真剣で俺は過ごしていく   作:ニコウミ

5 / 7
青葉 要は剣を構える

◆ ◆ ◆

 

『────お前はアグリアスをどう思ってるんだい?』

 

 懐かしい夢を見た。

 いや、見ている。俺がまだ二十歳にも満たない年の頃、俺の親友が唐突に話し出したあの日の夢を。

 

『──────』

 

 俺は口を開く。だがその口から言葉を発することは無い。何故なら、俺はこの時、何も言わなかったのだから。戻りたいと願ったことはない。変えたいと願ったことはない。でも、また話をしたいとは願っている。たわいのない話で良い。昨日の飯、今日の良かったこと、明日は何があるか。

 

『アグリアスはな、お前に恋してるよ』

『はぁ? 志雄、戯れ言はやめろよ。アグはそう言う目で俺を見ていないさ、あれは………そうだな、どちらかと言うと師弟だ』

 

 俺の口が勝手に喋る。何回も夢で見た、聞いた言葉だ。ここでもしも。なんて言うたらればの話は嫌いだ。好きじゃない。俺は俺の過去を否定するつもりはない。つまりはすでに決着なんかついているんだ。じゃあ、なんで俺は夢を見る。

 

『そうかな? 僕は良い二人だと思っているよ。凶状家の護衛じゃ格別な美少女だし。縁談の話しも進めたからさ』

『進めたのかよ!!』

『くっくっくっ……良いだろう別に』

 

 夢は何時も可笑しな方向に行く。俺の後ろには何時も霞が此方を見ながら無言で佇んでいるんだ。俺を見ながら、だが、夢の俺は気付かない。目の前の親友と話し続けている。

 

『じゃあ、霞は?』

『──を進めるのかよ………』

『流石に無いか、あれは僕に似てるからなぁ……めんどくさい所とか。君とは相性抜群だけど……僕としてはやっぱりアグリアスを進めるよ、縁談頑張って』

 

 目の前の親友は、絶対に此方に顔を見せない。顔を見せてはくれない。構いはしない。俺とコイツはもう話は終わったんだ。あとに待っているのはそれぞれの一歩。

 俺は霞に近付きたいんだ。お前とじゃない。俺の居場所はお前じゃない。

 言いたい言葉はやはり言えない。俺はこの時、喋っていないから。

 夢は、何時も其処で終わる。

 

『要、行ってらっしゃい』

 

 お前は、進めているのに。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 重い頭を抑えながら、俺はリビングの扉を開ける。

 

「夏なんて死ねばいい」

「………寝起きそうそうの俺に愚痴るな」

 眠たげな頭を振りながら、俺は外を睨みながらクーラーの真下にいる霞に言う。

 点けっぱなしの、目を向けていないテレビからは朝のニュースが流れ、綺麗めのキャスターが元気よく嬉しそうに、今日の快晴を宣言している。気温は三十度越え、何時もロングコートを着ている霞もこの気温ではノースリーブの服装に変わっていた。

 普段から日に晒さないためか、見事に白く綺麗な肌である。

 

「暑いのは嫌いなんだ。汗も嫌いだ……爽快クールが売りなこの汗吹きが無ければ生きていけないくらいに嫌いだ。要、日焼け止めを塗ってくれ」

「体に?」

「アホか、腕に」

 

 別に期待なんかしていないからな。

 

「自分で塗れよ………眠ぃ」

「うら若き乙女の柔肌をヌッチャリと触れるチャンスを棒に振るうとはね。日焼け止めとってくれ」

「ヌッチャリってなんだ………ほらよ。あれ、今日の朝飯は?」

 

 霞が使っている化粧棚から高そうな日焼け止めを手に取り、手渡す。化粧棚には化粧品がしっかりと用意はされているが、使っている姿を見たことがないのはうら若き乙女としてはどうなのだろうか。

 と言うよりは、コイツはどうやってこの美貌を保っているのだろうか。共に住んでいる俺にすら分からん。

 しかし、そんなことは今はどうでもいい。肝心な朝飯が用意されていないのだ。

 

「今日は外食だよ。そのまま三角ちゃんの所に顔をだして、直江大和と顔を会わせて協力交渉さ」

「……あぁ、そういや。あの後、二人で話し合ってたな」

 

 二人の乙女な会話とか言って、部屋を追い出されたのだが。そんな話になっていたのか。

 

「うん。報酬は現金で二グループに手渡し、食券は二等分するって話で、直江大和達と手を組んでストーカー退治をすることになったんだよ」

「はぁ、まぁ、構わないんだよ。お前は手を組むことに意義は無いのか?」

「僕が直江大和を嫌っているから。と言ってね、傷付いている女性の頼みを身勝手な理由で断るつもりはさらさら無いさ。僕には君がいるから、そんな物騒な話は無いけど、三角ちゃんには同じ女性として、考えることがあるからね…………まぁ、極力は君が中立で色々と動いてもらうけど」

「………ま、納得はしてないが三角ちゃんの為にってか」

「そうだよ………まぁ、それだけじゃないんだけどね」

「ん?」

「なんでもないさ……それより、早く着替えてくれよ。もうすぐ待ち合わせの時間だ」

 

 霞に言われ、時計に目をやると長針は八を指していた。休日だからと少しゆっくりし過ぎたか。俺は霞に曖昧に頷き、服を脱ぎ出す。

 

