、優勝の難易度はこちらの方が高い。
2
三尋木プロは横浜ロードスターズから中国の四川蛟龍に移籍している。
ちなみに実在する四川蛟龍は野球チーム。
3
A氏はN氏。