BALDR SKY / EXTELLA   作:荻音

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>>前回までのバルステラ<<

ドレクスラーアジトで新たな人物との多くの出会いがあった。

はくのんは中尉、レインと共にアジト脱出を図る。


第8話 再会 / 埒外の二人 (後)

 

 無人兵器相手に苦戦するはずもない。彼らは今、移動しながら離脱可能ポイントを探っていた。白野がview_map() で周囲を確認すると、どうやら先程の神経パルス攻撃で辺り一帯のシュミクラムは根こそぎ壊滅、残っているのは無人兵器だけのようだった。

 味方の部隊が全滅したことに気付いた甲はやるせない気持ちになるが、悲しむのも弔うのもまずは現実に生きて戻ってからである。

 白野と甲達はここを出るまで行動を共にすることにした。

 

 

「ここから、南に数仮想キロ移動すれば、離脱妨害(アンカー)の範囲から脱出できます」

 

 レインの言葉に白野は首肯する。白野の網膜に映し出された情報と彼女の報告は一致していた。――でもそれだけじゃない。白野は付け加える。

 

「その付近の中型ウィルスが離脱妨害(アンカー)妨害装置(ジャマー)を展開しているみたい」

「レイン、それは事実か?」

「しばらくお待ちを……はい、確認しました。すみません、探知妨害(ジャミング)に気付きませんでした……」

 

 

 甲はレインを気遣って気にするなと声を掛ける。仲間の死にサポートとして責任を感じているのだろう、クールさを装ってはいるが情に厚いのが彼女の性格だった。

 状況を理解した甲はすぐさま判断を下す。

 

「レイン、妨害装置(ジャマー)を展開しろ、奴に奇襲をかける」

 

 共有した情報によれば、その親玉は指揮タイプのウィルスで先の爆発を免れた無人兵器を集結させようとしている。集団の無人兵器を相手にする事態を避けて離脱するためには、先んじてそれをすばやく叩く必要があった。

 

 

 散発的に存在している無人兵器をなぎ倒しながら走行する中、レインは甲に直接通話(チャント)で話しかける。直接通話(チャント)とは現実と仮想、どちらにも対応した軍用ツールの一つで、インストールしているもの同士での秘匿性の高い通話を可能とするものだ。第三者……ここでは白野だけだが、これから話す内容は彼女に聞かれたくないものなのだろう。

 

(中尉、あの少女とはいつ?)

(データベース前だ。彼女と交戦中にジルベルトの野郎に遭遇してな、協力して奴を撃退した)

(そうでしたか……しかし何故、反AI派の被造子(デザイナーズ・チャイルド)のジルベルトがこの構造体に……)

(さあな……どうも裏があるみたいだ。この施設の関係者についてもう一度洗い出した方がいい。エディの情報と食い違っている可能性がある)

(どういうことでしょうか……?)

(そいつは離脱後のお楽しみだ。……そうだなあの少女についてもエディなら知っているかもしれない)

(それならアーク社に聞くのがいいかと。所感ですが、ここまでの特級プログラマ(ウィザード)を橘社長が知らないはずがありません)

(――聖良叔母さんか)

 

 

 アーク・インダストリーの社長である橘聖良は既に亡くなった俺の母さんの妹だ。ネットに関する事なら全てを知っているとも言われている彼女なら、この少女の存在を把握していてもおかしくないだろう。

 ハクノ、ゲヘナと名乗る彼らの戦い方は、はっきり言って異常だ。運が悪ければ俺が敗北していた可能性すらある。彼女の立ち位置がはっきりしない以上、次会った時も味方であると楽観視するのは良くないだろう。敵になったときの脅威を考えれば、早いうちに情報を揃えておくべきだ。ドレクスラー機関を優先することに変わりはないが、道中の爆弾となりうる存在の調査はしておいたほうが良い。

 

(――そういえば中尉、出撃前のこと、覚えていますか?)

