【鳳翔】口づけ
日付も変わる位の時間に珍しく、提督が私の店にやってきた。
普段はこの時間を超えても執務室に籠って仕事をしているか、資料室に籠って仕事をしているかしかしない彼がここにやってきたことに驚きを隠せなかったが、それとは別に嬉しさがあったのも事実だ。
私、鳳翔はこの艦隊に来てから日が浅い。
とは言っても、第二次の補充要因ではあるので彼の下に来てからは1年と半分程にはなる。
それでも最古参の時雨や神通、祥鳳に古鷹は彼と4年程の付き合いになるらしいから私などはまだまだだろう。
そんな私の、小さな居酒屋を開きたいという我儘を飲んでくれた時には許可が通ると思ってもいなかったが……今はこうやって、店を開くことを許されている。
所属している艦の数が少なく、酒を嗜む艦がもっと少ない現状が故にぽつぽつとした客足の中、それでも彼の来店は片手の指で足りる程度のものだった。
そんな彼が、珍しく店にやってきて、安い酒を眉間にしわを寄せながら舐めるように飲んでいる。
私は、今しがた出来上がったふろふき大根を彼の前に置き、口を開いた。
「どうか、なされましたか?」
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「どうか、なされましたか?」
その言葉に顔を上げると、目の前にやさしく笑みを浮かべた鳳翔が目の前に何かを置いた。
湯気を上げているそれは、頼んだ覚えのないふろふき大根で。
頼んでいない、と言おうとしたら先にサービスです、と言われてしまった。
サービスなら仕方がない、と大根に箸を入れる。
そして、先ほどのどうかされたのかという質問の答えを思考し始めた。
「いや、なんでもないよ」
思考をしたところで、こんな愚痴のようなことを彼女に言ってもいいのかと思い、すぐに作り笑いを浮かべ、当たり障りのない言葉で濁すことにする。
割った大根を口に入れながら、鳳翔の表情をうかがってみたが、納得いっていないようで少し頬を膨らませていた。
…これは、まぁ、多少は出したほうがいいのかと、大根をのどに通しながら諦めて腹をくくる。
聞かせたくもないし、言いたくもない。たぶん自分も相手も後悔するだろう。
けれど、ここで拗ねられてぶぶ漬けなんぞを出されたくもないし出したくもないだろう。
「まぁ、あれだ……ちょっとした、自虐さ」
君たちに矢面に立ってもらいながら、のうのうと生きてる自分に対する、さ。そういったところで、鳳翔が悲しそうな表情を浮かべる。
深海凄艦。そう呼称されたナニかが海から来て人類をどん底に落としてから早くも数年。
今でこそ艦娘という対抗手段が現れ、やっと防衛ができる程度までは戦力差も埋めることができた。
そこからは拮抗した戦力による膠着状態が続き、そこを見なければ内地は平和そのもの、と言えるほどだ。
だが、そこまでに至るまでに何人も死んだ。同僚も、もういない。
そもそも、自分は運が良かっただけで、一つ何かを間違えれば同僚と一緒に海に消えていただろう。
「死が土に還るということなら、屍の上に立っているようなものだ」
ここでは土じゃなくて海になるけどね、とグラスの中の日本酒を煽りながら続ける。
「そう、自分たちは多くの屍の上に立っている。そのことを忘れて、のうのうと生きていたことに対する罰なのだろう。あまつさえ、自分の身が危険になれば、君たちのような存在に頼ることしかしない。年端のいかない少女に、ただただあいつらに有効打を与えられるという理由で、前線だ。やりたいこともあるだろう。女性という形で生まれたのだから、せっかくの第二の人生のようなものを、血と硝煙で染めて、休む暇もなく、酷使されて。そんな彼女たちに自分は何もしてやれない。そんな自分に嫌気がさすし、そんな自分なぞ――」
消えてしまえばいい。その言葉は、鳳翔の唇によって塞がれた。
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後悔した。
死んだ魚のような目で、いやに饒舌に話す提督を見て、胸が張り裂けそうだった。
この人は。まだ、青年といっても差支えのない歳の彼が、いったい何を見てきたのか。何を感じているのか。わからない。
けれど、色々な後悔があって、私たちに対する後ろめたさがあって。でも、私たちを、しっかりと見てくれて。
そんな彼が、最後の言葉を紡ごうとした時に、咄嗟に体が動いた。
少し勢いがついて、歯がかちっと音を立て、少しだけ味噌の味がして。
「こ、ら。鳳しょ」
唇を離した時に、何か言ってきそうだったので、もう一回彼の口を、己の口で塞ぐ。
腕を彼の首に回して、抱きしめるようにして。
安心してほしくて。
私は、あなたの味方だと。
あなたは、ここに居てもいいのだと。
そう、思いを込めて、口づけを。
次に唇を離した時には、彼の瞳には光があった。
「鳳翔……」
最も、その目は困ったように細められていたが。
まったく、などとため息をつく彼に、新しく酒を注ぐ。
「お慕いしている殿方があんな顔をされていれば、ああいう事をしようという覚悟だって出来ます」
私のその言葉を聞いた提督は、注がれた酒を半分ほど煽る。
「しかし…いつから?」
間髪入れずに答える。
「出会ったときから。所謂一目惚れです」
その答えに提督は目を丸くして、一目惚れなら仕方ないとこぼし、さらに続けた。
応えられるかは、解らないぞ、と。
そんなことは解ってる。彼を慕うものが多いこの艦隊、特に最古参組には勝てる気もしない。
けれど、まぁ私は。
「ふふ、愛人でいいですよ」
そう、愛人でいいのだ。彼の一番じゃなくていい。でも、彼は慕いたい。一緒に居たい。
その為ならば、都合のいい女でも、構わない。略奪愛というのも、悪くはないのだし。
そんな私の考えはいざ知らず。愛人という言葉に、彼はため息を吐き、苦笑して。
仕方がないな、と残ったグラスの中身を空にして、帰っていった。
「また来る」
と、言葉を残して。
また来る、なんて今までは言わなかったのに。
たったその一言が、うれしい気持ちにさせてしまうのだから、恋は毒だと感じる。
「ふふ、いつかの日か」
願わくば、彼と一緒に、二人きりの晩酌を。