「あぁ、そうだ。一応、武器を持っててね」

「武器だ? 別に暴漢くらいならなんとか出来る実力は自負してるが……必要か?」

「今日の占いで君が最下位だったからね」

「地味に嫌だな!」

 

 腕に日焼け止めを塗る霞に俺は苦笑を浮かべて、用意されている服を着込む。そしてポケットに乱雑にねじ込んでいた鍵ケースを取り出すと、窓際の壁に埋め込まれた金庫に鍵を突き刺す。

 鍵にしては固い感触を感じながら、鍵を回し、暗証番号を入力する。厳重にかけられた堅い金庫の重い扉を開けると、そこには奥行きが広い収納場所、そして、一本の"両刃剣"が置かれていた。

 

「あぁ、それと。このガードは国からの正式な銃刀法許可証だ。凶状印の安心マーク入りだよ」

「また、んなもん。絶縁されてんのにどうやってそんなの取ってるんだよお前は……」

 

 テーブルに置かれたプラスチック性の免許証に似たカードを見ながら、俺は剣を手に取り、金庫の扉を閉める。機械音が数回響き、鍵が再び閉まるのを確認すると、俺はカードを手に取る。

 

「さてね。家から出るときに適当に持ち出した道具箱に入ってたんだよ。多分、正式な物だし、心配は入らないと思うよ。それに、川神じゃ色んな所で武器を持ち歩いてるし、大丈夫だよ」

「……まぁ、霞が良いってんなら構わねぇけど。お前、"大丈夫なのか?"」

 

 俺が言う言葉に霞は薄く笑みを浮かべて、俺を見つめ返してくる。その笑みは何時ものようなにやけた笑みではなく、ましてや演技がかった笑みでもない。純粋な笑みを浮かべながら霞は口を開いた。

 

「"君がいるなら"」

 

 殺し文句だ。

 言おうとしていた言葉が頭から消え去り、言葉をつまらせる。俺はなんとも言えない気まずさに頭をかきながら適当に頷き返し、その場にあった椅子に座る。そんな俺を可笑しそうに喉を震わせて霞は笑う。

 

「……で、待ち合わせって何時なんだよ?」

「うん? くっくっくっ……十時に駅前で待ち合わせしているよ。三角ちゃんと、直江大和と、あと一人誰か。まぁ、風間ファミリーの誰かだろうけど……僕は川神百代と予想するよ。彼女は君にご執心みたいだしねぇ」

「ご執心ね。美少女に追いかけ回されるのは嫌いじゃないが、目的がどうせ戦えだろうからな。所謂、武人じゃない俺からしたら、そのお誘いはお断りしたいな……」

「狼が人に追いかけ回されてる感じだね、君達は」

 

 いいえて妙だな。

 俺は片手に持った剣の鞘にある紐を腕に巻き付け、強く結ぶ。しっかりと固定されていることを確認しながら、俺は口を開く。

 

「今日、夢を見たよ」

「うん? ………あぁ、あの人の夢かい」

「あぁ、何時までたっても見るんだ。なんとかならねぇかね」

「僕が添い寝でもしてやろうか?」

「悪夢を見そうだ」

「おい、どういう意味だ」

 

 軽口を叩きながら、俺は身支度を整えるとゆっくり立ち上がり、少し不貞腐れている霞に向き直る。

 

「さて、良いぜ。行こうか」

「やだ」

 

 はっきりと否定の言葉を投げて、霞はソファーにだらけながら寝転び、俺を上目で見上げてくる。

 

「………はぁ?」

「外が暑い。僕はもう少し気温が下がったら行くから、君は先に駅前のレストランに向かってくれないか……僕は動きたくない」

「ヒモッ子が………はぁ……仕方ねぇな。あんまり遅くなるんじゃねぇぞ。待ち合わせの時間になったら集合場所に先に行ってるからな?」

「大丈夫、それまでに行くよ」

 

 言葉ははっきりとしている癖に、体がだらけきっている。普段は運動をしないからか、壊滅的に体力がない奴だ。俺は小さくため息をはく。コイツはもう動かないだろう。腹が減っているし、置いていくのが無難だ。

 俺はそのまま、霞に片手をあげながら玄関に向かい、動きやすいランニングシューズを履く。

 

「あぁ、そうだ。朝食Aセットを頼んでおいてね。飲み物は百パーセントオレンジ」

 

 その言葉に俺は苦笑を浮かべて、無言でドアを開けて外に出る。

 予想以上に暑い日差しが俺を照らし、半袖だと言うのに暑さが感じられる。まさに真夏の季節、普通に暑い、霞が外に出たがらないのも無理はないだろう。

 俺は片手で日差しが顔にかからないようにしながら、ため息を吐き、剣を持ち直すと目的地まで歩き出す。

 

「─────青葉 要ですね?」

 

 開始二秒、ラスボスとエンカウントした。

 

「………あぁ、川神百代さん?」

 

 美しく透き通るような黒髪。小さすぎない釣り目。理想的とも言える抜群のスタイル。端整な顔付き。どれを見ても、それは美しいしか言えないような華麗な佇まいは武人としての強さも見た目からは伺える。

 武神"川神 百代"

 神の子と言われるほど非現実的な気を持つ彼女は、俺が行こうとする道をふさいで、佇んでいた。

 

