場所は変わり、川神学園の校庭。見渡すかぎりに生徒が集まり、人で賑やかに騒いでいる。そんな中、大和とSクラスの中央辺りで地図を拡げ、何かを話し合っている姿が見えた。
かくいう俺達と言えば。
「それで、何か言った割にはノーモーションなんだな」
「うん? まぁね。今、僕がこの場に参加しては"意味が無い"」
「"意味が無い?"」
「そう。言うならば、そうだね………君は誰かにプレゼントを貰うとき、中身が何かを教えられてから貰うプレゼントは嬉しいかい?」
「そりゃ、まぁ、嬉しいは嬉しいが」
「だがね、中身はなんなのかと言う疑惑を持っていながらプレゼントを開け、中身は君の欲しい物だった時の喜びはもっと大きいだろう。まぁ一種のプラシーボ効果みたいはモノだ。つまり、こう言う意味さ」
「……だから、お前の中で完結しても俺にはさっぱりなんだよ!」
「ふむ……ま、伝わらなくてもいいや。僕に任せてくれるよね?」
問い掛けには聞こえない問い掛けを霞はにやついた笑みを浮かべて言う。
分かっていながら言うのだ、俺が霞に反論しないことを。だからこそ、俺は霞の問い掛けに肩をすくめる動作で返す。そんな俺に霞は満足気に喉を震わせて笑う。
「……で、その霞の考えって結局はなんだよ? 」
「さて、どうしようか」
「はぁ?」
「くっくっくっ。そうだねぇ……僕の"予測"が正しければ、直江大和は人を上手く使うんだ」
霞はそう言いながら薄い目を大和の背中に向ける。
たださえ深い釣り目で周りに威圧を与える視線がさらに極み、霞に視線を向けていた一年の男子達は一斉に顔を強張らせた。
容姿に釣られたか一年。ろくな女じゃないのは俺が保証しておこう。
それは置いといて。
霞の言った言葉が気になる。
「人を上手く使う、ね。まぁ、悪い事じゃ無いんじゃないか。もとより軍師なんてアダ名があるくらいだしな」
「軍師ねぇ……さっき、言っただろう?」
まるでひねくれたように霞は遠くにいる大和を見つめ、苦笑まじりで呟く。そんな霞に俺は違った意味での苦笑を浮かべながら口を開いた。
「"時代遅れ"って奴か?」
「そう、軍師とは刀や弓を持つ兵士を部隊に分け、戦に勝つ。まぁ、やり方は悪くない。でもそれはね、言った通り将棋や囲碁なんだよ、もっと現実的なチェスをしようじゃないか」
「つまり、なんなのかを言えってさっきから言ってるの伝わらないな、 お前………」
「ルールに縛られては意味が無い、もっと奇抜に行こうよ。鬼殺しとかゴキゲン中のように」
「なんだそれ?」
「将棋の作戦だ、表際は知らないけどね」
「知らねぇのかよ!!」
「だって僕、ボードゲームは嫌いなんだ。負けないからつまらない」
ボードゲームで勝ったことのない俺への嫌みか。
確かに霞は家でテレビゲームはやれどパズルやボードゲームと言った通り頭を使うゲームをやっている所は見たことがない。本人の言う通り、負けたことがないと言うのも嘘ではないのかも知れない。
嘘かも知れないが、突っ込むだけ疲れるだけだ。
「で、その霞が考える奇抜って?」
「くっくっくっ……────後のお楽しみさ」
実に嬉しそうな顔をしながら言う霞に、嫌な予感が背筋に走るが、避けようのない未来に俺は溜め息を吐くしかない。
「……────要!」
会話をしていた俺達の元に朝出会った赤髪の軍人、マルギッテが威風な佇まいで此方に歩いてくる姿が見えた。
声に呼ばれるがまま視線を向ける。
「よう、なんか用か?」
「用か、ではありません。貴方達も作戦会議に出なければ置いていかれる、闘いで一番危険なのは危機感の足りない味方と知りなさい? 」
「そう言われてもな……霞」
「嫌だ」
「らしい、悪いがお姫様がこう言ってるなら俺は行けねぇよ」
