真剣で俺は過ごしていく   作:ニコウミ

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難産でした。ちょっと無理矢理にでも方向転換しました。


上津軽 三角は死を待つ

 三角の事件があった翌日。俺は一人で町中を歩いていた。霞達は今頃、授業中だろう。書く言う俺は霞の護衛という立場な故に、授業など受けなくても良いのだ。と言うか授業とか受けてもさっぱり分からん。そもそも、俺は掛け算程度の知識しか無いのだ。

 

 そして勉強する気も更々無い。

 

「さてと……」

 

 そんな俺が何をしているか、と言ったら。大和が見つけた三角の隣に住む男子学生の実家だ。流石の交遊範囲か、あっさりと見つけ出してくれた大和に対して霞は気に食わなさそうな顔をしている。まぁ、アイツのアンチ大和は今に始まったことじゃない。

 

「カナメ、やはり人が立ち入った気配はありません」

「……なるほど、霞の予想通りか」

「少なくとも、此処一ヶ月は立ち入った形跡がありません。まぁ外見からの判断ですから、中に入らないと分かりませんね」

 

 此方に歩いてくるマルギッテを横目で見ながら曖昧に頷く。流石は軍人なのか、俺には只の空き家にしか感じない光景もマルギッテには特別に映るらしい。

 

「さてと、霞は見てくるだけで良いとは言っていたが、どうするよ?」

「無論―――しっかりと見ましょう」

「しっかりとね……あいよ」

 

 マルギッテが玄関に寄りかかり、通り行く人の流れを見る。そして俺はコートに収納しているナイフを取りだし、ドアノブに柄を叩き付ける。斜め傾きに壊れたドアノブを軽く回し、鍵穴の中身を露にすると、ナイフの刃を突っ込み、捻る。

 金属音が嫌に響き、鍵が開けられると、俺はドアノブを真っ直ぐ正しい形に直し、ドアを開ける。

 

「ほれ、レディーファーストだ」

「……悪い手口ですね」

 

 マルギッテは鼻で軽く笑いながら家に上がり込む。俺は再び周りを見渡し、怪しい人物が居ないことを確認すると、ドアを閉めながら家に上がり込む。

 洋式の平凡な部屋だが、見事に不似合いであるやたらと豪華な家具が最初に目立った。つまるところ、家賃五万程度の家に百万相当の壺があるような違和感だ。

 

「なんだこりゃ……悪趣味っつうか、金に物言わせた感じっつうか。もうちょっとなんとかならねぇのか?」

「……ふむ、食卓やゴミから見るに、やはり一ヶ月程度でしょう。コンビニのオニギリなどの賞味期限が大体約一ヶ月前です」

「家族で暮らしてた、とか言う割りにはジャンクフードやレトルトのゴミが散らかりっぱなしだ。それに、十代くらいが好みそうなもんばかり……こりゃ家族じゃねぇな」

「ええ、恐らくは数人の若者ですね。だらしがない」

 

 此処にはいない部屋を散らかした誰かに何故か怒っているマルギッテ。コイツはあれだ、オカン気質と言うか世話焼き気質が強すぎるな。まぁ、それが良い処なのかも知れんが。

 今の問題はそこじゃない。

 

「マル、この部屋の違和感はどう見るよ?」

「……金は有り余っていた。だから家具を新調していたり、無駄な金銭欲を満たしていた。が」

「家を変えないのが不自然なレベルの高級家具だな。この金具、純金だぜ」

「つまり、此処に住んでいた若者は"有り余る金銭で引っ越すは引っ越したいが、引っ越す訳にはいかなかった理由がある"……という所ですね」

「問題は、なんで数人の若者がそんな金を持っているのか。なんで引っ越すのを躊躇っていたのか。か?」

「でしょう。一般的に、軍人の考えから何通りか答えてみましょうか?」

 

 大理石のテーブルに座り、マルは鋭い目をさらに鋭枸して此方を睨むように見る。

 

「ぜひとも」

「その一、殺人の死体隠し。その二、計画的犯行の拠点、その三、指名手配犯による逃れ」

「どれもろくなもんじゃねぇよな……」

「ふっ……貴方も薄々感付いているからこそ、私を連れてきたのでしょうに」

 

 薄く笑みを浮かべて俺を見ると、マルはゆっくりと立ち上がり、一ヶ所だけ"ドアが閉まっている"部屋に視線を写す。

 開放的とも言えるほど、すべてのドアが開けっ放しだと言うのに、二つ目の違和感がどうしようもなく嫌な予感を感じさせる。

 

