実は5ページ程書いてから公開する予定でしたが、既に公開されていたのを見て頭を抱えていました。
このお話はエレナ主観で進みます。
「はいはーい、いつものメンテナンスだけで大丈夫かな?」
「頼む」
あたしは今、ソーマさんに連れられて神機がたくさん置いてある場所に来た。
ソーマさんは顔がオイル塗れになっている女の人に神機を預けている所だった。
「ちなみにその女の子はどうしたの?」
「知らん」
「……ふーん」
相変わらずといった感じだろうか、ソーマさんは不機嫌な様子のままそう答え、エレベーターらしき場所へ向かっていった。
あたしは女の人に頭を下げ、ソーマさんをまた追いかけた。
「乗れ」
「は、はい……」
あたし達を乗せたエレベーターはゆっくりと高度を変えていく。
「……あの、ソーマさん」
「……何だ」
「もし、あたしみたいな見ず知らずの人間のせいで迷惑をお掛けしていたら御免なさい」
完全に気後れしていたあたしは、意を決してソーマさんに声を掛けてみた。
当たり障り無く、不快にさせない様言葉を選んだつもりではある。
「……特に迷惑ではない……そのトシでそんな気遣いが出来るなら、お前は俺よりよっぽど上等な人間だ」
返ってきた言葉は、思っていたよりも優しかった。
かなり自虐的な所を見ると、ソーマさんはこれまで壮絶な生活を送ってきたのだろうか。
と、間髪入れずにある階層でエレベーターは停止した。
エレベーターを降り、ソーマさんに続いて短い通路の奥にある部屋に入った。
「帰投した、あと客だ」
そう声を掛けられたおびただしい量のケーブルが繋がれた机の前で作業していた男性は、突然立ち上がってソーマさんに目もくれずあたしに向かって小走りで近寄って来た。
「待っていたよ!エレナ・コルテーゼ君!」
少し変わった眼鏡を掛けた男性はあたしの顔に激突する勢いで顔を近付けてきた。
ローブ……の様な服を着ていて糸目の男性は、何と言ったら良いのか……
「胡散臭い」
「初対面でその感想かい?」
「的確な観察眼だ」
「ソーマ君も辛辣過ぎると思うよ?」
男性は話を切るように咳払いをした後、ソーマさんにクリップボードを渡した。
「いつも通りに頼むよ」
「…………」
クリップボードを無言で受け取ったソーマさんは近くのソファに腰を下ろして鉛筆で何かを書き始めた。
それを見届けて、男性はあたしに話しかけた。
「さて……私はペイラー・榊、この支部で博士と呼ばれているよ。早速だけど、君は何故此処に連れて来られたのか分かるかい?」
「……うーん、さっぱりです」
ペイラーと名乗った博士はそんな答えに対し、何故か嬉しそうに頷いた。
「知らない筈だよ、君は人類史上初の……
ゴッドイーターチルドレンなんだ」
あたしは首を傾げた。
ゴッドイーターチルドレン?
簡単に言えばゴッドイーターの子供ということだけど、それがそんなにおかしい事なのか?
「ゴッドイーターチルドレンだと?」
首を傾げていたあたしの横から声がした。
クリップボードから目を離し、博士の方を見ていたソーマさんの声だった。
博士は大きく頷いて口を開いた。
「そう、彼女こそが初めてのゴッドイーターの子供なのさ!各支部にその子供達がゴッドイーターになる試験を受けたがっていたら、直ぐに報告する様に書類を回してたんだけどね……」
きっと回したのが7年も前だったのがいけなかったのだろうねと、博士は1人呟いていた。
「ともかくエレナ君を呼んだのは、これからの増えてくるであろうゴッドイーターチルドレン達の先駆けとして、私の研究に協力して貰いたいからなのさ!」
ようやく合点がいった。
あたしがイタリア支部での適性検査で起こった類を見ない結果は、父がゴッドイーターだった事が原因だったのだ。
それなら博士が行う研究は他のゴッドイーターチルドレンの道標だと理解し、快諾し━━
「待て」
ようとして、ソーマさんから待ったが掛かった。
「まさかとは思うが、コイツを実験台のモルモットにする魂胆じゃねぇだろうな……?」
ソーマさんはいつの間にか立ち上がっていた。
感情が薄いのか表情は大きく変わらないものの、明らかにソーマさんは怒っていた。
博士は眼鏡の位置を調節しながら言った。
「それはないよ、確かに実験台という形を取ってしまえば成果は早いし上手く事が運べばゴッドイーターとして直ぐに動けるかもしれない……けどそれは上手く行った場合の話で、折角ゴッドイーターになりたいと望んでくれてるんだから安全かつ確実に研究を進めようと思っている所さ」
博士はそう言ってソーマさんの方を向き、まだ説明が必要かい?とでも言うように余裕の笑みを浮かべていた。
ソーマさんはソファに座り直し、
「なら、いい」
と言いクリップボードにまた何かを書き始めた。
「……博士」
「ん?何か質問かい?」
そんなやりとりを聞いていたあたしは、ある点に関して考えていた。
「その研究って、どれくらいの時間が掛かりますか?」
「ふむ、そうだねぇ……研究の進み次第にもよるだろうけど、数年は掛かるだろうね」
数年━━
それはつまり研究の間、あたしはここで特に動きもせずに研究が上手く進む様に祈るしか無い。
━━それでは駄目、駄目なんだ━━
そんな考えが浮かんでは募り、焦燥感とも言うべき感情が入り乱れる。
博士の答えから5秒も経たない内に、あたしは一つの決断を下した。
「あたしを━━実験台にして下さい」