(なんのことだ)

(狐面の巫女がいたらジルベルトに口付けするというお話ですよ)

(はあ? ……誰がそんなこと――)

 

 瞬間、俺は脳みそに焼き鏝を押しつけられたような強烈な頭痛に襲われた。それに伴いシュミクラムの体勢が転倒寸前にまで乱れる。慌てて接近するレインを片手で制しながら、俺は落ち着いて息を整えた。悪趣味な冗談だ。だが、レインは嘘を言う女ではない、ということは――

 

(まいったな……記憶がトんでいる)

(……! 先程の神経パルス攻撃で脳内(ブレイン)チップに損傷が出たのかもしれません。あとで医者に診てもらった方がいいでしょう)

(ああ、すべては現実に戻ってからになるが……)

 

 俺たちは、構造体の広間に飛び込み、その真ん中に鎮座する中型無人兵器(ウィルス)を目視する。

 

「いましたっ! あれが目標ですっ、中尉!」

 

 その周囲には雑魚の群れ。――どうしようか。レインに雑魚を任せ、その間に俺が……。

 

「――門倉さん。あれ、私がもらっていい?」

 

 逡巡する俺に話しかけて来たのはこれまで静かだった狐面の巫女。

 もらう? 倒すのではなくて? 僅かな語感の違いに違和感を覚えながらも、無人兵器を相手どった彼女の戦闘スタイルに興味のあった俺はその提案に許可を出す。

 

「ああ、頼んだ。くれぐれも無茶はするなよ。――レイン、俺たちは周りの雑魚を蹴散らすッ!」

了解(ヤー)

 

 レインがスタンフレアを放ち、開いた突破口にゲヘナが猛スピードで走り込んでいく。彼らを追おうとする無人兵器の悉くを俺は叩きつぶした。

 視界の隅でハクノがシュミクラムから飛び降りるのが見える。正直、あの高さから飛び降りて無事なのもおかしいとは思うが、俺が注目したのは、彼女の手に現れた歪な赤い剣。交戦時に俺が間一髪で避けた斬撃が今一度繰りだされようとしていた。

 

 纏う炎が刀身に収斂されていき、臨界を二度、超える。

 瞬間――彼女は大気を両断した。

 それは100mの距離をゼロにする斬撃、秒針を嘲笑う速さ……。中型ウィルスは白野を敵だと認識する間もなくその役割を終え、消失していった。

 

 斬撃が当たった瞬間を見た俺は無人兵器が木っ端微塵になるものだと考えていた。だが、これは……なんだ? 直後、さらに意外な事が起こる。俺とレインに狙いを定めていたウィルスすら突如としてその動きを止め、空気に溶けるようにその場から消えていったのだ。

 レインは戸惑いながらも付近の詳細を伝える。

 

「周囲500mにある無人兵器の反応が全て消失しました」

 

 そのシンプルな報告に俺は耳を疑った。どういう理屈だこれは。

 ハクノは剣を形のない炎へと還し左手の薬指に戻っていくのを見届けてから、悠々とこちらへ戻ってくる。自分のしたことをなにも不思議に感じていない彼女は、まるでこの仮想の理の外にある存在。思わず疑問が口をつく。

 

「いま何をしたんだ?」

 

 狐面の奥に表情を隠すハクノは少し悩んだ仕草を見せたが、すぐに顔をあげて答えた。

 

「管理者の書き換えだよ」

 

 俺はその言葉の意味を反芻し――レインの聞いた噂がすべて正しかったことを理解した。

 狐面の巫女は無人兵器を奪い取ることができる。……今回は、指揮タイプの無人兵器を自分のものにし、その指揮下にあった無人兵器さえも連座するように手中に収めた……はは、自分で言ってて訳が分からない、もはや俺の知ってる特級プログラマじゃないなこいつは。……お手上げだ。

 

 これで――彼女の脅威度が間違いなくはね上がった。

 思い返せば、彼女との出会いはウィルスの複数展開による包囲だった。あの時は10機だったが、今の攻撃で彼女が手に入れたウィルスは少なくとも50機。これまで彼女がどれほどの無人兵器を手に入れているかは分からないが、やろうと思えば数で押すことも可能になる。もし所有する数に限度が無いというのなら何れ俺たちの想像をはるかに超える脅威になるやもしれない。

 無言で見つめる俺に、ハクノは首を傾げる。ふわふわとした態度と尻尾だがそれは擬態、おそらく中身はファイナルアトミックギガマイン……!

