環境デッキ使いたちのデュエル録   作:典型的凡夫

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 この作品は5月中旬、EXTRA PACK -SWORD OF KNIGHTS-発売前のデュエルを元としています。


征竜ミラー「最適解」

 日本にとどまらず多大な人気を誇る遊戯王OCG。その楽しみ方は1つにとどまらない。

 お気に入りのカードを軸にして戦うも良し、数多のカードから様々なデッキを作るも良し。デッキの構想を練ることに面白みを見出す者が居れば、トレーディングカードゲームの名称そのままに収集に重きを置く者も居る。

 

 そして勝負の形式を取る以上、そこには勝利を追求する者たちも存在していた。

 

 

 週末になれば某かの大会を開く、そんなカードショップは多い。平日は近所の小学生が僅かに訪れる程度のとある店でも、日曜の今日は遊戯王OCGの大会が開催されている。

 大会と言っても、参加人数は12人と規模は小さい。しかしながら皆が皆優勝を目指して参加している。その熱気は凄まじい。

 

 そんな大会の開始より1時間余り。予選リーグからなる前半はその大半が消化され、決勝トーナメントへ進出する4人のうち3人が既に決定していた。

 残る椅子は1つ。その最後の1枠を賭け、2人の青年が激突する。

 1人は藤田。1つ1つの行動に理由を求める者。1人は松本。常に環境に目を向け、止まることを良しとしない者である。

 

 同じ趣味を持つ者といえど、所詮は他人。その楽しみ方や考え方は異なる。

 しかしこの2人はどちらも勝利を収めることを主目的に据えている。それを知っているが故に、彼らは互いに互いを強敵として認識していた。

 

「15、15です」

「同じく15、15です」

 

 規則に則って互いにサイドデッキ及びエクストラデッキを提示し、相手にその枚数を確認させる。

 もっとも、その上限は僅か15枚。それはプレイヤーを常々悩ませるほどに少ない。2人も厳選に厳選を重ねて漸く15枚に収めている。基本的に誰もがこの枚数であり、結局のところこの確認は形式的なものに過ぎない。

 

 更に彼らは以前からの知り合いであり、制限改訂後においても幾度も対戦を繰り返している。故に少なくとも、どのような傾向のデッキを使ってくるかはお互いに理解していた。

 彼らが扱うのは十中八九環境デッキそのもの。たとえそれ以外でも、環境デッキに勝利しうるものを使用してくると。そのサイドやエクストラが限度いっぱいでない筈がない。

 

「それでは始めてください」

「お願いします」

 

 開始前の挨拶を交わした後、じゃんけんにより先攻後攻の決定に入る。

 今回選択の権利を得たのは松本。当然のように彼は先攻を取った。

 

「ドロー。スタンバイ、メイン入ります。《封印の黄金櫃》発動。デッキから《嵐征竜-テンペスト》を除外」

 

 《封印の黄金櫃》は除外したカードを2回目の自分のスタンバイフェイズに手札へ加える効果を持つ。任意のカードを手にすると言えば聞こえは良いが、一時的なディスアドバンテージを負うこともまた事実。現在の高速環境ではこの一時が致命傷になりかねず、それ故に採用率も減少の一途をたどっていた。

 しかし何事にも例外は付き物。松本の除外したカードが、今やその常識を覆している。

 

「テンペスト効果、《風征竜-ライトニング》を手札に加えます」

 

 除外された場合、デッキから同属性のドラゴン族1体を手札に加えることができる。それが《嵐征竜-テンペスト》、ひいては炎・地・水・風属性の4種から成る最上級ドラゴン族、征竜が共通して持つ効果の1つである。

 一時的とはいえ損失を負ってしまう欠点など、これにより最早存在しないも同然。黄金櫃は事故率の軽減に加え、4ターン後の未来にアドバンテージを得る脅威のカードとなっている。

 

 しかしここで松本の手札に加わった《風征竜-ライトニング》は、テンペストに対応する風属性の下級征竜。この時点で、そのデッキは【征竜】とほぼ確定する。

 情報アドバンテージを失う。些細なことでありながら、時に勝敗を左右することもあるほどに重要でもあるそれ。そこまで考えれば、ここでデッキの種別を知られてしまうのは痛手と言えなくもない。

 もっとも【征竜】は櫃を使用したターンですら、時にむしろ櫃を使用したことによって展開してしまうデッキ。いずれにせよ晒すが故に、そのような心配は無用の長物であった。

 

「《炎征竜-バーナー》と《瀑征竜-タイダル》を捨て、バーナー効果。デッキから《焔征竜-ブラスター》を特殊召喚。ターンエンドです」

 

 ドラゴン族または同属性と自身を捨てることで、同じ属性の上級征竜をデッキから特殊召喚する。下級征竜――《炎征竜-バーナー》《地征竜-リアクタン》《水征竜-ストリーム》《風征竜-ライトニング》の4種――は共通してこの効果を持っている。

 下級征竜の効果で特殊召喚したモンスターはそのターンに攻撃できないという誓約があるものの、1ターン目の現在においてはまるで関係ない。実質1枚のカード消費で最上級モンスターが特殊召喚された、ただその一事だけが残る。

 

 そして当のブラスターの攻撃力は2800。飛び抜けて高い訳ではないが、征竜の中でも最も優秀と言われ、牽制としても十分な性能を誇るとされている。

 何しろ最上級モンスターを主軸にする都合上、【征竜】は《クリムゾン・ブレーダー》――相手モンスターを戦闘破壊し墓地へ送ることにより、次の相手ターンにおけるレベル5以上の召喚・特殊召喚を封じる誘発効果を発動する、レベル8シンクロ――に非常に弱い。

 しかしクリブレの攻撃力もブラスターと同じく2800。攻撃表示のブラスターに対して、その効果を決めることはできない。

 

 更に相手のエンドフェイズ時、特殊召喚した征竜は手札に戻る。無論それだけなら欠点でしかないが、上級征竜にはもう1つ、手札から自身と同属性とを墓地へ捨てることで発動する固有の効果がある。

 ブラスターの場合、その効果はフィールド上のカード1枚を破壊するというもの。つまりただ立たせるだけで、返しに破壊する可能性を生み出してしまう。その意味においても、この動きは強い。

 

 それら全てを踏まえ、今回松本が行ったプレイングは【征竜】における初動、その基本の1つとされている。

 

 無論《月の書》や《皆既日食の書》のような表示形式変更カードがあれば話は変わる。しかし前者は制限カードであり、後者に至っては今のところ採用する者自体が少ない。

 他に注意を払うとすれば攻撃力を変動させるカードになるが、そのようなデッキの場合、今度は早々クリブレを出すことができない。故に最善。十分過ぎるほどに計算された行動なのである。

 

 これが現環境における二強の一角【征竜】。ここまでしておきながらそれを最低限の普通と称されては、並のデッキは裸足で逃げ出すより他ない。

 

 しかし相対する藤田もまた、松本と同じ類の存在である。彼らの扱う環境デッキにとって、攻撃力2800の実質バニラなど何の障害にもならない。

 故に萎縮など皆無。淡々と次の一手を紡げば良い、それだけのことと済ませてしまう。

 

 それに加え、この松本の動きには1つの弱点が存在する。そこを突くことができれば、この1戦目は藤田が勝利できると言っても過言ではない。

 運が良かったとでも言おうか、彼がそれを成すために足りないパーツは僅か1枚。実際には残りデッキ36枚のうち17枚のカードで可能であり、2ターン目で勝利を確定することも夢物語ではなかった。

 

 思わず藤田の手に力が入る。デッキに手を伸ばすその様を見て、松本にも緊張が走った。ミラー故の、後攻1ショットの可能性が彼の頭をよぎる。

 それは松本のデッキでは絶対にメインから防ぐことができない、勝利の方程式。この状況からは最早、成されないことを神に祈ることしかできない。

 

