第12話 藍羽 浅葱Ⅱ
雪菜達3人が気を利かせて古城のために家を空けてくれたとはいえ、特に何もすることもない古城は溜まったメールを整理し那月に課せられた課題に少し手をつけ飽きたところで時計を見た。
「もう20時か…晩飯どうするかな」夕飯のメニューに困った古城は冷蔵庫の中へと目を向けたが凪沙が買い物に行く予定だったのか大したものは入っていなかった。
「とりあえず外に出るか…」いつものお気に入りの白いパーカーに袖を通しあくびをしながら古城は1人外へと出て行く。
今日から学生が春休みに入ったこともありどの店も混んでいるようだった。空いているのは高級店か外から見てもわかるようなC級料理店くらいだった。古城1人なら並んでもすぐに店に入れる可能性が高かったが、家族連れや友人同士和気藹々としている人達の横で1人寂しく夕飯を食べれるほど古城は孤独耐性がなかったためコンビニへと向かおうとした。
「あれ、古城?」後ろから聞きなれた声がする。浅葱だ。
「こんなところで1人で何してるの?さては、1人でご飯食べる勇気がなくてコンビニで済まそうとしてるわね?」
「えっ、いやっ、そんなことは…」
「図星ね、うちの所も誰もいなくてさー、私も同じ感じだったから気にしなくていいわよ」浅葱の両親は仕事が忙しく、姉も日本にいるため家にいないことがむしろ普通なのだ。
「別に気にしてはないけどな」
「そういえば、姫柊さんと煌坂さんは?」いつも隣にいる2人がいないことに気づいた浅葱は古城に不審な目を向ける。
「何もしてないからな?オレのことを気遣って3日間1人にしてくれるんだよ」
「ふーん、てっきり発情して血を吸いまくって逃げられたのかと」
「おい!発情とか血を吸うとかこんな人の多い街中で言うなよ!」昨日2人の血を吸ったことを思い出し古城は焦る。
「なら、いいんだけど。ねぇ、古城1人なのよね?」少し嬉しそうに笑う浅葱が古城の顔を覗く。
「ああ、1人だよ今日は」
「ふーん、なら特別に私が古城に手料理作ってあげよっか?」
「いや、それだけは断る」
「ちょっと!なんでそんな即答するのよ!」古城は浅葱の料理の腕を知っている。彼女には周りしか知らないが小学生の頃に作ったクッキーがクラスの男子を14人も病院送りにするという信じられない逸話があるのだ。
「いや、もうこんな時間だし外で食べた方が楽でいいって意味でな?」本当のことを言えばなにをされるか分からない古城は全力で言い訳をする。
「まあ…そうよね…」
「ああ、だからどっかテキトーな店に入って飯食べようぜ」なんとか身の危険を回避した古城は胸をなでおろしながらどこか空いてそうな店を探す。
「ねぇ、古城。あの店こないだテレビでやってて行きたかったんだけど行ってもいい?女友達連れてくのはちょっとあれだからさ」
「おう、いい…え?」浅葱が指さしたのはさっき古城が明らかに外見からC級料理店だと踏んでスルーしたボロくさい店だった。
「何固まってんのよ、男がこんなとこでクヨクヨしない」そう言うと浅葱は古城の手を引っ張り異臭がしそうな店へと古城を引きずり込んでしまう。こうなると浅葱には逆らえないことを知っている古城は渋々彼女の後ろに付いていく。
中は以外にも満席に近かったが都合のいいことにテーブル席が1つ空いていたためそこに座る。店こそ汚いものの中はよくある隠れた名店といった雰囲気を醸し出しており、古城の懸念していたような悪臭はせず汚いながらも掃除が行き届いていた。
「思ったより綺麗で安心したけどさ、ここなんの店なんだ?」2人を挟んでテーブルの大半を占める鉄板を見ながらシンプルな疑問をぶつける。