「川神百代も、直江大和も。流石に見てはならない物がありますからね」

「本来ならお前にも見せたくないんだがな……」

「数は少ないですが、これでも見慣れてきているつもりです。貴方こそ、一般人だと言うのに落ち着き過ぎですがね」

「しがない護衛には色々とあんだよ」

「護衛をなんだと思ってる……それで、開けますか? レディーファーストとか言うのか?」

「言う訳ねぇだろ……つうかアンモニア臭だ。開けなくても分かる。お前は外出て警察呼んでくれ。件名でな、俺達の痕跡は俺が消しとく」

 

 マルは顔をしかめて携帯を取り出すとドアを開けて外にでる。それを確認した後、俺はただ閉まっているドアの前に立つと、嫌なアンモニアの臭いに鼻を押さえてドアを開ける。

 

「……あぁ、クソ。平和な川神の街に無粋なことしやがって」

 

 そこには。

 あの廊下でぶつかった男子学生が、"変わり果てた姿仰向けに倒れていた。地面に垂れる血は乾き、その死体は三週間程度の姿。

 死因は明確だ、腹に開いた風穴。

 

「……"槍傷"? こんな綺麗に貫通するってことは、短槍か。しかも一瞬だ、顔が引き釣ってねぇ……驚く間も無くか。いや、待て待て……短槍だぞ? 五十センチも無い筈だ、間近に近付かなきゃ刺さらねぇ……てことは、だ。犯人が近付いても平然としていたってことだよな。知り合いか?」

 

 分かるのはこの程度。俺は見たくもない死体から目を背けるとドアを閉める。指紋が着かないように革の手袋をしていて正解だったな。

 さて、。"俺が昨日、ぶつかった青年は三週間前には死んでいた"ってことだ。謎が謎を呼ぶ。頭が悪い俺には混乱の嵐に巻き込まれる。

 

「訳分からねぇ……」

「カナメ!! 警察が来ます。早く此処から逃げましょう」

 

 ドアから声をかけてくるマルの肩を叩いて、部屋を再び見る。床に伏せている人物に両手を合わせ、軽く頭を下げるとドアを閉め直す。さて、ドアノブが壊れているのが捜査撹乱になりそうな気もするが、ほっておくに他がない。俺達はゆっくりと自然に家から離れると、日常の人混みに紛れた。

 さてと。これ霞になんて説明すりゃ良いんだ。

 

「さてカナメ、一から説明してもらいますよ」

 

 そして犬が食らい付いてきた。

 

「んじゃ、気晴らしに説明するから、デートでもする

た?」

「デート、デート……死体発見の後にデートなぞ、私でなければ殺される選択肢ですね」

「……そりゃ。そうか」

「ですが、良いでしょう。まともに川神の街を歩いたことはあまり無いのです。案内しなさい」

 

 美少女との街デート。普通なら嬉しいことこの上無いイベントだが、な。コイツ、デートのつもり一切無いのとあんな事実を見てしまった後では、喜ぶに喜べない。

 キナ臭いと言うか、予想外に三角は危ない道にいるのは間違いないだろう。この事件、ただのストーカー事件じゃない。今更か。

 

◆ ◆ ◆

 

 

「なるほど、ストーカー事件」

「そう、ストーカー事件。まぁどう考えたって普通のストーカー事件じゃないけどな」

 

 小物アクセサリーショップに立ち寄り、なんとなく二人で小物を眺めながら適当に説明をする。

 マルも何と無くなんだろうが、犬の小物を手にとって適当に眺めていた。気に入ったのかどうか判断に困るな。

 

「しかし、カナメ。これは私達の手に終える範囲の事件では無いのでは? 貴方一人なら何の問題もないでしょうが、直江大和や川神百代も関わっているのです。素直に身を引きなさい」

「ま、そうだよな。殺人を平気でする奴と関わっちゃならねぇのは当たり前だ……ただな、上津軽三角が問題だ。あの子、大分お偉いさんの一人娘みたいだしな」

「……変わらないのですね、その中途半端は」

「は?」

「いえ。ならば、私が手伝いましょう」

 

 手元の犬の置物を野球ボールのように弄びながら俺に微笑みを向けてくる。凛々しい犬だ。

 マルが置物を軽く宙に投げた瞬間に俺は置物を右手で掠め取る。

 