「はい、私は川神百代と言います」

「あぁ……結構、礼儀は正しいんだな。噂は噂か」

「はい? あぁ、まぁ。礼儀に関してはシジイから五月蝿く言われてましたし、貴方は大分、歳上みたいですしね」

「まだ二十前半だ」

「そこは譲れないのか……」

 

 微妙な顔をする川神に俺は頭を掻きながら思考する。

 

「まぁ、敬語はいらねぇよ。普段から年下に上から喋られてるしな……で、なんのようだ?」

「あぁ、そうなら遠慮せずに普通に喋らして貰おうか。私の願いは一つ、武人として、貴方と、青葉 要と手合わせ願いたい」

 

 実に予想通りの言葉に俺は笑みを浮かべる。若いな、なんて言う年寄り染みた感想を抱くが、川神百代は実際、"若い"。学生だから当たり前なのだが、その元気よさが心地良い。

 俺は川神に向かって手のひらを向ける。

 

「はい、タッチ」

「……タッチ?」

 

 素直に俺の手を手で叩いてくる。

 

「手合わせしたぞ」

「馬鹿にしてるのか!?」

「なんだ、まだ足りないか。いやしんぼめ、タッチ」

「やるか!!」

「軽い冗談だ。真に受けるな」

「真顔で冗談を言うなよ分かりにくい!!」

 

 真顔だっただろうか。俺としては慈愛の笑みを浮かべていたと思うのだが。

 

「まぁ、先決に言うとやだ」

「だが断る」

「お前が断るなよ!」

「なんでだよー良いじゃんかよー」

 

 ただをこねるように身を揺らす川神。俺からしたらコジラがただをこねているようにしか見えない光景だが、まぁ、可愛らしいところもあるのか。

 そんな川神に俺は肩をすくめながら口を開く。

 

「俺はな、こんな中途半端な試合はしたくないんだよ、川神」

「む………?」

「お前は強い、だからこそ、武人としてそれ相応の戦いをしたいと思っている。だから、俺は自分より弱い奴としか戦わない。俺がお前より強くなるまで待て」

「ただの卑怯じゃないか!?」

「冗談だ」

「クッ……! なんだコイツはっ!?」

 

 面白いな、川神。ただの最強かと思いきや、なかなか喋りやすい奴ではある。

 しかし、腹が減った。朝からなにも食べていない上に、暑い日差しのせいで汗が吹き出してくる。よく見れば川神も汗をかいていた。まぁ、丁度良いだろう。

 

「積もる話はファミレスでどうだ?」

「なに? 奢りか?」

「水なら」

「ただじゃないか!?」

「冗談だ」

「うわあぁっ!! もう!! 絡み辛いなお前は!? 真顔で冗談を言うなよ! もう少し抑揚をつけろ抑揚を!!」

「で、行くのか?」

「行きます!!」

 

 行くのかよ。

 しかし、普段から霞と話しているせいであまり感じられないが、俺ってそんなに真顔だろうか。

 まぁ、今はどうでも良いか。

 

「ほら、行くぞ」

「なんだ、私。これ流されてないか………?」

 

 川神は何かを呟きながら歩き出す俺の背に続いて歩く。

 河原をそうように作られた獣道を歩きながら、俺は川神を改めて見直す。

 何時もは髪を下ろしているが、今日は後ろで結んだポニーテール。霞は滅多に髪を弄らないから、珍しいと言えば珍しい。左右にゆらゆらと揺れる。

 

「気になるな」

「あん? 何が?」

「いや、別に……ん? そう言えば、川神はなにも聞かずに誘ったが、今日の待ち合わせに来るのってお前だったのか?」

「待ち合わせ? あぁ、三角ちゃんの奴か……ちょっと待て」

「ん? トイレか?」

「女性が止まったらトイレとか言う発想は爺臭いぞ……そうじゃなくて、三角ちゃんの依頼を受けた、もう二人のメンバーってお前なのか?」

 

 うそん。爺臭いのか。

 まぁ、それは置いておいて。依頼を受けたメンバーは詳しく教えられてないのかよ。霞の話しぶりじゃあ。てっきり大和達は知ってる物だと思っていたが、目の前で眉をひそめて驚く川神を見る限り、初見らしいな。

 

「俺と霞だよ」

「あぁ、凶状か……」

 

 霞の名を言った瞬間、川神の顔が不安に変わる。武神にすらこんな顔をされるとは、アイツは何をやらかしたんだよ。

 

「霞は苦手か?」

「あぁ……恋人のあんたに言うのもあれだがな。私は唯一苦手な美少女と言っても過言じゃない。なんていうか、その、絡みにくいんだ」

「あぁ、まぁ、めんどくさい女だからな。アイツは………ちなみに恋人じゃないぞ。俺と霞は」

 

 俺の言葉に川神は目を見開いて驚く。知らなかった、コイツ、こんな顔するのか。別に新しい恋が始まらないが。少し見たことのない表情に此方も驚いた。

 そんな俺に川神が口を開く。

 

「恋人じゃないのか!?」

「……そんなに驚くことか?」

「だ、だって一緒に住んでるだろう?」

「あれは生活費を削減するためのルームシェアみたいなもんだ。それに、俺は霞の護衛だしな」

「いつも一緒にいるじゃないか!」

「まぁ、そうだな。たまには別々に行動するぞ、今日とかな」

「同じ部活に手作り弁当」

「部員合わせ。弁当はアイツが自ら作ってるんだよ、ああ見えて料理好きだからな」

「……私はお前の膝に座る凶状を見たぞ」

「アイツの気まぐれだろ」

 