「鉄板焼きに決まってるでしょ?一応お好み焼きとか焼きそばとかそういうのもしてるみたいだけど、島の近くで取れた新鮮な魚介とステーキが超絶美味いらしいのよ!」ずっとこの店に来たかったのか浅葱のテンションは凄く高い。浅葱はこれでも大食漢であり、家がそれなりの金持ちということもありそれなりの美食家だったりもするのだ。
古城もこんな日に並ばずしてステーキが食べれると知りテンションが上がった時だった。
「ねえ、古城?」
「なんだ?」浅葱にいきなり名前を呼ばれたのだ。
「昨日の事件の間、龍脈から魔力建材に供給される魔力が0になっちゃっててね?この島が沈まないようにするために徹夜ですごく頑張ったんだけどー…」いつもとは違う声のトーンで話し出す浅葱の言う事を聞き、申し訳ない気持ちでいっぱいになる古城。
「悪い、また浅葱には助けられたんだな。ありがとう」
「別にいいのよ、そんな。ただのバイトだし…」シンプルに感謝を述べられ照れる浅葱。
「仕方ない、今日は奢るよ。この前色々と調べてもらった分もあるしな。なんでも好きなもの食べてくれよ」
「え、ほんと?いいの?」
「ああ、浅葱には助けられてばかりだからな」そんな気前のいいことを言う古城の笑顔は次の瞬間崩れ去ったのだった。
「なっ…!!」隣の席から流れてくる鉄板焼きのいい匂いに空腹を刺激された古城がメニューを開けた時だった。古城は自分が大変なミスを犯したことに気づいたのだ。
「メニューに値段が書いてない!?」メニューに値段を書かない理由は2つ材料が高価なものでありその日によって仕入れ値が変わるから。そしてもうひとつは接待で使うときに相手側が値段を気にしなくて済むようにという理由だ。どちらにしてもこの店が俗に言う高級店であることを示していた。周りを見渡した古城は自分たち以外の客が綺麗なスーツを着たサラリーマン達であることに気づいた。
「なあ、浅葱。お前奢ってもらおうと思って連れてきただろ…」
「いいじゃない、お金持ちでしょ?それに、武士に二言はないでしょ?」若干の申し訳なさを今になって感じ始めたのかいまいち笑顔が決まっていない浅葱。
「まあ…ここ払わせるわけにもいかないしな…、好きなだけ食べてくれ」恐らくかなり高価であろうこの店の会計を半分とはいえ彼女に払わせるのは酷だと思った古城は覚悟を決めた。
古城には今、皇帝という立場になったことで自由にできるお金がかなりの額用意されている。普段は元々が貧乏性ということもあり、自分の飲み物代や凪沙のアイス代そして浅葱や基樹に課題を見せてもらう時のファミレス代くらいしか使わない古城だったが昨日の今日だ、多少の贅沢をしても許されるだろう。
「まあ、とりあえずせっかくだしなんか色々頼もうぜ」そう言うと古城はメニューから浅葱の好きそうなものを中心に注文していった。
やはり古城の見立ては正しかったらしく、近海で水揚げされたばかりの魚介類はどれもプリプリで日本から特別に取り寄せる牛肉はどれもジューシーで今まで食べた中でダントツに美味しかった。
たらふく好きなものを食べ、満腹になった2人はその後会計の金額に目が飛び出そうになった。
「2人合わせて6万か…美味かったけど当分行くことは無いな…」
「私もあそこまで高いとは思わなかったわ、ごめんね?古城」
「いいよ、久しぶりに2人で飯が食えて楽しかったしな」それは古城の本心だった。
「そっか…ねえ、古城ちょっとあそこに座っていかない?」そう言って浅葱は公園のベンチへと腰を下ろす。
特に帰ってすることの予定があるわけでもなかった古城も浅葱の横に腰掛ける。
「なんか、こうして古城と2人でご飯食べて話すのって不思議な気分ね」
