真剣で俺は過ごしていく   作:ニコウミ

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少々短め。ギリギリ月一更新は護れた(遠目)


凶状 霞は思考をしない

 その後、俺達は警察のファン音を聞いた瞬間にすかさず店を飛び出した。面倒ごとひ巻きまれている中、普通ならば素直に警察に頼る方が懸命なのだが、直ぐ様、大和と三角を抱え飛び出したモモと、霞の意外な提案により、その身を三角の家に隠すことになった。

 三角に案内されるがまま、俺達の目の前に現れたのは目を見張るほどの高級マンションだった。

 

「何階まであるんだよ………」

「私の家もそこそこ広いが………なんか負けた気がするな」

 

 そのマンションを見上げながら、俺とモモが唖然と呟く。その隣で三角が恥ずかしそうに視線をさげ、口を開く。

 

「ご、五十三階まであります、わ、わたしの部屋は、い、一番上です…」

「…………高いな」

「…………あぁ、高いな」

「君達、ボキャブラリー無さすぎだよ」

 

 俺とモモの感想に、霞が呆れながら言う。他に言葉が出なかったのだから仕方がないだろう、俺にはかけ離れた世界に見える。

 

「大和はなんか慣れてんな、お前もお坊ちゃんか」

「いや、これでも驚いてるよ」

「大方、三角のことをねっとりと下調べしたんだろう。スリーサイズとか」

「そこだけじゃないわ!!」

「調べたのかい…………」

「はっ!?」

 

 大袈裟な驚き方に霞がゴミを見るような目で大和を見ている。そんな大和はまるで、すがるような視線で三角を見つめると、三角は恥ずかしそうに顔を林檎のように赤らめながら身体を両手で隠す。

 

「三角ちゃん、ストーカーだよ。解決だね」

「ちちちち違うわ!!」

「慌てすぎだろう………まぁ、弟も悪気があった訳では無いだろうし、三角ちゃんも弟なら構わないだろう? しかし、凶状も慣れているように見えるな。やっぱり凶状家ともなれば高級マンションなんか当たり前なのか?」

 

 モモの言葉に霞はにやけた笑みを返す。

 そんな霞にモモは軽く首をかしげながら俺を見てくる、俺は苦笑をモモに向けながら口を開いた。

 

「霞は小さい頃から普通の一軒家に住んでるからな、あんまり見慣れて無いんじゃねぇか?」

「まぁね。行ったことなら何回かはあるけど、住んだことは無いねぇ………まぁ、僕は広いってのが嫌いだから、住んでみたいとは思わないけど」

「………そうか。だが、意外だったのは三角ちゃんがお嬢様だったって言う方が強いな」

 

 霞の言葉に、何か含みを感じ取ったのか、モモは直ぐ様話題を変えた。傍若無人とまでは行かないが、自由人であるように見えて何かと面倒見は良い方みたいだ。モモが周りから好かれる理由の一つを見た気がする。

 三角はモモから言われた言葉に首をとれんばかりに大きく何回も頷くと、大和を伺う。

 

「わ、わたしの両親は会社の社長でして、そ、その……すいません!」

「なにもしてないのに謝らせるとは、大和君」

「俺こそなにもしてないけど!?」

「あぁ、ごめん。つい反射で」

「反射レベルなのか………マジで何かしたか俺………?」

 

 疑問と哀愁が混ざったような顔で落ち込む大和に三角が恐る恐る、身体を僅かに震わせながら大和のすぐそばまで近寄ると、三角は両手を目の前で握りながら、まるで励ますような格好をとる。

 

「わ、わたしは大和さん、み、みたいな人、そ、そ、その。嫌いじゃないですすいませんッ!」

「天使や」

「え、え、え!?」

「辞めとけ大和。三角に冗談は通じねぇぞ」

「いや要はん。間違いなく俺の抉られた心は天使に包まれたんやで………今ならどんな罵倒でも受け止められる気がする」

「ばーか」

「子供か!?」

 

 霞と大和、実は仲が良いんじゃないだろうか。

 隣で漫才のようなやりとりも三角は自分の言葉に恥ずかしがり、真っ赤に染まる顔を両手で隠している。重度の恥ずかしがり屋かと思えば、意外と積極的だったり。三角も三角で面白い性格をしているようだ。

 そんな三人を見ていると横からモモが此方を思慮深い顔で俺を見ていた。

 

