「……………」
呻きをあげながら重い瞼を開く。ベッドのシーツを掴みながら体を起こし、ベッドの真上にある時計を見ると長針は七の数字を指していた。
そろそろ起きなければならない時間だ。非情に怠いが俺はしっかりと体を起こしてベッドから降りる。
「やっほーカナちゃん、朝だピョン」
「……………」
其処にゆっくりとにやけた笑みを浮かべた霞が気持ちの悪い言葉を放ちながら歩いてきた。
「カナちゃんはぴはぴしてるぅ? 起きないと料理が食べられないにぃ」
「やめろ、朝から俺のSAN値にダメージを与えるな」
「背が百八十五センチある女として、ちょっと真似してみたくなったけど……我ながらこれは酷いね、もう二度とやらないと誓うよ。ちなみに料理が出来ているのは本当さ、速く起きてくれたまえ」
「お前は何処でそう言う知識をつけてくるんだよ……」
俺の問いに答えず、霞は手を軽く降りながら部屋から出ていく。相も変わらず分からない奴だな。
俺はその背中を見送りながら窓にかかるカーテンを勢い良く開け、窓を大きく開ける。眩しい太陽の光が顔に当たるのを感じながら暑い日差しに目を細める。六月に差し掛かるこの季節、少し暑くなってきた気温に嫌気がしてきた。
「───ん?」
顔をしかめていると、向かいの窓ガラスから此処約一年間で見慣れた顔が現れる。
「お、ゲンか。おはようさん」
「あぁ、おはよう。寝ぼけ眼じゃねぇか、さっさと顔を洗って来いよアホ」
微妙なツンデレを見せる向かいの寮で暮らす源 忠勝、通称はゲン。向かいの島津寮のメンバーでは大和な他に付き合いがある奴で、正直に言って個人的に好きな性格をしている。
「いま起きたばかりなんだよ。ゲンは相変わらず早起きだな」
「うるせぇ、んなの勝手だろうが。飯作ったりするから早起きしてるんだよ 」
「なんだかんだで結局は答えるよな、ゲンって」
「チッ……さっさと準備しねぇと遅れるからな」
大袈裟な舌打ちで部屋の奥に戻っていくゲンに苦笑いしながら俺も部屋の中に戻っていく。
どう見ても見事なツンデレです。本当にありがとうございます。
「さてと、さっさと着替える……か……」
着ている寝間着の上着をベッドに脱ぎ捨てて、壁にかけてある制服を手に取る。
その瞬間、部屋のドアが再び開けられた。何事かと首だけを動かし、ドアの方向を見ると其処には薄く笑みを浮かべる霞が直立不動で佇んでいた。
「きゃーカナメのえっちぃー」
「さっきからめんどくさいな!! なんでそんなにテンション高いんだよお前!?」
「うん、今日は朝早くに目覚めてしまってね。気分は昼時なんだよ」
「完璧な自己中かよ!!」
「まぁそうなんだけどね、今日は少しばかり速く家を出ようと思っているから、それを伝えにね。出来れば七時半くらいには家を出たいな」
「……そりゃなんでだよ?」
首をかしげる俺に霞はにやけた笑みを浮かべながら長い黒髪を耳にかける。
「──どうやら数名の転校生が来るんだよ」
「転校生だ?」
意外な言葉に俺は思わず聞き返す、そんな俺に霞は喉を鳴らして笑っている。
「そう、転校生。まぁ確かな情報ではないんだけど─ ─────"僕達の目的"に良い人物かも知れないだろう? 」
「……もう動き出すのか? 」
霞の言葉に俺はまた違う意味で驚愕する。霞はそんな俺の顔に笑みを浮かべたまま小さく頷いた。
"俺達の夢"
別に、お偉い夢でも高い夢でも無い。世界から見たら小さな夢かも知れないが、それでも。俺が、霞が夢見た将来の姿。
と、偉そうに言っても。空っぽだった俺が霞に拾われただけなんだが。
思考している俺に霞は何かを宣言するように演技がかった仕草で手をあげる。
「────僕達の"探偵事務所設立"に向けて」