「そうだな、いつもは姫柊や煌坂がいるもんな」
「昔はよくこうして2人で夜まで遊んでたのにね」そう言いながら古城からもらったピアスを触りながら昔のことを思い出す浅葱。
春の気持ちいい風に吹かれながら空を眺めている浅葱は控えめに言っても美人だった。
「古城?」浅葱は自分を見ながらぼうっとしていた古城に不思議そうに声をかけた。
「ああ、なんでもないよ。ちょっと喉乾いたから飲み物買ってくる、なにかいるか?」
「じゃあ、冷たいお茶で」
「行ってくる」そう言うと古城は近くの自動販売機へと走っていく。
「あれ…いつもつけてるよな」飲み物を買いながら自分があげたピアスを付けている浅葱のことを思いだす。もう劣化していてもおかしくないほど使っているにも関わらずあげた当初と変わらない輝きを放っているのは浅葱が大切に扱っている証拠なのだろう。
そんなことを思っているとこの前の浅葱とのお見合いをまた思い出してしまい、雪菜が自分の『血の伴侶』になっている可能性が極めて高いことなど割とシャレにならない問題が山積みであることを改めて知った古城は寒気を感じる。
そんな悩みを口に含んだコーラと一緒に飲み込み浅葱の元へと戻る。
「ほらよ」
「ありがと」古城からお茶を受け取った浅葱は古城との懐かしい思い出話に花を咲かせ始める─
「そろそろ、帰ろっか」1通り話終わり気が済んだのか立ち上がった浅葱は名残惜しそうな顔をしながら古城にそう告げる。
「そうだな、家まで送ってくぞ?」そんな浅葱の気持ち等知らずに古城はいつも通りだが優しい言葉をかける。
「いいわよ、すぐそこだし。それに私の家まで来てたら補導されるわよ」
「それは、困るな…」明日の朝刊やニュースに『皇帝 第四真祖 暁 古城 補導される!!』というような内容が載ることを想像した古城は苦笑を浮かべた。
「そういうことよ、ほら帰りましょ」
「ああ、じゃあな浅葱。今日は久々楽しかったよ」
「私も、じゃあね古城」そう言うと2人はそれぞれの家の方向へと分かれていった──
家に帰り風呂に入った古城は携帯に浅葱からのLINEが届いていることに気づき内容を確認した。
〈今日は楽しかった、ありがと。お礼ってわけじゃないけどこれあげるから好きに使って〉絵文字も顔文字もない簡素な文と共に1件のファイルが添付されていた。
「なんだこれ?」心当たりがなかった古城はすぐにファイルを開けた。
そこには春休み中の課題が全て完成した状態で入っていた。
心の中で浅葱に感謝し、0時を過ぎた時計を見た古城を急激な眠気が襲いそのまま自室のベッドで古城は寝落ちしてしまった。
深夜、古城の横で小さな魔力の揺らぎが起こり、何か大きなものが寝ている古城の横に落下した──
「ん…」カーテンの隙間から刺す朝の日光を鬱陶しく感じながら起きようとした古城の手に何か柔らかいものが触れている。
寝ぼけた古城は無意識にその柔らかいものを何度か触る。
「ひゃっ…!」どこかで聞いたような声が聞こえ、自分の隣を向く古城。
「なっ…!姫柊!?」そこには裸で寝転がる雪菜にそっくりな女の子が寝ていた。
「む…何…?ひゃぁっ…!古城くん!?」寝ぼけ眼を擦りながら起きる女の子は下着姿の自分を見る古城を見つけ小さく悲鳴をあげた。
「お前…姫柊じゃないな?この前の!」自分の呼び方の違いで目の前の女の子が雪菜ではないと分かった古城の頭に少し昔の雪菜によく似た零菜という名前の女の子がいた事を思い出した。
「もう…萌葱ちゃんったらなんで古城くんの部屋のしかもベッドに転移させるかなー…。私、人目につかないビルの屋上とか希望したんだけど…」古城の言う事など無視した零菜は1人なにかブツブツ言っている。