「………なんだ、モモ?」

「いや、下二人が仲良くしているから私も要と仲良くしようかと悩んでいた。抱き着いてやろうかにゃん?」

「いらねぇよ、どうせ、その後に闘えとか言うんだろうが」

「チッ……こうなれば無理矢理抱き着いてやるにゃん!!」

「やめろ、タコ」

 

 突然、両手を広げて飛びかかってくるモモの額を拳で、ドアにノックするように叩く。

 

「痛ッ!? なんだよー! ピチピチ乙女の抱擁だぞー! と言うか痛い!! なんだこれ、額が必要以上にヒリヒリする!!」

「凶状流の拳骨だ、気の応用で身体的ダメージは無いが痛みが続く。習得までに八年かかった」

「なんて無駄な八年だ! 本当に痛いぞこれ! ジジイみたいな技使いやがって!」

 

 そう言って涙目になるモモを横目に俺は苦笑する。ジジイと言うのは恐らく学園長の事だろうが、あの人もこんなくだらない技を覚えているのか。本当に、世界最強とか呼ばれている理由が分からなくもない人だ。

 その孫であるモモは、まだまだ、色々と足りない部分もあるだろうが。根っこ良い子だ。案外、俺がモモと戦う日も近いのかも知れないな。

 

「さてと、何時までも外で話してねぇで、家にあがりたいんだが。三角、構わないか?」

「は、はい。狭い部屋ですが……あ、案内します!」

 

 そう言って進む三角の前で、俺はガラス張りの引き戸を開けて、三角を中に入れる。何処か申し訳なさそうに入っていく三角を最初に、堂々と気にせず入っていくモモ。さらに大和が続き、霞が入ってくると、霞は俺のすぐそばで立ち止まり、その体を俺の胸に倒してくる。

 そのまま顔の横に霞の顔が来る形になると、霞が俺の耳元で口を開く。

 

「……僕から離れないでね」

「……それは寂しいからか?」

 

 咄嗟に言った反論に霞は可笑しそうに笑いながら、その身を話すと、俺に向き直る。

 

「アホか。色々と、考えがあるからさ」

「……あいよ、お姫様の言う通りに」

 

 肩を竦めながら言う俺に霞はにやけた笑みを浮かべたまま、三角達の背中を追う。

 

「……」

 

 俺は窓に視線を向け、周りを見渡し、人が居ないことを確認すると、その背中を追い掛けた。彼処までの手練れが、こんな簡単に身を引くとは思えないが。あると、すれば、夜中か、今すぐかのどちらかだろう。

 彼奴らは、一体誰なのか。目の前を歩く霞を見ながら俺は考えを改めるが、途端に馬鹿らしくなってやめた。

 

「……どうせ、お前には薄々理解してるんだろうな」

 

 聞こえない呟きを、霞の背中にもらしながら、俺は皆が待つエレベーターに乗り込んだ。

 下は明るい朱色の派手な絨毯、靴越しに踏んでも、その柔らかさが確認出来るほど、違和感が感じられる。まさに、高級マンションとは俺の世界とはかけ離れている。

 一階、二階とゆっくりしたスピードで進むエレベーターの表示を見ながら、大和が苦笑しながら口を開く。

 

「遅いなぁ……」

「確かに、これで五十階まで登るには時間がかかるだろうな。外から飛べば良かった」

「ベランダから侵入出来るのは姉さんくらいでしょ」

 

 仲良さそうに話す二人を横目に、俺はエレベーターの窓ガラスから見下ろせる外を覗き込む。

 高さにして、百メートル近いのか。この建物はベランダが統一されている上に、見た目に拘ったのかパイプなどは外からでは見えないようにされている。

 

「あれじゃあ、パイプを伝ってなんか無理だな……」

 

 俺の言葉に大和とモモ、そして三角が俺達に顔を向けてくると、霞はエレベーターの壁に接地されている見取り図を真っ正面に見ながら、にやついた笑みを深めた。

 

「つまり、外から家に侵入するなら、五十階までジャンプで飛ぶしか無いと言うことだね。つまり……犯人は三角ちゃんの部屋に侵入するには、中から侵入するしかない。この見取り図を見た限りでは、エレベーターは二つ……まぁ、三角ちゃんが下に降りている間に、犯人が部屋に侵入も不可能じゃないね」

 

 そう言いながら、霞は壁に寄りかかり、腕を組む。

 

「……このマンションはカードキーでマンションに入る。こう言うマンションのカードキーって複製は出来ないんだよな。無くした場合はパスワードを変えて再発行って形になる。三角さんはカードキーを無くした経験は?」

 

 大和の言葉に三角は顔を赤くしながら、大袈裟なほどに首を降る。なら、外の人間がマンションに入ることは用意じゃない。

 俺は見取り図に顔を向けた。

 