「じゃ、これは報酬としてプレゼントしよう」

「ぷ、プレゼント? 別にそれが気に入ったと言う訳でも欲しい訳でもありません、何と無く手に取っただけの……」

「置物ってのはそう言うもんだろ、良いじゃねぇか」

「か、カナメ!! 気軽に頭を撫でない!」

 

 何故か焦っているマルの頭を叩くように撫でると何時もの帰り文句を言われる。それを背中に受けながら、俺は小物をレジに持っていく。

 雑貨店らしい雑な会計をさっさと済まし、梱包も袋も着けずに犬の置物をマルに投げる。

 

「ほれ」

「……ふぅ、その押しが強いのも変わらない」

「ん?」

「なんでもない!!」

 

 また何故か焦っているマルに首をかしげる。良く分からん奴だ。

 再びマルの隣に行くと、二人で並んでショッピングモールをぶらつく。特に理由がある訳でもない、が。たまには悪くない。霞から離れ、こうして気の合う友人と二人で歩くのも。

 

「お、服屋か」

「服屋って……貴方は。今時は店名で呼ぶのが普通です」

「……俺の服は全て霞セレクションなんだよ」

「見事に予想通りです。良いでしょう、私が貴方をコーディネートします」

「やめとけ」

「失敬な!?」

「じゃあ、あれだ。俺がお前の服を選ぶから絶対着ろよ。んでお前が選んだ服を俺が絶対着る。どっちが良いコーディネートか勝負だ」

「激しく嫌な予感がしますが……勝負とあっては良いでしょう。その勝負受けて差し上げます!」

 

 流石はマル。操りやすい。

 そのまま軍人らしい足取りで何処かに素早く歩いていくマルを見送りながら、俺の視線はゴスロリショップに向いていた。

 

「……ふっ」

 

 馬鹿め。俺が毎回毎回弄られるだけの存在だと思ったら大間違いなんだよマル。お前にはプリプリでキュアキュアなスイーツな服装に着替えて貰うとしよう。

 

「まずはヘッドドレスだな 」

 

 こうして俺はマルの"為"に似合いそうな服をぶっしょくしていくのだった。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「うっ……うう~~っ………ッ!」

 

 説明しよう。

 目の前で顔を真っ赤にして唸るマルの服装は赤と白のアンサンブルなゴスロリファッション。綺麗な赤髪はサイドテールに結ばれ、耳には穴を開けなくてもつけれるタイプのピアス。短めのスカートにシマシマのハイニーソ。

 

 対して俺は黒の無機質なロングTシャツに革ジャン。ズボンは迷彩柄。以上。

 

「完全なる俺の勝利だな」

「何処がだッ!? こ、こんな似合ってない服装なんか……ッ!?」

「可愛いぞ」

「無表情で言うな馬鹿!!」

「可愛い」

「うっさいッ!!」

 

 両手で真っ赤な顔を隠しているマル。恥ずかしいなら律儀に着なくても良いだろうに。

 

「だが冷静に見てみろ。俺は何処の休暇中の軍人だ。このロングシャツも少し小さくて身体に張り付く。対してお前はどうだ。何処からどう見てもゴスロリ美人だ。良かったな」

「良くない!! 私にこんな服なんか似合わないだろうが!?」

「……割りと似合ってるのだがな」

「貴方の価値観が可笑しいんだ!! 私を可愛いなどと言うのは貴方以外に……ッ!」

「なんだ?」

「なんでもないッ!!」

 

 ぷんぷん怒るマルだが、服装のせいか全く怖くない。やっぱりコイツは元が良い、軍人などしなくても沢山の道を選べるような才能がある。

 コイツはもっと世界を知るべきなのだ。

 

「じゃあ、デートの続きと行こうか」

「こ、この格好でか!?」

「それ以外に何がある? 駅前でショッピングと洒落込もう」

「ま、まて。責めて私に着替えを……お、おい!?」

「良いから行くぞ」

「手を握るなッ!?」

 

 キャンキャン怒るマルを無視して俺はマルの手を掴むとそそくさ歩き出す。

 女性の手を軽々しく握るなと霞に良く言われるが、今くらいは別に構わないだろう。顔を赤くしながらもマルは不服な顔で視線を下げる。

 

「…………」

「さて、何処に行こうか?」

 

 引っ張るように歩く俺をマルは上目で睨むのではなく見るように見つめてくる。

 

「……貴方は傲慢だ」

 