 松本が緊張した面持ちで見守る中、藤田は6枚目のカードを引き入れる。その正体を確認して数秒の間を置き、彼は行動を開始した。

 

「《水征竜-ストリーム》と《瀑征竜-タイダル》を捨て、ストリームの効果発動」

「《増殖するG》を撃ちます」

 

 言わずもがな、藤田のデッキも【征竜】である。

 無論、使用したカードだけを見るなら【水精鱗】も候補に入りはする。しかし仮にそうであれば、タイダルの固有効果を使って《BF(ブラックフェザー)-精鋭のゼピュロス》や《フィッシュボーグ-アーチャー》を墓地へ送るのが基本。手札のタイダルを、自身の効果以外のコストにすることなどそうはない。この時点で9分9厘【征竜】となる。

 

 そしてメインから行われる【征竜】対策がこの手札誘発、自身を墓地へ送ることで発動する《増殖するG》。相手が特殊召喚に成功する度に1枚ドローするこのカードを手にしていたが故に、松本は柔軟性を重視してブラスターを召喚するのみにとどめていた。

 もしかすると今回はその安全策が裏目になってしまったかもしれないが、その点は割り切るしかない。

 

「……とりあえずストリーム効果でタイダル守備。考えます」

 

 一先ず効果処理を進めると、藤田は長考に入った。特殊召喚を繰り返す【征竜】が増Gを撃たれた場合、下手に動けば相手に絶大なチャンスを与えかねない。故に慎重に事を進める必要がある。

 

 しかしここで考えなければならないということは、逆に言えば確定1ショットが不可能ということ。先のドローで引くことはなかったのであろう、その点に関して松本の不安は解消された。

 もっとも先の2枚を見るに、藤田は突破手段の限られる《水精鱗(マーメイル)-ガイオアビス》の召喚が可能と言っても差し支えない。元より松本にそんな積もりは毛頭ないが、油断は禁物であろう。

 

 適度な緊張感を保ちつつ、松本は相手の動向を見守る。1分ほど経過した後、漸く藤田が動きを見せた。

 

 まずはテンペストをコストに、ライトニングの効果を発動。藤田はデッキよりテンペストを特殊召喚する。

 攻撃こそできないものの、立ち並んでいるのはレベル7のモンスターが2体。エクシーズの豊富となった現在においては、これだけでも侮ることはできない。

 しかし。【征竜】は更にその先を行く。

 

「墓地からストリームとテンペストを除外してタイダル効果発動、自身を特殊召喚します」

 

 おそらくはこれこそが征竜の持つ本来の特徴。このカード群は手札・墓地からドラゴン族または同属性のモンスターを2体除外することで、自身を手札・墓地から特殊召喚してしまう。

 もっとも、征竜は同名カードの効果を1ターンに1度しか発動できない。黄金櫃で除外したブラスターの効果でブラスターをサーチし、そのブラスターを特殊召喚などということは不可能になっている。

 しかしそれがまた別の征竜なら話は変わる。

 

「テンペスト効果で《ドラグニティ-コルセスカ》を手札に加えます」

 

 手札に加えられたのはレベル1のチューナー。これで藤田はシンクロを行えるようになった。

 

 手始めに下級征竜で最上級モンスターを特殊召喚し、その際コストになった2枚を除外してまた別の征竜を特殊召喚。更に除外された征竜の効果でドラゴン族をサーチする。それが【征竜】というデッキである。

 アドバンテージという概念を鼻で笑うような話ではあるが、近年の環境デッキとはおしなべてそういうもの。1:1交換以上を平気で行う、最早それが1つの条件となっている。

 

「コルセスカ召喚。テンペストとシンクロして《ギガンテック・ファイター》」

 

 《ギガンテック・ファイター》は元々の2800という攻撃力に加え、墓地の戦士族の数×100攻撃力を上昇させる効果を持つ。

 しかしそれ以上に、戦闘破壊され墓地へ送られた際に戦士族を蘇生する効果が重要とされる。何しろこのカード自身も戦士族であり、蘇生の対象になる。

 つまりギガンは事実上、戦闘破壊されないと同義。言わば不死身のシンクロモンスターである。

 

「バトルフェイズ。ギガンでブラスターに攻撃」

 

 このギガンは一見すると戦士族デッキ、またはそれに対するメタカード。加えて効果による除去の少ないデッキへの対策といったところか。

 しかし現環境では全く異なる見方がされている。それ即ち攻撃力2800に対するカウンター。今回の状況で言えば、藤田はブラスターを戦闘破壊した上で、更に直接攻撃を決めることができる。

 

「ギガン効果でギガン蘇生。タイダル、ギガンの順でダイレクト」

「通ります」

「メイン2。タイダル2体でエクシーズ、《水精鱗(マーメイル)-ガイオアビス》。エンドです」

 

 合計5400のダメージを与え、更に藤田はガイオアビスの召喚に成功した。

 このカードは素材を持っている限り、お互いのレベル5以上の攻撃を封じる永続効果を持つ。更に2800という最上級及第点の攻撃力に加え、素材を取り除くことで、このカードの攻撃力未満の攻撃力を持つ相手モンスターの効果をターン終了時まで無効にする誘発即時効果をも備えている。

 その強さは水属性レベル7を2体という縛りに相応しく、モンスター効果を主軸に戦うデッキにとっては鬼門。たとえ【征竜】であろうと粗雑な対応を許さない。

 

 しかし藤田の特殊召喚に次ぐ特殊召喚により、松本は6枚ものドローを行った。これで次のターン、彼の手札は10枚になる。

 対する藤田の手札は僅か2枚。遊戯王におけるカード1枚の重みを考えれば、むしろダメージを受けた松本が有利と言えるかもしれない。

 

 無論、藤田には相手にここまで多量のドローをさせない選択肢も存在していた。

 その1つは最初のタイダル1枚で止めること。クリブレを防ぐ手段がないため一見すると自殺行為であるが、ここまであからさまな行動を取れば相手も《エフェクト・ヴェーラー》――相手モンスター1体の効果をエンドフェイズ時まで無効にする手札誘発――を警戒せざるを得ない。彼らの関係であれば尚の事。十中八九ヴェーラーを頭に浮かべるであろう。

 とはいえ松本の手札がクリブレが通らなかった場合のケアまでできる状態であれば、使用するに違いない。そしてその瞬間に勝敗は決してしまう。ハイリスク・ハイリターンといったところか。

 

 もう1つはガイオアビスをエクシーズするのみ、つまりドローを半分の3枚に抑える方法。基本的にガイオアビスを突破するには複数のカードを必要とするため、悪くはない。

 もっとも、その場合はブラスターが松本の手札に戻る。つまり返しのターン、計8枚の手札の中に炎属性のカードがもう1枚あれば、ガイオアビスはいとも簡単に破壊されることになる。この点は厳しい。

 

 結局のところ、どれも一長一短。それら全てを考慮した結果、藤田はブラスターを墓地へ送りつつダメージを与える手法を取った。松本のライフを2600にまで減らすことを優先したのである。

 

 藤田の選択は決して間違っているとは言えない。しかし結果的に、その策は裏目に出てしまう。

 

「《月の書》発動。対象はガイオアビス」

 

 本来のドローを合わせた計7枚ものドローにより、松本は1枚で現状を打破できる制限カードを引き入れていた。

 それがモンスター1体を裏側守備表示にする《月の書》。如何にガイオアビスが強力とはいえ、セットされてしまえば何もできない。

 