 受け答えをする度に川神の顔が残念な物を見る目になっていく。何か変なことでも言ったか。

 

「要……性格以外は残念だな」

「本人を目の前に言うかテメェ……ハッキリと言わせてもうけどな。俺と霞は互いを気の合う友達くらいしか思ってねぇよ。あとは………まぁ、霞との関係は簡単に語れる物じゃないが。それでも、まだ出会ってから三年程度だ」

「………いや、まぁ……私が口出しするのもめんどくさいし、良いんだがな」

 

 何処か引っ掛かることでもあるのか、川神は何か言いたげな口を曖昧に閉じ、顔をしかめる。以外に、川神は面倒見が良い性格なのだろうか。そう言えば、川神は後輩からも結構、好かれている奴だったな。

 そんな事を話していると、目の前に駅が見栄始める。

 

「さてと、あのファミレスで良いか……川神、構わないか?」

「あぁ、私は何処でも食うぞ。あと、川神は辞めろ。妹と被るからな、百代で良い」

「行くぞ、モモ」

「いきなり親しくなったな……いや、別に構わないんだが……お前って、なんか、掴めない奴だな」

 

 掴めないか。そうだろうか、俺としては霞よりは遥かに掴みやすい性格をしているとは思うんだが、至って真面目な顔をして言うモモは、別にふざけた様子は無い。

 

「俺は分かりやすいと、自分でも思うくらいだがな」

「……いや、少なくとも。私は今日にまともに話した男にモモなんて呼ばれたら気を悪くする自負はあるんだよ。出会ってから一時間も立ってないしな……でも、お前は……何て言うか、気にならない」

「気にならない?」

「あぁ、自然て言うか……悪意が無いと言うか。そう、言うなれば人徳って奴だな。お前には人徳がある。だから呼び捨てされても、まるで親友のように気軽に話し掛けられても、気にならないんだ。それってお前の人徳って奴だろう?」

「ハッ………買い被り過ぎだ。俺はそんな人間じゃねぇよ。昔から偉い奴に敬語を使わない生活をしてたからな。慣れって奴だ」

「………ま、良いか。どのみち私よりは年上なんだし。それより、腹が減ったぞ。さっさと入ろう」

 

 そう言いながらモモはファミレスに入っていく。奢って貰う立場だと言うのに、躊躇が無い。少し話しただけでも分かるようなモモの分かりやすさに俺は苦笑しながら、その背中を追いかけて、ファミレスに足を入れる。

 涼しげな空気が体に当たる中、俺達は店内を軽く見渡す。

 そこで、見覚えのある青い髪の人物を見つける。

 

「─────三角か?」

「なに? む、本当だ」

 

 短い青い髪に、小柄な体格。特徴的な姿は記憶にしっかりと残っている。

 その直ぐ側に、誰かが立っていた。

 三角と同じ青い髪、だがその長さはかなりの物で、モモと同じ様にポニーテールにしていると言うのに太もも辺りまで髪が垂れている。青いジーパンに何故か派手で黒い羽織を着込んでいる。女性だ。

 

「三角ちゃん!!」

 

 モモがすかさず、嬉しそうに声をかける。

 その声に反応するように三角とその女性は顔を此方に向けた、瞬間。

 ──────俺は飲み込まれた。

 まるで大蛇に睨まれた蛙のような。その圧倒的に静かな荒々しい、ピリピリと肌に殺気がぶつけられたような重苦しい世界に。女性の、薄いライトブルーの目に深く。初恋のような、胸にざわめく恐怖が、俺を彼女に釘付けにされる。

 モモはまるで何も無かったように三角に近付き、女性の隣を通り過ぎる。彼女はモモを気にせず、ただ此方に視線を向け続けた。

 

「────どうも」

 

 ただ小さく。彼女はそう呟いて俺の隣を通り過ぎる。

 右手にある剣の柄をを無意識に握り締めていた。額から流れる汗が腕に落ちると、それを気付かされる。今から目の前の彼女から殺意が飛んでくるのでは無いかと言う錯覚が全てを支配した。

 

「あんたは………」

 

 何者だ、と言う言葉は虚空に飲み込まれ、出てこなかった。

 だが、彼女は此方にゆっくりと振り返り、その容姿に似合わぬ、釣り上げるような獰猛な笑みを浮かべて、口を開く。それは獅子が小さく唸りをあげるが如く。

 

「─────阿部(あべ)

 

 ただそれだけを告げる。

 何てことはない。良く聞く名前だ。だがその名前が頭に響き渡った。感覚だけだ、今のは偽名ではないと理解する。彼女はそのまま此方を見つめる。その瞳に吸い込まれたように俺は視線を外せない。まるで、恋に落ちたような、今から殺されるような。自分でも理解出来ない感情が沸き上がるばかりだ。

 彼女は、ゆっくりと口を開く。

 

「"お前はなんだ"」

 

 その問いは何を聞いているのか。

 名前ではない。ましてや純粋な理由でも無い。俺が理解されているかと思わせるような問いに。俺は、剣を。

 

「何してるんだ?」

 

 その突然かけられた声に、俺は顔をあげて、背中の方向を見る。其処には不思議な物を見るようにモモが此方を見つめていた。

 