「入り口は一つ。つまり……外の奴等が中に入るのは容易じゃねぇな。俺やモモみたいに、無理矢理入れるような場合はどうなる?」

「あ、アラームが作動して……け、警察が来ます」

 

 まぁ、妥当だな。無理矢理入れるような簡易な警備をこの川神でつける訳がない。

 

「――――それじゃ、恐らくは内部犯だねぇ」

 

 にやついた笑みを浮かべながら、霞が他人事のように言う。まだ決まった訳ではないが、その線が強いことに変わりはない。だが、忘れてはならない要素もある。

 

「でも、あの武人達はどう説明するんだ? 私の家にいる師範代並みとは到底言えないが、流石に、あのレベルをそう易々とは集められないだろう」

 

 モモの言う言葉も分からなくは無いのだ。あの武人達は少なくとも、その辺りにいるようなレベルでは無かった。明らかな訓練を正式に受けた、それも選ばれたような強さを持っている。

 この高級マンションに楽々と侵入出来て、しかもある程度のコネは持っている。さて、どう探せば犯人に思い当たる奴が出てくるのやら。俺は視線を霞に向けると霞は薄く笑みを浮かべ、口を開いた。

 

「分からないや」

「……おいおい」

 

 期待していた言葉は出てこない。それが素なのか、はたまた何らかの考えがあっての言葉なのか。霞の様子だけでは真意は掴めない。

 

「分からない物は分からない。仕方が無いよね、だって"手がかり"が少ないんだから。どんな名探偵だって、手がかりが無いと推理は出来ないのだよ、もしかりに何も探さないで犯人を言い当てた探偵がいるなら、その探偵が犯人だ……まぁ、つまりね、探そうか」

「うだうだ言っているよりは、動いた方が速いってか……何から探す?」

「そんなの、状況を正しく理解して適切な行動をとれる人に聞けばいい」

 

 そう言いながら霞はポケットから携帯を取りだし、少し操作をした後に、俺に投げつけてくる。片手でそれを受け取りながら、霞を見ると、霞は視線で話せと訴えていた。

 仕方無しに耳に携帯をつけ、通話のコールを聞いてみる。

 

『――――もしもし、何のようですか?』

 

 その凛々しく気高い声は、俺が良くからかう犬と同じ声だった。

 

「マルちゃん!!」

『……私を、犬のように、呼ぶな』

「んな低い声で脅すなよ、マル君」

『そのネタは前にやったでしょう!!』

「マルチーズ」

『完璧に犬扱いですか!? 』

 

 マルギッテ・エーベルバッハ。

 俺の旧友で、唯一、俺が霞以外に楽に話せる友人である彼女は、現軍人だ。なるほど、確かに手を借りるには充分過ぎるほど有能な人物だろう。

 

「よし、マル、来い」

『貴方は喧嘩を売っているのか、そうなのか!!』

「まぁ落ち着けよ、実はな、お前に手伝って貰いたいことがあんだよ。ちょっと良いか?」

『手伝って貰いたいこと? 私は今、お嬢様の買い物に付き合っているのです、他を当たりなさい』

「霞がどうしてもお前が良いんだとよ」

「うん?」

 

 俺の言葉に霞が小さく首をかしげる中、マルが電話の向こうで小さく息を飲む音が聞こえた。甘い、甘過ぎるな。

 

『……霞が、ですか』

「そうそう、普段は無愛想でめんどくさい奴だが、なんだかんだ言ってお前の事を姉みたいに見てるからな、霞はよ」

『あ、姉…………』

「そう、お姉ちゃん」

「僕は何も言ってないけど」

『お姉ちゃん、あの霞が、お姉ちゃん……い、いや、あり得ない。あの猫のように気まぐれで意地っ張りな霞が…』

「マルお姉ちゃんに助けて貰いたいと、霞が囁いているぞ。マルお姉ちゃんが居ないとなんだかんだで寂しいんだよ、ほらなんだかんだでさ」

『マルお姉ちゃん……霞が、マルお姉ちゃん……』

 

 何か危なげに呟いたが気にしない。そんなやりとりをしている俺は携帯を霞の方向に向け、口でジェスチャーをする。そのジェスチャーを見ながら、霞は疑問な顔を浮かべながらも、小さく頷いて口を開いた。

 

「ふむ…………マルお姉ちゃんに会いたいな~」

「どうするマルギッテ・エーベルバッハ」

『………くッ! 明日です、明日ならば……ッ!!』

 

