シリアス「持ってくれ、俺の体……!」
「いだいいだいいだいいいい!!!」
「「………………」」
病室に入るとすぐにエレナの叫び声が耳に入る。
俺はサカキのおっさんの隣で、恐らく同じ様なアホ面を晒してエレナを見ていた。
「なあ」
「ああ、うん」
エレナは意識が戻っている、多分。
しかし左腕と左脚があった場所をおさえてわめき散らしているので此方には気付いていない。
「左腕と左脚……」
「……うん……」
俺は一息ついた後、おっさんに言った。
「生えてきてないか……?」
「うん、僕もそう思うね」
明らかに担いでいた時の状態から手足が修復しつつある……肌の色は真っ赤だが。
「何故痛がってる?」
「成長痛に類似する物だね、重度の」
つくづくこいつは……と目を閉じて頭を搔く。
あいつらに何て説明すりゃあいいんだ……
「輸血が終わった事により回復して、体内のアラガミが元に戻ろうとしているのだろうね……しかし、このまま症状が進めばアラガミ化という可能性はゼロではない、僕は観察を続けるよ」
「ああ……エリックは?」
「アリサ君と一緒に反対側の病室だ、流石に同じ部屋には出来ないからね」
まあ、そうだろうなと部屋を後にする。
今居ても仕方が無い、エリックの容態を見よう。
「いやあ!こないでぇ!」
と思っていたらこっちはこっちで喧しい。
アリサが錯乱状態で暴れている。
「丁度良かった!押さえていて下さい!」
「何で俺が……」
「いいから、お願いします!」
渋々とアリサの身体を押さえつける。
女医は注射器でアリサに鎮静剤を投与する。
「ふぅ……有難う御座います」
女医には目もくれず反対側のベッドに顔を向けると、エリックが妹を抱えていた。
「いやはや、参ったね」
「調子はどうだ?」
エリックは既に身体を起こし、頬をポリポリと搔きながら困惑した表情を見せる。
「ああ、僕なら問題は無いんだが……」
「お……お兄ちゃん、だ、大丈夫?」
「この通り、エリナがアリサの声で怯えてしまってね……少し困っている」
フッ、と鼻を鳴らす。
エリックはもう問題は無さそうだ。
「それよりも、エレナの容態は……?」
「………………」
つい、黙り込んでしまった。
さっきのエレナの状態から考えると、お世辞にも問題ないとは言い難い状態だ。
「お兄ちゃん……お姉ちゃん、どうかしたの?」
「……ああ、ちょっと怪我をしてしまってね」
ちょっと、等と生易しい物ではないが、エリナに本当の事は言えないだろう。
エリナはエリックの膝に頭を預けて続けた。
「私、お兄ちゃんを助けてくれた時のお礼を言ってないよ。元気になったら言わなきゃ」
「……ああ、そうだね……」
沈痛な面持ちのエリックを見て思わず上を向く。
そんな表情を見ながらエレナが手足まで生えて戻ってきたらと考えると、流石の俺でも同情する。
「少し待ってろ」
「え?……あ、ああ」
病室を出て自動販売機でジュースを3本買ってすぐに戻ってくる。
そしてエリックに2本投げ渡して言い放つ。
「今日はテメェに助けられた、俺の奢りだ」
「ああ、成る程ね」
「あ……ソーマさん、有難う御座います……」
エリナは遠慮がちにお礼を言い、俺はそれを見ながらジュースのプルタブを開ける。
「こうして、君とコンビを組んでから2年も経ったんだね……いやはや、早い物だ」
「……そうだな」
「あの頃に比べれば君もかなり口数が増えたね、やはり華麗な僕のお陰という訳だ」
「テメェに付き合わされれば嫌でもこうなる」
望んだ物ではないが久々の休暇だった、エリックとの雑談は軽く弾んだ。
「……ん?」
30分程話した後にエリックに別れを告げ、エレナの居る病室に戻ろうとした。
しかしカギが掛かっている、普段病室は開放されている筈だが……
「おや、どうしたんだい?」
研究室に入ってみるとおっさんが普段通りにモニターを前で座っていた。
「エレナはどうなった?」
「取り敢えず容態は落ち着いたから医療スタッフに任せたよ、見なかったのかい?」
「いや、カギが掛かっていて入れない」
「……なんだって?」
おっさんはすぐに手元のモニターを操作し、あれでもないこれでもないと呟く。
俺もモニターを覗き込んでみると、どうやら病室のカメラ映像をハックしている最中の様だ。
「何をするつもりだ?」
「急患が入ってくる可能性を考慮すると病室をロックするなんて有り得ない。もしかすると……」
病室の映像が映し出されると、寝ているエレナと1人の医師の姿があった。
確か、オオグルマだったか……?