「あ…………いや」

「………? ほら、奢ってくれるんだろう。さっさと席に座れよ」

 

 そう言うモモに小さく頷くと、俺は視線を元に戻す。だが、その場に彼女は居なかった。最初から居なかったように。

 俺はもう一度、モモを見つめるとモモは小さく首をかしげ、まるで馬鹿を見るような顔をする。

 

「…………何も感じなかったか?」

「はぁ?」

「………────いや、なんでもねぇ」

 

 なんなんだ。"アレは"。答えなど出るはずもない蟠りは喉に引っ掛かる。俺はその蟠りを吐き出すように息をつくともう一度、彼女が居た場所を見つめる。

 そして、俺は視線を三角とモモに戻した。

 

「三角、あの女性は知り合いか?」

「は、はい? あ、いえ……道を聞かれただけです」

「なんだ、もしかしてタイプだったの?」

 

 ニヤニヤと笑うモモに苦笑しながら、俺は首を降ると二人の向かい側の席に手を向ける。

 

「座っても良いか?」

「は、はい。どうぞ、き、汚い席ですが!」

「以外と図太いんだな、三角」

「あ、いえ!? ち、違うんです、す、すいません!!」

 

 店員に睨まれる三角は慌てながらも頭を勢い良く下げる。そんな三角を笑いながら俺は席に腰を下ろすと、また、彼女──阿部が居た場所を見る。

 だが、其処には、やはり誰もいない。頭に残る違和感は拭えないが、今無闇に考えても無意味だ。俺は一先ず、思考を片隅に置いて、メニューを開いた。

 

「私はステーキ定食大盛りだぞ」

「……………二千円」

 

 今は財布がピンチだった。

 

「三角ちゃんも奢りだろう? なぁ、お・兄・さ・ん」

「え、え、え?」

「………仕方ねぇな、大盛り無しで妥協してやろう」

「セコいな!!」

「今月の小遣いが少ねぇんだよ。三角ちゃんは気にせず大盛りで良いぞ」

「なんだよーズルいぞー!」

「モモ、お前太ってないか?」

「そんな誘導尋問に引っ掛かるか!!」

「チッ………」

 

 奢るなんて言ったのは間違いだったか。こんな小さな事でも嬉しそうに笑うモモを見ると無しなんて言葉は言えない。自分自身の堅さに苦笑を溢し、俺は店員に手をあげた。

 心の蟠りは残ったまま。

 

 

◆ ◆ ◆

 

  

「珍しい組み合わせだねぇ」

「………お前もな」

 

 朝食を食べ始める頃、音もなくフラりと表れた霞は何故か大和と共に姿を見せた。此方も珍しい組み合わせだとは思うが、お前はどうしてそうなったんだと言いたいところではある。だが、既に精神が満身創痍になっている大和を見れば、恐らくは偶然に出会ってしまったのだろう。不憫な。

 

「………おはよ、要。出会えて心から嬉しいよ。キスしよう」

「正気に戻れ大和……ほら、モモ。熱いハグで大和を癒してやれ」

「仕方がない弟だな。ほら、お姉さまの胸に来い!」

 

 そのままモモにされるがまま、無抵抗を貫く大和は何処と無く嬉しそうだ。やはり舎弟関係でも男と女か。

 そんな二人に苦笑しながら三角を見ると、三角も小さくだが笑みを浮かべていた。

 

「悪いな、三角。少し騒がしくなるぜ?」

「え………あ、は、はい。か、構いません!」

 

 僅かに呆けたあと、三角は慌てながらも頭をさげるように頷く。

 

「ほら、そんな演劇はどうでも良いからさ。ご飯でも食べながら、これからの事を話そうか。要、つめてくれ」

「はいよ。ほれ、モモ達も何時までイチャついてんだ。さっさと席に座れ」

「よし、弟分は充電した!! ほら、大和。難しい話はお前の役だろう。シャキッとしろシャキッと」

「………よし、これが終われば凶状さんから離れられるんだ、気張れ俺」

 

 僅か数十分の間に霞は何をやらかしたんだよ。

 霞から遠ざかるように大和は席に座り、霞の向かいには三角が座っている状況になる。そしてモモは大和の隣に座る。人見知りが激しいのか、三角は大和が隣にいるだけで顔を赤くして俯いている。

 やはり。あまり人付き合いは得意では無いのだろう。

 

「さてと……まずは、三角ちゃんの現状をもう一度、詳しく確認しようか」

「は、はい」

 

 ゆったりと。霞は朝食セットのパンを食べながら呟くように言う。その言葉に大和達も身をただし、霞の言葉に耳を傾けた始めた。

 

「まず、最初から行こうか。三角ちゃんはストーカーされている。その被害は大体、一ヶ月前から続いている。間違いはないね?」

「は、はい………」

「一ヶ月前から…………」

 

 俯きながら頷く三角に大和が顔をしかめて呟く。

 一ヶ月前から。三角にストーカーされていると言う自覚が一ヶ月前なら、実際にストーカーされていた時間はもっと前からだろう。それを大和は理解している。

 

「被害は私物の窃盗、夜な夜なの追跡、家にいると外から覗いてる。まぁ、身体的被害は今の所は無し。そうだね」

「…………は、はい」

 