 小さく呟かれた言葉に、俺は苦笑する。

 

「――ま、マルさんがデートしてる!!」

 

 俺とマルの更に後方から誰かの声が聞こえてくる。どっかで聞いたことのある声と気配だ。ふと後ろを振り向いてみると凍り付いたように動かないマルと、金髪の美少女に直江の妻、京が此方を驚愕の顔で見ていた。

 

「む、こんにちは」

「こ、こんにちは……ってそうじゃなぁぁい!? あ、貴方は誰なんだ!?」

「青葉要と言う、よろしく」

「よ、よろしく……ってちっがぁぁぁう!? み、京! あれは誰なんだ!?」

「マルギッテさんと霞さんの夫だよ」

「お、夫ォォォッ!? しかも二股!?」

「適当を言うなァ!? ち、違いますよお嬢様!?」

 

 京のにやけた顔が誰かを思い浮かばせる。金髪の美少女が焦った顔でマルと何かのやりとりをしている中、"唐突に不自然な気を感じた"

 ――――それは鋭く、まるで刀の刃のような。血に塗られ鈍ったなまくらの刀のような。そんな歪とも言える不自然な気を。

 思わず視線を周りに巡らせると、そこには見覚えのある少女がポツンと立っていた。

 

「……三角?」

「どうもぉ。"(むくろ)"要さぁん?」

 

 妙に間延びした三角らしくない声に俺の視線は薄くなる。

 

「……なるほどな」

 

 苦笑混じりに呟き、視線をマルに戻す。そして横目で三角の居た場所を見ると、そこに姿はなく、視線を上に向ければ屋上で小さくにこやかに手を降る三角が居た。

 

「カナメ!! 貴方も……カナメ? どうかしましたか?」

「悪いなマル、デートに誘われちまったから行ってくる」

「は? カナメ?」

 

 軽く手をあげて人込みに入っていく俺をマルは唖然と見ていた。さて、参ったな。嫌な方向に話が進んでしまったらしいぞ。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 ―――――時刻は約三時間前に遡る。

 要とは別々の行動をとっている僕は一人、上津軽三角の家に向かっていた。

 

「やぁ大和くん、良い天気だと思わないかい?」

「……は、はぁ……」

「大和が押されている……なんだかお姉ちゃんは不思議な気分だ……」

 

 "親友な大和くん"と一緒に。全く気分が悪くなってくるのは仕方がないと言えるような状況だ。

 

「さて大和くん。僕はね、結構めんどくさがりなんだよ」

「そ、それが?」

「君は犯人像をもう掴んでいるだろう。聞かせてくれたまえ」

 

 僕の言葉に直江大和くんは引き釣った顔に変わる。

 

「なに? そうなのか大和?」

「……まぁね、ただ明確に言えないから」

「明確に言えないから。君は馬鹿か。明確に分からないから犯人教えませんし一人で試しに捕まえに行ったら逆に捕まえられました~とか言うヒロイン居るだろう。死ねば良い。犯人がうっすらとだろうと明確だろうとまず喋ろ。話せ。それで犯人が違うのだろうが犯人だったのだろうが一人で何かをするよりはましだろう」

「いや、確かに……」

「それにね。一人で全てを抱え込むような糞みたいな仲間はいらないのだよ」

「ハイハイハイッ!! 話しますよッ! 話せば良いんだろうッ!」

「くっくっくっ……じゃあ犯人は誰かな?」

「三角ちゃんだよ」

 

 大和くんが言う犯人に僕は薄く笑みを浮かべる。上津軽三角が犯人か。及第点だが悪くはない。

 やはりだ。どんなに嫌いで嫌悪や吐き気しか浮かばない男であろうとも、目の付け所は悪くない。

 

「何故かな?」

「誰も侵入できない場所を荒らされていたし、"監視カメラには三角ちゃんしか映らなかった"。三角ちゃんしか入れない場所が荒らされたなら部屋を荒らしたのは三角ちゃんしかいないでしょ」

「四十点」

「……はい?」

「君の推理は甘過ぎるね」

「だからまだ推定だって言ってんだろうが……ッッッ」

「大和がキレてる………」

 

 川神百代が大和くんから身を引いているのを尻目に僕は口を開く。

 

「ストーカー被害者の特徴を知っているかい?」

「……男性に恐怖心を抱く」

「ばーか」

「さっさと教えてくれませんかねぇッッッ!? 」

「ストーカー被害者は警察に相談してもなかなかその内容を"話さない"んだよ」

「え……?」

 