「ライトニングとタイダルを捨て、ライトニングの効果発動」

「チェーンはありません」

「デッキからテンペスト特殊召喚。墓地からライトニングとブラスターを除外してタイダル効果、ブラスター効果でバーナーサーチまで」

「どうぞ」

 

 テンペストに続き、墓地よりタイダルが蘇った。2体の最上級を並べつつ、結果的な手札消費は僅か1枚。これこそが【征竜】の真骨頂である。

 

 ここで松本が行ったように、一息に効果処理を口にするのはデュエルの円滑な進行を意識してのこと。

 正確には分けなければならないが、デッキを開くたびにシャッフルを繰り返していては冗長に過ぎる。このほうが時間を浪費せずに済むため、状況に応じて彼と同様の行動を取るプレイヤーも少なくない。

 

「2体でエクシーズ、《幻獣機ドラゴサック》攻撃表示。テンペストを取り除きサック効果、幻獣機トークン2体を特殊召喚。更にトークン1体をリリースしてサック効果、ガイオアビスを破壊」

「通ります」

 

 ガイオアビスを破壊すると、松本はバーナーの効果でブラスターを、墓地のテンペストを自身の効果で特殊召喚し、再び征竜を2体並べた。コストは前者がブラスター、後者が墓地のバーナー2枚。

 そしてその2体でドラゴサックをエクシーズ召喚する。素材のブラスターを取り除きトークンを2体特殊召喚すると、先程と同様にしてギガンを効果破壊した。

 

 松本の使用した起動効果は、どちらも1ターンに1度しか発動することができない。彼がドラゴサックを2体出したのはそのためである。

 しかしランク7の中でも際立つこのカードにはもう1つの効果、自分フィールド上にトークンが存在する限り、破壊されない永続効果がある。つまり彼は相手のフィールドを一掃すると同時に、強固な壁を築くことに成功していた。

 

 ただし破壊効果を発動した場合、ドラゴサックは攻撃できない。

 相手のフィールドをがら空きにしたものの、結局松本の直接攻撃は不可能。故に彼は効果破壊をギガンのみに止め、ガイオアビスは戦闘破壊しても良かった。そうすれば松本のフィールドには3体のトークンが残る。守りを固めたにしては、どちらかと言えば彼の行動は中途半端と言えるかもしれない。

 

 ここまでを見れば、単なるプレイングミス。しかし、10もの手札がそこまで甘い筈もなかった。

 

「《超再生能力》を3枚発動します。エンドフェイズ宜しいですか?」

「……ど、どうぞ」

 

 《超再生能力》は、そのターン自分が捨てた、あるいはリリースしたドラゴン族の枚数分、エンドフェイズにドローする効果を持つ。このターン中に松本が捨てたドラゴン族はライトニング、タイダル、バーナー、ブラスターの4枚。つまり12枚ものドローを行うことになる。相対する藤田としては呆れるより他ない。

 

 無論エンドフェイズには手札枚数の調整を行わなければならず、松本が実際にそれら全てを手中に収める訳ではない。

 しかし【征竜】の場合、墓地肥やしは特殊召喚するカードそのもの、及びそのコストを用意することと同義。次のターン、まず間違いなく松本はレベル7を4体並べられる状態になる。

 

 4、4、4と、まるで死の宣告を繰り返すかのように、松本はデッキから大量のカードを引く。そして元の手札と合わせた15枚のうち9枚――既に用をなさない下級征竜や黄金櫃、【魔導】及び増Gメタの《ドロール&ロックバード》――を墓地へ送った。

 

 確かにこの状況であれば、松本の選択は正しいと言える。これほどまで大量のドローを行えばヴェーラーが0ということもまずなく、返しに相手がドラゴサックとトークン2体ずつを突破することなどほぼ不可能。そしてその次のターン8000のライフを削り切るために、モンスターゾーンは空いているほうが都合が良い。

 何しろドラゴサックの攻撃力は2600。この2体にブラスターの2800を加えれば、ちょうど8000になる。トークンを2体にとどめたことは、むしろ勝利への意思表示と言える。

 

 そんなある種絶望的な状況が作られ、再び藤田にターンが回る。新たに引き入れたのは先程彼が欲したカードの1つ。今更手にしたところで必殺となる訳ではないが、それにより新たな希望が生まれてもいた。

 言うまでもなく成功率は低い。しかしやるだけの価値はある。その僅かな可能性に賭け、メインフェイズに入った藤田が行動を開始する。

 

「リアクタンとストリームを捨てリアクタンの効果発動、レドックス特殊召喚。墓地のライトニングとストリームを除外してタイダル効果、自身を蘇生」

「タイダル特殊召喚成功時、G撃ちます」

 

 先のターンと同じく、松本は手札から《増殖するG》を発動した。これ以降、藤田は特殊召喚するたびに1ドローを許すことになる。

 

 しかし発動のタイミングはやや奇妙。無論これにも理由がある。

 その1つは残りデッキ枚数が11であること。松本自身ないとは思っているが、下手に発動するとデッキ切れの恐れがあった。真っ先に発動しなかったのはそのためである。

 もう1つ――こちらのほうが重要になるが――藤田がここで展開を止めた場合、松本は次のターンで押しきることが可能であった。つまりここで止まればそれで良し、何かを起こしても引いた手札があれば十二分な対応が可能。それが彼の未来の展望である。

 

 もっとも先程以上に、藤田に展開を止める気などない。3枚の《超再生能力》により、松本の墓地は肥えに肥えている。

 加えてフィールドに2体のドラゴサックが居るとなれば、返しの敗北は必至。ここはもう行くしかない。

 

「2体でドラゴサック、攻撃表示。レドックスを外してサック効果」

「……通ります」

 

 藤田の行動を訝しみながらも、松本はそのプレイを通す。元々幻獣機トークンが目的であれば、《No.11 ビッグ・アイ》――相手モンスター1体のコントロールを得るランク7のエクシーズ――で除去を兼ねたほうが戦況は良くなる。このターンでの勝利を考えていれば尚更であろう。それ自体がブラフの可能性を考慮し、松本はヴェーラーを手札に維持した。

 もっとも、これは考えるまでもない当然の選択。相手の決定打さえ潰してしまえば、松本は確実に勝てる。ヴェーラーはただそのためだけに使えば良い。

 

「リアクタンとテンペストを除外してレドックス効果、墓地から特殊召喚。テンペスト効果で《デルタフライ》をサーチし、召喚。効果でトークン1体のレベルを1上げる。チェーンは?」

「ない。藤田にそんなことしたら《ミスト・ウォーム》が来るんだろ」

 

 圧倒的な優勢さのためか軽口を叩きつつ、相手の発言に松本は異を唱える。召喚された《デルタフライ》はレベル3のチューナー。それほどメジャーではないが、藤田は好んでこのカードを採用している。

 そして松本はかつて現在と同じ布陣のフィールドで安心していたところを、このカードと幻獣機トークン2体からなるシンクロ《ミスト・ウォーム》1枚で破られた経験がある。忘れがたい、苦い記憶。彼がそれに注意を払わない訳がない。

 

「《デルタフライ》とレベル4になったトークンでシンクロ、《カラクリ将軍 無零(ブレイ)》」

 

 チューナー以外の素材に機械族を要求する無零。このカードはシンクロ召喚に成功した時、デッキから「カラクリ」と名のついたモンスター1体を特殊召喚できる。

 もっとも、藤田のメインデッキにカラクリは存在しない。ここで重要になるのはもう1つの効果。

 

「召喚成功時の効果は発動しない……が、無零の効果発動。対象は幻獣機トークン、表示形式を変更する」

「手札から《エフェクト・ヴェーラー》を墓地へ送り、効果発動。無零の効果をエンドフェイズまで無効にする」

「まあ、それは当然か。だが更にレドックスと無零でエクシーズ、《迅雷の騎士ガイアドラグーン》」

 