 声に曇りが混じり始まる。

 一般的な良く聞くストーカー被害と言う奴だが、実際に聞くのと体験するのでは話が違う。恐怖が振り返してきたのか、三角は肩を小さく縮めた。

 そんな三角を霞はただ見つめる。

 

「続けよう」

「………おい、凶状。もう少し気を使えよ。お前も女なら少しは分かるだろう」

「………ふむ」

 

 モモが静かに霞を牽制する。その言葉に霞は思慮深く、頭を軽く捻りながら三角を見つめ続ける。

 そんな霞に、三角は視線を合わせない。やはり何処か、恐怖があるのだろう。

 

「そうだね。悪かったよ」

「い、いえ………話さないと駄目な事ですから」

「でも安心してくれ。此処には、あの川神百代さんと、まぁまぁ強い青葉要。そして…………まぁ、うん。直江大和がいる」

「俺だけなんか変じゃない!?」

「だって、ストーカーに襲われても君って逃げるくらいしか無いだろう」

「クッ………言い返せない自分がいる………」

「軍師(笑)」

「凶状さんもあんまり変わらなくないか!?」

「十キロも持ち上げられない女に戦えと言うのかい。君って奴は……」

「もう…………もうごめんなさい………」

 

 霞に反論することを諦め、大和は再び顔をテーブルに埋める。そんな大和に三角は少し躊躇しながらも、両手に拳を作りながら、戸惑うように口を開く。

 

「わ、わたしは、運動出来ない男性も素敵だと、その……思い、ます!」

 

 顔を赤らめながら言う三角に俺とモモは視線を合わせた。そう、どうにも三角は大和に反応し過ぎているきがするのだ。その為のモモとのアイコンタクトだったのだが、やはりモモも同じことを思っていたらしい。何故かにやついているが。

 なるほど、そう言うことか。俺はモモに小さく頷いて口を開く。

 

「大和、三角は男性が苦手らしい」

「え?」

「少し離れてやりな。お前だって苦手な奴が近くにいたら、戸惑うだろう?」

「あ、あぁ………」

 

 俺の言葉にモモと霞が同時に頭をテーブルにぶつけた。

 

「なにやってんだお前ら、コントか?」

「違うわッ!?」

「いや、君って奴は………こんなに分かりやすいのに………分かっててやってないかい」

「はぁ?」

「い、いや。確かに、出会って数十分だしな……鋭い奴しか気付かないのかも知れないが……いや、どうだろう……?」

 

 俺の顔を呆れたように見ながら二人は溜め息を吐いている。何か可笑しな事でも言っただろうか。まぁ、確かに。本人の前で誰々が苦手だなんて口は不躾だったな。そこは反省しよう。

 

「まぁ、とりあえず。要の戯れ言はほっておいて、話を続けようか……何処まで話したっけ?」

「まだ確認だろうが、と言うより戯れ言ってなんだよ?」

「五月蝿い。そうだ、確認だったね………三角ちゃんの希望では僕達に身の回りの警護をして欲しいと言うことだったけど、大和君は聞いているかな」

「あぁ、聞いてるよ。でも、それだけじゃ何の解決にもならない」

 

 霞の言葉に頷きながら大和が言う。そんな大和に霞はにやついた笑みを浮かべて、独特の笑いをあげた。

 

「くっくっくっ。そうだよ、僕達が三角ちゃんを護ることに異議はない、だけどね。結局は犯人を見つけなければ三角ちゃんを護ることを辞められないのさ。それで、この件に関して大和君の案は?」

「交代制で護衛班、捜索班に別れる。とかかな」

「妥当だね。じゃあそうしよう」

 

 簡単に頷いた霞を大和が驚いたように見つめる。何か反論でも来ると思ったのだろうか。そんな大和に霞は分かっているように笑みを浮かべる。

 

「僕が反論すると思ったかい?」

「うん」

「正直だね、死ねばいいのに」

「直接的過ぎないッ!?」

「冗談だよ。まぁ、他に案が無い訳でも無いけど────この事件に関しては"それで良いのさ"」

 

 思わせ振りな態度をとる霞に疑惑の目を向ける大和。やっぱり、霞は霞で何か考えを含めているのか。こいつが何も考えずに動くとは思わないが。

 俺は右手に持つ剣を再度、持ち直し首を振る。

 

「俺から一つ良いか?」

 

 俺が放った言葉に三角と大和が顔を此方に向ける。対照的に霞は手元にあるオレンジジュースを一口飲みながら、視線を惑わせた。

 そして、モモは獰猛な笑みを深める。

 

「要から?」

「三角ちゃんってどんな奴にストーカーされてんだよ?」

 

 俺の言った言葉に大和が苦笑を浮かべる。

 

「それは、三角ちゃんにも分からないって前に…」

「─────俺達の後ろの席に三人」

「わか…うん?」

 

 突然、吐いた言葉に大和が首をかしげる。そんな大和を見ながら、俺はモモに視線を向けると、モモは鼻で笑いながら、身体を椅子にもたれさせ、ため息混じりの息を吐く。

 

「"入口に四人"か」

「"右手の出口に六人"だな」

「五人だよ」

「凄ぇ気の読みだな。真似出来る気がしねぇよ」

 

 俺とモモのやり取りに訳が分からなそうに顔をしかめる大和と三角に、霞が悠然とにやついた笑みを浮かべて口を開く。

 

「噂の"ストーカーちゃん"かい?」

「にしては…………───」

 

