それから俺達はサカキのおっさんの後を追ってラボラトリへ足を運んだ。
おっさんはおびただしい数のコードが繋がれたモニターを弄りながら、俺達に問いかけた。
「さて……エレナ君の事を話す前に、君達から見て彼女はどう見えるか教えてくれるかい?」
リンドウと顔を見合わせる。
「まあざっくりと言うなら『強い』な、性格は礼儀正しく真面目な方だが……年齢相応だろう」
おっさんは大きく頷く。
「報告を受ける限りでは足の速さもそこそこながら腕力やジャンプ力、瞬発的な動きに異常な程の強さを見せているようだね」
「ああ、あんな動きをしようとすれば間違いなくとんでもない筋肉量がある筈だ……だが、アイツを見る限りそんなに筋肉質ではない」
「……そうだね、どちらかと言えば見た目は同年代と比べても華奢な方だ」
資料を数枚、俺達に差し出しながら続ける。
「その資料の1枚目は彼女の此処へ来たばかりの時のデータだ、身長148.2cm体重44.2kg……栄養不足だった為か成長は悪い方だ」
「……まあ、このご時世では珍しくは無いな」
「そうだね、では2枚目を見てくれるかな?」
リンドウはパラリと資料を捲る。
そこには有り得ない数字が書き込まれていた。
「138.4kg……!?」
データを採取された日付は1枚目から1ヶ月と少し経過した後だった。
エレナを抱えた時、有り得ない程の重量を感じたのはその為だったか。
「……ソーマ君、あまり驚いていない所を見ると……知っていたのかい?」
「俺はさっき退却する時にあいつを担いだ、それで知っただけだ」
「ふむ……もう1枚捲りたまえ」
リンドウが資料を捲ると、それは色々な精密検査の結果だった。
「神機の適合試験後、異常な体重気がついた私は精密検査を行った。脳に異常なし、内臓に異常なし……異常が出ていたのは骨と筋肉だった」
「骨と筋肉……」
「彼女は適合試験の際、他の候補生と比べて痛みをほぼ感じなかった。しかし、身体中の構造を全て作り替えられてしまったんだ」
資料には後に実施した体力テストの結果も書かれている。
握力計測不能、立ち幅跳び計測不能、走り幅跳び測定せず、反復横跳び20秒で45回、腹筋30秒で56回、20mシャトルラン200回目で計測中止、50m走6.24秒……
「彼女に行って貰った体力テストの結果、握力とジャンプ力と腹筋、そしてスタミナが異常だという事が分かった……しかし、それ以外は他の神機使いと変わらないかそれ以下だった」
「……小回りが利かない?」
「ご明察だ」
最後の資料は考察が書いてある。
「そうして様々な検査を終えた結果、エレナ君は全てアラガミ細胞からなる骨と筋肉に置き換えられたという結論に辿り着いた」
「アラガミ……!?」
「そう、アラガミだ……彼女の体は私達とは根本的に違う物になっているという事だ」
リンドウは資料を握り締める。
「何故だ、何故エレナだけがこんな事に……」
「……答えは明白だ、彼女がゴッドイーターチルドレンだったからなんだよ」
おっさんはモニターを弄りながら続けた。
「彼女の体内には親から受け継いだ偏食因子が存在し、しかもそれが変異してまるで別物になっていた……それが異常な程の神機適合率を誇り、体内の偏食因子が作用して身体を作り替えた」
「ゴッドイーターチルドレン……ゴッドイーターの子供って訳か」
「そう、人類史上初のゴッドイーターの子供なんだ……故に、イレギュラーが起こった」
神妙な面持ちで顔を上げるおっさん。
「高い神機適合率は神機と身体が融合してしまい……結果、アラガミ化する可能性が高い。しかし、彼女にはそれが起こらなかった」
「……何故だ?」
「それは検査をしても分からなかった、しかし仮定は出来るね……恐らく彼女は……」
「エレナは……?」
手元の資料には既に目もくれず、リンドウはおっさんの言葉を待つ。
俺も釘付けになり、手を握り締める。
「彼女は神機を逆に取り込んだと想定できるね。そして取り込んだアラガミはエレナ君に害を為さず、有益になる様に身体を作り替えさせた」
「取り込んだ……!?」
「そうだね、言ってしまえば彼女は精神が人間。体はアラガミのハイブリッドだ……後天的なソーマ君と言った方が近いのかもしれないね」
俺は壁を殴りつけ、おっさんを睨み付ける。
「ふざけるな!何故あいつを俺と同じにした!?俺の様な人間は存在するべきじゃねえ!!」
「……彼女自身の望みだったんだ……ゴッドイーターチルドレンの研究は途中の段階のまま、一刻も早くゴッドイーターになりたいと願い、十分な臨床試験を行わないまま適合試験を受けたんだ」
顔を下に向けるを見せるサカキのおっさん。
少しづつ、怒りが収まっていくのを感じる。
「……止めなかったのは何故だ?」
「止めたさ、研究が中途半端なままでの実地試験なんて愚の骨頂だよ……しかし、皆を助けたいという抽象的な願いにも関わらずに異常に強い意志があった。僕には、止められなかった」
上を向いて溜息を吐く。
仕方が無いとは言えないが、エレナは自分で決めたら梃子でも動かない事を知っている。