「……はぁ、貴方達は……カスミ、嫌でも形だけは出席しなさい、孤立は貴女自身の危険にも繋がりますよ」
「なんで僕がこんなレベルの低いやり取りをしなければならないんだ、作戦ってのは優秀な指揮官が立てて、隊長が意見を入れて、優秀な兵士が従うんだよ。ここには意見を言う隊長しかいないじゃないか」
「軍を知らない貴女が一端な口を利かない!」
子供のように拗ねる霞にマルが脳天にチョップを入れた。
「あう……」
あまり痛そうにしていないが、実際は痛かったのか、頭を軽く擦りながら霞はにやついた苦笑を浮かべる。
「形だけは参加をしておきなさい、後のことについては口出ししませんから」
「……全く、僕の頭を叩く奴は君で二人目だ。分かった、分かったよ。君に免じて形だけは参加しておくよ、形だけは」
「何度も復唱しなくて結構……ほら、行きますよ」
「分かったから引っ張らないでくれ」
嫌そうにしながらもマルに引きずられていく霞を見ながら、俺は笑みを浮かべて見送る。
本当に。
「姉妹か」
小さく二人の背中にツッコミを入れて、俺はゆっくりと立ち上がった。なんだかんだと言いながらも、マルは霞を気に入っているのか、それともただ単に年下に弱いのか。
どちらにしろ姉のような奴だと心の中で呟き、その二人の背中を追う。
校庭の中心部、つまりは大和達が様々なことを話し合っている場所の近場まで来ると二人はゆっくりと立ち止まった。
「ここで挟み撃ちを……」
「いや、ここはですね……」
気障くさい男と地図を見て、思考しつつ何かを話し合う大和を霞は視界に入れると嫌そうに視線を俺に向けてくる。
「なぁ、要。あのホモくさい男は誰だい?」
「知らんがな、他クラスの奴とは基本的に関わらないんだよ。マルなら知ってるだろ?」
「私を犬のように呼ぶな! 全く……あの男は葵 冬馬、学生にしては狡猾で頭がキレる男です。二年Sクラスの、まぁ知力タイプとでも言いましょうか」
「じゃあ僕の嫌いなタイプだ」
「お前は同族嫌悪が強すぎだろう……」
「頭が良い奴は何でも考えて動くんだ……つまらないよ、実につまらない。なんで何がなんでも利益で考えるんだか……まぁ、そんなのはどうでもいいや、マル、彼等が考えている大まかな作戦を教えてくれないかな?」
霞はうんざりしたように呟くと、俺と同じように呆れるマルに顔を向けて言う。
マルは何かを言いたそうに顔をしかめるが、小さく苦笑を溢し、どこか嬉しそうな困り顔で口を開いた。
「良いでしょう、私の把握している範囲で教えます。まず────」
そう言うマルは軍人らしく喋り出す。その声を霞と俺は軽く聞き流していた。
どうせ覚えていても意味が無い。
"俺は俺に従うまでだ"
◆ ◆ ◆
──────それが二日前の出来事。
あの作戦会議以来、今日に関わることを一切話し合っていない。今日の東西交流戦について。
霞はそれで構わないと笑っていたが、俺はそれを信じるしかない。それで良い、俺は霞に全てを任せているのだから。
肌寒い風が肌に当たる。一種の工場地帯を戦場とした東西交流戦は夜に行われるためか、普通より気温が低い。さらに海が近い為なのか、その空気の冷たさは冷気になって体を通り抜けていく。
その風を体に犇々と受けながら、俺は手元に持っていた縦一メートル、横二十五センチの黒いチタン製の収納バックを持ち上げる。
「よっと……」
持ち手付近にある金具を手元に引くと金属の嫌な音と共にバックの底から鋭利な釘が飛び出る。
そのまま今、丁度真下の立っている組み立て式の足場に突き刺す。足場の材質が鉄だと言うのに軽々しく刺さる釘に俺は苦笑を溢した。
「───さすがは"名匠"って所だな、霞」
「それはそれは。お気に召して光栄だよ、態々取り寄せた甲斐があったものだ。手元にある左の金具を引いてみな」