「おい、姫柊…じゃない零菜!」
「一応私も姫柊なんですけどね?どうしたの?古城くん」
「お前、なんでいきなりオレのベッドで寝ているんだよ。あと服着てくれ」
「前回より萌葱ちゃんが頑張ってくれたおかげで下着までは飛ばせるようになったんだけど…服までは無理だったか…」零菜は萌葱の補助付きという条件はあるが自らの眷獣
「ちょっと遅くなっちゃったけどこの前のお礼がしたいって言うのと、ママがうるさくて逃げてきちゃった」可愛く舌を出しながらあまり聞き捨てならないことが聞こえた気がするが他所の家庭環境に首を突っ込む趣味は古城にはないため古城は黙っている。
「ねえ、古城くん今日って何月何日?」雪菜の制服に着替えながら零菜はそんなことを聞いてくる。
「確か3月13日だと思うけど、どうかしたのか?」
「そっかー、もう少し早く来れたら古城くんとママの熱い吸血シーンが見れたのにー…」なにやら小声でブツブツ言っているが古城には聞こえない。
「お前、母親と仲悪いのか?」
「仲悪いっていうか、すぐ怒るんだよねー」
「父親は?」
「大体のことは許してくれるかな?」
「娘に甘いんだな…」呆れた顔でいう古城を見て零菜は吹き出しそうになる。零菜の父親は古城なのだから仕方がない。
「今晩泊めてもらってもいい?ダメならどこか外で寝るけど」
「あー…まあ、1日くらいならいいけど」何故かこの零菜という女の子は他人という気がしない。少し悩んでから特に害もないので許すことにする古城はそう言うととりあえず顔を洗いに洗面所へと向かう。
「ねぇ、古城くん凪沙おばさん達は?」
「おばさんってな…凪沙が聞いたら悲しむぞ…。今はオレ1人だよ気を利かせて1人にしてくれてるんだ」
「ふーん、1人なんだ。じゃあ、あとでこの辺案内してよ」
「案内って…お前この島の人間じゃないのか?」
「この島の人間と言われたらこの島の人間だけどー…?」はぐらかす零菜に不審感を抱きつつも嘘は言っていなさそうなのでそれ以上は聞かないようにする。
朝の用意が終わり二人分の簡単な朝食を用意した古城は零菜へとコーヒーと食パンを渡す。
「ありがと、テレビ付けてもいい?」
「ああ、好きにしてくれ」古城の許可を得た零菜はリモコンに手を伸ばしチャンネルを次々と変えていく。
「え、意外…。古城くん支持率低っ」ニュースでは街頭調査によるこの国の第四真祖の支持率を示したボードが映されていた。こないだの吸血鬼暴走事件を境に古城の支持率は急降下していた。
「この前色々とやらかしたからな」まるで他人事のように言う古城。
「まあ、大丈夫だよ。すぐによくなるから」未来の古城の支持率は常に90%台を越えていることを知っている零菜は古城を励ますようにそう言った。古城の悩みの種がまた増えてしまったこともあり2人はそれから話すこともなく朝食を食べ終わった。
時計に目を向けるとまだ8時すぎだったため古城は二度寝をしに行こうと自室へと向かう。
「街の案内して欲しいんだったか?少し寝るから昼前になったら起こしてくれ」何故かテレビを食い入るように見ている零菜に向かって必要なことを言った古城はすぐに深い眠りへとついた──
どうだったでしょうか…タイトルはもっといいものが思いついたら変える予定です笑
もしなにかいい案があれば感想欄にでもちょこちょこーっと書いていただけると嬉しいです。
感想や評価を最近ちょっとずついただけるようになりとても嬉しい作者です笑
やる気になるので批判でもなんでもいいのでお暇な時にでも書いてやってください!それでは次回は零菜と古城の親子がデート?する話なので楽しみに待っててください。ではまた!