 どれだけ葛藤してるんだこいつ。しかしまぁ、愛しいお嬢様と霞は天秤にかけられる物ではないらしい、俺は苦笑しながら、霞に視線を向けると霞はにやけた笑みを返してくる。

 

「じゃあ、まぁ。明日だな。明日手伝ってくれるか?」

『えぇ勿論だとも!!』

「………お前も、結構愉快な奴だよなぁ……よし、んじゃ、明日だ。いきなり電話して悪かったな」

『いえ、気にする必要はありません。番号を教えたのは……お、お嬢様! 一人で行っては迷子になります!? あ、ちょ、す、すいません! 切ります!』

 

 そのままかけられた電話は切られる。

 

「残念、ワンちゃんは来ないってさ」

「ふむ、まぁ七割方は来ないだろうと思っていたさ。じゃ、僕達の出来る範囲で調べてみようか」

「でも、調べるって言っても何処から?」

 

 霞の言葉に大和が疑問の声をあげる。そんな大和に霞はゆったりと笑みを浮かべながら、実に嫌な予感を感じさせる雰囲気で口を開いた。

 

「このマンションにいる川神学園の生徒と三角ちゃんに何等かで関わる生徒を片っ端から。そうだね、これは大和君が一番適材適所なんじゃないかな?」

「全員か……気が遠くなるな。でも、分かった。要達は?」

「三角ちゃんの身辺警護と、犯人の侵入経路やら。まぁ雑務を調べるよ」

 

 霞にしては珍しい、控えめな言葉に俺は顔をひきつらせる。犯人を捕まえて目立つなんて言っていた割りには、消極的な行動だ。必ず、なんかあるな、これは。

 そんな俺の想いも露知らず、やっとのことでエレベーターは開く。

 

「あ……」

「おっと!」

 

 そして、エレベーターに入ってこようとする一人の学生と大和がぶつかりかける。見れば、その学生は端整とは言えないが男子の川神学園の制服を着ている。

 同じ学園だ。

 

「……か、上津軽」

「ふ、ふぇ? 」

 

 そして、三角の顔を見ると、まるで逃げるように非常階段から降りていく。その横顔を見る。その顔は"まるで"。

 言い様の無い疑問に俺は思わず、体を固まらせ、その背中を視線でおった。

 

「誰だアイツ?」

 

 モモがポツリと呟く。

 

「お、同じ階の、人です。よ、良く会うんです」

 

 つまりながら言う三角の言葉に霞は鼻をならして、その去っていった背中を見る。

 良く会う。そう言う三角は嘘を言ったような気配はない。だが、あの横顔は確かに。

 

「第一容疑者だな」

「なら捕まえてくるか?」

 

 大和の言葉にモモが覇気を溢す。そんなモモに三角はたじろいでいる。

 

「……さて、キナ臭いねぇ」

 

 一人で呟く霞に俺は心の中で同意した。

 俺は霞から視線をずらし、目の前に広がる廊下を見ると、そこは無駄に広いのに三部屋しかない、見事に贅沢な佇まいとなっている。

 

「ん? 扉開いてないか?」

 

 俺が視線を巡らしていると、三部屋の真ん中。その部屋の扉が無人で開けられていた。いくら防犯がしっかりしているからと言って、かなり無用心だ。

 

「あっ………」

 

 開いている扉を見た瞬間、三角が僅かにたじろぐ。ふと三角に視線を向けると、その顔は蒼白に染まり、怯えたように恐怖を広げていた。

 その顔を見たと同時に、俺とモモが同時に駆け出す。

 上津軽と書かれた標識を横目に、半開きになっていたドアを完璧に開け放つ。

 

「……――――――やられてるな」

「――――胸くそ悪い!」

 

 三角の部屋は、無惨にも荒らされていた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 下着は散乱し、服や、様々な道具が地面に散らばっている景色を見ながら、俺と霞は小さく息を吐く。

 

「三角は?」

「直江大和と、川神百代がついて外に出てるよ。いやぁ、しかし、荒らされてるねぇ。見てよ、下着が破れてる。どんな使い方したのやら」

「ナチュラルに下ネタ言ってんじゃねぇよ」

「しかし、荒らされてるなぁ……」

 

 周りを見渡しながら霞が呟く。 

 まるで空き巣に荒らされた光景に、霞は何等かの疑問を抱いているようだ。

 

「何が盗まれてるとか、俺達には分からねぇからな。三角が落ち着くのを待つか?」

「いや、現状でも分かることはあるよ。見てみなよ、地面に散らばる服を。普通の服は破れていないのに下着だけ破れてる」

 