 ガイアドラグーンはランク7のエクシーズでありながら、ランク5・6の上に重ねてのエクシーズ召喚も可能なモンスターである。

 その性質上強力な効果を持つ訳ではないものの、今に限れば絶大な効果を発揮する。何しろ2600の攻撃力に加え、このカードは貫通効果を併せ持つ。つまり攻守0の幻獣機トークンを攻撃すれば、松本のライフを0にすることができる。

 

 これが2ターン目から続く藤田の戦略。無理を押してでも松本のライフを2600にまで減らした真相である。

 

 しかし。ヴェーラー1枚では止まらないとはいえ、松本のドロー枚数は当初の藤田の想定を遥かに上回っている。

 その残りデッキは僅か6枚。故に、こうなるのは必然であった。

 

「メインフェイズを終了したい。さあどうする!?」

「悪いが2枚目は……ある! ガイドラ対象にヴェーラー発動!」

 

 2枚目の《エフェクト・ヴェーラー》。それが藤田の手繰り寄せようとした、勝利へのか細い糸を断ち切る。奈落の底に落とされた彼の目には諦めの色が浮かんでいた。

 

 無論、藤田のフィールドにはサックとトークン、ガイドラが残っている。効果を無効にされたとはいえ、フィールドが空いた訳ではない。

 一見すると続きそうな戦いはしかし、既に勝負は付いていた。返す松本のターン、《ブラック・ローズ・ドラゴン》からの1ショット、それが不可能でもクリブレを必ず通されてしまう。そこからの挽回など、この1戦目では不可能。最早できることのない藤田に勝ち目はない。

 

「……サレンダーします」

 

 後攻藤田のサレンダーにより、2本先取のマッチ1戦目は松本の勝利に終わった。とはいえ、マッチの本番はこれから。すぐさまサイドチェンジを行い、彼らは2戦目へ突入する。

 

 

 マッチの1戦目と2戦目以降は全く異なる様相を呈する。その所以がサイドチェンジ。1度でもマッチ戦を行えば、誰もがその重要性を骨身にしみて理解することになる。

 お互いのデッキ内容が変更されれば戦術も変わる。否、変化させなければならない。環境デッキを扱うとなれば尚の事。たとえ他のデッキには意味を成さないピンポイントメタであろうと、環境デッキに対して絶大な効果を発揮するものならばサイドには幾らでも採用されうる。

 この確実に飛んでくるメタカードに対応できなければ、如何に強力なデッキと言えどマッチを制することはできない。仮に圧倒的な力で1本取ったとしても、他2戦を失ってしまう。

 

 そしてその理を踏まれば、自然と取る行動も限られてくる。先攻を取った藤田は今回、テンペストの固有効果でサーチしたブラスターと、リアクタンの効果で特殊召喚されたレドックスの2枚を用いたエクシーズを選択した。作り上げられたのはドラゴサックとトークン2体による守備固めの布陣。

 そこから彼は《超再生能力》を2度発動し、合計で8枚のドローを行う。そして最後に手札調整として、リアクタン、黄金櫃、《ブレイクスルー・スキル》の3枚を捨てた。

 

 藤田が順調な滑り出しを見せた一方、墓地へ送られたカードを確認した松本は眉をひそめる。

 その理由の1つは《ブレイクスルー・スキル》。罠でありながら、墓地からの効果の発動を可能としている稀有なカードである。

 墓地で使用する際は自分のターンのみという制限があるものの、エンドフェイズまで相手モンスター1体の効果を無効にする効果の影響は大きい。例えば松本が藤田のようにドラゴサックを備えたとしても、次のターン容易にクリブレの効果が通ってしまう。この一事を見ても、その効力のほどがうかがえる。

 

 しかし本当に注意を払うべき点はこの目に見える情報ではない。未だタイダルが姿を見せていない状況で櫃を捨てたこと。その事実から推察される藤田の手札こそが真に恐ろしいものとなる。

 そしてそれを考慮すれば、ここで松本が使用すべきは既に手札に存在するバーナーではない。そのことを察し、彼は手にした唯一の魔法カードを手札から抜き取った。

 

「櫃発動、デッキからレドックスを除外してリアクタンをサーチ。テンペスト捨ててリアクタン効果」

「増G撃ちます」

 

 1戦目とは立場が逆転し、今度は松本に枷がかけられた。もっとも先の藤田の場合とは違い、レドックスは3000もの高い守備力を誇る。この数値は征竜のステータスの中で最も高く、その戦闘破壊は難しい。かと言って墓地においても活用可能な征竜を効果破壊する意義は薄く、そのためだけにシンクロやエクシーズを使うのも戸惑われる。故にレドックスの場合、このまま放置したとしても基本的に大怪我はしない。

 しかしレドックスを置けば安心などと安易な考えができるのは、あくまで1戦目に限られる。手段の1つではあるものの、2戦目以降これに頼るのは信頼というより過信であろう。

 

 もっとも今回の松本の場合はまた異なる。相手の手に《増殖するG》が存在する。それを前提として動くなら、1度の特殊召喚で止められるレドックスは有効に違いない。

 それは間違いなく、松本が放つことのできる最高の一手である。現状ではこれ以上を望むことなどできない。最低限度の防衛線を張りつつ相手の利益を最小限に抑える彼の行動を、最善と言わずして何と言おうか。

 

 しかし返す藤田のターン、このレドックス1枚では生き残るのが精々と松本は考えている。間の悪いことに、その予想は最悪の形で現実のものとなってしまう。

 

「《エレクトリック・ワーム》を墓地へ捨て効果発動。レドックスを貰います」

 

 エンドフェイズまでの間、相手モンスター1体のコントロールを得る。効果対象こそドラゴン族・機械族モンスターに限定されるものの、対【征竜】における《エレクトリック・ワーム》は最初期の禁止カード《心変わり》と遜色ない。《精神操作》などと違い、攻撃やリリースの制限がない点も優れている。

 しかしこの対戦カードの場合、ただ奪うだけでは終わらない。

 

「バーナーを捨てストリーム効果、タイダル特殊召喚。2体でドラゴサック」

 

 このようにエクシーズ素材とすればコントロールが戻ることもなく、純粋に1枚分のアドバンテージを得る。

 しかしここで重要になるのはエクシーズしたことによる副次効果。征竜を手札にも墓地にも行かせないことにより、次の相手の行動に制限をかける。それこそが征竜相手に《エレクトリック・ワーム》を使用する最大の利点となる。

 

 征竜のみならずドラゴサックをも奪うことのできる《エレクトリック・ワーム》は、現環境において征竜のメタとして高い評価を得ている。

 とはいえエクシーズ素材とするにはレベル7を、単なる除去としてシンクロするにしても多くの場合でレベル1チューナーを要する。つまり採用の最有力候補は【征竜】自身。他のデッキが【征竜】に打ち勝つためではなく、環境デッキ故のミラーマッチを想定した【征竜】がサイドに採用する形となっている。

 

「バトル。サック2体で攻撃」

「通ります」

 

 合わせて5200のダメージ。初めて攻撃を受ける3ターン目でありながら、松本のライフはいきなり半分を割ってしまった。

 とはいえ、最悪ではない。何しろ藤田の墓地にはブラスターに加え、リアクタンやストリーム、テンペストが存在している。仮にブラスターを蘇生されていれば、このターンで8000のダメージを受けての敗北もありえた。

 松本の被害は決して小さくないが、ダメージに関しては比較的マシな部類と言える。

 

