僕は、夢を見る
手を伸ばした先すら見えないような暗い闇。そこで立ち尽くしていた。見たこともない場所だが、前からそこにいたかのような感覚を感じていた。暗闇の中から、一人の影が出てくる。顔も服装もわからず、黒塗りにされたような風貌をしていたが、なぜか僕はそれが少女だと確信していた
――――あなたの名前を、聞かせて?
影が僕を呼んでいる。初めて聞くはずの声なのに、なぜか安心してしまう。僕は、いつものように答える
――――僕の、名前は――――
「ゼドーさん?いる?」
メモリアに連れられ、なにか書斎のような場所にやってきた。壁は本棚で埋め尽くされており、本棚に入りきらない本が床に投げ出されている。足の置き場もないような部屋を、メモリアは慣れたように進んでいく。奥へ進んでいくと、ふん、ふん、と荒い息遣いが聞こえてきた
「ねえメモリア、大丈夫なの……?」
「大丈夫よ。……あ、いた、ゼドーさん」
本の海を抜け扉を開けると、そこには大量の汗を流して腕立て伏せをする男がいた。ゼドーと呼ばれた男は、メモリアを見ると腕立て伏せをやめ近づいてくる
「よお、メモリア。どうした?後ろにいるのは誰だ?」
「新しいお友達よ。名前はアーデ」
「そうか、アーデ。よろしくな」
笑顔で握手を求めるゼドー。アーデは、おそるおそる握手をし、よろしくとだけ言う。ゼドーは、アーデの体をじろじろと見て
「お前、ずいぶん華奢だな。ちゃんと飯食べてるか?筋肉は大事だぞ?」
その言葉に、アーデは答えられない。棄民として地方で過ごしていたアーデに、十分な量の食料は当たらなかった。そんなアーデのことを察してか、メモリアが割り込む
「えっとね、ゼドーさん。アーデは今日から魔導士見習いとして研究所のお世話になることになったの。それで、なにかおすすめの魔導書とかないかな?」
「ほーう。この研究所の世話にねぇ。筋肉魔法なんてどうだ?」
筋肉魔法という聞いたことのない魔法に困惑しつつ、アーデは首を振る。なにせ才能がないと言われた身だ。基礎の魔法すら使うことが出来るかわからない
「なんだ興味なしか?まあ待っててくれ、初心者用の魔導書もあったはずだ」
そう言い残し、ゼドーは書斎の方へと消える。ふうと一息ついたアーデに、メモリアが笑いかける
「ゼドーさんは前本の虫だったらしくて、魔導書にも詳しいらしいの。ここならアーデでも使えるような魔導書が見つかるかも」
「そうなんだ……ありがとう。わざわざ」
いいえ、とメモリア。二人の間に、妙な間が生まれる。アーデは、なぜメモリアがここまで優しくしてくるのかが理解できなかった。自分から聞こうとする勇気もでず、二人は黙りこくっている。このままじゃいけないと、アーデは息を大きく吸って、メモリアへと向く
「「あの……!?」」
二人は同時に向き合い、同時に言葉を発した。そして同時に引っ込んで、「アーデから」「メモリアから」と譲り合う。また重い空気が二人の中に漂ったその時、書斎の方からゼドーが倒れこんできた
「なに扉の前に突っ立ってんのよ。あんたの部屋でしょ」
ゼドーの後ろから、豪華なドレスを着た女性が入ってきた。女性は、メモリアに軽く挨拶をし、困惑するアーデに「誰?」と問う。答えたのはメモリアだ
「紹介するね。こちらここの魔導研究所の人でティシカさん。ティシカさん、今日から見習い魔導士としてお世話になることになったの」
「ふーん、よろしくね。アーデ」
アーデもよろしく、と返すと、ゼドーが魔導書を何冊か持ってきた。どれも初心者に優しいものらしい
「とりあえずこのあたりを読むといいと思うぞ。すまんティシカ。約束忘れてた!」
「何やってんのよ、ほんっとに筋肉馬鹿ね」
ティシカに急かされ部屋からいなくなるゼドー。残されたアーデとメモリアは、少し固まったのち、
「……とりあえず練習しましょうか。行きましょう?」
うん、と答え、二人は魔導書を持ち外へ出ることにした。