「左の金具、これか」
持ち手の左、もう一つの金具を引く。
その瞬間、何かが外れるような音と共に持ち手の部分が小さく折り畳まれる。そして、その行動に合わせるようにバックの真ん中から綺麗に二つに別れ始めた。
「こいつは、凄ぇな………」
目の前の光景に目を見開く。そんな俺を見つめ、霞は嬉しそうに喉を震わせた。
バックが近代的に広げられた、その肝心の中身は綺麗に収納され尽くした武器の数々。一般的なサバイバルナイフからスティール、カトゥーラや湾曲ナイフ。有名なナイフは全て横の開きに飾られている。
そして次に注目したのは真ん中。
綺麗に折り畳まれた、霞の来ている黒いロングコートとは正反対の白いロングコート。フードがつけられているがボタンは一切無い、つまりは前を閉めれないタイプのコートだ。
俺は半場、無意識にそのコートを手に取る。
「重!!」
持ってみて驚く。通常のコートより遥かに重いのだ。例えるならボーリングの玉だろうか、それほどの重さがある。
「そりゃそうさ。君の特注品でね、懐には刃渡り五十の短剣が四本。構造は防刺防弾の特別製、さらに腰回りを見てみなよ」
「腰回り?」
霞に言われるがままコートを広げてみた。胸の辺りには確かに長めの短剣が四本、触り心地からも普通のコートでは無いことが確認出来る。
だが、その腰にあるのは"二丁の拳銃"。余りにも非日常な代物に俺は口元をひきつらせた。
「44マグナムのボルトを拡張させ、グリップから中の反動吸収まで取り付けた。まぁ、総弾数が六発なのはマグナム系統の定めとして諦めてくれ。あぁ、それと、弾は安心設計のスタン弾だよ。当たれば打撲におまけで電流が走る………けど、仮にもマグナムだ、頭や股間などを撃ったり
、至近距離での発砲は辞めといた方が良い」
「得意気だが俺が聞きたいのはそこじゃねぇよ!!」
「銃は苦手かい?」
「持ったことすら無ぇよ!! と言うかそこでも無ぇよ!!」
「…………あぁ、犯罪かって意味か。問題は無い、それは正式に許可をとった猟銃だよ、普通はボルトアクションの単発式を猟銃として扱われるんだけど、小さいマグナム系統の銃なら検査を抜けれる場合があるんだ、改造はまぁ違法だけど、安心したまえ、市販の物しか使ってない」
「何一つ安心出来ないんだけど!?」
「くっくっくっ。冗談だよ─────"凶状"の名で特例に許されている銃を使ってるからね」
「名前って……」
霞の言葉に俺は思わず口を紡ぎ、霞を見つめてしまう。そんな俺に霞は薄い笑みを浮かべて口を開いた。
「………君がいるから平気さ」
「……だぁっ! 分かったよ、分かった。もうこの銃については突っ込まねぇよ!」
「くっくっくっ、そうしてくれ。ほら、早く装備してくれよ。時間がない」
「たく……簡単に言うなよ」
俺はなんとも言えない気はずさに、霞から視線を外して手に持っていたロングコートを"そのまま"羽織る。
腰辺りに慣れない感触を感じながらも、俺はバックから一般的なナイフを取りだし、腰にくくりつけるともう一度、バックの金具を引く。
みるみる畳まれていくバックを見ながら俺は霞に視線を向けた。
「さてと……開始まであと五分、要、こっちに来てみなよ」
「あ? なんかあるのかよ 」
「戦場の始まりは何時も上からの激励がかかるのさ……」
誰に言うわけでもなく霞は誰もいない方向に呟きながら、何時の間にか取り出したトランシーバーを態々、俺に見えるように掲げた。
そして、僅かな沈黙と、熱くなる周りの空気を冷やすような冷気の風が吹き抜ける。
『─────さて、開始五分前だな。弟よ! 声をあげろ!』
────そして、静寂に響く武神の透き通る覇気の声。
「ほら来た」
そして、静かに呟く道化。