 一般論で言えば藤田はブラスターを蘇生し、勝負をかけるべきであろう。しかし8000以上の攻撃を仕掛けることと勝利は決して同義ではない。

 例えばバトルフェイズを終了させる手札誘発、《速攻のかかし》の存在がある。一見すると環境デッキにはお呼びでない、単なる防御手段。しかし【征竜】において、かかしはクリブレの効果を通された次の相手ターンを凌ぐという重要な役割を担う。

 つまり互いに隙あらばクリブレを出してくる【征竜】ミラーでは、サイドから投入されやすいカードということ。それを警戒しない訳にはいかない。

 

 不用意な大量展開が敗北を招いた、そんなケースが腐るほど存在することを藤田は知っている。止めを刺せない可能性を考えれば、彼とてここで除外コストを失う訳にはいかない。今の松本が陥っている状況が示すように、場に征竜を残すリスクを考慮すれば尚の事。

 故にここは相手のライフを最低限の2800まで削った上で、次のための場を整えることが肝要。そう考える藤田は墓地のブラスターやテンペストに加え、4枚の手札を残している。

 

 対する松本は厳しい。手札の枚数こそ同じ――更に言えば次のドローで一時的に上回る――ものの、状況的に、最低でもここで相手の布陣を崩しきらなければ彼に勝機はないと言える。それほどまでに苦しい状況であった。

 薄氷を踏んで勝利を掴む。それすらおこがましいと言わんばかりの状況下で、松本は新たなカードを引き入れた。その結果は決して芳しくなかったものの、賭ける価値を見出すこともできなくはない。それを認識した彼は既存の手札に手をかけた。

 

「タイダルコストにストリーム発動」

「増Gチェーンします」

 

 最早このデュエル4度目となる《増殖するG》。定番と言えるほどのメタカードであるが、稀にこれが敗因となる場合もある。

 例えば起死回生の一手として、《ギガンテック・ファイター》の蘇生を繰り返すことによるデッキ破壊が存在している。増Gは発動したが最後、必ずドローしなければならないという些細な欠点がある。それ故、撃たれた相手は時にライフを犠牲にして延々とドローさせることも可能。条件を満たしていれば、ここから藤田が敗北する可能性も0ではない。

 

 しかしあくまで条件次第。現在の松本のライフは2800に過ぎず、ドラゴサックに《禁じられた聖杯》を使用してギガンの自爆特攻を行ったとしてもドローは13枚が最大となる。これでは藤田のデッキ22枚を削り切ることなどできない。

 そこに《手札抹殺》が加われば話は変わるものの、残り3枚の手札に折良くその2枚が含まれている可能性は余りにも低い。そんな微細なリスクを心配して、増Gの発動を渋るのは愚の骨頂。それよりもここは墓地へ送られ、存在することが明らかなタイダルに目を向けるべきである。

 

「サレ……いや、一応やるだけやるか。デッキからタイダル特殊召喚。ストリームとテンペストを除外してタイダル蘇生、コルセスカをサーチ」

 

 既に勝機は皆無。しかし万が一通れば勝てるかもしれない。既にデッキの大枠を晒しているなら惰性で続けるのも1つの手、そんな考えから松本はプレイを続けることを選んだ。

 もっとも、通れば儲けものという程度。彼自身勝てるとは思っていない。先の藤田とは違い、こちらはある種のクールダウンを目的としている。

 

「タイダル2枚でガイオアビス、素材を1枚外して効果を無効に」

「どうぞ」

 

 現在の状況でなければ、ここはガイオアビスの効果を使わず耐えることを考えても良い。しかし藤田の墓地にはブレイクスルーがある。これではガイオアビス単体を残したところで効果を無効にされてしまい、ブラスターと相打ちに持ち込まれる。故に松本は攻めなければならない。

 

「テンペストを捨てバーナー効果。コルセスカ召喚してブラスターとシンクロ、クリブレ。バトルフェイズ入ります」

「メイン終了前、クリブレにヴェーラー」

「サレで」

 

 藤田の手にヴェーラーがない可能性、このままでは攻撃できないが故に藤田がクリブレを見逃す可能性。そのどちらも0ではなかったものの、現実とはならない。結局、松本はサレンダーという結論を導き出した。

 2戦目の勝者が藤田となったことにより、未だ決着は付かず。数分の後、雌雄を決する3戦目に突入することになった。

 

 

 【征竜】ミラー、マッチ3戦目。開幕直後から藤田は窮地に立たされていた。

 

 先攻の松本はテンペストをコストにストリームからのタイダル、墓地の2枚を除外してレドックスを特殊召喚し、ライトニングをサーチ。続けざまドラゴサックをエクシーズし、2体のトークンを生成するという基本的且つ理想的な動きを取った。

 ヴェーラーからのクリブレを恐れていない以上、松本は手札にヴェーラーやかかしを握っている、あるいは征竜を更に2体出せるのであろう。もしくは増Gを使用して牽制できれば十分と考えているのかもしれない。まず間違いなく妨害札を手にされている、藤田はこの時点でかなり苦しいと言えよう。

 

 しかしそんなことは実に瑣末。最初のドローを行った2ターン目、藤田の手札にあるモンスターはストリーム、リアクタン、レドックス、そしてヴェーラーのみであった。

 黄金櫃もなく、場に出せる征竜は僅か2種類。更に基本的な手段で2体を並べるには下級征竜を1枚諦める必要がある。相手の手札以前に、まともに動ける状態ではない。

 そんな藤田に希望があるとすれば、残る2枚の魔法・罠カードであろう。上手く使えば十二分に活路が開ける。厳しくはあるが、彼にもまだ希望は残されていた。

 

 もっとも現時点でほぼ確実に3種の征竜を揃えられる松本に対し、どうあがいても2種しか持たない藤田の不利は否めない。

 故に、ここからまともな手段で勝つことは不可能。そう考えた藤田は変化球をもって攻める。

 

「レドックスを捨てストリーム効果、タイダルを特殊召喚。《ブラック・ホール》を発動します」

 

 特殊召喚したモンスターを自ら破壊。藤田はそこから墓地のストリームとレドックスを除外し、タイダルを特殊召喚し直した。

 攻撃を行えるようにするだけの微妙な行動に映るが、それも後の行動を考えてのこと。ここでレドックスのために手札のリアクタンと墓地のストリームを除外してしまえば、彼は新たにコストとなるカードを引かない限り征竜の特殊召喚ができなくなる。一方このように3枚のドラゴン族を残しておけば、レドックスの守備出しという最低限の守備を敷くことができる。この違いは大きい。

 

 また仮にここで《No.11 ビッグ・アイ》やクリブレを使ったところで、防がれる、もしくは意味を成さない可能性が高いと藤田は考えていた。

 確かに上手く通れば勝機が訪れる。しかし通らなければ、どれほど低く見積もっても9割方負ける。決してメリットは大きくない上、はっきり言って分が悪い。ならば今はまだレドックスでレドックスをサーチし、デッキ圧縮に努めるほうが先は見える。

 

 そんな考えからドラゴサックを戦闘破壊すると、藤田はリアクタンとサーチしたレドックスを捨て、レドックスを特殊召喚する。そして松本と同様にドラゴサックをエクシーズし、トークンを生成した。

 別段何かがある訳ではないものの、あの初手からこれ以上を望むのは酷というもの。ヴェーラーを含む残る2枚の手札を踏まえれば、決して悪くはない。

 

 そも、既に最低限の約束は成された。それを示すドラゴサックの効果が通ったことにより、藤田は内心で安堵の溜息をついている。

 何しろ【征竜】ミラーには1枚のヴェーラーでは防ぐことのできない、専用の必殺とも呼べる状況が存在する。ここでヴェーラーを撃たれなかったことで、その条件が現時点で松本の手に揃っていない、即ち征竜を4連続で特殊召喚できない可能性が高まった。

