森の中を歩いていると、いつの間にか日が落ちてきているのに気が付いた。
時間が気になったが、腕に時計は付けていない。
「なぁ、今何時なんだ?」
「さぁ? 知らないわよ。ここ、今の季節も分かんないし」
季節が分からない? どういうことだ。
寒くないから冬ではないだろうし、暑くもないから夏でもないだろう。だとすれば春か秋だが、森の木々が青々としているところを見ると、春ではないだろうか。
「春じゃないのか?」
「それが違うのよね......ま、どうでもいいけど」
「うんん......わっかんねぇ」
魔術の難しい話はよくわからない。
本当に、魔術師の知識は聖杯戦争についてしか無いようだ。果たしてこんなナリで聖杯戦争を勝ち抜けるのだろうか。
こんな所で死ぬのは御免だ。
その時、木々の間から何者かの影が過った。
「サーヴァント!?」
「なんですって!」
何者かは木々の隙間を高速で走り抜けていく。ぬかるみを全く感じさせない綺麗な身のこなし。あれはアサシンのサーヴァントか。
一瞬だけ、腰に提げた剣の鞘が見えた。
追うとか、逃げるとか、判断する前にそのサーヴァントはどこかにまるで霧のように消えてしまった。
そして___
「うおああああああ! どこじゃどこじゃぁぁぁ!!」
聴き覚えのあるけたたましい叫び声が。
言わずもがな、アーチャーの将軍様だ。彼女はどうやらあのサーヴァントを執拗に追っているらしい。
そして今回も『俺』たちには眼もくれず、アサシン(?)が消えた方へと疾走して行った。
「な、なんだったんだ......」
「やっぱり危険ね......今のはアーチャーだったからよかったけど。早く行きましょう」
「おう。早いとここんな危なっかしいところ出ようぜ」
それから『俺』とライダーは用心しながら森を抜けて行った。途中、もう一度アサシン(?)アンドアーチャーとエンカウントしたがやはり無視され、数回ワープ地点を避けて進んだ。それ以外のサーヴァントとは遭遇していないし、特に損害もない。順調だ。ここまで来るとアーチャーをあそこまで駆り立てるアサシンが何者なのか気になるところである。
そして___
「やっと抜けた......」
『俺』たちは森の迷宮を何とか突破したのである。
森を出ると、アスファルトの道が続いていた。しばらく道なりに進むと、看板が現れた。
『ようこそ、〇〇〇〇〇〇の街、アラクリアへ』
随分と古ぼけた看板で、一体何の街なのかさっぱり分からない。字が掠れて消えてしまい、一体何の街なのか分からなくなってしまっている。
ともかく、この街はアラクリアというらしい。今回の聖杯戦争の舞台だ。
そう言えば、一般人のことは考えなくてもいいのだろうか。真昼間からドンパチやっているが、そこら辺はどうなのだろうか。
それについてはライダーが答えてくれた。
「この街ね、少し変なのよ」
「変? 普通にちょっと寂れた街、みたいなのじゃないのか、ここ」
「普通って......見て分からない? 人がいないのよ、人が」
呆れたように言われ、慌てて周囲を見渡す。大通りの側に建ち並ぶ5階建てくらいの建物。電気が点いているが......確かに道に人はいない。
「ビルに電気が点いてるのは?」
「さぁ? 確認してもいいけど、人はいないわ。ほら、そこのコンビニ」
ライダーが指差しているのは見たことのないコンビニエンスストア。電気は点いているし、見た感じ商品はきちんと並べられている。
『俺』たちはコンビニへ足を踏み入れることにした。
「おじゃましまーす......」
やはり、人はいない。
少し店内を歩き回って見ると、弁当などの商品は賞味期限が明日だった。つまり。
「これ、今日の朝に入荷されているのか?」
「そーいうこと。私がこの街に召喚されたのが一昨日だから、少なくとも二回は商品が入れ替わってる。もちろんだけど、ここにおにぎりを並べる人なんていないわ」
「どういうことだ......」
また意味のわからない展開に頭を掻きながら唸る。ライダーはというと、せっせっせっせとおにぎりを開封して勝手に食べていた。
「あ、おい! 一応売り物だぞ!」
「はぁ? 売り物もなにも、払う先もお金も何んだから、別にいいでしょう? ていうか、貴方も何か食べたておいた方がいいんじゃない?」
それもそうか、と『俺』はカレーパンと一番安いお茶を店内で食べた。思えば少しお腹が空いていたのだ。ライダーは『俺』の隣でぱくぱくとおにぎりの山を次々に消費していっている。どんだけ食べるのだ、このサーヴァントは。
「お前、ちょっとは遠慮しろよ......」
「どうして? どーせ誰も来やしないんだから、いいでしょう? それに私人間じゃないし。サーヴァントですし」
「ええ......。まぁいっぱい食べる人は嫌いじゃないけど、あんまりがっつくなよ」