『………よし! みんな聞いてくれ!!』
『我が覇道の一歩として!!』
そして、二人の別々の声がトランシーバーと真下から聞こえてくる。その声に合わせるように霞はゆっくりと下ろしていた腰をあげ、手元に何時の間にか持っていた石を指でもて遊びながら、俺の真横にゆっくりと歩いてくる。
『俺は最弱だ!! 武道なんかからっきしだ!』
『俺は最強だ! 天に選ばれた覇道を行く者だ!』
『でも、俺には仲間がいる!! 普段は歪みあっている奴等でも今は隣にいる仲間だ! SもFも関係ない!!』
『俺に付き従えば未来はあり、敗北はあれど敗者にはならん!! 故に、俺に従え!! 』
『隣を見ろよ! そいつらは自分を助けてくれる仲間だ!! 互いか互いを助けていれば負けなんかない……だから、宣言するぞ!!』
『俺達を見ろ!! 俺を見ろ! 負ける要素など何一つない!! 武神が神だと言うなら俺は神を倒せる人間よ!! 宣言してやる!!』
段々に高まる熱気に答えるように二人の正反対の発破が聞こえてくる。ざわつく空気が犇々と体に感じられる中、俺は霞を片手に抱えながら小さく呟く。
「どうする?」
今さら過ぎる俺の質問に霞は手元に持っていた石を摘まみながらニヤリと、笑みを歪める。
『─────この闘い、絶対に勝つぞッ!!』
『─────この闘い、絶対に勝てるッ!!』
「飛ぼうか」
────ウオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!
響き渡る怒号の中、霞はゆっくりと体を宙に投げる。
当然、霞を抱えていた俺も同時に宙に飛び立った。突如として体に吹き付ける強風を感じながら、俺達はされるがままに疾走する、速く、速く。
止まることなどない疾走を感じながら、霞は俺に強くしがみついてきながら、ニヤリと、笑みを歪めたまま叫ぶように言う。
「さぁ!! 優雅に着地しようかッ!!」
「あぁ─────あぁ、そうか、なるほどなァッ!!」
霞を抱えながら下に写る景色と、霞の言葉に俺は霞の目的を理解し、込み上げてきた笑いを止めずに笑う。
『────東西交流戦、開始ぃッ!!』
響き渡る学園長の言葉に、テレビ局のヘリはすかさず移動し、中継されている大きなモニターに二人の総大将が写し出される。
まるで、スローモーションのように二人の総大将が部隊に手を向けて叫ぶように口を開く。
『狙うは総大将よォッ!! この九鬼に続けぃッ!!』
『さぁ、行くぞ貴様ら!! 九鬼の首をとグハァッ!?』
そして、俺達は綺麗に着地を果たした。
「………………は?」
そして、あれほど五月蝿かった戦場が一気に静かになる。再びの沈黙を感じな、俺は"足元にいる男"から脚をどかすと、高い位置からその場にいる生徒を見渡し、霞をゆっくりと地面に下ろす。
霞はその静寂をものともせずにニヤリと、悪役染みた笑みを歪め、手元に持っていた石を指で弾く。
そう。
「くっくっくっ───────総大将、討ち取ったり…………なんてね」
珍しく可愛い風に言う霞を見ながら俺は口を押さえながら沸き上がる笑みを抑えた。そして、ヘリから見下ろす学園長に視線を向ける。目を見開きながら此方を見ていた学園長は俺と視線が噛み合うと、学園長は可笑しそう、そして何処か嬉しそうに顔を綻ばせる。
『ふむ…………東西交流戦────────終了ぉッ!!』
こうして、東西交流戦が終わりを告げた。
───────え、ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええィィッ!?
波乱の始まりだ。悪くない。
俺は周りの視線に答えながら口を大きく開けて笑った。
流れが気に入らないのでそのうち修正します。