 俺とモモが席から立ち上がりながら、周りをゆっくりと見回す。

 まるで、俺達に合わせるように店で和気藹々と食事をとっていた筈の人間が次々と立ち上がり始める。家族ずれに見えた夫婦に子供。恋人に見えた男女。友人同士の付き合いに見えた男女学生。店員に見えたファミレスの男性。"店に居たすべての人が此方を睨み付ける"

 そんな状況に大和は三角を背にしながら周りを深く観察し始めるのに対し、霞は朝食を呑気に食べている。

 

「この店にいる奴等、全員だな。全く、どうなってるだ?」

「言葉に反して嬉しそうだな………モモ、お前は半分相手にしろ。残りは俺がやる。大和」

「…………なんだ?」

「三角を護ってろよ、男の子」

 

 大和にそう伝えながら、俺は右手に持っている剣を肩に背負い、モモと背中合わせになる。目の前にいるのは全部で二十人。そして全員がただ者ではない気を放っている。

 モモの方を見れば、数は同じ程だが、三人ほど気の強さが違う。モモの方向に手練れが流れたか。

 

「おいおいなんだこれ。師範代並みなのが三人もいるじゃないか! こんな手練れが居たなんて、今までの人生を損した気分だ!」

「嬉しそうに言うなよ……」

「ね、姉さん! 大丈夫なの!?」

 

 心配そうに声をあげる大和にモモは俺の方向を見ながら口を開く。

 

「一人一人がクリやワン子並みの奴等だ。私は余裕だが、少し時間はかかりそうだな……要、少し時間を稼げば助けてやるぞ?」

 

 覇気を放ちながらモモは拳を作っていく。予想通りの上から発言に俺は笑みを返しながら、剣を引き抜き、鞘を投げ捨てた。日の日差しを反射する銀の光がモモの頬に当たるのを横目で見ながら、俺は口元を三日月のように釣り上げ、目前の敵を睨む。

 

「───必要ねぇよ」

 

 刹那。

 その場に居た奴等が体勢を低くする。脚に籠められていく力はひび割れていく地面を見れば明らかだ。それはまるで、引き絞られるバネのように、キリキリと唸りをあげて小さく畳まれていくかのように。

 

「───かかれぃッ!!」

 

 周りに居た奴等が全員が弾けた。

 四八方から飛び掛かる奴等の拳から逃れるように身を低くして、奴等の身体を潜り抜ける。それと同時にモモが瞬間的な爆発力で放つ拳が複数に向けられる。

 

「川神流無双正拳突きィッ!!」

 

 戦いの火蓋が幕を下ろした。

 身体を捻り、目の前から迫る拳を右手で払いのけ、左手に持ち変えた剣を垂直に構える。続いて迫り来る拳を剣の腹で受け止めた。さらに、背中から迫り来る蹴りを視界に捕える。

 怒濤の連激。

 躊躇など一切無い、首に向かう蹴りに向かって俺は右手で受け止めた。だが、止まらない。再び背中から迫り来る拳の気配に俺は、受け止めた足を掴み。

 

「────ふっ!!」

「ぐあッ!?」

 

 剣の腹で空いた足を叩き付け、バランスを崩した男をそのまま背中の方向に投げつける。拳を放っていた女性に至近距離でぶつかると僅かに中に浮く。

 瞬間、左腕を深く引き、身体を回転させるように風を穿ち、捻りながら、俺は渾身の突きを放つ。

 

「ウラァッ!!」

 

 声もなく、突きが男の胸に突き刺さるとそのまま女性と共に風を切り裂きながらガラスを突き破り、ファミレスの外に投げ出される。

 まず二人。

 周りの奴等はこの隙を見逃さず、俺に飛びかかってきた。だが、その行動は周りにも直線的過ぎる。四八方からでも律儀に八方だ。俺は剣を右手に持ちかえながら後ろ回し蹴りを背中の方向にいる奴等に放つ。

 

「凶状流────」

 

 三人の顔に蹴りが決まるとバランスを崩す。だが俺の蹴りは止まらない。そのまま前から迫り来る奴等の顔に続けて蹴りを放ち、さらにその勢いのまま背中の方向にいる奴等の足元を蹴る。

 バランスを崩し宙に浮く奴等を尻目に、蹴りは止まらない。前でバランスを崩す奴等の足元を蹴る。四八方にいる奴等が全て宙に浮いた瞬間。

 

虎狼断(コロウダン)……」

 

 そして勢いのまま、右の剣の腹で宙に浮いた奴の腹に叩き付ける。その勢いはまだ止まらない。

 次々に宙に浮いた奴等を回転しながら剣でかき集め、全員が剣に"捕らえられた"瞬間、縦回転で八人をガラスの方向に飛ばし、追いかけるように前のめりで剣を深く構える。

 

「────"(レツ)"」

 

 自信が持てる最速の八連激が宙に浮いた奴等の身体を叩き斬る。覇音が鳴きながら繰り出された剣激は八人の身体を凄まじい速さで吹き飛ばし、ガラスを突き破りながら外に弾け飛ぶ。

 

「きゃあッ!?」

「うお!? 」

 

 近くに居た三角が悲鳴をあげ、大和が三角に覆い被さり、ガラスの破片から護ろうとする。

 