霞の夢。
それは探偵になること。だからこそ俺はその手伝いをしなければならない。
「卒業までに目標があるんだっけか」
「そうだよ。まず一つ、"チームのメンバー集め" 」
「川神学園から霞が選ぶ人間を勧誘すること、ここ一年は目に止まる人物が居ないと言う理由で行動無し」
「そして、 二つ、"設立に向けての資金集め"」
「卒業までに集める。の癖にバイトするき無し、働きたくないと言うニート思考」
「最後に、三つ、"僕達の知名度アップ"」
「特に作戦無し、つまりは当てずっぽうだよな」
「………しっかりと常日頃から様々で色々考えてるからさ、サボってないんだから、そんなに突っ込まないでくれるかい?」
突っ込みたい所が様々あるのだから仕方無い。
「……あれ、待てよ。確か、明後日は東西交流戦があるはずだよな、その前に転校生なんか来るのか?」
「さて、詳しい日程は詳しくは知らないからなんとも言えないよ。ただ……────そうか、東西交流戦か」
ニヤリと、音をつけるならばまさに相応しく霞は三日月に口元を歪め、不敵に笑う。俺が霞と過ごした経験上、この笑みを浮かべる霞はろくな発言をしないことは明白だ。しかもうってつけに明後日には東西交流戦が待ち構えていると言う状況。
俺は凄まじく嫌な予感がしながらも霞に向かって口を開く。
「……霞?」
「いいな、うん。東西交流戦で僕達の知名度をあげてみようか。要、君には今日、武器を持っていって貰うよ」
「…………何する気ですか?」
「なんで敬語なんだい? まぁ、いいや。なに、東西交流戦は確かテレビ中継もされる上に九鬼家の力添えも深く入るはずだ。それに加え、川神全体が注目されるような項目だ、武術の本山と呼ばれるこの地に置いて、有力な人物ら目をつけられる可能性もある」
「……あー…ちょっと良いか?」
一人で不気味に呟く霞に、俺は遠慮がちで声をかける。その瞬間、霞はふと気付いたように此方に視線を向けた。
「何かな?」
「別に東西交流戦に関わるのは文句はない……が、少し動
き出すのが急すぎないか?」
「今までサボってたからね」
「結局サボってただけかよ!? 色々考えてたんじゃないのかよ!!」
「なんで日頃から頭を使うなんて疲れる事をやらなくちゃいけないのさ」
「さっきの発言は!?」
「ウソ」
「ウソ!?」
さも当然のように嘘を吐くから分からないんだよコイツは。そんな霞に小さなため息を吐きつつも俺は霞の言う言葉を考えてみる。
東西交流戦。確か、西の川神学園みたいな学園と武力知力で争って己の力を確かめあうのが目的だったか。交流戦だから仲良くなろうなんて思いも含まれてそうだが、今はそんなのどうでもいい。
交流戦で活躍する、ね。
「でもだ、確か軍師役は大和と、Sクラスの……あれだ、アイツ、なんだっけ?」
「さぁ?」
「えぇ………まぁ良いか。その二人がやるんだよな、それに、注目を集めるって言われても、俺は川神百代ほど派手には闘えないぜ?」
「そんなのは君に一番近い僕が良く知ってるよ。なに、何も戦で活躍するだけで良いんだよ……そう難しくはない。こう言う言葉がある。"風のように隠れ、森にて火を焚き、山にて突けば好機はいたらん"てね」
「なんかの明言か?」
「適当に言っただけだよ」
「適当かよ!!」
「ちなみに元ネタは風林火山。林じゃなくて森かよ、が、望むツッコミだったよ」
「知らねぇよッ!!」
何故に俺は朝から漫才を繰り広げなければいけないんだ。
喉を鳴らして笑っている霞がふと壁にかけてある時計に目をやる、それに釣られて俺も視線を時計に向けると時間は既に二十分ほどたっていた。
まだ着替えても居ないと言うのに、少し話し込み過ぎたか。