 また仮にその形ができているとしても、その場合はかかしを警戒していることになる。未だ窮地に居ることに変わりはないものの、藤田に次のターンが回ってくる公算は大きい。

 そんな風に藤田が戦々恐々と迎えた返しのターン、大方の予想を裏切る展開が訪れる。

 

「《エレクトリック・ワーム》発動。対象はサックです」

 

 最早【征竜】ミラーではお馴染みの光景。単純なカードアドにのみ着目すれば-1:2交換となる、恐るべきアド差を生み出すカードの宣言が成される。

 予想通りと言うべきか、松本はその後トークンを生成した上でドラゴサック自身をリリース、トークン1体を破壊した。

 無論ここでヴェーラーを用いて被害を減らすなどということも、藤田にはできなくもない。とはいえ本当に恐ろしいのはこの後。故に指を加えて見守るしかない。ライトニングを含む4枚の手札からどんな展開をされるのか、その恐怖に藤田は身を固くする。

 

 しかし意外にも松本はそこで動きを止めてしまう。後に口にしたのはエンドの言葉。まさかのターン終了であった。

 戸惑いを抱えたまま、藤田はドローを行う。デッキ圧縮を優先したことが功を奏したのか、彼が手にしたのは欲していた4種のうちの1つ。手札と墓地を合わせて3種類の征竜が揃い、どうにか藤田も動けるようになった。

 

 これで形勢は互角、もしくは藤田が上回った。一見するとそう言って差し支えない状況であろう。

 しかし実際はむしろ逆。松本がワームのみでターンを終えた、そこから生まれる予想が藤田を苦しめていた。

 

 まず松本が身動きの取れない可能性、それそのものが低い。彼は先のターン、テンペストの効果でテンペストではなくライトニングを手札に加えている。コストとなるカードが1枚も存在しないのであれば、そのような行動を取る確率は低い。

 つまり動けなかったのではなく、動かなかったと考えるのが自然であろう。

 

 無論、松本が動けないに等しい状況に陥った可能性も0ではない。しかし仮に動けなくなっているとしても、あえてライトニングを手札に加えたからには元々そうするだけの余裕があったということ。即ち松本は1ショットを防ぐカード《速攻のかかし》を握っている。少なくとも、藤田はそのように想定して動かなければならない。

 

 これは先の2戦目と同じようで、その実異なる。先程の藤田にはかかしを警戒して尚、余りある余裕があっただけのこと。彼はただ単に確実な手段を選んだだけに過ぎない。

 しかし今の藤田にそのような余裕など皆無。今し方ドローしたテンペストにより、漸く五分に持ち込めたかもしれないという状態である。そこへ下手な手段では決めに行けないという足かせをはめられるのは厳しいと言う他ない。

 

「……サックとタイダルを除外して手札からテンペスト特殊召喚。タイダル効果でタイダルサーチ。更にレドックスとリアクタンを除外してレドックスを蘇生します」

 

 征竜の効果はカード毎に1ターンに1度しか発動することはできない。つまり今回、藤田はレドックスで地属性のドラゴン族をサーチすることができない。対象は既にコストにしかならないリアクタンに過ぎないが、征竜を除外しても手札を増やせないというのは中々に辛い。

 それに加え、これで藤田は墓地のモンスターを全て失ってしまった。次に征竜を特殊召喚する際には、フィールドの2枚が墓地へ送られていなければならない。それでいて特殊召喚する場合、彼はレドックスに続いてタイダルまでも2枚目を除外することになる。

 

 このままでは自由に動けるのはその1度限り。真綿で首を絞められるように、藤田はジリジリと追い詰められていく。

 

 その状況は明らかに芳しくないが、他の手段を取るのは時期尚早、というよりも単純に恐ろしい。今の藤田にはこれしか考えられない。一先ずテンペストとレドックスで2体のトークンを戦闘破壊すると、彼はメイン2へ入った。

 

「2体でサック守備。テンペスト外してサック効果、エンドです」

 

 再びエクシーズが行われ、藤田の場にドラゴサックとトークン3体とが並ぶ。

 仮に松本が《エレクトリック・ワーム》を3枚投入したとしても、2枚目を手にしている確率は精々10%程度に過ぎず、その安全性は高いと言える。少しでも戦況を維持したい藤田としてはこれ以上の選択肢などなく、また大半の者が同じ行動を取るであろう。

 

 もっとも確率が低いからといって、その事象が起こらない訳ではない。たとえ限りなく0に近いとしても、ただ1度に限れば別。単純にあるかないか、その2択に過ぎない。

 

「ワーム捨てて効果発動」

 

 藤田の予想に反し、手にしていた2枚目。またか、と毒づかずに居られないほど彼の戦況は厳しい。

 そしてそれを理解しているからこそ、松本の行動も先程の焼き直しになる。

 

「トークン2体守備、サックリリースしてトークン破壊。……エンドで」

 

 このまま進めば藤田が先に息切れする。その確かさから、先のターンと同様に4枚の手札を抱えているにもかかわらず、松本は動かない。

 

 無論それは勝負を決する一手ではない。それ故に外野では臆病風に吹かれたと罵る者も居た。

 しかしその一方で、彼は着実に勝利へとにじり寄っている。来るべき時、松本は一部の隙すらない決定打を放つことになるであろう。その時は刻一刻と近づいている。

 

 最早一刻の猶予もない。そんな藤田が手にした4枚目の手札は2枚目のヴェーラーであった。最善には程遠いものの用途は広く、意義のあるドロー。このカードを如何にして利用するのか、彼は考えを巡らせる。

 

 その1つはヴェーラーの効果に任せた待機。【征竜】に対してこのカードのみでは心許ないが、何らかの壁があれば話は変わる。2体の幻獣機トークンが存在している今、ここにヴェーラーが加われば少なくとも即死は免れる。またドラゴサックを交えれば、1枚のヴェーラーを想定した攻勢を食い止め、逆転することも夢ではない。

 もう1つはシンクロ。効果にばかり目が行きがちになるが、このカードもれっきとしたチューナーである。場の幻獣機トークン2体と合わせればレベル7のシンクロを可能とし、先の待機策から後にギガンやクリブレの素材にもなる。特に前者はエクシーズ素材としても活用でき、征竜及びコストの足りない今、サックで凌ぐ一手にも数えられる。

 

 しかしそのどれもが決定打足り得ない。このままダラダラとターンを送れば、藤田の敗北という結末を迎えるであろう。それを察知した彼はここで賭けに出る。

 

「ヴェーラー召喚。トークン2体とシンクロで無零。無零効果、トークンを攻撃表示に」

「通ります」

 

 最低でも2600のダメージが確定してしまうものの、松本は無零の効果を通す。実際問題、今の彼にとってはこの程度で済む話。決定的な何かでもない限り、ヴェーラーを撃つことはない。それはお互いにわかっている。

 そしてレベル7を出した以上、ここで終わる筈もない。続けざま藤田は墓地のドラゴサックと手札のタイダルを除外してテンペストを蘇生し、同時にストリームをサーチ。トークンを2体とも戦闘破壊して松本に2600のダメージを与えた。

 

 そしてここからが、藤田にとって真の賭けになる。

 

「メイン2入ります。2体でエクシーズ、ビッグ・アイ守備。1枚伏せてエンドです」

 

 手札として2枚のカードを残しつつ、藤田が呼び出したのはこのマッチで初めて顔を見せる《No.11 ビッグ・アイ》。その予想外の登場に松本は動きを止めざるを得なかった。

 

 当然ではあるが、彼が驚愕したのはビッグ・アイの登場、ひいては藤田のエクストラデッキにこのカードが採用されていたことではない。ランク7であり、且つ強力な効果を備えたビッグ・アイは【征竜】ならば基本的に2枚は積まれる。出てきたことそのものは驚くに値しない。