「……マズい!ソーマ君!病室の前で待機しておいてくれるかい!?」
「何故だ?」
「彼はエレナ君をアラガミ化させるつもりだ!扉をオーバーライドさせるから彼を止めてくれ!」
瞬間、俺は走り出した。
頭に血が上る、研究室を出て扉の前に立つと時間を置かずに扉が開いた。
「な━━」
オオグルマの手には注射器があった。
驚愕するオオグルマの腕を掴み、そのまま投げ飛ばして床に叩き付ける。
「何をしようとした?」
「何故だ!?カギを掛けておいた筈━━」
馬乗りになり、腹を殴り付ける。
「何をしようとしたか聞いている」
「グハッ!ガハッ!」
大分頭にきていた様で力加減を間違ったか、オオグルマは咳き込んで腹をおさえている。
「待つんだソーマ君」
「………………」
襟首を掴み、顔にも1発お見舞いしてやろうかという所でおっさんに止められる。
溜息を1つつき、振り上げた腕を降ろした。
「間に合った様だね……」
「……それは、偏食因子か?」
おっさんは落ちた注射器を拾い上げるとふぅ、と一呼吸置いてから話し始める。
「そうだね、これは今となっては何処にでもあるような偏食因子だ……但し、それは適切な量を適切な時間で利用した場合に限るけどね」
「過剰に投与しようとしてたって訳か」
「ああ、1度の投与には多すぎるしエレナ君の偏食因子の補充は済んだばかりだ……それに、彼女の偏食因子は特別製だから通常のP53偏食因子を投与してはいけないと通達してある」
倒れたままのオオグルマを睨み付けると、腰が抜けている様でへたり込みながら言った。
「すまん!知らなかったんだ!許してくれ!」
「では何故病室をロックしたのかね?それに、貴方はアリサの専属医ではなかったかな?」
「そ、それは……」
余りに見苦しい姿で余計に腹が立つ。
が、おっさんは妙な事を言い出した。
「ソーマ君が監視していたから接触できなかった、と言っておくと良い」
「……は?」
おっさんの方を見てみると、普段のにやけている表情では無く、完全に無表情だった。
「その方が、君には好都合だろう?私達に気付かれた等と余計な事を言って切り捨てられたくはないだろうからね」
「どういう事だ……?」
おっさんに問い掛けるが、あくまでもオオグルマを見続けて俺を無視する。
オオグルマは跳ねるように立ち上がり、病室から逃げていった。
「おいおっさん、どういう事だ?」
「私も全容は掴みかねているから説明は出来ないんだけど……何か、極秘裏に計画が動き出していると睨んでいるんだ」
「なら奴に吐かせた方が良かっただろうが!」
「リンドウ君やエレナ君を邪魔者として消そうとするほどの計画だ、もし察知されれば強行策に出る可能性が非常に高い」
おっさんは眼鏡を直し、呟く。
「まずは観察が必要だよ」
納得はいかない、いかないが……眠るエレナを見て気持ちを落ち着ける。
置いてあったパイプ椅子を持ってきてエレナの隣に座り、口を開く。
「俺はアンタの様に観察者になるつもりはねえ、これがそんなご大層な計画ってんなら、そんなフザけたモンはぶっ潰すだけだ」
「ソーマ君……」
「今日は俺がコイツを見張る、何かあったら呼びに行くから部屋に戻ってろ」
「……分かった、宜しく頼むよ」
おっさんは病室を出て行った。
俺はそれを見て、エレナの様子を見る。
「………………」
腕が恐ろしい速度で治ってきている、意識は無いようだが少し震えている。
「ハァ…………」
パイプ椅子に腰掛け、溜息をつく。
思えばコイツはあの時エリックを救い、更に今日はリンドウまで救いやがった。
しかし今日リンドウを救った時の事を考えると明らかに捨て身の行動だ。
「………………」
会ったばかりの頃を思い出す。
『死ぬのは恐いが、他人が死ぬのはもっと恐い』
その発言の意味を、エレナの姿を見て思い知る。
これは『
「…………フッ」
落ち着いた状況で他人の事を気に掛けるなどいつ振りだろうか。
それをさせるだけの人間が居たとは、それもこんなに小さな体のガキだというのにだ。
自嘲気味に笑い、寝息しか聞こえない病室で寝顔を見ながら長い時間を過ごす。