「ふむ、じゃあ、僕は下に居るから速く支度を済ませて来てくれよ」
「あいよ……」
「─────それと、出発は八時に変更で」
態々、演技がかった仕草でそう言うと霞は部屋から静かにでていく。その背中を見ながら、俺は小さく苦笑を溢す。
「……ゆっくりしたいだけだろうな」
凶状 霞は意外とルーズな奴だ。
◆ ◆ ◆
朝、八時。ここから学園まで通称・変態橋を渡り、二十分程度。これでも俺達にしたら速い方だ、何時もは八時半には家を出ている。結局速く出るなど言っていた割りにはこの有り様だ。俺達らしいと言えば俺達らしいが。
霞は決して考え無しの無能じゃない。が、その突き抜けた頭のキレと知識から、普通の人に比べ、若干の逸脱がある。
だからこそ、俺にとって大和は気の良い友達だが、霞にとったら大和は気を許せない敵になる。
つまり何が言いたいかというと。
「やぁ、直江大和君。おはよう」
「か、霞さん、おはよう」
「下の名前で呼ばないでくれないか?」
「あ………あぁ、ごめんよ」
運悪く出発の時間が大和と被ってしまったら、霞にとったら敵とのエンカウントしたと言うことなのだ。
大和よ、俺にそんな目を向けられても無理な相談だ。
「おいおい、モロ。あの大和が綺麗な女性に嫌われているぞ」
「なんでそんなに嬉しそうなのさ……でも、珍しいね。カナメ、君の友達なの?
「あぁと……なんて言うかな。友達じゃないんだが、友達みたいな……いや、護衛だな護衛」
「護衛ってお前、カナメみたいな細長い野郎じゃ無理だろう。俺みたいな筋肉が無ければな!! お嬢さん、俺を護衛にどうですかな?」
筋肉野郎、風間ファミリー一員のガクトが無謀にも霞にアタックし始めた。無謀にもほどがある。確かに霞は同年代では比較的年上に見える容姿でも、中身は魔女だ。
「生憎、僕の騎士様は一人で十分だよ。暑苦しい人は一人で十分だしね」
「ガーン……フラれたか 」
「大変だ大和、ガクトがフラれたのにあまりショックを受けていないぞ!!」
「フラれ過ぎたんだね、残念」
「泣いても良いか俺?」
そして寮から次々と出てくる。外人と大和の、そう、確か。
「おはよう、直江京」
「おはよう、カナメ」
「ちょっと待て」
俺が京に手をあげて挨拶をすると大和がいきなり声を荒げた。そんな大和に俺は苦笑いを含めながらため息をはく。
「おいおい大和、いくら婚約者でも嫉妬ばっかりしてると嫌われるぜ?」
「違う違う違う!! 俺が言いたいのはそこじゃない!! なに直江京って!?」
「なにって、お前の婚約者だろ」
「はい!?」
「夫は恥ずかしがり屋なの。暖かい目で見てあげて」
「ははは、大和も男なんだなぁ 」
「可笑しいぞ!? 昨日のカナメと京の仲は良くなかった筈なのに!?」
「これぞ外堀作戦。大成功なんだ!!」
「いや昨日の夜にコンビニで偶然会ってな、そしたらなんだ大和。お前の婚約者だと言うじゃないか。全く水臭いなお前は! そう言うことは早く言ってくれよ。そうだよなぁ……思い返せば京さんと大和って距離が近かったからなぁ……まぁ、なんだ。遅いかも知れないがおめでとう」
「違うんだ! これには深い陰謀が……と言うか分かれよ!! なんでそんなに微笑ましい顔なんだ!? 今の俺を見て察して!?」
今の大和を見て察することね。
「あぁなるほど」
「……本当に分かってるのか?」
「霞、どうやら俺達は邪魔者らしい」
「ちなみに言うけれど。カナメのこれは天然だからね。ビックリするくらい恋愛事には疎いんだよ。僕はちなみに鋭い方だ」
「か、霞さんから言ってくれよ!」
「お幸せに。カナメ、行こうか」
「やっぱり嫌われてるのかあああ!! 」