 問題はそのタイミング。何しろビッグ・アイの効果は相手モンスター1体のコントロールを得るというもの。更にそれが永続的という点で他のコントロール奪取とは一線を画しているものの、流石に相手の場にモンスターが居なければ役に立ちはしない。

 松本のフィールドが空の、効果を活かすことのできない状況下でビッグ・アイを出してきた。そんな藤田の行動は不穏と言うしかなかった。

 

 確かに、ここで最後のドラゴサックを使うのは惜しいかもしれない。トークンをシンクロに使う藤田の性質上、その思いは否でも応でも高まるであろう。しかしそれだけなら早い話エクシーズをしなければ済む。何も壁を減らしてビッグ・アイを無駄にすることはない。

 つまり藤田は何かを企んでいる。それは松本の中で確定事項であった。更に言えばその答えを紐解かなければ負けかねない、彼はそう感じ取る。ドローしたカードをそのままに、松本は思考の海に沈んだ。

 

 ビッグ・アイと伏せカード。【征竜】におけるこの組み合わせから真っ先に思い浮かぶのは攻撃力2500以上の闇属性をコストに要する《闇のデッキ破壊ウイルス》である。

 もっとも、これは完全に【魔導】へ焦点を合わせたもの。1戦目ならまだしも、【征竜】ミラーと判明したサイチェン後に入っている訳がない。その対象となる魔法・罠カードが現在の松本の手札にないことから言っても、考慮する必要は全くないと言える。

 

 ならば単純に防御策か。バックとして考えられるのは1度見えた《ブレイクスルー・スキル》と汎用性の高い《月の書》の2つ。

 流石にブラフとは思えず、ブレイクスルーを採用している以上《皆既日蝕の書》や《天罰》の可能性は限りなく低い。他に《神の警告》なども候補としてありえなくはないが、松本のイメージとしては8割方ブレイクスルーとなる。

 

 もっとも、このカードなら気にすることなどない。今の松本はフィールド上の効果など関係なしに、ビッグ・アイを戦闘破壊した上で8000のダメージを与えることができる。

 そのためには手札のヴェーラーと征竜のコストを全て使用することになるが、それすらも問題ではない。先程藤田が行ったヴェーラーの召喚により、彼の手札2枚のうち不明な1枚はまず間違いなく2枚目のヴェーラー。結局は松本が勝利を掴むことになる。

 

 しかし伏せカードが《月の書》、あるいはサイドから投入した《エネミー・コントローラー》の可能性も僅かながら存在する。

 2度の攻撃を無駄に、それも1度は相手が選べるとなれば、さしもの【征竜】も止めを刺すことは不可能。かと言って、今の藤田の動きを止められるビッグ・アイとクリブレの2段構えも通じない。そして中途半端な攻勢に終わってしまえば、相手へチャンスを与えることにも繋がる。

 ここまで優位を保ってきた松本としては、それだけは避けたい。故に彼は、今ではなく次を見据えて動く。

 

「ライトニングを墓地へ捨てテンペスト効果、ブラスターをサーチ。更にバーナーをコストにブラスター効果、セットカードを破壊します」

 

 今は正体不明なバックの除去に務める。それが確実性を求めた松本の答え。そも今の藤田は墓地にレドックス、手札にストリームの2種しか備えておらず、そう簡単には動けない。

 むしろ松本が下手にビッグ・アイの除去やモンスターの召喚を行えばテンペストが墓地へ送られ、次のターン、藤田の手段が広がってしまう。手を出さないことも十分に有効と言えよう。

 それに加え、松本はかかしという絶対的な防御札を握っている。藤田が総攻撃力5400の攻勢に移ることはドロー次第でありえないことではないが、むしろその時こそが松本にとってのチャンスとなる。

 藤田の決死の勝負手をいなした後、続くはクリブレを交えた1ショット。たとえヴェーラーとかかしの両方を備えたとしても、藤田に勝ち目は残らない。そう思うだけの下地は既に作られている。

 

 松本の放った、勝負を決するための強烈な一手。しかし結果的に、その凶爪は彼自身の喉笛を引き裂く。

 

「ビッグ・アイをリリースして《魔のデッキ破壊ウイルス》発動……!」

「な……何!?」

 

 予想を裏切る藤田の宣言。さしもの松本も、その名称には驚かざるを得なかった。

 

 通称魔デッキと呼ばれるこのカードは、相手のフィールド及び手札を確認し、攻撃力1500以下のモンスターを破壊する効果を持つ。それに加え、相手ターンで数えて3ターンの間ドローカードも破壊対象となる。性質上ピーピングにもなり、効果そのものは非常に強力と言える。

 しかし魔デッキを発動するには攻撃力2000以上の闇属性モンスター、そのリリースを要する。光と闇以外の4属性を基盤とする【征竜】がこれを使う場合、コストは基本的にシンクロまたはエクシーズしたモンスターとなる。この条件は決して軽くはない。

 しかもそれでいて、魔デッキは決まれば勝てるという訳でもない。【征竜】に対して魔デッキを使用したところで、要となる征竜のうち対象となるのはバーナーとライトニングのみ。相手の動きをほとんど阻害できないのである。一見しただけではメリットが勝るとは言いがたい。

 

 もっとも実際に藤田がサイドから投入した以上、使う意味はある。かかしや増Gにワーム、それらのメタカードを魔デッキは根こそぎ奪う。言わば、見えている優位をそのまま勝利に結びつける。それが魔デッキ本来の役割である。

 

 今更言うまでもないが、先程まで不利な形勢に居たのは間違いなく藤田であった。はっきり言ってしまえば、この行動は賭けと呼べるかすら危うい。

 しかし今回は偶然にも、伏せカードへの警戒心とかかしによる安心感、松本のその2つの感情が最高の形ではまることになった。ブラスターの破壊効果の使用、そのためにテンペストによるサーチを行ったことで、松本がこのターン中に勝利する方法は既にない。

 それに加えて彼は残る全ての手札、命綱である《エフェクト・ヴェーラー》と《速攻のかかし》をも失ってしまった。藤田にも勝機が見えてきたほどの状況である。

 

 松本の胸には後悔の念が去来していた。魔デッキが如何に珍しいとはいえ、あの場面でビッグ・アイが登場したことは明らかに不自然。コストの確保と予想することも決して不可能ではなかった筈である。にもかかわらず、松本は思い至らなかった。ここまで慎重に事を進めてきた彼の、痛恨のミスと言える。

 相手フィールドが空になったとはいえ今更止めを刺すことは叶わず、自らを守る術までも失った。松本の被害は甚大と言う他ない。先程まで圧倒的優位に立っていた彼は、一転して窮地に立たされている。この結果は余りにも痛い。

 

 しかし松本とて嘆いてばかりは居られない。勝負はまだこれから。彼にも打つ手は残されている。墓地に眠るレドックスとタイダル、この2種を如何にして活用するかが勝敗を分かつであろう。

 

 松本の本音を言えば、ここは動きを控えたい。彼には4種の征竜を備えた上で、墓地にコストを残しているという確かなアドバンテージがある。次のターンこそはこれを活かし、確実な攻勢に移るのがベスト。藤田の手札及び墓地はレドックスの蘇生、そこからのエクシーズが精一杯の状態であり、普通に考えれば問題はない。一見すると最良の選択に見える。

 しかし今回に限りそれは悪手。《デルタフライ》の存在から、藤田は《トライデント・ドラギオン》――自分のカードを最大2枚破壊し、その数だけ追加攻撃を可能とする攻撃力3000のシンクロ――を投入していると推測される。