「ふぅ………安心しろ、ガラスは飛ばねぇようにしてるからよ」

「スープにガラスが入ったんだけど」

「呑気に食ってんじゃねぇよタコ」

「か、要ってここまで強かったのか!?」

「別に強かねぇさ。コイツらに勝てる程度の実力だよ……おら、下がってろ。あと十人残ってる」

 

 大和達の前に立ちふさがり、目の前にいる十人に剣を向ける。体勢はまだ戦うつもりだが、俺の実力には敵わないと理解したのか、鋭く観察されている。

 手練れだ。実力差があろうとも勝利を諦めず、ただ俺の隙を狙おうと伺い続けることは並大抵の覚悟ではない。ただ勝ちを狙い続ける相手ほど油断出来ない者はいない。

 相手との距離は歩幅で五歩─────詰められない距離ではない。

 

「要、本気出しちゃ駄目だよ」

 

 後ろから突然聞こえてきた言葉に俺は小さいため息を吐く。後ろを横目で伺えば大和が驚きと僅かな怒りが混ざった顔で霞を見ていた。

 

「何言ってるんだ霞さん!! この状況で…」

「分かったよ」

「要!?」

 

 大人しく頷いた俺に驚きを隠せない大和に俺は苦笑を返す。そして、右手でゆっくりと剣を持ち直し、目の前の十人に向かって剣を向ける。

 

「────ふっ!!」

 

 すかさず、地面を蹴る。

 奴等は間違いなく、今、油断をしていた。俺がこの瞬間に来るとは思わなかった筈だ。所謂、フェイントをしかけた俺は目の前の一人目に向かって剣を降り下ろす。だが相手も武人か。既に防御の構えを取っていた。

 

「………ッ!」

 

 一人が防ぎ、周りが攻める。単純だが悪くは無い手だ。だが、"そんなのは分かっている"

 ただ、その楯ごと打ち壊す槌が如く。純粋な力のみを右手にかき集めた。それは、ただ破壊するだけの剛の剣。まるで思い描くのは木製の柱を砕く槌。

 

「剛剣・鎧袖一触(ガイシュウイッショク)………」

「…ああああッ!?」

 

 斬るのでもなく叩き斬るのでもない。ただ降り下ろす。それは単純な破壊力として相手の防御を打ち壊し、さらにその身体を地面に叩き付けた。

 

「…─────ァァァァアアアアラッ!!」

 

 そこで、止まらない。俺はさらに身体を捻りながら二人目に剣を叩き付ける。三人、四人、五人。速さこそ無いが、一撃の重圧は今までの一撃には到底及ばない。防御を使用とするものは防御ごと、避けようとするものには避けられない一撃を。次々と繰り出す剛剣は一瞬の間に八人を壁や地面に叩き付けた。

 

「シッ!! 」

「あめぇんだよッ!!」

 

 残りの二人がすかさず打撃を繰り出してくる。だが俺はその打撃に自らの左拳を重ねるように放つ。俺の拳は相手の打撃を相殺し、放った相手の拳を壊す。鮮血が俺の頬に当たる中、俺は身体をさらに捻りながら背中から迫り来るもう一人に上段から剣を叩き下ろす。

 

「───ァァァァアアアアラッ!!」

「ガ……ッ!?」

 

 まるで剣に押し潰されたように地面に叩き付けられた男は僅かに身体を痙攣させ、そのまま動かなくなる。

 十人。

 

「死屍累々」

 

 横から光景を一見して、霞がにやけた笑みを浮かべて呟く。そんな霞に俺は苦笑しながら地面に倒れ込む十人を見ると、俺は小さく息を吐いて、モモの方向に向き直る。

 

「いやー……─────剛の極みって奴か。動の極みって言うのか、私と同じタイプの武人だったんだなぁ、要」

 

 地面にひれ伏した三人の男性を下敷きに座りながら、モモは呑気に俺を眺めていた。

 

「……そのレベルを一瞬かよ。つくづく人間離れしてやがんな」

「うら若き乙女に酷いにゃん! 私と戦えにゃん!」

「可愛く言っても嫌だ」

「チッ………しっかし。コイツら何者だ? 暴徒やチンピラ、ストーカーなんて言うには、余りにも鍛えられてる。普通じゃないぞ。一人一人のレベルもな」

 

 下敷きにしている三人の男性を見ながらモモが言う。確かに、咄嗟の反応や、仲間をやられても構わず攻撃にきた姿勢といい、普通では無い。それに俺が相手の拳を壊した時もだ、普通ならば躊躇があっても可笑しくはない光景立った筈だ。

 つまり。

 

「…………阿部、とか言ったか」

 

 誰にも聞こえない程度の声で呟く。

 俺は霞に横目で視線を送ると、霞は目を細め周りを視線だけで見渡し、そして、目の前の三角を見る。それに合わせるように俺やモモが三角に視線を向けた。

 皆から視線を向けられる三角は顔を青くしながら口を小さく動かしている。そんな三角に霞はにやけた笑みを釣り上げた。

 

「─────占いは信じてみるもんだねえ」

 

 俺は、あの阿部と言う女を頭に思い浮かべながら、心の中で同意した。

 

 

 

 

 

 




更新が遅れた理由

流れを決めて執筆

六万文字

修正

(;・∀・)八万文字

修正

四万文字、これで行ける。

ハーメルン「一話二万文字までな」

修正

もう最初から書き直す

投稿


プロットから練り直すとは思わなんだ。改めて二次創作の難しさを知りました。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。