 

「――中尉」

 

 そうだ、俺は何を考えている。離脱妨害(アンカー)をかけている敵は消えた、ならば第二陣が来る前に離脱するべきだろう。考え事は現実(リアル)ですればいい。

 

「レインっ! 高速機動モード(ダッシュ)だっ! 他のウィルスが群がってくる前にっ!」

了解(ヤー)っ!」

 

 俺たちがいる広間に繋がるいくつかの回廊からはすでに無数の無人兵器が顔を覗かせていた。津波のように押し寄せる追手を撒きながら俺たちは全速力で走り、構造体ぎりぎりの崖の縁から虚空へと一気に身を踊らす。

 

「レインっ!」

離脱手続き(ログアウト・プロセス)起動!」

 

 ハクノがゲヘナの肩から消えたのを確認し――

 

 <<離脱>>(ログアウト)

 

 俺の魂は仮想(ネット)から現実(リアル)の肉体へと引き戻された。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 >>無名都市 隠れ家

 

 ふと、目が覚める。

 どこかの学校で生徒会長、友達? と馬鹿騒ぎする曖昧だけど楽しい夢を見た気がする。おそらくはまだ戻らない記憶の一部だろう……。

 時刻は明け方。

 

 ――結構寝たかも。

 

 寝癖で爆発した頭の私はのそっとベッドから起き上がって、のろのろとシャワールームへと向かう。仮想でシャワーというのもおかしな話だけど、ネット中毒者とかは一週間ぶっ続けで仮想に潜ることもあるようで、気分転換のために仮想の拠点にお風呂を設置することも珍しくないみたい。

 私は服を消し、アイテムボックスに収納する。あとでダウンロードし直せば清潔な服を着れるから無問題(モーマンタイ)。そのままシャワー室へと入った私はハンドルを回し、雨のように降り注ぐ暖かいお湯を身に浴びながら、数刻前の出来事を思い出す。

 

 ドレクスラーアジト構造体で出会った人物はジルベルト、門倉甲中尉、レインさん、ドミニオンの巫女、そしてエージェントさんの五人。ジルジルとの感動の再会はおいといて、今回初めて出会った門倉甲さん……彼は本当に強かった。あの本命(スタン)を初見で防ぐなんて人間じゃないよ。敵になったらウィルス撒いてさっさと逃げるのが吉かな。

 次にレインさん、……彼女の印象は薄い、そもそも会話しただろうか? でも、彼らは二人で一つという感じがした、お互いを大事にしていて凄く良い関係だと思う。その根底にあるのが何かは分からないけど……。

 次にドミニオンの巫女。彼女の機体は綺麗だった……でも戦闘時に空飛ばれたらゲヘナは為す術ないね。飛行ユニット買ったら付けてくれるかな。あと彼女の声、……あれは可愛い娘だ、間違いない!

 最後にエージェントさん。彼女は何だろう。あの構造体で見た時間停止、もしあれを起こしたのが彼女だとしたら、エージェントさんは私を超える魔術師(ウィザード)ということになる。”――あなたもエージェント?”という言葉はもしかしたらエージェントという魔術師(ウィザード)専用のサークルがあって、そこに所属していますか? という確認だったのかもしれない。無名都市のどこかにあるという宗教と魔術の会議(フォーラム)で募集しているのだろうか。余裕があれば調べてみよう。

 そういえば、門倉さんは彼女を見て、”アーク社のNPC”と口走っていた。彼女について調べていくことでアーク社、ひいては自分の出自を明らかにすることも可能だろうか。

 

 

 今回の戦利品は、データベースから得た情報と、158機の大小様々な無人兵器――言ってしまえば私は一個中隊程度の兵力を手に入れたわけだ、……いまさら気付いたんだけど、これは窃盗行為に……いや、どうせ破壊するなら私が貰った方がよっぽどエコロジーだ。これは3Rの精神。すなわちリデュース、リコード、リヴァイヴァル。うん、いい心がけ。