嘆く大和を尻目に霞は大和達から離れて速歩きで去っていく。その背中を見ながら、俺は大和達に苦笑を浮かべて手をあげながら歩き出す。
我先に歩いていく霞を横目で確認しながら口を開く。
「んじゃ、ご夫妻。またあとでな」
「……解かねば、なんとしても今日中に誤解を解かねば恐ろしいことになると俺のゴーストが囁いている」
「ふふふ、貴方。私達も学校に向かいましょう」
「お友達で…」
何かを喋っている声が段々と聞こえなくなっていく中。俺は霞に追い付き隣を歩いていく。
川神学園に続く陸橋に差し掛かる辺り。段々と人込みが増えていく。変態橋と名がつく通り、ろくな人込みではないが。
そんな橋を渡ろうとした時、霞がふと此方を見ずに薄く笑みを浮かべる。
「────さて、今日は確か、東西交流戦の作戦会議があるんだったね」
「ん? あぁ、校庭で作戦を立てる指揮官がそれぞれのグループを作るんだよな。足が速い奴、腕っぷしが強い奴、頭が良い奴とかに 」
「くっくっくっ、まるで子供のお遊戯だねぇ……」
俺の放った言葉は霞にとって気に入らない言葉だったらしい。にやけた笑みに隠れる不機嫌を感じながら俺は呆れにも似た笑みを浮かべて霞に問い掛ける。
「それじゃあ、探偵さんの考えを聞こうか?」
「そんな単純な別け方では意味が無いよ。確かに部隊には統一性が必用だ。だが、それは一昔前の……そう、戦国辺りの考え方だ。奇襲だ、山から速い馬が。大男が暴れているなんて言う叫びが木霊するね。かの有名な前田家は体が大きい故の力強さだけで、その地位を得た………まぁ。つまりね。そんな作戦は現代に置いてタブーだよ」
「……何が?」
「例えば足が速い奴ばかりの部隊。これには弱点があるだろう。身軽故に攻撃性が弱いとか、動きが止められたら意味が無い部隊とか。そう、単純なぶつかり合いになるなら別に悪い手じゃないさ。例えるなら……そうだね。将棋かな」
将棋ね。
足が速い奴が飛車とか。それなら 川神百代はなんだろうな。ジョーカーとか。
「まぁ、良いんじゃないか。将棋なら単純に頭のキレる奴が勝てるゲームだ」
「君は、馬鹿だなぁ……」
わざとらしく考える振りをしながら霞は呟く。
学生程度の戦もどきにそこまで本気で考えなくても言いとは思うが、俺は霞に若干のイラつきを感じながらも続けて問い掛ける。
「じゃあ馬鹿な俺に答えを教えて貰おうさ?」
「くっくっくっ、そう怒らなくても馬鹿で良いんじゃないか。僕が考えて君が動く。でも君は自分で考えて、僕を信じて動くだろう?」
恥ずかしい気持ちは毛ほどもないのか。霞は俺にそう言いながらにやけた笑みを浮かべる。
「まぁ……否定はしないが」
「つまり僕が言いたいのはこう言うことさ」
「はぁ?」
「人なんだよ、動くのは。将棋の駒じゃない。訓練された訳でもない兵は順応性が無いんだよ。だから、小さな策で簡単に崩れる。つまりは先にやったもん勝ちなんだ。直江大和はそれを感覚で理解しているから、軍師なんて呼ばれるのさ………実に。"時代遅れ"な名だ」
霞はただ淡々と呟いた。
学生にして見れば、ただコイツが周り口説く色んな事を考えすぎだと思えることだ。かく言う俺でさえそう思っているのだから。
霞が言う言葉は何時も確実性が無い。深く考えて言っているようで実は何も考えていない。かと思えば頭ではしっかりと答えを導いている。
兎に角、掴めない奴なのだが。今の霞に俺は確かな違和感を覚えた。
「なぁ、一つ良いか?」
「うん、なんだい?」
「なんでそこまで大和に固執するんだ? 惚れたか?」
「無いよ。なんであんな優男に惚れるんだ、気持ち悪い。僕のタイプは僕より背が高いのが必須なんだよ」
「まぁそうだろうな……と言うか百八十七より背が高い奴なんか限られてるだろう」