 見てみなよと言われても、素直に見たら何故か霞が不機嫌になるのは目に見えている為、視線を窓から外に向ける。

 

「五十階、まぁ外から侵入なんか無理だよな」

「そうだねぇ……侵入経路は入り口のドア一つのみ。この階には部屋が二つで、もう一つの部屋には同じクラスの男子学生。いやはや、これほどまでに胡散臭い犯人はそういないよ」

 

 何故か傷付いている壁の傷を撫でながら霞が言う。

 

「お前は犯人があの逃げた学生だと思うか?」

「……ハッキリとは明言出来ないな。でも、違うと言っておく」

「違う? あの時、エレベーターは俺達が使っていた。その場にいたのは、あの逃げた学生のみ。モモの気の感知にも、あの学生しか引っ掛からなかったんだぜ? つまり、犯人は三角がいない、二十分程度でここに侵入したって事だ」

「……僕達がファミレスでごたついた時間を合わせてもそのくらいか。エレベーターが往復するには多分、八分くらいかかったね。それを引いても十二分。つまり、犯人は十二分の間に、三角の部屋を荒らし、さらに川神百代に気付かれない範囲まで逃げたことになる」

「……霞が、あの逃げた学生を犯人じゃないと言うなら、密室事件って奴か」

 

 つくづく分からないことだらけだ。モモの気の感知範囲は優に五キロはある。仮に犯人が車であっても十二分で五キロも逃げられるか。いや、五キロも離れれば、気が混ざりあって誰が誰だか分からなくなるか。

 

「密室なんて大袈裟な物じゃないさ。問題は、犯人がどうやって三角の部屋に侵入したか。そして、その犯人の目的は何かだ」

「……エレベーターで八分かかるマンションを、階段で逃げれば倍はかかる。もし階段を使って逃げる奴がいたなららモモが気付いた筈だ」

「犯人は階段を使ってない。って事だ。監視カメラでも見れば分かるよ、ちなみに監視カメラの映像は盗むように川神百代に頼んでおいた」

「ナチュラルにお前まで犯罪犯してんだよ……」

「バレなきゃ平気さ……話を戻そう。犯人は何らかで三角がいない十二分で部屋に侵入、十二分の間に部屋を荒らし、僕達に気配すら感じさせずに逃げた……さて問題だ。犯人はどうやって逃げた?」

 

 犯人は階段を使えばモモが気付く。エレベーターは俺達が使っていた。もしエレベーターで逃げようとしたなら、鉢合わせしている筈だ。なら、外からの侵入は。無理だよな。五十階を易々と外から侵入、しかも十二分の間に降りて逃走なんか、それこそモモくらいにしか出来ないし、そんな方法を取れる奴ならモモが気付く。

 

「"犯人はどうやって逃げたんだ?"」

「そう、今回のキーポイントはそこだ。犯人が誰だとか、犯人の目的は次。まず最初に犯人が利用した逃走経路を探さなければならない」

「……これで、監視カメラに誰も写らないなんて言ったら、マジで訳分からねぇぞ……」

「――――予想は当たりだよ」

 

 ふと、入り口から聞こえてきた声に霞と共に目を向ける。そこには大和が疲れたような顔で立っていた。

 

「当たりとは、なんだい?」

「監視カメラには"誰も写らない"。エレベーター、階段共にね。姉さんと三角と三人で見たから間違いない。本当に、消えたんだ。犯人は」

 

 大和が持ち込んだ情報に霞はにやついた笑みを浮かべて、小さく頷き、演技かかった動作で首を奮い、髪を揺らす。

 

「ふぅん。なるほど、"誰も写らない"なら良いんだよ。"予想通り"だ」

「は、はい?」

 

 霞の言葉に大和は呆けた顔で顔をしかめる。そんな大和に霞は喉をならして、独特の笑いをあげながらゆったりと口を開いた。

 

「犯人がどうやって逃げたか、もう分かった。くっくっくっ……さぁ、もう問題無い、さっさと部屋を片付けて三角ちゃんを安心させて、やろう」

 

 霞は右手で破れた下着を持ち上げ、わざとらしく大和の顔に投げつける。呆けたままの大和に、下着がふわりと被さると、霞は此方に顔を向ける。

 

「……分かってるさ、お前を信じてる」

「くっくっくっ、当たり前だ。君は僕を信じてる」

 

 凶状 霞は、大和の下着を被る姿を笑った。

 




皆さんには犯人がどうやって逃げたか分かったでしょうか。

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