 

 ――でも。

 私、人、殺してるんだよね。手を下したのはゲヘナだけど、指示したのは私だ。…………。戦場は命の奪い合いをするところ……それを拒否すれば私は死んでいただろう……そんなことは分かっている。

 問題は、己の命を天秤にかけて、躊躇なく人の命を奪うという選択がどうして一瞬で出来たのかということ。――他者から見たら多分、これはおかしいのだろう。自分の素姓、来歴も分からぬまま、それを取り戻すために戦場で阻む者を殺す。あまりにも自分勝手な振る舞い、後ろ指を差される大義のない戦いだと言える。天下太平なら処刑ものだろう。それが表沙汰にならないのはひとえに清城市に巣食う他の大きな嵐の影に私の姿が隠れているからに他ならない。

 

 

 はやいところ記憶を取り戻さなければ……。この焦りの理由も、自分がここにいる意味も分からないままだと何が正しいのか分からなくなる。それでも身体は動くのだからますますタチが悪い――まるでどこかで私が分裂しているみたいだ。

 

 

<<エディ・オルドラ様からの呼び出し(コール)です。受信されますか?>>

 

 電子音声がエディからの着信を告げる。どうしたんだろ。今回のドレクスラー機関アジト侵入の件については話していないから、別件での連絡かな? 私はシャワーを止めて身体に瞬間乾燥(ドライヤー)をかける。そのまま私服をインストールし直してベッドへと向かった。

 

「もしもし、こんな朝早くにどうしたの?」

 

 ベッドに腰を沈めながら私はエディとの通話を開始した。

 

「へっへ、実は面白い噂を聞いてな……」

「へえ、気になる!」

「まぁ、慌てなさんな。とある中尉殿から聞いたおもしろ~い話だ」

「うんうん」

「……とある構造体で戦った相手が相当強かったらしくてな、その相手について俺に知ってる事はねえか、と尋ねてきたわけよ」

「ふむふむ」

「そいつは先月の南米戦線で知らねぇ奴はいないだろうっていう程の凄腕でなぁ、俺も少し驚いた! こいつが苦戦する事もあるのか、とな。――で、どんな姿のシュミクラムなのか聞いたんだ……そしたら」

「そしたら?」

「白いワンピースの少女って答えやがった」

「……あはは」

 

 ピシリと空気が固まる。

 ……まだだ、まだ慌てる時間じゃない。

 

「……そいつは狐のお面に尻尾を生やした変態なんだと」

「へ、変態?! ……人の趣味をとやかく言わない方がいいとはくのんは思うよ!」

「その少女は自分をハクノと名乗ったらしいぜ」

「…………」

 

 何故ばれた! うぅ……理由はもうだいたい分かっているけれど。門倉さんとエディは知り合いだったんだね……! アジトの情報提供をしてくれた中尉というのが彼だったというわけか。

 ネットは狭いわ、まるで四畳半。

 

「……なにか言うことは」

 

 おぉ、エディが怖い。声だけなのにどことなく圧を感じる。心配を掛けたくないから話さなかったけど、逆効果だったのかな……。エディが私をどう思っているかは知らない。けれど私は、彼のことが好きだ、なんだろう友達? 家族? みたいな感じに。あ、恋愛はないよ。

 ヴァーチャルドラッグやって仮想に引きこもっているまるで駄目なところは後々直させるとして、彼は私にいろんなことを教えてくれる親戚のおじさんのようで、一緒にいて楽しいと思える存在だ。麻婆豆腐を美味しそうに食べてくれるのもポイント高いね。

 でも、そんなエディが突然いなくなってしまったら……私はこの仮想空間にたった独りだ。誰と話すこともなくゲヘナと終わりの見えない孤独な戦いを続けることになるだろう。

 

「――ごめんなさい」

 

 謝罪の言葉は自然と出た。

 

「でも、私のしたいことなの」

 

 それでも私はこの歩みを止められない。そんな私にエディは呆れたような溜息を漏らした。

 