 上津軽三角の顔が思い浮かんだのだろうか、直江大和くんの顔が変わる。

 

「恐怖心からね。思い出すことを拒み曖昧にしか話せない。ストーカー事件が始まったらまず最初に行うのは事情聴取じゃなくて身辺警護なんだ。まずは身が安全だと被害者を安心させるためにね。それから事件を話せるようになった被害者から事情聴取をする」

「それがなんの関係が?」

「三角ちゃんは自らストーカー事件の内容を話したがった。此処で三角ちゃんのミス一。次に三角ちゃんは事情聴取の時に顔が青ざめた。ミス二」

「ちょっとまて、三角ちゃんが怖がるのは普通じゃないか?」

「川神百代さん。普通はね、ストーカーに対しての事情聴取は思い出して怖がるのではなく、話せば話すほど犯人が捕まるから被害者は安心していくんだよ。あぁ、自分はもうストーカーをこの人達に任せて良いんだとね。まぁ多少の恐怖はあるかもしれないが、あの怖がり方は実に不自然だ」

「不自然って?」

「君に惚れているような様子を見せたことだよ」

 

 顔が若干赤らめている気持ちの悪い直江大和くんに僕はさらに言葉を続けた。

 

「身を汚されていることを好きな男性に軽々しく言えるかい? 僕は言えないね、助けてくらいしか。なのに三角ちゃんの部屋は下着も散らかっていた。分かるかい? 三角ちゃんの下着は"そう言う風に"扱われたんだよ」

「なるほど……確かに私もそれは好きな男性に言うのは嫌だな……」

「そう、三角ちゃんの部屋に到着するなり、まるで待ち構えていたように男性とぶつかり、三角ちゃんに視線をあせるどころか名前まで呟いた。犯人は自分だと言うようにね」

「確かに俺もそれは不自然に感じたな」

「うん。以上を持って、僕は上津軽三角と要にぶつかった男性。二人が犯人だと確信している」

 

 僕の言葉に直江大和くんと川神百代さんが小さく頷いた。

 

「じゃあさっさと吐かせるか? 私はそう言うの得意だぞ?」

「駄目だよ。まだ分からないことがあるから……――――――ねぇ、上津軽三角?」

 

 僕が自然に後ろを向くと、そこにはただ佇む上津軽三角がいた。薄く幼い容姿に似合わない甘ったるい笑みを浮かべながら、手には細い棒を持っている。

 

「三角ちゃんッ!?」

「さがれ大和、凶状」

 

 一歩と前に出る川神百代さんに頼もしさを感じながらも、僕は目を細めて現状を見る。

 川神百代さんは確実に気付いていなかった。上津軽三角が此処まで近くにいると言うのに。ならば、上津軽三角は"それほどの武人"だと言う考えで間違いない。

 

「やぁ、上津軽三角。今の話は聞いていたかな?」

「……ふふっ」

 

 唇を舌で舐める妖艷な艶めき。こっちが本性だったのか。

 

「君に聞きたいことがあったのさ」

「なにかしらぁ?」

「目的。僕が一番悩んでいたのはそこさ。君の目的がさっぱり分からない。ファミレスで僕達を殺そうかと思ったり、ストーカー事件と称して僕達を読んだり。君の行動には一貫性がない。教えてくれるかな?」

「―――――さぁ? しぃらない。」

「……ふむ。知らないと来たか」

 

 背中から細長い棒を取り出す三角。良く見れば先に刃がついている短槍だ。

 その槍を慣れたように手で弄びながら、三角は口を開いた。

 

「はっきり言って、私の目的はただ一人"骸"の名を持つ人だけなのぉ。貴女なら、別に説明しなくても分かるでしょうぉ?」

「骸。ね。あれは名前じゃないよ。ただの名称だし、もうカナメは"骸"の名前を捨ててる。あれはただの青葉要さ」

「捨ててるとか持っていたとかどっぅでもいいの。大事なのは骸って名前を少しでもただ名乗っていただけのこと……」

「……さて、君の目的は凶状か? 僕を人質に身代金なんて言っても意味無いよ。僕はカナメにしか価値の無い女だからね」

「骸に価値があるならそれでいいのよぉ……ただ"強者"を引き寄せる餌ならね―――――そんな甘い奴じゃなくて」

 

 僕の目の前にいた川神百代さんに向かって三角は短槍を振りかざす。ただ槍を向けるだけの動作に川神百代さんの唇は楽しそうにつり上がった。

 

