「………………」
ぼんやりと、辺りを見回す。
白い景色、白い床、地平の彼方も何処にあるのか分からない程何も無い空間。
「よオ」
「え?」
声を掛けられて振り返る。
赤い、全身が赤い何かがそこに居る。
3mはあるかという巨躯に長い鉤爪のある手、頭には角が生えており黒塗りの顔には吸い込まれそうな白く光る目とギザギザの歯が生えた大きな口。
まるで、というよりも様々な文献にある悪魔、というイメージがピッタリな生物だ。
しかし、不思議と恐怖は微塵も感じない。
「……あんたは、誰?」
「いや待テ、備えロ」
その悪魔はあたしの右腕を掴む。
その瞬間━━
「ぎゃああああああああァァァァァっ!!!」
激痛━━
バランスを崩し倒れるもそのままのたうち回る。
「待ってロ、一時的だが痛覚を切ってやル」
ぐっ、と右腕を握られる感触が伝わり、ウソのように痛みが引いていく。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
「あーア、あんな無茶をするからダ」
呼吸を整えて立ち上がろうと手を床につく。
が━━
「あ……れ……?」
あたしの、左腕が無い。
それどころか、左脚も無い。
引き千切られたようにズタズタになっている。
目の前の光景に気を失いそうになる━━
「おい寝るナ!寝たら死ぬゾ!まじデ!」
「あああああ……」
「大丈夫ダ、気をしっかり持てば助かル」
「う……うん……」
痛みを感じず、多量の血が流れ出す傷口からは目を背け、深呼吸する。
そして再び、目の前の悪魔に声を掛ける。
「で、あんたは誰なんや?」
「俺カ?俺はナー……あれダ、お前達が〈神機〉っつってるあれダ」
「……神機?」
よく見てみると、悪魔には無数の傷があった。
切傷、擦傷、焦げ、角も先の方が折れている。
「お前に色々と話したい事があってナ、ようやく話せる事が出来て嬉しいゾ」
「え、あっ……」
これまでの神機の扱い方を鑑みる。
力任せに殴りつけ、アラガミの攻撃も全て受け止めさせ、挙げ句には零距離の爆発バレット使用……
これはキレる、間違いなくキレる。
「ご、ごめんなさい……」
「ン?何故謝ル?」
「……え?ぞんざいな扱いをしたから怒ってるんじゃないの?」
キョトンとした顔で悪魔に見つめられる。
案外、可愛いかもしれない。
「クッ、グゲッ、グハハハハハ!なあんダ、俺に怒られると思ったのカ!」
「ちゃうの?あたしのせいで傷だらけやし……」
そう問うと、悪魔は踏ん反り返った。
「確かに痛かっタ、でもナ、お前の飯を狩るときの爽快感に比べりゃ屁でもネェ!潰シ、殴り飛ばシ、抉り取ル……お前の狩りは実に爽快だっタ!」
「まさかの好評」
「しかしナ……」
悪魔はあたしを見た。
「そのザマではナ……もうアレは味わえないのかと思うト、残念でならン」
「………………」
あたしは左腕に目をやる。
まだ滴り落ちる血……もう、ゴッドイーターとして働く事は出来ないだろう。
「……もっと、皆を助けたかったな……」
「出来るゾ」
「……え!?」
「お前の手脚なら直す事も出来なくはなイ。が、おまえの精神が痛みに耐えられるか分からんシ、俺もやった事が無いから失敗するかもしれン」
あたしは右手を悪魔に差し出し、叫んだ。
「やって!」
「おまエ、ちょっとは考エ……」
「いいから、やって!!」
「はいヨ、まあ思い切りの良いのは好きだゼ」
また悪魔はあたしの腕を掴み、ニヤリと笑う。
「実はナ、お前の適合試験とかいうのに使われていた神機は俺だったんダ」
「え?そうなの?」
「あア、俺はナ、お前を一目見てつまらなそうな奴だと思って食ってやろうかと思ってたんダ」
「ヒエッ」
悪魔は目を閉じて続ける。
「だがナ、逆だっタ……俺はお前に食われかかったんだヨ、エレナ」
「……わ、私が!?」
「あア、俺の体の一部を持ってかれタ。あまりのイレギュラーに恐怖して大人しくお前に従っタ。情けなくて笑っちまうゼ、ゲハハハハ!」
「どうなっとるんやあたしの体」
「マ、その時持ってかれた俺の一部に働きかけて体を修復しようって訳ダ。成功しても元通りとはいかないだろうガ……そこは勘弁してくレ」
ケケケと笑いながらあたしの右腕を握り締める悪魔は、酷い目に遭った筈なのに楽しそうだ。
「何であたしを助けるの?」
「あア?んなもん俺を満足させられるのはお前しか居ないからダ。それ以外何が━━」
突如、右腕を掴んでいた悪魔の手が千切れる。
「おっと時間切れダ、まあこれで上手くいけばお前もまた俺を使う事が出切るかもナ」
「今千切れた貴方の腕、大丈夫なの?」
「アァ、どうせまた修理して貰えるだロ」
あたしはふわりと浮き、悪魔から離れ始める。
「あ、貴方!名前教えて!」
「そんなもんねーヨ!好きに呼べばいイ!」
どんどんと悪魔から離れていくあたし。
必死に、大きな声で叫んだ。
「あたしは戻ってくるからね『ロッソ』!絶対に、絶対に戻ってくるからね!!」
「あア!楽しみにしているゾ!また一緒に暴れまわろうゼ!ゲハハハハハハハッ!!」
白い地平に赤い悪魔、あたしの相棒『ロッソ』の姿が融けて消えていく。
意識がクリアになっていく、世界が崩れていく。
戻らなければならない、地獄へと━━