「はいはい。貴方に好かれてもしかたないわよ」
「出たよ、出た出た。ライダーさんのツンデレタイム」
「なっ!」
「何なの? やっぱりツンデレライダーなの? これからツンデレラって呼んでいいですか?」
懐からサーベルが出て来たのでそれくらいにしておく。それでも顔を羞恥で真っ赤にしたライダーが見れたのだからいいものだ。
「それで、これからどうするつもりなんだ? 食糧はここから拝借するとして、寝る場所とか」
「適当にそこら辺の建物でいいんじゃない? 片付いてるし。まぁ、他のサーヴァントに見つけられても逃げやすい所がいいわね。......このメロンパンおいしいわよ」
「あー、じゃあそれも貰っていくか。......まぁ早いとこ出ようぜ。他のマスターもやって来るかもしれないしな」
コンビニを出てすぐに、ライダーは例の宝具を取り出した。
ライダーが先行して大通りを進んでいく。
行きすがら考えた。
そういえば、このライダー、アーチャーとそのマスターに「不完全なサーヴァント」などと呼ばれていた。それはどういう意味なのだろうか。『俺』は彼女のマスターとして、彼女のことを知らな過ぎる気がする。この先上手くやっていけるか不安にもなる。
けど、いずれ話してくれるだろう。今はそう思っておく。
「ここら辺のビルでいいでしょう」
「ああ、ここなら周りもよく見えそうだ」
ライダーと『俺』が辿り着いたのは、普通のオフィスビル。周りの建物と少し間隔があり、上の階に上がっても地上がよく見えるだろう。
『俺』は迷う事なくオフィスビルの玄関口を潜る。中に入ってみても、極普通のオフィスビルだ。ただ人の気配が無い。
振り返ると、ライダーはまだ入り口の前で突っ立っていた。
「おーい、どうしたんだライダー! 早く中に入ろうぜ」
『俺』がそう手招きすると、あろうことか彼女は思いっきり顔を顰めた。
思わずおいでおいでしていた右手と顔が硬直してしまう。
「ええっ......そんな嫌そうにしなくても」
「いや、違うの。マスター、ここは危険よ」
危険よ、と言われ、慌ててビルの奥の方へ振り返り身構える。そこには誰もいない。
宝具を片手にライダーは『俺』の側までやって来て言う。
「貴方、やっぱり魔力を感知できないのね。......ここ、上の方から凄い魔力が漏れ出してる」
「そうなのか?」
分からない。ともかく、その魔力の根源はサーヴァントかマスターであることは間違い、と彼女は言いたいのだろう。このまま階段を登れば戦闘は避けられない。
さて、どうすべきか......。
「ライダー、もう少し詳しく分からないか。せめて敵のクラスとか」
「ええ、状況分析なら私の十八番よ。任せなさい。......と言っても、この際限無く漏れ出してる魔力、どう考えてもバーサーカーよ。目的なく存在するだけで魔力を浪費している所を見ると、取り敢えず火力がヤバい脳筋バーサーカーね、きっと」
「バーサーカーか......」
サーヴァント・バーサーカー。
あらゆるクラスよりも高い戦闘火力を誇り、使役するには膨大な魔力が必要となる。さらに狂化することによって火力のさらなる底上げも可能だ。
「ライダー、何とかなりそうか」
「闘う気なの? マスターの命令なら私は従うだけだけど、はっきり言って、真名も分からないバーサーカーと殴り合うのは賢くないわよ?」
彼女の言うことは最もだ。『俺』とて、今この戦闘でバーサーカーを落とすつもりはない。出来ればそうしたいものだけど。
ただ、これからはただ守ってばかりはいられないのだ。
聖杯戦争を勝ち抜きたければ、攻めに転じるのが正解だ。
「だから、今回は相手の特性を見極めるだけだ。分析、得意なんだろう? すぐに撤退するよ」
「まぁ......それなら何とか。この宝具もあるし、少しくらいならバーサーカーでも応戦できるわ」
がしゃん、と旗の切っ先を床に突きつける。ライダーの顔に、バーサーカーと闘う恐怖は見受けられなかった。
「
ならフィニッシャーは別に有るのだろうか。
ともかく今は、彼女の宝具の特性に感謝するしかない。対バーサーカーならその威力は計り知れないだろう。
「分かった。俺も全力で支援するよ」
「支援って、貴方何もできないでしょ」
そう言われると耳が痛い。本当にどうして『俺』は聖杯戦争に参加したのだろうか。
全ては消えた記憶の中だ。
「それじゃあ、行こう」
ライダーが先行し、階段をゆっくりと登っていく。
上の階にいる、と言っていたが何階なのだろうか。二階に着いたが、迷うことなくライダーは更に上を目指す。『俺』は手摺を伝いながら彼女の後ろを追う。
「マスター」
彼女が再び口を開いたのは五階目前まで登った時だった。このビルは六階建てで、多分、更に上に屋上がある。だからそろそろバーサーカーのいる階に着いているはずなのだが......。