「おいおい……この私を甘い呼ばわりするなんて、貴様は余程の武人なんだろうなぁ?」

「貴女、人を殺したことがある?」

「……はぁ?」

「無いでしょ、人を生かす拳しか触れない強者に興味は無いの。残念だけど――――――"死んでなさい"」

 

 瞬間。

 風が吹く。大人しい微風が頬を撫でて、髪がふわりと浮かんだ。そして次に、川神百代さんが膝をついて倒れ込んだことに気付かされる。

 胸辺りから血を流し、地面が赤く濡れていく光景に頭が一瞬だけ麻痺してしまった。

 

「ね…―――――姉さァァんッ!?」

 

 大和くんが素早く駆け寄り、身を起こすと両手で傷口を塞ぐ。あまり大きな傷では無いために止血には手間取らないはずだ。

 

「あら? 避けられちゃった? 流石は武神ね、初見で避けられるなんて思わなかったわぁ……にしても。凶状さんは冷静なのね」

 

 呑気に血のついた槍を血切りしながら上津軽三角は見似合わない妖艷な笑みを浮かべて僕を見る。

 

「いや、これでもどう切り抜けようか頭を巡らせているのさ……参ったね、要を無理してでも連れてくるべきだった」

「そうねぇ……私も"骸"が居る中で貴女達を止めるのは無理だもの。ほんっとうに……気が抜けているように見えてなんも抜けてない。初めて骸を見たときはすっごく落胆したのよぉ? あぁ、この程度かってね」

「それはそれは。君の目は節穴なんだね」

「そ。節穴よ……近くにいて何時槍をだそうか悩んだとき、初めて気付いたの。この男の前で武器を握る恐怖って奴に……なぁにぃが錆びた刀よ。あんなの血に餓えた妖刀にも勝るわ」

「……要が血に餓えている。か。そうだね、君が要の恐ろしさを知っているのなら、僕から一つだけ忠告してあげよう」

 

 僕の唐突な言葉にも上津軽三角は嫌な顔をせずに僕を見つめてくる。そのまるで全てを悟っているような熟した女性がする視線はあまりにも容姿に似合わない。

 

「なぁに?」

「僕を殺すのは辞めておきたまえ。要は君を怨みに怨みに、要が知る中で最悪な殺され方をするよ」

「そんな"保険"をかけなくても、親方様から貴女は殺すなって言われてるから殺さないわぁよ」

「存外、頭の回る女だったか、君は」

「一言余計ねぇ……あぁ、そうだ。忘れてた」

 

 何かを思い出したように三角は槍を振るう。

 僕がとらえることが出来た動作はそれまで、微風のような風が吹くと、背中で誰かが倒れる音がした。

 と言っても、一人しか居ないのだが。

 

「君は大和くんに惚れてたんじゃ?」

「可愛いけど範囲外。下手くそな演技で騙せる相手じゃないし、殺すくらいで丁度良いわよねぇ」

「……殺したのか?」

「さっくりと」

 

 嫌な汗が背中を撫でる。ここまで冷静に殺人が出来る武人とは。

 僕はポケットから携帯を取りだし、救急の番号を打つと大和くんの体に放り投げる。

 

「大和くん、君のことは嫌いだけど死なせる程ではない。君に生きる奇跡が残っているなら……また、悪口でも言ってあげるよ」

 

 声もなく倒れた大和くん。すぐにでも治療しなければならないのだろうけど、一瞬で人を殺せる上津軽三角の前では迂闊な行動が取れない。

 僕は視線を大和くんから三角に向けると、にやけた顔を無理矢理つくって笑いかける。

 

「さぁ、人質になって貰うわよ?」

「それはそれは。どうぞご自由に。僕に手を出した人間は要の手によってどんな目に遭うか体験すると良いよ」

「他人任せな言い方………」

「他人ではないさ。要は僕のモノだからね。上津軽三角」

 

 僕の言葉に、上津軽三角は初めて顔を歪めて嫌な表情を露にする。

 

「それ、辞めて。上津軽は旧姓なぁの……高田(タカダ)、私は高田三角。宝蔵院流槍術伝承者よぉ」

 

 そして、彼女が名乗った名前が余りにも普通すぎて、僕は本当に薄い笑みを浮かべてしまった。

 カナメ。どうやら僕は誘拐されるみたいだよ。速く助けに来てくれたまえ。

 

 


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