ここでおっさんを責める事は出来ない、俺も出会ったばかりの時にあいつを止められなかった。
「あいつは、これからどうなる?」
「……手足が使えなくなってしまった以上、ゴッドイーターを続ける事は出来ないだろうね……身体の事もある、目を覚ましたら僕が責任を持って彼女に不自由が無いよう面倒を見よう」
リンドウは目を閉じて数秒間考えた。
そして、おっさんに言った。
「分かった、エレナには酷だが……そうしよう」
「それじゃあ最後にもう1つ、この事は2人の心の中へ仕舞っておいて欲しい。君達なら大丈夫だと思うけど、ほぼ全身がアラガミ化してしまっているとバレてしまえば彼女はこのままの生活を維持する事は出来ない……分かるね?」
「……ああ」
言われるまでも無い、俺は孤独には慣れたが先日の落ち込んだエレナを考えればあいつを孤独にするにはまだ若すぎる。
俺達は互いに見合って頷き、研究室を後にする為ドアを開けた━━
『アアアアアァァァァァッ!!!』
「!?」
突如、廊下の隣の病室から人間の物とは思えない叫び声が聞こえた。
「エレナ君!?」
おっさんは俺達を押し退けて病室に飛び込んだ。
「どうしたんだい!?」
「分かりません!輸血中に突然覚醒して負傷した腕と脚を押さえています!」
「幻肢痛……いや、それにしては痛がり方が異常だ、身体を押さえておいてくれないか!」
病室はかなりの混乱状態にある様だ、容態が気になるが俺達が入る事は出来ないだろう。
「……ソーマ、あの時の状況を説明する。サクヤの部屋へ一緒に来てくれ」
リンドウはエレベーターへと歩き出した。
今の俺には神機も無い、エレナの容態も確認できないのなら何もする事が無い。
黙ってリンドウについていった。
「サクヤ、居るか?」
リンドウはノックもせず、部屋に入った。
続いて俺も部屋に入ると、ベッドに腰掛けるサクヤとソファに座っているコウタを確認した。
「リンドウ……怪我は無かった?」
「……ああ、お陰様でな」
リンドウは冷蔵庫から勝手にビールを取り出して飲み始める。
俺は部屋の入り口近くの壁にもたれ掛かる。
「ソーマも……どういう事?」
「まあ今回の件でパニックになっていると思ったから、説明が必要だと思ってな」
そう言いつつリンドウはポケットに手を入れる。
その時、俺はポケットに入れた手にディスクが握られていた事に気が付くが言及はしなかった。
「リンドウさん……俺何が何だか分からなくて、サクヤさんと話をしようと思ったんだけど……」
「よくやったさコウタ、あんな状況でちゃーんとアリサを連れて帰れたのはお前のお陰だ。胸を張ってもいいぞ?」
「……はい……」
リンドウはコウタの隣に座り、話を始めた。
「まずざっくりと説明をしよう、俺はあの建物の中でアラガミと戦闘中に閉じ込められた。入り口を塞ぐように通路が完全に瓦礫で埋まってな」
「ええ、それと同時にアリサが錯乱していたのを確認したわ」
リンドウはビールをテーブルに置く。
「そこで俺は逃げ道も無くなり━━お前達に撤退命令を出した」
「……ええ」
「しかし俺は助かった、通路を塞いでいた瓦礫は跡形も無く吹っ飛び、相手していたアラガミまで余波で粉々になっちまった」
リンドウは目を細める。
「恐らくエレナが助けてくれたんだろう……あの状況で瓦礫を除去出来るとは思わなかったが、それをやってのけて俺を救い出したんだ」
「……そうだ、エレナはどうなったの?あの子には御礼を言わないと……」
リンドウは口をつぐむ。
自分を助ける為に犠牲になった等とは、中々切り出せないのだろう。
代わりに俺が口を開く。
「あいつは手足を失った、ゴッドイーターに戻ることはもう無いだろう」
「そんな……!」
「俺に関わった奴は全員不幸になる運命だ。遅かれ早かれ、な」
俺はコートに付いたエレナの血を見ながら呟く。
「エレナ……」
「……落ち込むなコウタ、あいつにもう会えない訳じゃあないんだ、な?」
「でも……こんなのって酷すぎるよ……まだあいつは14歳なのに……」
これにはリンドウも何も言えなかった。
少しの間沈黙が流れ、リンドウは立ち上がった。
「今日遭遇したディアウス・ピター……奴は1度だけロシアで対面したことがある第2種接触禁忌種のアラガミだ、これからは奴もこの支部で活動する事になるだろう。俺の言いつけを守り、生き抜くことを考えて行動してくれ」
「……了解」
「……了解っす」
それだけを言い、リンドウは部屋を出て行く。
それに続いて俺も部屋を出る。
「……ソーマ」
「何だ」
リンドウはエレベーター前で振り返り俺を呼ぶ。
「確かお前は神機を置いていったな」
「……ああ」
「神機が回収される迄の間……いや、今夜はエレナを見守ってやってくれ」
「どういう事だ……?」
リンドウはいつになく真剣な表情を見せる。
「今回の任務は、恐らく俺を暗殺する為に仕組まれた罠だろう」
「何……!?」
「嫌な予感がするんだが、俺はマーキングされている筈だからな……」
リンドウは到着したエレベーターに乗り込み━━
「エレナを頼む」
それだけを言い残していった。