「どうした」
「近いわ。多分、六階ね。バーサーカーのヤツ、マスターと一緒じゃないのかしら。ここまで来ても動かないなんて。脳筋バーサーカーらしくない」
それは良いことなのか、悪いことなのか。判別に困る所だが、彼女はゆっくりと五階のフロアに足を着けた。その時だった。
ブゥン、と『俺』でも感じれる程、何かが揺らいだ。
まるで、魔力の波紋が空中を伝っているような。
「しまった!」
「ええっ!? ちょっ!!」
ライダーは『俺』の腕を引っ張って、五階フロアの奥へ放り投げる。『俺』の身体は面白いように空を舞った。
天井が高かったのが幸いし、『俺』は天井にぶつかってはたき落とされることはなく、フロアの床に叩きつけられた。
「くはっ!」
彼女に抗議する間も無く、それは天井からやってきた。
巨大な何かが大きな振動とコンクリートの破片の雨を降らしながら、天井を割って上の階から落ちてきたのだ。
「一一一一一一一一一一一一一一一ーーッ!!」
バーサーカーの咆哮はさらに破壊を撒き散らした。
容赦なく吹き飛ばされる『俺』の身体。今度は壁面に叩きつけられた。
「ぐはっ!?」
肺から空気が絞り出るような感覚。
立ち上がることもできない。
「ら、ライダー!」
それでも何とか叫び、彼女の安否を確認しようとする。
返事は少女の叫びと金属音だった。
「おらあああああ!!」
旗を頭の上で回転させながらバーサーカーに飛び掛かるライダー。瓦礫の煙でよく見えないが、旗の部分は上手く柄に巻きついているようだ。
「ーーーーーーーーッ!!!」
バーサーカーはそれを避けもしない。
旗の斬撃を身体で受け、その巨大な左腕でライダーの小さな身体を吹き飛ばした。『俺』よりも強く叩きつけられ、壁に亀裂を作る。
「ライダー!!」
何だこのサーヴァントは。
あまりに圧倒的じゃないか。
バーサーカーはその巨躯を弾丸のように「発射」させ、壁に半ばめり込んでいるライダーを壁と自分の身体で押し潰した。
信じられないような轟音がフロアを揺らす。
「ライダーァァァァァァァ!!!」
あまりにバーサーカーの突進の威力は高く、壁が耐え切れずに破壊され、ライダーの身体は五階の空へ放り出された。
「くそっ!」
『俺』は痛む身体を死ぬ気で叩き起こし、こちらには目もくれずライダーを追おうとする狂気のサーヴァントから少しでも距離を取ろうとする。
ライダーはどうなったか。あの一撃を受けて生存できているのか。
彼女の宝具が『俺』の足下に転がっていた。『俺』はそれを両手で持ち上げる。
「重いっ......! こんなもの振り回せるかよッ!」
武器にしようかと考えたが、それは無理そうだ。それ以前に、このバーサーカーと生身の人間が闘おうなどと考えるのが間違いだ。
「くそっ、どうすれば!」
あまりにも甘く見ていた。バーサーカーの、いやサーヴァントという存在を。
彼らに様子見などと、容易な心持ちで挑めるわけがなかったのだ。
『俺』は心の何処かで楽観視していた。
アーチャーとの戦闘で、ライダーはそれなりに闘えた。あの三千の火縄銃。『俺』は、あの織田信長こそが、最強なのだと、どこかで勘違いしてしまったのだ。確かにサーヴァントは強い。宝具なんて使われればひとたまりも無い。けれど、宝具でなければ多少は闘える___と。
『俺』は愚かだった。
バーサーカーはゆっくりとその巨躯を『俺』の方へ向ける。狂獣の光の無い眼に殺意は無い。___あるのは、全てを破壊するという本能のみ。
「ーーーーーーーーーッ!!!!」
再びの咆哮。あまりの振動に、右耳から血が噴き出す。鼓膜がやられた。
駄目だ。逃げようにも脚が全く動かない。
バーサーカーは、右手に握られた金色の斧を振り上げた。
駄目だ、終わる___!
「マスター!!!」
彼女の声に意識が舞い戻った。
破壊された壁の向こうから、ライダーが突っ込んでくる。
『俺』は両手で握り締めていた
バーサーカーの眼の色が変わる。目標が『俺』からライダーへと切り替わる。
「ヘラクレスゥゥゥゥ!!」
ライダーはそのサーヴァントの真名を叫びながら、雷光を纏う旗を一心に振り下ろした。
「ーーーーーッ!!!」
バーサーカーは黄金の斧で彼女の雷光を受ける。
紫電の奔流が破壊されたフロアを駆け巡った。その対象は『俺』もまた例外ではなく、『俺』は電流から逃げ惑う。
「ーーーーーーーーーー!」
「このっ!」
再び始まったライダーとバーサーカーの攻防。
戦況は圧倒的なバーサーカーの優勢。ライダーはほぼ押し潰されるようにバーサーカーの一撃必殺の乱打を回避し続けている。
先ほどの一撃は決して軽くはない。彼女の左腕はほぼ潰されて血塗れだ。長くは持たない。一刻も早く退路を作らなければ。
そんな『俺』の焦りも尻目に____その狂人は現れた。