カラン、という音が隣から聞こえた。
鉛筆を落としたソーマさんが目を見開いて此方を見ている。
博士は表情こそ変わらないものの、口が半開きになっていて驚いている事が分かる。
「テメェ……!」
急に立ち止まったソーマさんはあたしの胸倉を掴み、壁に押し付けて怒りを露わにした。
「ソーマ君!あまり乱暴な事は━━」
「黙れ……」
博士の静止を振り切り、ソーマさんはあたしを睨みつけ静かに語り掛けてきた。
「どういう了見だ……!安全で確実な方法が有ると言われただろうが……テメェは死に急ぎたいだけの自殺志願者か……!」
胸倉を掴んでいた腕に力を込められ、壁に擦り付けられたあたしの体が浮いていく。
苦しい、怖い、しかし逃げる気は毛頭無い。
ソーマさんは優しいんだ、あたしが間違った道を進もうとしているから……それを正そうとしてくれているだけなんだ。
だから、あたしはソーマさんの腕を握った。
「御免なさい、ソーマさん……」
「……謝るんなら、最初から言うんじゃねぇ」
胸倉を掴む手の力が抜け、足が地面に着いた。
しかし、あたしはまだソーマさんの腕を離さない。
「……離せ」
「……ソーマさん、あたしは……」
キッ、とソーマさんの顔を見つめた。
「……あたしが安全な選択肢を選んだら、私以外のゴッドイーターチルドレン達は、研究が完成するまで震えて過ごす事になってしまうんです……!」
ソーマさんの腕を強く握り、涙を零しながら声を絞り出した。
「あたしは死ぬのは怖いけど、皆が死ぬのはもっと怖いんです……っ!」
ソーマさんの腕を離した。
ソーマさんはあたしの顔を見つめ、あたしもソーマさんの顔を涙を流しながら見つめ返した。
「…………そうか…………」
ソーマさんは目を閉じ、ソファへと引き返した。
流れる涙を拭い、博士に頭を下げた。
「お願いします……!」
今のやり取りを見た博士自身はどう思っているのだろうか。
研究を早期に完成させる事が出来るかも知れない嬉しさか、それとも研究が上手くいかなかった場合にどうするかという焦りか。
顎に手を当て俯いたまま、博士は口を開いた。
「……すまない、こればかりは私の一存では決めかねる問題なんだ」
あたしは顔を上げ、博士の顔色を窺う。
どうやらあまり悩んでいない様子を見る限り、研究の方はそれなりに自信は有るようだった。
「ヨハンに聞いてみよう……ああ、ヨハンというのは此処の支部長をしている友人だ」
と言い、あたしが入ってきた部屋の扉に手を掛けた。
「着いて来たまえ」
そう言って、博士は部屋を出て行った。
あたしも扉の前まで歩いて行き、
「ソーマさん、有難う御座いました……」
ソファに座り、腕を組んで前を向いたまま何も言わないソーマさんにお礼を言ってから部屋を出た。
ソーマさんは何も言わず、こちらに顔を向ける事は無かった。
そうしてあたしは、博士と一緒にエレベーターに乗っていた。
先程のやり取りで暗い表情のあたしを見かねたのか、博士が声を掛けてきた。
「ソーマ君はね、君とは違う形の特殊な人生を送ってきているんだ」
顔を上げたあたしを見て、博士は続けた。
「私がソーマ君の立場だったとしても、同じ様な反応をしていたと思うよ……尤も」
苦く、微笑むような表情が向けられる。
「女の子の涙には、敵わなかったんだろうね」
その言葉は、随分と心が落ち着く呪文だった。
「博士って、結構ロマンチストやね」
「そうだろうともさ……というか、君は関西弁を喋るのか」
ちょっぴりいたずらっ子のように舌を出して、博士を困らせるあたしだった。
「ヨハン、入るよ」
また別の階層、違う部屋に博士の後ろを追って入ったあたしは部屋を見渡した。
イタリア支部とは違い豪華では無いものの、落ち着いた雰囲気が見てとれる。
部屋の中には大人の男性と女性が1人ずつ。
「早いな、その子が件の子か?」
「そうだよ、流石支部長だけあって手回しが早いじゃないか」
男性はあたしを射抜く様に見つめた。
少したじろいだが、軽く頭を下げてぐっと堪えた。
「しかし何故此処に連れて来た?その件に関しては君に一任すると言っておいた筈だが?」
「それはそうなんだけどね……彼女は〈D案〉を希望しているから相談に来たんだよ」
男性は博士の言葉を聞き届け、微かにではあるが目が大きく開いた。
「……席を外してくれるか?」
「はい」
女性は簡潔に答え、手に持った資料を抱えて部屋を出て行った。
あたしの事を奇怪そうな目で見てから。
男性は机に肘を掛け、あたしに目を向けた。
「ヨハネス・フォン・シックザール……極東支部の支部長をしている」
この男性も感情は薄そうだが、あたしの事を観察するように目を向けてくる。
「〈D案〉……君がこの案を希望すると言うのなら止めはしない、此方としても嬉しい誤算だ……が、この案は安全上の問題は〈理論上〉クリアしているだけの突貫工事とも言える研究だ」
少し、肩の力が抜けた。
博士が軽く頷いている所を見れば、この研究で死ぬことはないのだろう。
「つまり君の体にどのような悪影響を及ぼし、どのような結果すら得られるかは全くの未知数……そのリスクを理解した上で希望するのかね?」
是非も無い。
支部長はこのリスクをしっかりと説明してくれたし、そこに私が不都合に思う事は特に見当たらない。
「この先の、皆の助けになるのならば」
エレナは敬語を話す時には標準語、気軽に話す時は関西弁を使います。