「うん、まぁ限られてるね………ふむ、しかし、僕が直江大和に固執している。ね」
「あぁ、しているな。お前は良い意味で他人と距離を置く奴だ。それはお前に一番近くいた俺が良く知っている……なのになぜ大和だけにそこまで固執するんだよ」
「嫌いだから」
「いや、それは知っているから。なんでだよ?」
「だから、嫌いだから嫌いなんだ」
「…………はい?」
「君はゴキブリを何故嫌う?」
「そのレベルなのかよ!?」
「冷蔵庫裏から現れるGのように、僕の目の前を歩くNが嫌いだ」
「大和をゴキブリみたいに言うなよ……」
「大体さ、あんなヒョロヒョロ。男としてどうかと思うよ。なんて言うのかね、そう、弟みたいだと僕のクラスの女子が言っていたな。僕はね、これでも三兄弟の長女で、下には八つ離れた弟と九つ離れた弟がいる」
「初耳だぞ、それ。お前長女なのにそんなひねくれてるのかよ」
「小さいガキなど僕の目の前から消えれば良い」
「弟に何が!?」
「やれ姉さんは背が高いなど、姉さんはモテないなど、姉さんは男みたいだと。ガキは人を考えずに喋るんだよ。嫌いだ」
「……お前、それ」
単純に年下を必要以上に嫌っていて。単純に大和の年下雰囲気が鼻につくだけなんじゃ。
と言う言葉を飲み込み、俺は小さくため息をはく。つまりはこんな単純な話だ。なにか重苦しく話ながらも霞は内心で何も考えていない。ただ大和が嫌いなタイプだけと言う話。
実に。
「くっだらねぇ………」
吐き出した言葉に霞は喉を鳴らして笑った。
「君は考えすぎなんだよ。頭を使う時、それは君が大切だと思う時に使えば良い。僕はね、君と喋るときは何も考えずに済むんだ、相手を伺うことも、相手を引き寄せることも、相手をあげることもしないで良い。君といると楽になってしまうんだ」
「……それは喜ぶべきか?」
「大手をあげて喜びなよ。少なくとも、僕が気を許せる人は君しかいない」
「……あぁ、そうかい」
「顔が赤いよ」
「自覚している口説きはやめろ……」
「くっくっくっ」
どうにも調子が狂う。
先ほどとは打って変わって霞は機嫌良く笑った。大和と出会った時の不機嫌は綺麗に消えてくれたようだ。
それから少し、無言で並び歩く。
お喋りな霞にして見れば珍しいことだが、これは霞の一種の癖である。
簡単に言ってしまえば、これは霞が何かを深く考えている時の癖なのだが、まぁ年に一回見れれば良いくらい珍しい。こう言う時、此方から話し掛けると間違いなく不機嫌になるので、俺は無言で隣を歩いていく。
「…─────今日の挑戦者はお前か!」
そんな俺達の前で、見慣れた人物が見慣れた光景を繰り広げている。
一人は背が高い、と言っても霞よりは低いが、霞と同レベルの美少女である、"川神 百代"だ。
規格外の天才。神の申し子だとかなんとか、探せば人につけるようなアダ名では無い通り名ばかり持っている武術の頂点とか。
「今日も今日とて飽きないな……」
「………ふむ、君から見て今日の勝敗は?」
「ん? そうだな……って、聞くまでも無いだろう」
やっと口を開いた霞の問い掛けに俺は歩きながらも挑戦者を眺める。
黒人の筋肉質な男が一目での人相。
「さて、僕は君に言われたことがあるだろう。武術に絶対はないと」
「予想にそんな話を持ってきたら予想なんか出来るか」
「まぁ、そうだね」
川神百代から視線を外すと、すぐに警戒な打撃音が響き渡り、周りの野次馬は何時も歓声をあげる。
予想は当たり。まぁこんなものは予想にもならないだろうが。
俺達はその勝敗を見るまでもなく歩き続ける。
「ん?」
少し歩いている先。見に覚えのある紅い髪が風に靡いていた。その凛々しく背を伸ばし、岩のように佇む女性に向かって俺は口を開いた。