「やめろとは言ってねぇ、ただ、……まぁ少し心配しただけだ」

「そのツンデレに需要はない」

「はあぁ? 何を訳の分からねぇ事言ってやがる。――ったく、次からドンパチするときは場所を伝えろ。俺には何もできねぇけど、部屋を貸してる身としては住人のことを最低限知っとかなきゃならないからよ」

 

 ――嬢ちゃんがいつまでもかえってこない部屋を眺めるのは俺っち耐えられないからな……

 

「……おい。勝手なこと言ってんじゃねーぞ」

「あれ、聞こえてた? ごめちょ」

「ハア――まぁいい。本題は二つだ」

 

 エディの声質が変わる。ここからは仕事の話なのだろう。

 

「ドレクスラーの情報は手に入れたんだな?」

「中身はナノマシンの化学式ばっかで良く分からないけどね、……送ろうか?」

「中尉殿から受け取ったからいらん。……と言いてぇが、外された情報があるかもしれない、頼む」

「うん」

 

 この情報のお代が私の隠れ家の家賃と生活費になる……。

 

「で、一つ目だが――依頼されていた内容の調査に一区切りついた」

 

 それは数日前に私が見た記憶の一部――月海原学園、間桐シンジという二つの言葉についてのことだろう。私ではその影すら掴むことが出来なかったというのに、この短期間でどうにかするとはこれこそ情報屋の本領発揮といったところか。

 

「だが、結果は芳しくない。月海原学園についてだが、……これは本当に実在するのか?  足がかりの一つも見つからなかったぞ」

 

 その学校の実態については私も正直なところ分からない、その記憶遡行の後半ではそこが仮想空間だということが判明したからだ。私が調べた限り、仮想空間に拠点をおく学校はこの世界には存在しない。だが、確かにその学校はあったと……思いたい。遡行の最後に現れた赤衣の女性との美しい出会いを私は嘘にしたくなかった。

 

「間桐シンジについてだがこれも情報が乏しい。――ただ、一人だけ該当する人物がいた」

 

 エディからメールを受け取った私は添付された資料をすぐさま宙に展開する。中身は、大会のリザルトだった。

 

「間桐シンジ――アジア圏屈指のゲームチャンプ。その資料はそいつの大会結果のデータをアーカイブから引っ張り上げて来たものだ」

 

 彼は実在する人物だったのか、良かった。全てが私の妄想ということではなかったということ……。資料には彼の輝かしい成績が記述されている、世界大会では惜しくも欧州圏のチャンプに負けているけれどそれでも大したものだ。

 

「しかし骨が折れたぜ。まさか――300年も前のデータの墓場(アーカイブ)に潜ることになるとはな」

 

 ――え? 呆気にとられる私に構わずエディは話し続けた。

 曰く、現在の統合よりずっと前に世界の富の60%を掌握していた財閥と、レジスタンスが争う時代があったそうだ。だが、ほぼ同時期に財閥とレジスタンスが内部崩壊を起こし、その後は財閥から分裂した複数の巨大企業、財閥の管理下になかった地域の国々、レジスタンスの残党などが入り混じって、これまでに類の見ない規模の世界大戦が起こったのだという。

 その混乱期周辺のデータはほぼ失われていて、今回の発見は運がいい方だという事だ。そのままエディは第二の本題について話し始めるが、私はそれどころではなかった。

 

 落ち着け……。一つずつ確認していこう。まず、月海原学園と間桐シンジは実在したと仮定する。そもそもここが崩されるわけにはいかないので、ここは不変の前提となる。そこに間桐シンジが300年前の人物であるという新しい事実が加わった。すると、私は現在ここで生きているというのに300年前の人物と学校生活を送っていたという摩訶不思議な記憶を持っていることになる。これについて考えられる推論はいくつかある。

 まず一つ、夢での彼と300年前の彼は違う存在だという仮定。これなら矛盾は生じない……ただ、エディからの報告を聞いて少し思い出したこともあった。赤い服を着た黒髪ツンテールの少女とシンジが廊下で話している光景だ。そこで彼女が彼のことをゲームチャンプと呼んでいたような気がする。