 つまりこのまま藤田にターンを回した場合、彼がストリームのコストになるドラゴン族、あるいは魔法・罠を引けばトラドラから6000のダメージが確定してしまう。この条件は明らかに満たさないカードのほうが少なく、それを満たさないカードとは即ちかかし、増Gなどの防御札。後者であれば安心して突破困難なドラゴサックを出されてしまうことも含め、これだけは絶対に選択できない。

 

 次に考えられるのは、定番とも言えるレドックスの守備。しかしこちらも怪しい。先の場合と近しく、ワーム、またはストリームのコストがあればビッグ・アイにより奪われトラドラに止めを刺されてしまう。

 何もしないよりは遥かにマシと言えるが、それに加えてもう1つ。松本はどちらにもトラドラ以上の問題があると予想している。それ故に勝負の行方を託すことはできなかった。

 

 今にして思えば、先の無零はこの状況を見越してのものであろう。そう松本は思い返す。幻獣機トークンを素材に使えることを知ってはいたが、ここまでの影響力を持つとは思ってもみなかった。現状そのたった1枚に苦しめられていることに、彼は驚きを禁じ得ない。

 

 ならばそれに敬意を評し、同じく相手にも苦しんでもらおう。それが松本の回答となった。

 

「バーナーとライトニングをコストにタイダル、かかしとテンペストをコストにレドックスを蘇生。バトルフェイズ、2体でダイレクト」

「通ります」

「メイン2入ります。2体でサック守備、レドックス外して効果」

「ヴェーラーで」

 

 松本は4200のダメージを与えることにこそ成功するも、肝心のドラゴサックによる守備固めはヴェーラーに阻まれてしまう。言うまでもなく、手札のない状態でこれは厳しい。

 

 しかしそれは同時に松本の狙い通りでもあった。

 そもそも藤田がヴェーラーを持っている場合、ここで使わせなければ松本の敗北が決定してしまう。松本が何もしなければドラゴサックとギガンを、レドックス守備ならビッグ・アイで奪ってタイダルとギガンを用いたジャストキル。場にタイダルを残せばクリブレによる上級封じ。松本が全ての手札を失った以上、これらは絶対的なものとなる。彼はまず、これを避ける必要があった。

 

 無論それらは全て、藤田がヴェーラーを握っていることが前提になる。とはいえ、持っていなければ何のことはない。ドラゴサックの効果が通り、松本の安全性が増すだけである。どちらに転ぼうと、結局は彼に最良の結果をもたらす。

 絶望の淵に落とされながらも決して諦めない。予想を遥かに超えた被害を被って尚、松本はそれを引きずることなく最善を尽くした。後はそれが実るよう、運を天に任せるばかりである。

 

 そんな松本が注視する中、藤田はデッキに手を伸ばす。先のターン、彼は決死の覚悟をもって活路を開いた。とはいえ、それだけではまだ勝利に至らない。全てはドローに委ねられている。

 

「メイン入ります。テンペストと無零を除外してレドックス蘇生、テンペスト効果でコルセスカをサーチ」

 

 藤田が第1に考えるのは、このターンでライフを削りきること。それを可能とするカードはドラゴン族、ワーム、ヴェーラーと種類こそ豊富なものの、今もデッキに残る枚数は決して多くない。

 結局、そんな状況下で彼が手にしたのは《速攻のかかし》であった。

 

 今すぐ決着を付けることは叶わない。故に次善の策。藤田は《クリムゾン・ブレーダー》を使うことになる。

 明らかに墓地の劣る今の状況では、これは当然であろう。何と言っても相手の動きを止めなければ話にならない。

 そしてヴェーラーを失った今、松本にそれを防ぐ手立てなどある筈もなかった。コルセスカ召喚からクリブレのシンクロが行われ、ドラゴサックは戦闘破壊されてしまう。これにより次のターン、松本の動きは封じられることになった。

 かかしを失い、更には手にすることもできない今、【征竜】を相手とするには絶望的な状況と言える。

 

 しかし藤田はクリブレを出すために残る2種の一方、テンペストを除外している。これで藤田の墓地は残すところレドックスとコルセスカのみ。同時に手札のストリームを使う当ても失っている。

 これが先のターン、松本にヴェーラーを撃たされた弊害。その目論見通り、双方が苦境に立たされることになった。

 

「ドロー。……引いたのは増G、破壊されます」

 

 松本が引き入れたのは攻撃力僅か500の《増殖するG》。【征竜】に対して有力なカードではあるものの、今は魔デッキの効果によって破壊されるしかない。ドローするや否や、再び彼の手札は0となる。

 

 もっとも、ここで松本が引いて明確な意味を持つカードは《ブラック・ホール》と《月の書》の2枚のみ。そんなものには端から期待などしていない。

 肝心なのは松本ではなく藤田のドロー。それによって全てが決まる。

 

 確かに藤田はかかしを握っている。松本は知る由もないが、次の彼のターンで決着が付くことはない。

 しかし【征竜】がこのカードを採用する理由は、相手の1ショットに対する切り返しを可能としているからに過ぎない。今の藤田が手にしていても、切り返すことなど不可能。できるのは敗北の時を遅らせることだけである。このカードが希望を繋ぐことは決してない。

 

 事実上、この藤田のドローが両者の命運を分ける最後のカードとなる。

 今までとは違う、重みを持つドロー。それを認識すれば緊張は増す。口が渇く一方で、手には汗が滲んでくる。湧き上がる恐怖心はとどまるところを知らず、その身を固く縛り上げていく。

 自らの鼓動を自覚せざるを得ないほどの緊張。それは、藤田がこの戦いに身を入れていることの証明でもある。真剣であるからこそ、彼らは敗北を恐れる。それ故に恐怖心を振りきり、全力を尽くすことができる。

 

「ドロー!」

 

 意味などない。それを知りつつも、力を入れずにはいられない。声量はそのままに、しかし気迫を込め、藤田はカードを引く。

 果たして藤田が掴んだ手は女神と死神のどちらのものであったのか。松本が固唾を呑んで見守る中、藤田は万感の思いを込めてカードの発動を宣言した。

 

「ストリーム効果、コストはテンペストです」

 

 瞬間、松本の体から力が抜ける。藤田によるストリームの発動。その行く末は疾うに決まっている。

 

「コルセスカとストリームを除外し、レドックス特殊召喚。タイダルとレドックスでエクシーズ、ドラゴサック」

 

 幼征竜によって特殊召喚されたタイダルでは攻撃できない。しかしエクシーズすれば攻撃が可能となり、クリブレと合わせた総攻撃力は5400。その数値は松本の残りライフと一致する。

 勝敗は既に決した。後はそれを成す、攻撃の宣言が下される時を待つのみ。

 

「バトルフェイズに入ります。……2体でダイレクトアタック!」

 

 攻撃を受けるとともに松本のライフが0を刻む。30分強に及んだ戦いは藤田の勝利で幕を下ろした。

 

 

 そしてこの日、藤田は大会で優勝を収める。小さな、しかし確かな栄光を彼は得ることになった。

 しかし、それは決して終わりではない。新たなカードが登場すれば、誰かが既存のカードの使い道を思い付けば、幾らでも環境は移り変わる。デッキ自体の回りを優先するならまだしも、勝利を旨とする環境デッキに完成形など存在しない。時と場所に依存する、つまりは出場した大会において勝利するデッキ。それこそが環境デッキとなる。

 

 たかがカードゲーム、されどカードゲーム。多分に運の要素をはらみながら、多彩な戦略性を誇る遊戯王。それ故に好む者が居る。飽くなき向上心を胸に秘め、環境を見据える者が居る。そこに命を賭ける勝利を追求する者を、人々はガチ勢(デュエリスト)と呼んだ。

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