「よう、マル」
「……私を犬の名前のように呼ぶなと言ったはずです」
俺の挨拶に、米神を震わせながらゆっくりと此方を見る綺麗な女性。その女性に俺は表情を変えずに首を捻りながら口を開く。
「じゃあマルちゃん」
「あまり変わっていないでしょう!!」
「じゃあ僕が間をとってマル君」
「私は女です! ………全く、貴方達は毎日飽きもしないな」
悠然とため息をはく女性。マルギッテ・エーベルバッハは呆れたように苦笑した。
「おはよう。とだけ言っておきます」
「はいはいおはよう。んでなにしてんの?」
「お嬢様とここで待ち合わせしているのです、それ以外に何があると?」
「あぁ、なるほど……く、クリスティーヌだっけ? 」
「違うよ、クリスティ………ヌワンヌだっけ?」
「貴方達は私に喧嘩を売りに来たのですか!?」
「「いや、これは素で覚えてない」」
「くっ………貴方達で無ければ私のトンファーが唸りをあげていました……!」
凄む軍人の気迫に周りが驚いている中、俺はマルに苦笑を返す。相変わらずの凄みは学生に似合わない、俺を見上げるマルの頭を軽く叩く。
「まぁいいや。待ちすぎて学校に遅れるよ?」
「軽々しく頭を撫でるなと言ったはずです!!」
「別にお前と"同い年"なんだから気にすんなよ」
「普通は気にするんだ!! 貴方が異常だと理解しなさい!!」
「おぉ、怖い……」
「くっくっくっ。君達は面白いなぁ」
顔を赤らめているマルに苦笑しながら俺は道化のように肩を竦める。
そんな俺達を面白そうに、にやけた笑みを浮かべて笑う霞に視線を向けると、顔で道の先を指す。
「行こうか。マルは悲しくもお嬢様が大切らしい」
「当たり前です……カナメ、少し待ちなさい」
「ん?」
歩こうとする俺をマルが呼び止める。
何事かと視線をマルに向けると、マルは俺のネクタイを両手で掴み、大袈裟な溜め息を吐きながら、慣れた手付きでネクタイを整えてくれる。
「ネクタイを曲げるのは大人の男性として恥ずべきです」
「……いや、悪いな。前じゃネクタイなんか使わなかったし」
「言い訳は結構。ほら、カスミ、貴女も直してあげますよ」
「くっくっくっ。結構だよ、僕のこれはファッションだからね」
「ふぅ。だらしないファッションです」
「いやぁ……全く、君は面白いなぁ」
「年上を君よばわりしないように。私以外なら怒られますよ」
目を薄めて苦笑するマルと、そんなマルに珍しくまともに微笑む霞。見ようによれば良い姉妹にも見えなくない。
と言うと、マルが姉なら俺は兄か。
いや、まず霞の兄なんて想像すら出来ないな。
「そう言えば、マル。君は東西交流戦に参加するのかい?」
「なんですかいきなり? まぁ、参加はしますが本気は出さない予定です。仮にも学生の行事ですからね。私のような軍人が本気を出すのも、反則でしょう。カナメ、貴方もやり過ぎないように」
「心配しなくとも。俺より強い奴が沢山いるからな、本気を出すまでもないだろうよ」
「……まぁいいでしょう。それでカスミ、貴女が参加するのですか?」
「……ふむ、いや。なるほど………じゃあ別に良いか」
「カスミ?」
「うん、参加はする。ただ僕と要は独自に動くからね、君の邪魔になったらなんて思ったけど……─────くっくっくっ」
そう言いながら霞は機嫌良くにやけた笑みを浮かべる。
その瞬間、俺の脳裏に嫌な予感が広がった、マルの同じなのか、少し顔をしかめて霞を見る。
俺達の意味ありげな 視線を受ける霞は、その疑問に答えるように長いロングコートをはためかせ、ゆったりと口を開いた。
「──────東西交流戦。壊してみようか」
その一言が、頭に響いた。