 だから、私が夢で見た間桐シンジとこの資料のゲームチャンプは同一人物だと私は考えたい。というよりそれが正しいのだと私はどこか確信している。

 だとすると現在と300年前という時間のずれが私の記憶に発生するわけだが、はて、これは一体どういうことだろう。月海原学園は現代にない、ということは過去にあってそこに私はいた? となると私は300年前の人物ということになるが――では、ここにいる私はなんなのか。

 幽霊……だろうか。

 私という存在が、どういうわけかオセロ盤に現れた第三の不吉な石のように思えて少し怖くなった私は、エディの話を遮って尋ねる。

 

「――私って何だと思う?」

 

 あまりに掴みどころのない質問。だが、冗談で聞いているわけではないことを感じ取ったエディは少しの間沈黙し、はっと笑いながら軽く答えた。

 

「お前は俺を助けた岸波白野だ、猪突猛進なアホ貧乳」

「エディはよほどスタンが好きみたいだね」

「ふん――何を悩んでるかは知らねぇが、記憶なんてのは結局過去の代物だ、指針の目安にはなるがあまり踊らされるなよ? ……それよりも前を見ろ、お前が関わっている世界は今なんだからな」

「……え、エディがまじめだー!」

「茶化すな! ったくこれでも昔は――はぁ、それでだ。アジトには昼ごろに来いよ? 中尉と顔合わせだ」

 

 言うなり通話が切れた。

 エディは結局のところ、私は私だということ、前向いて突っ走れってことを伝えたかったんだと思う。優しいね、よしこれからも頑張ろう!

 私って単純かな?

 

 そういえば第二の本題については完全に聞き飛ばしてしまったような気がする……まぁ、それについての説明は昼にエディに聞き直すとしよう。

 それにしても中尉との顔合わせか。私は門倉甲中尉との戦闘を思い出す、あの反応速度、判断速度、戦術智慧、どれをとっても一流の傭兵……さぞや筋肉ムキムキなのだろう。その割にシュミクラムはスリムなのだな、と益体のない事を思いながら、私はベッドに横になって意識を手放すのだった。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 >>無名都市 エディのアジト

 

 私服よーし! 髪型よーし! 笑顔よーし!

 

 人と会うのだから最低限の身だしなみは整えておかなければならない……それは人としての基本。まぁいつもと同じ私服なのだけど……。無名都市にファッションショップってあるのかな?

 

「入るね、エディ」

 

 扉を開くとハッキング用のPC前にエディ、来客用の2つのソファの片方に初対面の若い女性が座っていた。あれ、今日会うのは中尉だよね……え、もしかして門倉甲中尉は女性だったの?! 女性は呑んでいた紅茶をテーブルに戻して、私の身体を上から下まで何回か視線を往復させる。

 

「脱がせなきゃ分からないわね」

 

 ――ど、どういうことなの―!

 銀髪を腰まで伸ばした女性はため息をついて視線を逸らした。

 

「驚いたわ……オルドラ、あなたこういう娘が趣味だったのね、正直犯罪よ。分かるかしらロリコン」

 

 彼女の目は片方は黒い眼帯をしているがもう一方は碧眼、理知的な瞳だがどこかしら嗜虐的なものを感じる。間違いない彼女はドSだ!

 

「分かりたくもねぇわ! お前たちはさっさと自己紹介でもしろ」

 

 どこまで話せばいいんだろう……エディがアジトに連れてきたのだからそれなりに信用を置いている人なのだろうか。まずは端的に……

 

「――岸波白野、よろしく」

 

 私が握手をしようと手を差し出すと、彼女はその手を思い切り引っ張り、私がバランスを崩したところに素早く足を払って私を床に押し倒した。そのまま彼女は顔を寄せて来て、私と目を合わせる。

 

「……可愛い、こういうのは初めてかしら、身体が震えてるわよ。……けれどその瞳は決して揺らがないのね」

 

 さらさらした銀の髪を耳にくすぐったく感じる、彼女の綺麗な顔立ち、なんかいい匂いも間近に感じて……変な気分に……あれ、なんでこんなことに?

 戸惑う私を見て満足したのか彼女はすっと立ち上がり私に手を伸ばした。

 

「あなた――狐面の巫女を狙っている組織があるわ」

 

 それは晴天の霹靂。私は彼女の手をとり立ち上がる。彼女は言葉を続けた。

 

「それは、アーク、ドミニオン、GOAT、CDF、フェンリル……」

 

 それは控えめに言って全部では? ――エディ、本当なの?

 

「GOATについては傍受した通信がある、CDFに関してはそのトップの阿南が手配書を出そうと動いているそうだ。アークとフェンリルは良く分からねぇが奴らは繋がってる、まぁ怪しいだろ?」

 

 エディはこちらを意味ありげに見てくる。なるほどこの女性には私がアークで目覚めたことを話していないんだね。というかこの辺の情報のすり合わせが今朝の通話の本題その2だったのかもしれない。

 

「嬢ちゃんの今の状態は四面楚歌だ。どの勢力に出会っても追われることになる」

 

 確かに動きづらい……でも。

 

「それでも嬢ちゃんは続けるんだろ? 俺は止めねぇ、けど一人でやろうとするのは駄目だ」

 

 ん? どういうこと?

 

「彼女に協力してもらえ」

 

 エディは銀髪の女性を指差した。私が視線を向けると彼女は薄く笑った。

 

「私の目的はアークとドミニオンよ。そのためならCDFもGOATもぶちのめすわ。私はフリーの傭兵だから全てを敵に回してもいい……。あなたも今回同じような状況に陥っている。あなたは強いそうだけど一人よりは二人の方がはるかに合理的よ」

 

 確かにそうだ、いくら無人兵器を所有していたとしても、私がつぶれれば一気に戦線は崩壊する。門倉甲中尉といたとき、私は正直彼の存在を心強く感じていた、そうか、協力者、仲間か――エディが紹介する人だから裏切りの心配はいらないだろうけど、そこらへんは私がおいおい見極めればいい。

 彼女を仲間にすると私にメリットがあるのは分かった……だけど彼女は私に何を求めているのだ? 何の代償もなしに手を貸しますなんて感動的な話はこの清城ではありえない。私の疑問を鋭敏に感じ取ったのか、彼女は朗々と話していく。

 

「これからこの清城市はさらに混沌としてくる。独りで戦い続けるのは厳しいでしょうね……だから私は優秀な支援要員(サポート)がほしいの。あなたは凄腕で、尚且つ特級プログラマ(ウィザード)……私の求める最高の人材よ。目的が一致している間だけでも構わないわ、私と組みましょう」

 

 えへへ、そこまで言われると照れるな。もとより私にデメリットはあまりない。行動の自由は制限されるが命よりは安いだろう。私は頷く。

 

「――うん、これから一緒に戦おう」

「私の実力が見たいのかしら。なら、アリーナへ行きましょう」

 

 え? 違う違う! そういう意味ではなく、一緒にチームを組もうということ!

 

「そう、なら尚更問題ないわ。アリーナでレクリエーション(殺し合い)をしましょう」

 

 銀髪の女性は私を連れて、アジトを出ようとする。力が強い! さすがは傭兵。――助けてエディ! 駄目だエディは新作のドラッグに夢中だ! くそう!

 そこで私は思い当たる。私はまだ彼女の名前を知らない。彼女に引きずられたままの私は彼女を見上げて名前を尋ねる。

 彼女は試すような瞳と僅かな憂いを唇に載せて答えた。

 

「六条クリス。よろしく、ハクノ」

 

 

 

 

Dive0 "Hello,world"  終

 

 




MATERIAL

>>六条クリス
使用機はグリムバフォメット。チェーンソーを主とする格闘型とニードルガンと可変ビットを主とする射撃型の二つの形態を切り替えられるトリッキーな機体。
本来、彼女は灰色のクリスマスで死亡しているが……。

>>Restornation~沈黙の空~
原作のオープニング。
今話の甲が仮想を離脱するタイミングで流れる。
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